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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
33/206

第30話 『空白地帯』再び

 準備を整えてケレス・ポリスを出発する日が来たのだが、出発の前に二つの出来事について触れておこう。

 一つは『聖王の勇者』の一人、中花律の事だ。

 街道沿いの村の労働レイバーが彼女を追い掛けていったと言う話は記憶に新しい。

 俺達より先行して来ているはずなのに全く話を聞かず、既に旅立ったのかと思っていたが、どうやら彼女はまだケレス・ポリスにいるらしい。

 流石に無断で労働レイバーを連れて行くのは不味いと思ったのか、持ち主である豪農の下に行って正式にそのレイバーを譲ってもらったそうだ。

 それだけならば意外と常識があると感心して終わるところだが、話はここからである。

 なんと彼女は今もその豪農の屋敷に滞在しており、毎日豪遊していると言うのだ。

 それどころかポリス中の男の戦闘レイバー達が彼女の下に集い、「リツ軍」と言えるものが結成されつつあるとの事。

 ここまで来ると豪農が鷹揚とか太っ腹とか言うよりも、勇者リツの方に何かあるのではないかと思えてくる。

 例えば『ギフト』。

 俺の『無限(アンリミテッド)バスルーム』や春乃さんの『無限(アンリミテッド)リフレクション』、それに勇者コスモスの『無限弾丸アンリミテッドブリット』の様な力が彼女にもあるはず。

 それが人を惹き付ける様な力だとすれば、この状況も理解出来ると言うものだ。

 向こうは俺には興味が無い様子だが、こちらから注視しておいた方が良いだろう。要注意人物の一人として。

 もっとも、禁忌とされている歴史の謎に挑もうとしている俺も、オリュンポス連合にとっては立派な危険人物の一人と言えるかも知れない。


 もう一つは、出発直前になってクレナがレイバー市場に行きたいと言い出した事だ。

 新しいレイバーが欲しいのかと思ったが、そうではないらしい。

 レイバー市場に到着すると、彼女はある手続きをしてもらっていた。

 それはレイバーであるロニの所有権に関するもので、自分の身に何かあった場合、ロニの所有権を俺に移すと言う手続きだった。

 そんな遺言の様な話を聞いた俺は、流石にそれはどうかと思ったので、どう言う事なのかと彼女を問い質してみる。

 すると彼女は、今のままだと自分に何かあるとロニの所有権が実家の方に移ると説明してくれた。そう言うシステムなのだそうだ。レイバーも財産と言う事だろうか。

 この手続きはすぐにロニを買ったユノ・ポリスのレイバー市場に届けられるそうだ。

 ちなみに俺の様に親族がいない場合は、俺に何かあればルリトラは自由になれるらしい。

 飛び出した実家に戻すぐらいならば俺に預けたいとクレナは言う。つまりは保険だ。

 縁起でもない事を言うなと言っておいたが、彼女が大事なロニを心配していると理解出来るため、それ以上は何も言う事が出来なかった。

 もちろん、クレナに何かある前に俺が守るとハッキリ言ったのは言うまでもない。それぐらい出来なくて何がリーダーか。



 そして手続きを終えた俺達は、保存食を受け取ってケレス・ポリスから旅立った。

 ケレス・ポリスの保存食は、固いビスケットの様なパンがメインだ。普通のパンより低い温度でじっくりと焼き、水分を飛ばす事でカビにくくしているらしい。

 それに漬け物の様な野菜。ドイツのザワークラウトに近いと言えば分かりやすいだろうか。

 他にも乾麺やある程度日持ちする野菜に調味料。ロニの料理の腕があれば、むしろ旅の間の食事が楽しみになるぐらいだった。

 小麦に野菜、農業が盛んな国ならではの保存食だ。地産地消である。

 逆に干し肉などはユピテルに比べて割高だ。

 この国はユピテルと違って戦闘レイバーの数が少ないため、普段からレッサーボア等の肉となるモンスターを狩る者が少ないのだろう。

 スイープドッグの干肉もあるそうだが、それは臭みが強く味も良くないそうなので、それは注文段階で断っておいた。


 装備の方は、いつも通りのブリガンダインとその他一式の金属鎧だ。クレナも同じく金属鎧を身に着けている。

 東に真っ直ぐ進めば、二日もあれば『空白地帯』に辿り着くだろう。

 そこから先はケレス・ポリスで買ったハードレザーアーマーに装備を替える必要があるが、それまではより防御力の高い金属鎧で構わない。

 馬車は一頭立ての幌馬車だ。幌馬車と言うと真っ白な幌をイメージするかも知れないが、この馬車の幌は白茶色に近い。これは中古だからではなく、元々こう言う色らしい。

 馬は四肢の先が白い栗毛。どっしりした体格で力が強そうだ。

 車体サイズもそれほど大きくはない。俺達の場合は『無限バスルーム』に荷物を放り込む事が出来るため、そんなに大きな物は必要なかった。

 馬車を売った商人も、まさかこんな小さな馬車で『空白地帯』に行くとは思わないだろう。そう言う意味では、良いカモフラージュである。

 もっとも、『空白地帯』手前の地割れを越えるための橋となる戸板を積んでいるので、そちらの方で目立ってしまったかも知れないが。

 ルリトラはグレイブを担いで徒歩で外を警戒し、馬車の方はロニが御者を務めて俺が前方、クレナが後方を警戒する事になっている。


 城門を抜けてポリスの外に出ると、広大な田園風景が目の前に広がった。

 来た時に見た光景とは全然違う。ケレス・ポリスは小高い丘の上にあるため、遥か遠くまで見渡す事が出来た。

 初夏の畑は青々としており、まるで草原の様だ。穏やかな風が吹き、緑の海が波打っている様にも見える。

 召喚される事なく日本で暮らしていれば、一生見る事はなかったのではないかと思える光景に、俺は思わず言葉を失ってしまった。

「トウヤさま、どうかしましたか?」

「あ、いや、何でもない。さぁ、行こうか」

 手綱を握っていたロニが、俺の顔を見ながら尋ねてきた。ぼうっと見惚れてしまっていた俺はロニの頭を撫でて笑って誤魔化すと、馬車を出発させるよう指示を出した。

 畑に囲まれた土の道を進んで行くと、腰を屈めて畑で働く農夫の姿が見える。

 ポリスに近い畑は個人所有の物だと言う話なので、彼等はレイバーではなくポリス市民なのだろう。

 親の手伝いをしているのか、年の頃は俺達とそう変わらなそうな少年少女の姿も見える。


 のどかな光景だが、彼等を舐めてはいけない。

 このケレス・ポリスに戦闘レイバーが少ない一番の理由は、彼等農夫がスイープドッグ程度なら簡単に撃退出来るだけの力を持っているからだ。

 かの本能寺で織田信長を討った「三日天下」で有名な明智光秀も、嘘か真か最後は落武者狩りの農民によって殺されたと言われている。

 人里の外に出て仕事をする彼等は、ある程度の自衛手段が無ければ話にならない。

 街道沿いの村に泊まった時も村の青年団が夜の警備をしてくれたが、彼等だって普段はモンスターの脅威に晒されながら農作業をしているのだろう。

 もちろん、撃退したモンスターは自分達で食べてしまうのだ。農夫、恐るべしである。


 牧歌的な雰囲気の裏に潜んだ凶悪なものを感じながら旅をし、個人所有の畑が見当たらなくなってきた辺りで一泊。

 見張りは俺達三人も参加して、皆で交代しながらした。

 ルリトラは一人で大丈夫だと言っていたが、このままでは頼りっぱなしになると思い、俺にも練習が必要だと言って押し切ったのだ。

 更に翌日も東に向かって真っ直ぐ旅をする。

 モンスターの襲撃が何度かあったが、この辺りの敵ならば俺達の敵ではない。一頭のレッサーボアを見付けたのは、むしろボーナスだと言えるだろう。

 外で血抜きをすると他のモンスターを誘き寄せてしまうかも知れないので、『無限バスルーム』を利用する事にした。もう生きていないので扉を閉める事も出来るのだ。

 そして俺達一行は夕方頃には『空白地帯』の端に辿り着く事が出来たのだった。



「なんだこりゃ……」

 俺は目の前に広がる光景に思わず声を漏らしてしまった。

 それも仕方がないだろう。今も目の前に広がる光景は信じ難いものだ。

 トラノオ族の集落を出て、『空白地帯』を出る際に大地を走る地割れを越えた。

 北から南へ海まで続いていると言う地割れは、今は激しく水が溢れる川となっている。『空白地帯』が雨季に入ったためだ。

 それは良い、これだけ雨が降っていれば当然の結果だろう。

 問題は、今俺達がいるこちら側は全く雨が降っていないのに、地割れの向こう側だけ激しい雨が降りしきっていると言う事だ。

 『空白地帯』を出る際も気温の差に驚いたものだが、こうして不自然な光景を目の当たりにしてしまうと、自然ではない何かで分断されている事実を改めて思い知らされてしまう。

「クレナ、魔法でこんな事が出来るのか?」

「……少なくとも精霊魔法じゃ無理ね」

 俺の問い掛けに答えてくれたクレナだったが、やはり彼女も呆然としており返答までやや間があった。

「『空白地帯』の地割れは、雨季には川となるのです」

 そう教えてくれたのはルリトラ。この境界線以外にも無数の地割れがあり、雨水はそこに流れ込んで海へと流れて行くそうだ。

 こと『空白地帯』に関しては、元住人であるルリトラ以上の情報源はない。

 狩人達も雨季はこの辺りに近付かないと言う話は聞いていたが、なるほど頷ける話である。

 そろそろ夏だと言うのに、この辺りは肌寒く感じられた。

 地割れを渡るための戸板を用意しろと言ってくれたのも彼だった。長年この地に住んできた彼は、雨季の事もよく知っていたのだろう。

「今日はここで野宿した方が良さそうですねぇ」

「そうね。向こうに渡るのは態勢を整えてからにしましょう」

「賛成です」

 ロニの提案にクレナとルリトラが同意した。もちろん俺も異存はない。

 馬が逃げ出さない様に手綱を結んだ杭を地面に突き立て、野宿の準備を始める。

 今日の夕食は、レッサーボアの焼き肉だ。

 普通に焼くだけだと固くなってしまう肉。これを豪快に噛み切れてこそ戦士と言う意見もあるそうだ。

 ちなみにルリトラに尋ねてみたところ、理屈は分かるがそんなに固くないと言っていた。

 彼等サンド・リザードマンにとってレッサーボアの肉は、そんなに固くはないらしい。

 しかし、そんな人間にとっては固い肉もロニが料理をすると美味しい料理に早変わりする。

「レッサーボアのシチューですよ~」

 ロニによれば、『無限バスルーム』のおかげで持ち運べる食材・調味料の量が段違いなのだそうだ。

 持ち運べる荷物の量に限りがあるから削れる部分は削り、その結果肉は焼いて少し塩を振っただけのシンプルな料理になってしまうとの事。

 そのため長距離を移動する旅人は荷馬を求め、更にワンランクアップすると馬車を使い、貴族クラスになると専用の輸送隊を引き連れる。

 この世界では、どれだけ余分な荷物を持ち運べるかが一種のステータスなのだ。

 「豪快に噛み切れてこそ戦士」と言うのが、妥協と言うかやせ我慢の類の様に思えてしまうのは考え過ぎだろうか。


 それはともかく、ロニの料理は美味しい。

 デミグラスソースに近いシチューに、とろりと柔らかく煮込まれたレッサーボアの肉の旨みが溶け込んでいる。

 シンプルな焼き肉も味が濃厚で嫌いではないが、今日は身体がぽかぽかになる暖かいシチューが有難い。

 ロニもその辺の事を考えて、今日は手間が掛かるシチューにしてくれたのだろう。

 本当に良い子だ。俺はしばし食べる手を止めてロニに向かって「ありがとう」と言うと、彼女は一瞬呆気に取られた様子だったが、すぐににっこりと微笑んでくれた。

 しっぽをパタパタと振っているのが可愛らしい。うん、本当に良い子だ。大事な事なので二回言ってみた。



 和やかな夕食を終え、余ったシチューは鍋ごと『無限バスルーム』に保管する。

 食器洗いも中でするので食べ終えた器を運び込んでいると、外から「きゃっ!」と言うクレナの声が聞こえてきた。

 何事かと食器を置いて外を見てみると、何と外の光景が大きく揺れ動いていた。

 地震だ。『無限バスルーム』の中には影響が無い様だが、外では地震が起きていた。クレナは突然の揺れに驚いて尻餅をついてしまったらしい。

 俺の後ろでロニは外を見ながらオロオロとしている。

 俺は手近にいたクレナの手を引いて『無限バスルーム』の中へと避難させた。ルリトラの方はがっしりと足を踏ん張って揺れに耐えていたので、彼の方は大丈夫だろう。


 寝ていたモンスターもこの揺れに驚き、飛び起きて暴れ出すかも知れない。

 それにルリトラの様子がおかしい。ただ揺れに耐えているのではなくグレイブを構えて周囲をキョロキョロとせわしなく見回している。

 何かある。そう判断した俺は、揺れが小さくなってきたのを見計らって馬車へと走り大型のラウンドシールドを装着してブロードアックスを手にした。

 『無限バスルーム』の扉は、クレナ達が中にいるので開いたままだ。

 緊張したまま馬車の上からルリトラを見ている内に揺れが収まった。

 俺は馬車から飛び降り、近付いて声を掛けると、ルリトラはいつもより多く瞬きをしながら答えてくれた。

「ルリトラ、どうかしたのか?」

「気を付けてください。今の揺れ……あの時のものに似ている」

「あの時? それって――」

 その続きを言う前に、ルリトラが俺を小脇に抱えてその場から飛び退いた。

 直後、俺達が立っていた地面が爆発。いや、何かが飛び出してくる。

 俺達の前にそびえ立つ巨大な姿。月が隠れて俺達のいる場所が影に覆われる。

「サンド……ウォーム……!」

 何事かと思ったが、隣のルリトラの呟きで理解出来た。

 この巨大な影の正体は、トラノオ族の集落を襲ったと言う砂漠のモンスター・サンドウォームだ。

 大きいにも程がある、地面から出ている部分だけでもルリトラの数倍はありそうだ。

 月明かりの中に青白く浮かび上がる身体。形状はミミズに近い。

 先端に小さな口があるが、それはあくまで全体を見ての話だ。人間一人ぐらいはかるく飲み込んでしまいそうなサイズである。

「ん?」

 ルリトラに離されて地面に降りた俺は、サンドウォームの身体が何やら煌めいている事に気付いた。

 何事かと目を凝らしてみると、光の粒が地面に向かって落ちて行っている。

 俺は気付いた。あれは水だ。サンドウォームの体表からしたたり落ちる水滴が月の光を浴びて光っているのだ。

 無言で向かい合う俺達とサンドウォーム。

 『空白地帯』から聞こえてくる激しい雨音がやけに大きく感じられる。

 分かった。こいつ雨から逃げて来たに違いない。

 これだけの雨だ、地面にも大量の水が沁み込んでいるだろう。このサンドウォームはそれから逃げて来たのだ。

 もしかしたら、狩人達が雨季はこの辺りに近付かないのは、この時期はサンドウォームが現れる事を知っているからなのかも知れない。

「迷って出て来たから帰る……って事はなさそうだな」

「こいつらが顔を出すのは、腹を空かしている時だけです」

「ですよねー!」

 声を上げた瞬間、サンドウォームが俺達に向かって襲い掛かってきた。

 俺達は咄嗟に左右に飛んでそれを避ける。

「精霊召喚!」

 向こうが腹を空かせている以上、戦いを回避するのは難しそうだ。

 俺は左の手の平から十の光の精霊を放って視界を確保。そしてアックスを手にサンドウォームに向かって身構えるのだった。

次回、サンドウォーム戦となります。

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