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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
41/206

第38話 キンギョと神殿

 魔王の正体があの織田信長だったと知った衝撃も収まらぬまま、俺達は魔王の像がある広場を後にした。

 ちなみに『五大魔将』も同じ時代から召喚された者達らしいのだが、残念ながらキンギョは彼等の本名は知らなかった。

 どうやら信長が魔王アマン・ナーガになってからは、彼等も『闇の王子(ダークプリンス)』の様な二つ名を名乗る様になっていたらしい。

 他の十六魔将全員に二つ名があるのは、彼等の影響なのだそうだ。

 『だあくぷりんす』と名乗る戦国武将と考えると、なかなかに凄いものがある。

 信長の息子らしいが、大勢いるので誰なのかは分からない。有名所は信忠、信孝、信雄の三人だろうか。



 それはともかく、キンギョに案内されて辿り着いたのは、見る影もない姿となった闇の女神の神殿だった。

「ここが闇の女神の神殿か……」

「おのれ勇者め」

 この国は闇の女神信仰の総本山であり、他の女神の神殿は存在しないらしい。

 光の精霊に照らされる屋根も壁も、かつては綺麗な色をしていたのではないかと思われるが、今は煤けて薄汚れてしまっている。

 頑丈そうな正門は無事なのだが、窓が破壊されて中が荒らされているのだ。ちなみにガラスではなく木製の鎧窓である。

「初代聖王が荒らしたと?」

「闇の女神の神殿だ。そのまま残しておくとは考えにくい」

「魔王と戦いに来て、そんな暇あったのか?」

 妙な事に、この神殿は二階建てなのだが、窓が壊されているのは一階のみなのだ。

 ここが地中に沈んだ衝撃で壊れたとすれば二階の窓も無事では済まないだろう。つまり、誰かが人為的に壊したと考えるのが自然であろう。無論、中に侵入するために。

「ここが地中に沈んだ後も生き延びた人達がいて、そいつらが中に入るために壊したってのも考えられないか?」

 神殿だと備蓄とかもあるだろうし、そちらの方が自然な気がする。

「バカな!? 神殿だぞ!?」

「非常時に神殿も何もないだろ。しかも魔王が敗れた後だぞ?」

「ぐぬぬ……!」

 要するに魔王の敗北により闇の女神の権威が落ちた後と言う事だ。

 キンギョも言い返す事が出来ず、口惜しそうな声を漏らす。


「まぁ、重要なのは真相がどうかよりも中で休めるかどうかだ。とにかく入ってみよう」

「いえ、開きませんね」

 まずルリトラが門を押してみるが、びくともしない。

 まぁ、ここが簡単に開く様ならば、わざわざ窓を壊したりしなかっただろう。

「窓から入って中から開けるか」

 中に入るだけなら窓だけで十分なのだが、馬車も入れるとなると正門を開ける必要がある。

 『飛翔盤』で飛び越えて入ると言う方法が使えれば良いのだが、残念ながらこの神殿は中庭も屋根で覆われているので、それは無理だ。

「俺とロニで行って来るから、皆はここで待っててくれ」

「わ、分かりました! お供します!」

 中にモンスターが居た時の事を考えて、完全武装の俺と一番身軽なロニの二人で神殿に入る事にする。

 ロニは寂れた神殿の雰囲気で怯え気味だが、他に適役がいないのだから仕方がない。

「大丈夫だ、ロニ。俺の後ろに隠れてて、怪しいのがいれば教えてくれれば良いから」

「は、はい……」

 彼女の肩を叩いて励まし、一緒に神殿の中に侵入する。

 外に残る面々は、ルリトラがいれば大抵の事は大丈夫だろう。



 中に入ってみると、いかにもな雰囲気を醸し出す荒らされた部屋だった。子供の頃に探険気分で忍び込んだ廃屋を思い出す。

 ロニは怯えて俺の背中にしがみ付いている。それでもしっかり周りを見てくれている様なので、背中は任せても良いだろう。

「中はモンスターがうようよって事はなさそうだな」

「や、やめてくださいよぅ、トウヤさまぁ」

「いや、いないのは良い事だろ。ほら、大丈夫だから」

 背中から聞こえてくるロニの今にも泣き出しそうな声。想像してしまって怖いのだろうか。

 そんな彼女を励ましながら、俺は扉を開いて廊下に出た。

 ざっと周囲を見て分かった事は、この建物が「枠」の様な構造をしていると言う事だ。

 大きな中庭があり、それを囲むように建物が建てられている。中庭に向かって扉が並んでおり、建物と庭の境は石畳が敷き詰められ、渡り廊下のようになっている。

 正門の反対側――つまり神殿の奥に行けば神殿長の部屋など重要な部屋があるかも知れないが、それは後回しだ。

 まずは表の皆と合流するために、俺とロニは正門がある方へと向かった。


「閂か、頑丈そうだな」

「この閂にこの門なら、外から壊すには丸太槌とか持って来ないと無理でしょうね」

 門は頑丈そうな閂で閉じられていた。おそらくこの門を壊す事が出来なかったので、中に侵入した者達は鎧窓の方を破壊したのだろう。

 俺達の方は馬車を通す必要があるので、二人掛かりで閂を外し、門を開ける。

「おーい、もう入って良いぞー」

 門を開けると、すぐにルリトラが馬車を引いて入って来た。

 幸い、俺達がいない間にモンスターの襲撃は無かった様だ。


「また薄暗い庭ですな……」

 ルリトラの言葉に振り返って見ると、改めて殺風景な光景が目に飛び込んで来た。

「ここもかつては美しい庭園だったのだがな……」

 どこか遠い目をしてキンギョが呟いている。

「屋内なのに、当時は花とか咲いてたのか?」

「月明かりや星明かりを出す魔法がある。何なら見せてやろうか?」

「お前に魔法を使わせるつもりはない」

「おのれ……」

 月明かりに照らされる庭園と言うのも風情がありそうだが、現実には草一本生えていない剥き出しの地面。日も当たらず閉め切っていたためか、鼻につんとくる臭いがある。

 光の精霊で照らしてみると、中央に大理石製だと思われる祭壇が見える。

 その祭壇を挟んで正門の反対側となる奥の壁際には池があった。

 近付いてみると、水は濁り切っている。おそらく臭いの原因はこれだろう。

「これ、何のための池だ?」

「……彩りじゃないか? 意味があるのは祭壇だ」

 キンギョはしれっと答えた。庭園の見栄えを良くするための物らしい。

 こちらも今は見る影もないが、当時は池も含めてきれいな庭園だったのだろう。 


「これは換気した方が良さそうね」

 臭いに気付いたのか、馬車からクレナが降りて来た。

 風の精霊の力を借りて中の空気を入れ換えるのだろう。

「大丈夫なのか?」

「流砂のおかげで上と繋がってるからね、地下道に風を通すよりは楽よ」

 馬車で休んでいたおかげか、先程より顔色が良い。この様子なら任せても大丈夫だろう。

 馬車を中庭に入れると、門を閉じて閂を掛ける。

 おそらく鎧窓が破壊されている事を考えると、この神殿で一番頑丈なのはこの門だ。

 門はここを守るのに使い、換気は窓の方を使ってやってもらおう。


「俺とルリトラで建物の中を一通り見て回る。門が閉まってても、窓が開いていたら意味が無いからな」

「壊れている窓を直すのですか?」

「塞ぐ」

 俺は手の平をルリトラの方に向けて答える。

 大地の精霊召喚があれば、それも可能なのだ。

 換気用の窓を残す必要があるが、探せば通風口ぐらいあるだろう。見付からなければ、どこか窓を一つ開けたままにしておけば問題ないはずだ。

「奥の部屋も見て回るから、キンギョも連れて行くぞ」

「そろそろ新しい水に入れ替えた方が良い」

 リウムちゃんの言葉に俺は頷いた。

 俺の魔力製の水の中に入れているからこそ、こいつは魔法が使えず身動きが取れないのだ。

 時間の経過と共に魔力は失われてしまうので、そろそろ水を入れ替える必要がある。

 手早く水を入れ替え、十の光の精霊をその場に残し、俺とルリトラ、それにキンギョは五つの光の精霊を伴って神殿内の探索を始める事にした。



 一階の鎧窓は全て破壊されていたので、それら全ての穴を大地の精霊召喚で変形させて塞いで行く。その際に、通気口を発見する事が出来た。

 二階の窓は一部しか壊れていなかったので、やはり何者かによって人為的に壊されたと見て間違いないだろう。

「ふぅ……」

 疲れた俺は、肩を落として一息吐く。流石にMPを使い過ぎた様だ。

「トウヤ様、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。まだ行ける」

 とは言え、まだ余裕はある。二階の窓はほとんど壊されていないので、このまま最後まで見て回れるだろう。


「なぁ、ここって食料の備蓄とかあったか?」

「そりゃ倉庫に行けばあるだろう」

「それ狙いのヤツに壊されたかな、窓は」

「……罰当たりどもめ」

 前々からそれらしい様子はあったが、どうもこの自称・賢者は、闇の女神への信仰心が強い様だ。『砂漠の王国』に到着してから、更にその傾向が強くなった気がする。


 神殿内を探索しながら、書物の類は資料となるので片っ端から回収して行く。

 キンギョはどうせ読めんだろうと言いたげに、バカにした様な表情を見せていたが、お生憎様だ。俺は光の女神の加護のおかげで、この世界の文字は大抵読む事が出来る。

 先程一冊を手に取りペラペラとめくって確かめてみたが、何と書いてあるかハッキリと理解する事が出来た。

 もっともそれをキンギョに教えてやる義理はないので、彼の表情には気付かない振りをして書物の回収を続ける。

 神殿の書物を持ち出すなど罰当たりだと言われるかと思ったが、それについてはキンギョは何も言わなかった。

 ここで野晒しにしているよりマシだと考えているのかも知れない。

「しかし、本以外は何もないな」

 誰かの私室だと思われる部屋も、タンスの引き出しは全て開けられていて中身は空っぽになっていた。部屋によっては空っぽのタンスすら無い。

「やはり聖王と魔王の戦いでこの街が地中に沈んだ後も生き延びた者達がいて、その者達によって略奪されたと考えるべきでしょうか?」

「そいつらの成れの果てが、あのスケルトンって事か?」

 俺がそう言うと、ルリトラは神妙な面持ちでコクリと頷いた。

 確かにそう考えるのが妥当な気がする。

 するとキンギョが不機嫌そうな声で話し掛けて来た。

「貴様等は、聖王が荒らしたのではないと言うのか? ハデスの民が闇の女神様の神殿を荒らしたと?」

「聖王パーティの可能性を捨てた訳ではないが……」

「いや、多分そっちは無いな」

 ルリトラがキンギョをフォローしようとしたが、俺はそれをピシャリと遮った。

「ほう、貴様は聖王の肩を持つと?」

「そうじゃない。話に聞いてる限り、聖王と魔王の戦いって信仰が絡んでるだろ?」

「……否定しない」

「だったら聖王がこの神殿を荒らしたんだとすれば、こんな中途半端な事せずに火を付けるか瓦礫にするかしてるだろ」

「むぅ……」

 俺の言葉を否定出来ないのか、キンギョは押し黙ってしまった。

 この神殿を荒らしたのが生き残りの民で、生活に必要な物を取りに来たと考えれば、書物だけ残っていると言うのも納得出来るのだ。

 生きるか死ぬかの瀬戸際となると、書物など薪の代わりぐらいにしか使えないだろう。

 あえてキンギョをフォローするなら、神殿の書物を燃料代わりにするのは流石に気が引けたので略奪されずに残っていたとも考えられる。

「ここに取り残された人達、地下道も埋まって外に出る手段が無かったんじゃないか? 追い詰められてたんだろうさ」

「…………」

 とりあえずキンギョをフォローするのは癪なのでハデスの民の方をフォローしておいたが、キンギョは黙ったまま何も喋らなかった。



 二階も一通り見て回ったところ、門の丁度真上に広めの部屋があるのを見付けた。

 そこからなら神殿の前を見渡す事が出来る。キンギョに尋ねてみると案の定、ここは見張りの神殿騎士達の詰所だったらしい。

「ここなら外を見張りながら休めるな。今夜はここで休んで、交代で外を見張ろうか」

「馬車はどうします?」

「この状況だと、中庭全体が厩舎みたいな物だろ。一晩放っておいても大丈夫じゃないか?」

「なるほど」

 エサときれいな水を用意しておく必要があるだろうが、それさえあれば馬を一晩中庭に放しておいても問題ないだろう。

 俺の言葉を聞いて、ルリトラも納得してくれた様だ。


 そして中庭に戻ると、クレナが換気を終えていたらしく、臭いも随分とマシになっていた。

 ただ、彼女もMPを使い過ぎたらしく、疲れた様子で座り込んでいる。

「クレナ、大丈夫か?」

「トウヤこそ……顔色悪いわよ」

 お互いに顔を見合わせて苦笑してしまう。彼女もそうだが、俺の方もあまり良い顔色ではない様だ。

「二階に門の前を見張る神殿騎士の詰所があった。俺達はそこで休もう」

「それじゃ飼い葉とか出さないとね。『無限バスルーム』を開けてちょうだい」

「それは私がやります! クレナさまもトウヤさまも休んでてください!」

 立ち上がろうとしたクレナをロニが押し留めた。

 ルリトラも俺の方を見て何か言いたげな表情で腕を組んでいる。休めと言いたいのだろう。これは俺も手伝わせてもらえそうにない。

 俺は『無限バスルーム』の扉を開くと、そのままクレナの隣に腰を下ろした。

「リウムちゃんも手伝って!」

「分かった」

 リウムちゃんがロニの後ろに付いてトコトコと『無限バスルーム』の中に入って行く。

 こうして見ると、俺やクレナから見れば妹の様なロニが、不思議とお姉さんの様に見える。

 その微笑ましい光景を、俺はクレナと肩を並べて見守っていた。心なしか疲れている二人の表情に笑みが浮かんでいるのは気のせいではあるまい。


 ちなみに夕食は、池の臭いが完全に収まった訳ではないので、一階にあった厨房跡で火を熾して料理をした。当然の事だが、鍋などは自前の物を使った。

 厨房跡にテーブルを用意して、その場で夕食を食べる事にする。

 炙った肉にかぶり付きながら、一つ気になっていた事をロニに問い掛けた。

「食料は、あとどれぐらい保ちそうだ?」

 こうして神殿跡を確保したと言っても、食べ物がなければ滞在し続ける事は出来ない。

 俺達は『無限バスルーム』のおかげで通常よりも多くの荷物を運べるが、それでもいつまでもとはいかないのが現実だ。

「ケレスに戻る時間も合わせて考えると……ここにいられるのは十日間くらいですねぇ」

「ある程度余裕を持たせるとして一週間ってところか……ここを全部調べられるかは微妙な所だな」

 このハデス・ポリスの中心街は、ユピテル・ポリスやケレス・ポリスに比べれば小さいが、それでも地下道を抜けた所から見た感じ街の一区画分程度はあるだろう。

「重要そうな場所に的を絞って調べるしか無いでしょうな」

「となると、やっぱり魔王城かしら?」

 ルリトラとクレナが意見を言い、それぞれチラッとキンギョの方に視線を向ける。

「……まぁ、中心街で一番重要な場所は、この神殿か魔王様の城ではないか?」

 するとキンギョはぶっきらぼうな口調で答えた。

 俺としてはそれ以外に重要な場所は無いかを聞きたかったのだが、元々完全に味方と言う訳ではないのだ。無制限に情報を提供してくれると言う訳ではないのだろう。

 手分けをして調べられれば良いのだが、スケルトンの様な所謂アンデッド・モンスターが出没する事を考えると、別行動するのは望ましくない。

 分かっている範囲から順々に調べて行くしかあるまい。


 その日の晩、俺は交代で見張りをしようと言ったが、ルリトラはそれを認めなかった。

 MPを使い過ぎた俺とクレナはゆっくりと休めと言うのだ。

 俺はともかくクレナの名前を出されてしまっては、素直に従うしかない。

 今夜はルリトラとロニの二人で見張りをしてくれるそうだ。

 軽く入浴を済ませ、キンギョの水を新しい物に取り換えてから、俺達は布団を並べて俺はクレナとリウムちゃんの間に横たわる。

 今はそうでもないのだが、旅立った当初は運び込んだ食料でかなり手狭だったため、ひっついて寝るしかなかったのだ。

 ある程度スペースを確保出来る様になった今でも、それは続いている。


 寝るにはまだ少し早い時間だったので、俺は俯せになって回収してきた書物を読んでみる事にした。

 クレナ曰く、これらの書物は全てハデスの古い文字で書かれていて、『砂漠の王国』について調べていただけあって彼女も読む事が出来るらしい。

 リウムちゃんは、俺の上に寝っ転がって肩越しに俺の持つ本を覗き込んでいる。傍から見れば亀の親子の様に見えるのではないだろうか。

 かく言う彼女はハデスの文字を読めないそうなので、単に俺にじゃれ付きたいだけの様だ。

「神官の日記とかあるわね」

「こっちはハデスの歴史書っぽいな。貴重な資料なんじゃないか?」

「これは? 料理の絵が載ってる」

「……レシピ集だな」

 集めた書物はピンからキリまであった。

 資料としての価値はともかく、かつてはここで人が暮らしていた事を窺わせる。

 あと、個人的にはレシピ集は興味深い。

 こちらも重要そうなのを選んで読み進めて行くつもりだが、ここに居られる時間が限られているため、本格的に調べるのはここを出て人里に戻ってからになるだろう。


「トウヤ、電気点けてる間もMP消費してるんでしょ? 今日は早めに寝ない?」

「ん……そうだな。その分、早く起きたら良いか」

 普段から何気なく使っているので自覚が無かったが、『無限バスルーム』内の電気も全て俺のMPを消費しているのだ。

 こう言う日こそ早めに休まねば、見張りをしてくれているルリトラとロニにも顔向け出来ないと言うものである。

「それじゃ、ちょっと早いけど明かり消すぞ」

「あ、私がやる」

 リウムちゃんが俺の背中から立ち上がり、明かりを常夜灯に切り替えてくれた。

 そして戻って来た彼女は、仰向きになった俺の隣に再び潜り込んで来る。

 リウムちゃんは旅の間などはしっかりしているが、休む時は結構甘えん坊である。春乃さん達と旅している間もこんな感じで、いつも彼女達と一緒に寝ていたらしい。

 と言うか、俺が抱き枕にされている気がする。

「まったく、仲良いわね」

「クレナもやる?」

「結構よ。抱き枕が無いと眠れないほど子供じゃないもの」

 と言いつつ、毛布の中では俺とクレナで手を握り合っていたりするが、彼女の名誉のために言わないでおこう。

「それじゃ、お休み」

 お互いの頬にお休みのキスをして、俺達は床に就いた。

 やはり疲れていたのだろう。俺が眠りに就くまでさほど時間は掛からなかった。



 翌朝、目を覚ました俺はまず洗面器に水を張って『無限バスルーム』の外に出た。

 キンギョの洗面器の水を入れ替えるためだ。

 水の魔力は軽く半日程度は保つはずだが、朝一番に入れ替えておいた方が時間の経過が分かりやすいのである。


 外に出ると窓から門の外を見張っているルリトラと、毛布にくるまって横たわっているロニの姿があった。

 ルリトラはすぐに俺が出て来た事に気付いて振り返る。

「おはようございます、トウヤ様」

「ああ、おはよう。昨夜は襲撃はあったか?」

「いえ、ありませんでしたね」

「そうか」

 そんな会話をしながら俺は洗面器に近付いて行った。

 また朝からうるさく喋り出すのかと思いながら洗面器を覗き込み、俺は驚きに目を見開く。

「おい! キンギョどこに行った!?」

「えっ!?」

「な、なんですか!?」

 俺の大声にルリトラが振り返り、ロニも寝ぼけまなこでガバッと身を起こす。

「洗面器の中にキンギョがいないぞ!」

「まさか!?」

 ルリトラも慌てて駆け寄り洗面器を覗き込むが、そこにキンギョの姿は無い。

 寝る前に水は取り換えた。水の魔力はまだ十分に保っているはず。

 にもかかわらず、キンギョは洗面器の中から忽然と姿を消していた。

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