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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
37/206

第34話 賢者の泉

 降りしきる雨。「しとしと」と言った風情のあるものではなく、まるで雲の底が抜けたかの様な滝を彷彿とさせる豪雨だ。

 不幸中の幸いなのは、一日中降っている訳ではないと言う事だろう。

 雨が降る時間と降らない時間がくっきりと分かれている。降らないと言っても晴れる訳ではなく、空はどんよりとした曇り模様だが。割合で言えば半々ぐらいだろうか。

 そのため雨の時は棒と大きな布を使い、間に合わせの雨よけを作って身体を休める。そして曇りの時に集中して進む。

 自分達だけならば幌馬車の中でも良いのだが、馬も雨風を凌がせるためには、こう言う物も必要になるのだ。

「集落にいた頃は、曇りの時間を見計らって狩りをしていたものです」

「湿気が苦手なサンドリザードマンにとっては受難の季節だろうな」

「溜め池の水はこの時期の雨頼りですから、そればかりではありませんがね」

 苦手ではあるが、無くてはならない。彼等トラノオ族と雨季は、そんな複雑な間柄らしい。

 幸い、この時期はモンスターの活動もあまり活発的ではない。サンドウォームも水を苦手としているのか、『空白地帯』の中で姿を現す事はほとんど無かった。


 そのため俺達一行は曇りであれば昼夜を問わず馬車を進めている。

 夜遅くなるとリウムちゃんは眠ってしまうが、馬車なので問題は無い。

 今も夜だ。御者台に座っているが、生憎の曇り空で月も星も見えない。草木がほとんど無く土と岩ばかりの荒れ地のため、暗さも相まって寂しげな風景が続いていた。

 そこで俺が十ほどの光の精霊を馬車の周りに飛ばし、せめて視界を確保しておこうとそれを光源にする。


 『空白地帯』に入って、今日で三日目。

 俺達は、以前来た時とは様変わりしている涼しげだがジメジメとした大地を旅していた。



 御者台から、周囲を警戒しながら歩くルリトラの姿が見える。

 旅をする時、彼は基本的に馬車の外だ。何せ彼は、素で馬より速い。

 モンスターの動きが鈍っているとは言え、昼夜問わずに旅が出来るのは、ひとえに彼のおかげだと言えるだろう。

 チラリと馬車の中に視線をやると、ロニがリウムちゃんに膝枕をしてやっていた。

「ロニは、意外と夜も平気なんだな」

「慣れてますからね~」

 クレナと二人で旅していた頃はまだガチガチの主従関係だったため、夜の見張り等もロニが率先して行っていたのだろう。

 クレナはと言うと、荷物の中から寝心地が良さそうな袋を見付けてそれを枕代わりにして仮眠を取っている。

 御者と後方の見張りは交代制なので、今はクレナが休む番なのだ。


「トウヤ様、雨が近いです」

 馬車の外のルリトラが、鼻先をひくつかせながら告げてくる。

「休めそうなとこはあるか?」

「あちらの岩陰などどうでしょう?」

 ルリトラが指差す先には、長方形の岩が見える。

 あの大きさならば、岩を利用して簡単に簡易テントを張る事が出来るだろう。

「よし、急ごう。降り始める前にテントを張るぞ」

「分かりました。それでは先行します」

 そう言うやいなやルリトラは尻尾を水平に伸ばした前傾姿勢で勢い良く駆け出し、その後ろ姿はあっという間に小さくなって行く。

「ロニ、俺達も急ぐから揺れに気を付けてくれ」

「分かりました」

 ロニが膝枕で眠るリウムちゃんの身体に腕を回し、身体でクレナを支えるのを確認し、俺は馬車を急がせた。



 そして岩の近くに到着した俺は、その岩を見て言葉を失ってしまった。

 簡易テントを張る上で大きさ等が問題となるが、今はその辺りの事は関係無い。

「……なぁ、こう言うのって自然に出来る物か?」

 その岩は、あまりにもしっかりした長方形過ぎたのだ。自然に出来る形とは思えない。

 ルリトラの身長よりも少し高く、長い方の横幅は馬を合わせた馬車全体程ありそうな岩だ。

 目を覚ましたクレナが馬車から出て来て、俺と同じ様な表情になる。

「これ……もしかして、切り出された岩じゃないの?」

「建材って事か?」

「今はコンクリートが主流だけど、それ以前はこんな感じに切り出した岩を使ってたって聞いた事があるわ」

 コンクリートと言うと鉄筋コンクリートをイメージしてしまうが、この場合は古代ローマにあったと言うローマン・コンクリートの様な物だろう。

 クレナは『砂漠の王国』について調べていただけあって、この手の遺跡関連の知識もあるらしい。

 つまり、かつてこの岩を使って何かしらの建造物を造ろうとした者がいたと言う事だ。

 一見ただの大きな岩だが、この『空白地帯』の中央にかつて『砂漠の王国』が存在した証拠と言えるかも知れない。

「って、岩を眺めてたって何も分からないわ。考察は後にしましょ」

「おっと、そうだったな」

 クレナに言われ、雨が降る前に簡易テントを張らなければならない事に気付いた俺は、ルリトラと一緒に馬車から大きな布を取り出した。

 幌の中に入れると邪魔になる程の大きさなので、底面に作った棚に仕舞い込んでいるのだ。

 この布は水を弾きやすいモンスターの毛を使った毛織物で、四方の端に金属製のリングが付けられている。

 本来は衝立の様にして、旅の途中で水浴びや着替えを行うために使う物なのだが、俺達はこれを簡易テントを張るために使っていた。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。精霊召喚!」

 岩に手を当てて大地の精霊を召喚すると、岩の表面に幾つもの真っ黒になるまで圧縮された突起が飛び出て来て縦一列に並ぶ。即席の梯子だ。

 それを使って岩の上に登った俺は、ルリトラからグレイブにリングを引っ掛けた布の端を受け取る。

「もういっちょ精霊召喚!」

 今度は岩の上に置いたリングを貫いて真っ黒の杭が飛び出て来た。

 杭の先端はリングより大きくなっているため、俺が魔法を解除するか力尽くで壊さない限りリングが外れる事は無い。

 もう一つのリングも同じ様にして岩の上に留めてから再び地面に降り、布、地面で三角形を描く形になる様に布を大きく張り、残りの二つの端も地面に釘付けにする。

 これで布の下では雨風を凌げる簡易テントの完成である。


「それにしても便利だな、大地の精霊召喚」

「普通、そこまで圧縮出来ないから」

 俺の正直な感想に、クレナは呆れ気味だった。

 圧縮が出来るだけで一気に応用範囲が広がる魔法なので正直もったいないと思うが、注ぎ込むMPが足りないと言う極めて単純な理由だけにどうしようもない。


「それはともかく、『賢者の泉』まであとどれぐらいかな?」

「東にあと少しってところだと思いますよ」

 俺の問いにはロニが答えてくれた。

 この世界における旅人達の多くは、星を目印に旅をする。北極星は無いのだが、いくつかの星座の位置で大体の方角を知る事が出来るらしい。

 当然、曇っていると星が見えないのが困りものだ。俺達も最後に星を見たのは一昨日の話である。

 季節毎に星座の位置が変わるので、この辺りの知識はれっきとした学問の一つとして扱われている。

 無論全ての人がそれを知っている訳ではなく、旅人のほとんどは「とりあえず北が分かれば良い」程度なのだそうだ。

 今回はそれ以外にも、雨が止んだ時を見計らってリウムちゃんに『飛翔盤』で空に上がってもらい、遠くに見える泉の位置を確認してもらっている。

「まぁ、空から確認なんて事をやっているのですから、心配しなくても簡単に道に迷ったりしませんよ」

 そう言ってルリトラは笑う。

 俺としてはGPSはおろか地図も方位磁石も無しに旅をするのは正直恐ろしさを感じなくもないのだが、この世界の人達にとってはそれが当然の事なのである。

 こればかりは文明の違いなので仕方が無いだろう。

 何にせよ、リウムちゃんはオペラグラスの様な遠眼鏡を持っていて、『賢者の泉』の方角は分かっているそうなので、そこまで道に迷うと言う事はないだろう。

「ム、降り始めましたな」

「激しいな、オイ! いっそ朝まで降って、それから止んでくれたら良いのにな」

「ハッハッハッ、それは良い!」

 降り始めた雨はぽつぽつとか生易しいものではなく、ザアザアと降り注ぐ豪雨だった。

 俺達はそんな会話をしながら慌てて簡易テントの中へと入って行く。

「この激しさ……長引きそうですな」

「丁度良いじゃないか。休むチャンスだ」

 雨を避けるため仕方がないとは言え、夜の旅は負担が大きい。せっかく夜に降ってくれているのだから、このまま朝まで休ませてもらおう。

「少し溝を掘っておきましょうか。こちらに水が来ない様に」

「それもそうだな。手伝うよ」

 強がって見せていてもクレナもロニも疲れている。ここは男の出番と言う事で、二人にも休んでいてもらおう。

 俺は『無限バスルーム』の扉を開いて二人に眠ったままのリウムちゃんを任せると、ルリトラと二人で作業に取り掛かる。

「あ、もう少し深い方が良いです」

「こんな感じか?」

 まったく、この旅は何かと苦労する。

 だが、皆で力を合わせて進んでいく事に、俺は元の世界では味わえなかった充実感を感じていた。



 そして翌日、雨が止んだのは朝を越えて昼前だった。

 おかげでゆっくりと休めた俺達は、少し早いペースで『賢者の泉』に到着する。

 『空白地帯』の外縁部は砂漠ではなく荒地だが、そこはまるで砂漠のオアシスの様な光景が広がっていた。

 泉の大きさは小学校のプールぐらいだろうか。結構大きい。

 その縁には草木だけでなく色取り取りの花が咲き誇っていて、俺達のいる位置から丁度向い側にある二本の木が目立っている。

「……ここだけ晴れてないか?」

 そして信じられない事に、雨季だと言うのにこの辺りだけ晴れ渡っていた。

 たまたま晴れている訳ではない。周囲を見回してみると、どんより曇り空が広がっている。

 まるで台風の目の様に、この泉の上空だけぽっかりと雲に穴が空いているのだ。

「魔法でこんな事出来るのか?」

「い、いえ、聞いた事ないわ……」

 クレナは信じられないものを見たかの様に目を丸くして絶句している。

 俺にとっては俺達が使っている魔法も、この超常現象も「不思議な事」に変わりないが、魔法について俺より詳しい彼女にとって、この現象こそが「不思議な事」であるらしい。

 これも一種の文明の違いだろうか。


「きれいな水……」

 馬車から出て来たリウムちゃんが泉を覗き込み、感慨深げな声を漏らした。

 俺も隣に立って覗き込んで見ると、底が見えるくらいに澄んでいる。これは俺達の世界ではそうそう見られる物ではない。

 そしてクレナ、ロニ、ルリトラの三人も来て五人が泉の前に並ぶ。

「普通の旅人だったら、迷わず汲んでるところなんでしょうね」

「我々にはトウヤ様のギフトがあるからな」

「泉の水はいらないですよね~」

 感動が無いぞ、お前達。

 いや、彼等にとって「きれいな水」の価値はそこまで高くないのかも知れないが。

 そう言えば「きれい過ぎる水」は、逆に魚も住めない様な水の可能性もあると聞いた事があるが、この水はどうなのだろう。

 俺達は『無限バスルーム』のおかげで水には困らないので、あえて危険を冒して試そうとは思わないが。


「そう言えば、『賢者の泉』って何箇所もあるんだよな?」

「ええ、初代聖王の伝承の中に登場してるから、本物の位置が分からない様に偽物を作ったんだと思うわ」

 伝承によると、初代聖王は泉の賢者に導かれて魔王の城に辿り着いたらしい。

「つまり『砂漠の王国』の中に魔王の城があるとすれば、その近くにあるこの泉が本物って事なのか?」

「そう言う事になるわね」

 つまり、ここは伝承に登場する地と言う事だ。そう考えるとちょっと感慨深くなってくる。

「どこかにいるんでしょうか、賢者さん」

「いや、初代聖王は五百年前の人間だろう」

 普通に考えるととっくの昔にお亡くなりになっていると思うが、種族によっては今も生きてるかも知れないと考えてしまうのは「ファンタジー」に対する偏見だろうか。

 実際この辺りだけ雨が降っていないのだから、何かしらの力が今も働いていたとしても不思議ではないとも考えられる。

「あ、魚」

「え、どこ?」

 リウムちゃんの指差す先、一番背の高い木の下辺りで小さな魚が跳ねた。

 かなり小さい魚だ。よく気付く事が出来たものだ。

 それにしても、こんな荒野の中にある泉にも生き物はいるのか。ちょっと驚きである。

 その魚は幾度か水面から跳ねながら、少しずつこちらに近付いて来る。

 よく見ると小さな身体の割にはひれが大きい魚だ。何と言う種類かは分からないが、見た目のイメージは「派手な金魚」と言ったところだろうか。

 その金魚モドキは、そのまま俺達の足下まで近付いて来て水面から顔を覗かせ――


「なんじゃおぬしら、水は汲まんのか?」


――なんと人間の言葉で俺達に話し掛けて来た。

 俺は光の女神の祝福で言葉を理解しているのだが、クレナ達も目を白黒させているので彼女達にも分かる言葉で話し掛けているのは間違いないだろう。

 ルリトラも感心した様子で俺達の頭越しに泉を覗き込む。

「さすが賢者の泉ですな、妙なモノが居る」

「ん? わしじゃが」

「何が?」

「だから賢者」

「…………」

「…………」

「ま、まさか……この小魚が賢者!?」

「いかにも」

 くいっと顔を後ろに動かす金魚モドキ――もとい賢者。もしかして今の動作は胸を張ったのだろうか。

「ささ、荒野を旅して疲れたであろう。旅人達よ、この泉の水を飲むが良い」

「あ、いえ、私達水は十分有りますので」

 小さな魚相手だが、丁寧に断りの返事をするロニ。

 それを聞いた賢者はついっと視線を逸らしてこう言った。

「チッ! 素直に飲めば操り人形にしてやったのに」

 かなり黒い内容だ。

「ならば実力行使!」

「……精霊召喚」

「ぬおおおっ!?」

 何やらよく分からないが敵の様なので、俺はすぐさま大地の精霊を召喚し、泉の底を盛り上げ魚の賢者を陸の上に打ち上げた。

「ぐっ……息が……」

 地面の上でピチピチと跳ねる自称・賢者。さて、どうしたものか。

「とりあえず、洗面器取って来る。逃がさない様にしといてくれ」

「早くしてあげてね。流石にこのまま死なれると寝覚めが悪いから」

 泉の中に逃げられると厄介そうなので、『無限バスルーム』から洗面器を持って来て賢者を捕まえる事にする。

 また何かしようとすれば、洗面器を蹴倒してやれば良いだろう。


「と言うか……コレが初代聖王を導いた賢者?」

 残念ながら自称・賢者はリウムちゃんの問い掛けに答えられる状態ではない。

 さて、捕まえたところでこいつは素直に情報を教えてくれるだろうか。

 甚だ疑問ではあるが、このまま死なれては得るものもゼロなので、俺は急いで『無限バスルーム』の扉を開けるのだった。

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