第31話 血闘、砂漠の大蚯蚓
光の精霊を召喚したおかげで十分な明るさを確保する事が出来た。
実を言うと突然の光に驚いてサンドウォームが逃げてくれる事も考えていたのだが、残念ながら鬱陶しそうに身をよじらせるばかりだ。
主に土の中で活動しているモンスターらしいので、視力が弱いのかも知れない。
「クレナ、杭を! ロニは馬車を!」
俺は『無限バスルーム』の扉に向かって走りながら声を上げた。
その声に反応してサンドウォームが襲い掛かって来る。やはりこいつは音に反応している。
俺がそのまま走り抜けると、背中すれすれの所をサンドウォームの巨体が通り抜け、再び地面に潜って行く。
大きい、俺の身長以上の直径があるんじゃないだろうか。
勢い良く地面に飲み込まれて行く巨大な姿は現実感が無く、振り返った俺は思わず言葉を失ってしまった。
「トウヤ! ぼうっとしない!」
クレナの叱咤する声にハッと我に返って彼女の方を見ると、『無限バスルーム』を出たロニが馬車に飛び込むところだった。
馬はサンドウォームの登場に怯えて逃げ出そうとしているが、地面に突き刺した杭とロープで結ばれているため、その長さ以上に動く事が出来ずにいる。
ロニは馬車の中に仕舞っていたクレナの剣を鞘ごと投げ渡し、受け取った彼女は馬車と地面に刺した杭を結ぶロープを斬る。
すると自分を束縛する物が無くなった事に気付いた馬は、弾かれた様に走り出す。
ロニはバランスを崩しながらも手綱を握り、そのまま俺の前を走り抜けて行った。
馬のいななきと、ガラガラと大きな音を立てる馬車の車輪。
俺は一瞬怪訝そうな表情を浮かべたが、直後にその音がサンドウォームを誘き寄せる事に気付いた。
「ロニ! そのまま止まるなよ!」
俺は勢い良くブロードアックスを振り下ろして地面に突き刺す。
「精霊召喚!」
そして渾身の魔力を込めて大地の精霊を召喚した。
馬車が通り抜けた跡から次々に飛び出す無数の巨大な黒い槍、いや円錐と言うべきか。
鋼鉄並の硬度になるまで圧縮した土を大きな円錐にして突き出したのだ。地面からではなく地中から。
けたたましい悲鳴の様な鳴き声と共に馬車のすぐ後ろから顔を出すサンドウォーム。
大当たりだ。地中で馬車を追っていると思ったら案の定だった。
膨大な魔力に任せて当てずっぽうに広範囲に渡って円錐を撃ち出した。大量の魔力を使ってしまったが、地中のどこにいるか分からなかったので仕方がないだろう。
おかげで数本が奴の身体を貫通したらしい。サンドウォームは苦しみもがきながらも、その場に繋ぎ止められ動けずにいる。その隙にロニが操る馬車はぐんぐん距離を開いて行った。
サンドウォームの頭に気付いたルリトラが、グレイブを頭上で振り回しながら俺の隣を駆け抜けて行く。
「うりゃあぁぁぁッ! せいやァッ!!」
そしてルリトラは振り回した勢いも乗せて、通り抜け様に俺の身長以上の太さがある胴体に斬り付けた。
強烈な一撃。重い物同士がぶつかりあった様な音と共にサンドウォームの胴体が半分程斬り裂かれる。俺が食らえばブリガンダインの上からでも真っ二つにされそうだ。
「トドメは任せて!」
見事な装飾が施された鞘から細身の剣を抜きはなったクレナは、切っ先を焚き火の中に突き入れると、短く呪文を唱えて走り出した。
すると焚き火の炎が、そのまま剣に纏わり付く様にして炎の帯となって付いてくる。
「『炎の蛇』よ!」
クレナが剣を振るうと同時に、炎の帯は彼女の剣から離れ、その言葉通り蛇となった。
光の精霊に照らされた中でも一際強く、熱い光を放ち、顎を開いてサンドウォームへと飛び掛かった。
狙いはルリトラが斬り付けた位置の丁度反対側。胴体を繋ぎ止めている残り半分の部分だ。大きく開いた顎が食らいつき、その身を焼きながら食い破る。
サンドウォームの身体がぐらりと揺れると同時に、身体を繋ぎ止めていた部分を焼き尽くされ、巨大な頭が落ちて地響きを立てた。
「トドメだッ!!」
すかさずルリトラが駆け寄り、渾身の力を込めてグレイブを振り下ろし、サンドウォームの先端、口部分を叩き潰す。
奴に脳が存在するかどうか分からない。いまだにピクピクと蠢いているが、獲物を飲み込む口が無くなっては最早何も出来ないだろう。
「上手く行ったか……思ったより呆気ない……」
「奴の最も恐ろしい所は、自在に地中に隠れ、獲物目掛けて飛び出して来る事ですので」
それはサンドウォームの動きを見ていて予想が出来た。
何とかその動きを止めようと地中で串刺しにした事で、俺は奴の最大の武器を封殺していた様だ。
勝利に安堵し、ふっと気を抜いた瞬間、クレナの叫び声が俺の耳をつんざいた。
「トウヤぁ! 後ろぉ!!」
その声に弾かれる様に顔だけ背後に向けると、少し離れた所から飛び出したサンドウォームが夜空に大きく弧を描いて俺の目前まで迫っていた。
二体目のサンドウォーム。その可能性を失念していた。
ルリトラもクレナも、一体目を倒すために俺を挟んで反対側だ。
俺のブロードアックスは魔力を地中に伝えるために地面に突き立てているため動かない。いや、自由な状態でもこんな小さな斧であの巨体は相手に出来ない。
ラウンドシールドが大きいとは言え、それで防ぐなど以ての外だ。
ブロードアックスを捨てて逃げるしかない。俺はそう判断して飛び退こうとする。
「……『槍よ、貫け』」
突如星空から飛来した巨大な銀色の槍が、二体目のサンドウォームの胴体を貫く。
槍はそのまま巨大な胴体と共に地面に突き刺さり、一瞬だがサンドウォームの動きが止まった。しかしすぐに槍を引き抜き、奴は勢い良くこちらに飛び掛かってくる。
一瞬、時間にして数秒の時間。だが、それだけあれば別の手が打てる。
「精霊……召喚ッ!」
手放して逃げるはずだった斧の柄を強く握り締め、再び魔力を大地へと注ぎ込む。
今度は円錐ではない。巨体の敵には巨大な斧。地面に刺さったブロードアックスの刃を芯にして、周りの土を俺の魔力で固めて巨大で真っ黒な刃を形作るのだ。
俺の身体よりも大きな刃。俺の魔力で限界まで圧縮した土製の刃だが、精霊が宿っているためさほど重くはない。
「うぉりゃあぁぁぁッ!!」
引き抜いた巨大斧を振り向き様に大上段に構え、突進してくるサンドウォームに向けて勢い良く振り下ろす。そのまま真正面から巨大な胴体を真っ二つに斬り裂いていった。
「クッ!」
巨体が重い。その重さに耐え切れず、俺はブロードアックスの柄に左手も添えて支え、腰を落として身体を踏み支える。
赤い血を頭から浴びながらそのまま耐えていると、やがてその勢いが止まり前方から掛かっていた圧力が消えた。
しばらくじっとして様子を窺っていたが、サンドウォームには動きは無い。どうやら二体目も倒す事が出来たらしい。
ふーっと一息つくと、魔力が抜けて俺より大きくなっていたブロードアックスの刃が一瞬膨らみ、元の土くれに戻っていく。
圧縮していた土が膨れ上がった事で斬り裂いたサンドウォームの胴体が開き、俺がいる所に月明かりが差し込んできた。
「……うげっ」
「断面」をモロに見てしまった俺は、思わず踵を返してダッシュでその場から走り去った。
「長いよ、オイ!」
長く斬り裂いていたため、頭の向こうまで走り抜けるのにしばし時間が掛かってしまったのは余談である。
二体のサンドウォームの冥福を祈り、彼等の持っていた加護の力を取り込んでいると、空から大きなお盆の様な物の上にちょこんと座った少女が降りて来た。
ココア色のセミロングの髪をした小柄な少女、春乃さんと共に旅立ったはずのリウムちゃんだ。乗っているお盆は『飛翔盤』と言うらしい。
「リウムちゃん!?」
「久しぶり」
思わず驚きの声を上げる俺に対し、平静を保って小さく返事をする彼女。相変わらずクールな子である。
『飛翔盤』から降り立った姿を見て、俺はふと思った。
いつも通りの大きなマントを羽織っているが、実はあれは空を飛ぶ際の風を防ぐための物なのかも知れない。
空の上から降りて来た事から察するに、初めて見たがあの銀色の槍を放ったのは彼女の魔法なのだろう。
「あ、そう言えばあの槍は」
サンドウォームの方を見てみるが、それらしき物は見当たらない。
「あれは使い捨てだから気にしなくて良い」
そう言ってリウムちゃんは細い銀の串を俺に見せてきた。鉛筆程度のサイズだ。
「私の魔法でこれを大きくする事が出来るけど、大きくした物を元のサイズに戻す事は出来ない。魔力が切れると粉になって消える」
「リウムちゃん、そんな魔法が使えたのか……」
『水晶術』と言うらしい。銀の串も、中に小さな水晶を埋め込んでいるそうだ。
小さな銀の串と大きな銀の槍では質量が違う。これは俺の仮説だが、足りない分を魔力で補っているのではないだろうか。
その際に元の串は粉粒サイズにバラバラになって全体に広がり、魔力が消えると広がった粉だけが残って散ってしまう。
「原子」とか「分子」の概念を組み合わせ、粉がそう言う物だと仮定して考えた結果なのだが、結構的を射ているのではないだろうか。
そんな事を考えているとクレナが駆け寄って来た。
「トウヤ、知り合いなの?」
「前に言ってた、もう一人の『女神の勇者』の仲間だ」
「ああ、ハルノさんね」
まじまじとリウムちゃんを見るクレナ。
流石に初対面の相手に気後れしたのか、リウムちゃんは俺の後ろに隠れてしまった。俺はサンドウォームの血で全身汚れた状態なのだが。
「リウム!」
「……ルリトラも久しぶり」
続けて駆け寄ってくるルリトラの姿を見ると、顔見知りが増えたおかげかリウムちゃんも心なしかほっとした様子だ。
「クレナ、ロニを呼び戻す事は出来るか?」
「大丈夫よ。ちょっと待ってて」
そう言ってクレナは焚き火に近付くと、再び切っ先を火の中へと突き入れ、夜空に向けて火の球を一つ。一拍置いて立て続けに三発の火の球を放った。
「これでしばらく待ってれば戻って来るはずよ」
「そうか。ルリトラ、ロニと合流したらこの場から離れた方が良いと思うか?」
「サンドウォームの死骸を狙って、新たなサンドウォームが現れる可能性があります。早急に離れた方が良いでしょう」
「こいつらから回収出来る物は?」
「牙ぐらいでしょうな」
これも大体予想通りだ。巨大ミミズの様なその身体には固いウロコの様な外皮は無いし、巨体だが食用に向いているとも思えない。
ルリトラと俺で手分けして無事形を留めている物だけ回収していると、そこにロニが馬車と共に戻って来た。
「クレナさまぁ!」
馬車を止めたロニは御者台から飛び降りてクレナに飛び付く。馬と馬車を守るためとは言えクレナを置いて一人で離脱したため、心配でたまらなかったのだろう。
間近で攻撃した俺やルリトラと違い、クレナは少し距離を取って魔法を撃ったため血を浴びずに済んでいるため抱き着いても問題は無い。
むしろ問題は俺の背中に隠れてひしっと腰に抱き着いているリウムちゃんの方だ。
今は見えないが、彼女のマントはおそらく血塗れなのではないだろうか。
それはともかく、面識の無いリウムちゃんにクレナとロニ。双方と面識のある俺が間に立って紹介しなければならない。
「ロニにも紹介しておくよ。この子はリウムちゃん。もう一人の『女神の勇者』の仲間で、さっきは危ない所を助けてもらったんだ」
リウムちゃんは俺の背中から少しだけ顔を出してぺこりと頭を下げた。
「で、この二人はクレナとロニ。春乃さんへの手紙に書いていたトラノオ族の集落で仲間になった二人だ」
「よろしく、リウム」
「よろしくお願いしますっ!」
「…………よろしく」
クレナが少し前屈みになってリウムに手を差し出すと、しばらく彼女の顔と手を交互に見ていたリウムちゃんが、俺の背に隠れたままおずおずと手を伸ばして握手をした。
その姿を見てロニは「かわいい~♪」と目を輝かせている。
彼女は俺達の中では一番下の妹ポジションだったので、自分より幼いタイプのリウムちゃんの存在が嬉しいのかも知れない。
ここで牙を回収し終えたルリトラが声を掛けて来た。
リウムちゃんを二人に紹介していたため、ほとんど彼に任せる事になってしまった様だ。
「トウヤ様。早急にここから離れましょう」
「そうだな、どうしてリウムちゃんがここにいるのか聞きたいが、それは後でも良いか」
新手のサンドウォームが現れる前にここから離れなければならない。
「その前に二人とも返り血を落としなさい。臭いを辿られるかも知れないわ」
「おっと、そうだな」
クレナに指摘され、『無限バスルーム』から出した水で血を洗い落とす事にする。
「……訂正、二人じゃなくて三人よ」
そう言う彼女の視線の先には、俺に抱き着いた事で頬とマントを真っ赤にしたリウムちゃんの姿があった。
サンドウォームもミミズがベースになっていますので、血の色は赤で合っているはずです。




