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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
32/206

第29話 休息の一日

 大地の女神の神殿に泊まり込んで三日。

 儀式場を借り、バケツに入れた土を持ち込んでの魔法の練習。

 三日で新しい魔法を覚えたと言うと早いと思う人もいるかも知れない。

 しかし、実は神官魔法の基礎が出来上がっているのに初歩的な魔法を覚えるのに三日と言うのは、実は遅いぐらいだ。

 どうもこれは光の女神の力を借りた魔法が使えるところに、大地の女神の力を借りた魔法を使おうとしたのが問題だったらしい。

 料理に喩えると、「砂糖を使って塩辛さを出そうとしていた」と言う事になるそうだ。

 つまり俺は、三日掛けて砂糖ではなく塩を出す練習をしたのである。

 なるほど、これは意外と難しい。複数の女神の力を借りた魔法を使える者が少ないと言うのも頷ける話であった。


 その成果がこれだ。

「精霊召喚!」

 儀式場の床の上で山になった土に手を当て、大地の精霊を召喚する。

 すると俺の魔力に答えて山の一部が円錐状になって天井に伸びた。

 俺が動かしているのではない、大地の精霊が土を動かしているのだ。

 これだけでも木の板程度なら簡単に貫ける事を確認している。魔力を注ぎ込んで密度を高めれば更に威力を上げる事も出来るだろう。

 身体一つと魔力さえあればどこでも出来る『光の精霊召喚』と違い、『大地の精霊召喚』は土等が無ければ召喚する事すら出来ないと言う弱点がある。

 しかしその反面、物理的な攻撃力と言う面では光の精霊を大きく上回っていた。

 円錐の先端をぐっと掴み、加減しながら魔力を込めると、手の中の土の密度が高まって黒く変色していく。

 そのまま勢い良く引き抜くと、俺の手には歪な形をした黒いナイフが握られていた。ガラス質の黒曜石を上手く割れば、こんな形になるだろうか。

 光沢のある表面を指で叩くと、硬質である事を窺わせる高い音がする。頑丈ではないが、その分鋭そうだ。

 穴を空けた板で試してみると、深々と刃を食い込ませてナイフは折れた。

 やはり鋭いが脆い様だ。もう少し込める魔力が強いか、土の量が多ければ真っ二つに出来ていただろう。

 魔力の供給をストップさせると、ナイフは一瞬膨れ上がり元の土くれに戻った。


「この魔法は便利だな。戦いの役に立ちそうだ」

「すいません、それ畑とか水路作る魔法なんですけど」

 一人満足気にうんうんと頷いている俺に、練習の様子を見ていた中年サラリーマンの様な顔をした神官長がどこか疲れた様子で教えてくれた。

 この魔法は基本的に土木工事用のもので、武器に出来る程圧縮するには相当量の魔力が必要らしい。

「この小さな神殿で授けられる加護でもそれと言う事は、総本山で祝福を受ければもっとすごい事が出来るかも知れませんね」

「神殿の大きさで変わるものなのですか?」

「ええ、総本山は別格ですので」

 より強い力を求めるならば、大地の女神信仰の総本山に行く必要がありそうだ。

 他の女神の祝福を受けるのも、それぞれの総本山まで行った方が良いかも知れない。

 ちなみに、光の女神信仰の総本山はユピテルなので、それに関してはこれ以上のものはないとの事だ。

 とりあえず今は『砂漠の王国』に行く事に集中しなければならないが、この話はその後の選択肢の一つとして記憶に留めておけば良いだろう。



 魔法の練習を終えた俺が部屋に戻ると、ちょうどクレナ達が戻って来たところだった。俺が練習している間に、旅の準備を整えてもらっていたのだ。

 新品の馬車を作ってもらうならば俺も注文の段階から参加していただろうが、今回買うのは中古なため全てクレナに任せていたのである。

「あら、トウヤ。魔法の方はどう?」

「バッチリだ。基礎の魔法は覚えたし、教本ももらったから、後は独学で何とかなる」

「そう、こっちも頑丈そうな馬車が手に入ったわ。後は食料を買い込めば出発出来るわよ」

 クレナ曰く、買った馬車は頑丈だが地味との事。しかしロニとルリトラに聞いてみたところごく普通の幌馬車らしい。

 どうやらクレナが馬車と言われてまず思い浮かぶのは、子供の頃から乗っていた貴族用の箱馬車であるため、幌の馬車は地味に見えてしまう様だ。

 それと合わせて馬車の中で使うための大きなクッションも買ったそうだ。馬車の揺れに備えるためだろう。

「レザーアーマーはいつ出来るんだっけ?」

「今日の夕方だったはずです」

 こちらの問い掛けにはルリトラが答えてくれた。

 金属鎧程調整に時間が掛からないのか、ユピテルで防具を発注した時の半分程度の時間だ。

「それなら夕方取りに行くついでに食料を発注しに行って、明後日の朝一番で受け取れる様にするのはどうだろう?」

「あ、それなら明日は一日休めますね」

 俺の提案にロニは笑顔で同意してくれた。

 彼女には日常生活でこそお世話になりっぱなしなので、明日一日ぐらいゆっくりと休ませてあげたい。

 洗濯機もあるので、洗濯を交代してやるのも良いんじゃないだろうか。流石にクレナとロニの下着に関してはクレナに任せる必要があるが。

 何よりルリトラだ。彼はケレス・ポリスに着いてからも外出時は常に俺達の護衛を務めて働き詰めである。明日は彼もゆっくり休ませてやりたい。


 その後、四人でレザーアーマーを受け取りに行ったところ、調整したレザーアーマーも特に問題は無かった。

 食料の方も明日の朝となれば特急料金が必要となるが、明後日の朝であれば通常料金で構わないとの事。

 良い物、長持ちする物を回してもらえる様、少しチップを弾んで前金を支払ってきた。

 クレナに「妙に手慣れてるわね」と言われたが、きっとユピテルにいた頃に春乃さん達と一緒に街を見て回って買い物の練習などもしていたおかげだろう。

 同じ店の商品でも作られた時期によっていつまで保つか変わってくるのだ。

 俺達の世界ならば賞味期限なり消費期限なりを見れば分かるのだが、残念ながらこの世界にはそんな便利な物はない。

 見た目だけでいつ作られた物か分かる様な目利きでない限り、店の人にチップを払って良い物を選んでもらうしかないのである。



 そして次の日は休息だ。

 その事を昨晩の内に伝えておいたせいか、今日のルリトラは朝からずっと寝たままだったりする。

 彼はあまり顔には見せないタイプだが、やはり夜の見張りで疲れていたのだろう。

 寝室を覗いてみると、トラ縞の尻尾がベッドから力無く垂れ下がっていた。その姿は正に休日のお父さんである。

 俺達はと言うと、予定通りロニがするはずだった洗濯は交代して彼女を休ませる事にした。

「えっと、良いんですか? 『センタッキー』のおかげで楽になったんですけど」

 聞き慣れない言葉なので仕方がないのかも知れないが、たどたどしい口調が可愛らしい。

「ああ、だから俺達でも出来ると思ってな」

「でも下着が……その」

「俺は触らないぞ。クレナに手伝ってもらうし」

 もちろん、女性陣の下着を触るつもりはない。

 彼女達が着替えているところどころか脱いでいるところも見た事はあるが、それとこれとは話は別だ。

 洗濯機からの出し入れ、そして干すぐらいならばクレナにも出来るだろう。

「え、私?」

「俺でもいいなら俺がやるけど」

「誰もやらないとは言ってないわ」

 自分がやらねば俺が自分達の下着を洗う事に気付いたクレナは、すくっと立ち上がった。

 貴族育ちのお嬢様だと言う彼女だが、普段からロニの料理を手伝うなどいわゆる水仕事も厭わない面があったりする。

「そうじゃないんです、クレナさま。あのセンタッキーでは下着は洗えないんです」

「……何?」

「えっ?」

「前に洗ったの、ちょっとダメになっちゃって……」

「あ~、あれだけ振り回して熱を加えたらそうなるわよね」

「そうなの?」

「そうなの」

 腕を組んでうんうんと頷くクレナ。彼女は納得している様だ。

 よく分からないが、男が深く立ち入って良い話ではなさそうなので、俺もそれ以上は踏み込まない事にする。

「それじゃ下着類はクレナとロニに任せるから、それ以外は俺って事でどうだ?」

「……そうね。せっかくの機会だし、私も覚えるわ。ロニ、教えてくれる?」

「分かりました。トウヤさま、センメンダイ借りても良いですか?」

「ああ、好きに使ってくれ」

 洗面台にぬるま湯を貯めて下着を洗う二人の方には極力目を向けない様にして、俺は他の衣類の洗濯を始める。

 かと言っても俺は日本にいた頃は普通の高校生で、家事の手伝いにそれほど熱心だった訳ではない。

 当然洗濯機で洗濯するのも初めてなので、説明書を洗濯機の上に広げながら操作していく。洗剤の種類と量さえ間違えなければそうそう失敗はしないだろう。


 その後、洗濯機は泡を吹いたりする事はなく無事に洗濯は終わった。どうやら洗剤の分量は正しかった様だ。

 そのまま半乾きの状態まで乾燥させ、脱衣室に紐を渡して干していく。大地の神殿の庭は通りに面した表側にあるので、庭に干す事が出来ないのだ。

 そして洗濯物を干し終わった俺は、一足先にドアを開けたまま『無限バスルーム』を出る。

 神官魔法の教本を読みながらしばらく待っていると、クレナとロニも下着を干し終えて戻って来た。

 後は一日ゆっくりと身体を休めるだけだ。

 俺は服を乾燥させてる間ずっと魔力を使い続ける事になるが、肉体的な負担は無い。

「それにしても、『無限バスルーム』ってどこにあるのかしら?」

「どこって、そこにあるけど」

 まだ閉じていないので、俺達の目の前に扉は浮かんだままだ。不可思議な光景だが、もう慣れてしまった。

「あれってトウヤのMPで出来てるんでしょ? もしかして閉じてる間ってあなたの中にあるの?」

「……どうなんだろ?」

 異空間への扉を開く様な感覚でいたが、あの中にある物は全て俺のMPで出来ているので、俺の影響下にある事は間違い無い。

 あれが自分の中と言われれば、確かにそうかも知れないと考えてしまう。

「トウヤの中に私の下着を干してるって考えるとアレよね」

「あ、そうなっちゃうんですか?」

 複雑な表情のクレナと、彼女の言葉に驚くロニ。

 クレナは、自分の手で初めて洗濯物を干した事で気付いたのだろう。

 気になるのは分かるが、俺としては垢を洗い落としている時点で今更な気もする。

「そもそも本当に俺の中かどうかは分からないからなぁ。この世界とは異なる別空間に繋がってると言われた方が納得出来る。証拠ならここにあるし」

 そう言いながら俺は、自分自身を指差す。

 異世界から召喚された勇者。俺自身が異なる世界が実在する証拠だ。

「まぁ安心しろ。吸収してMPにする訳じゃない」

「そんなだったらお風呂にも入れませんよ」

 ロニは困った様な笑みを浮かべる。

 実際のところ、これまで入浴しても問題は無かったし、中に保存している物も無事だった。

 どうなっているんだろうと言う疑問は正直なところ存在するが、あまり深く考えても仕方がないと言うのが俺の考えだった。

「俺自身のMPで生み出した俺だけの異空間。それぐらいに考えておいた方が良いだろ」

「……なるほど、その方が良さそうね」

 どうやらクレナも納得してくれた様だ。気にしても仕方がないと。



 その後は神官長さんに明日出発する旨を伝えに行き、その時に今日まで世話になった分の宿泊費として寄付金を渡した。

 それからは部屋で寛いで休む事にする。

 と言っても何もしないのも暇なので、俺は神官魔法の教本を読みながら過ごした。

 クレナは俺と同じく読書。書庫から借りてきた初代聖王の伝記だそうだ。

 ロニはと言うと裁縫をしている。かなり手慣れている様で、ほつれた袖を修繕している。

 もう一枚のシャツはもう着られそうにないので、そちらは手拭いにしてしまうそうだ。


 そして俺は手にした二冊の教本、光の教本と大地の教本を交互に読み進めていく。

 読み比べてみると共通している部分と異なる部分が見えてきた。例えば初歩的な回復魔法である「癒しの光」は、どちらの教本にも記されている。

 共通している部分に関しては光の教本の方が詳細に書かれているので、普段の練習は光の教本を参考にした方が良さそうだ。


 ちなみにルリトラは昼頃に起きてきたが、食事を取るとまた寝てしまった。

 また夕食の時に起きてきて、その後すぐに寝てしまおうとする。

「ルリトラ、何かする事はないのか?」

「いや、護衛も見張りもありませんし、街中では狩りも出来ませんので。今の内に寝溜めしておきます」

 何もする事が無いらしい。こう言うのもワーカホリックと言うのだろうか。

 街中でも護衛を務めているのだから、ルリトラにしてみれば街中だからと言って完全に休めると言う訳でもないのかも知れない。

 そう考えると、俺達が出掛けない日は、彼にとってゆっくり休むチャンスと言える。


 クレナを見ると口元で人差し指を立てて俺の方を見ていた。静かにと言う事だ。

 ロニの方に視線を向けると、彼女もにっこり微笑みながら頷いた。

 俺も異論はない。彼には日頃世話になっているのだから、今日は静かに彼を休ませてあげるとしよう。

 『無限バスルーム』に洗濯ネットが無いのは、冬夜が知らないからです。

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