第26話 タオル、是か非か
「もう一人の『女神の勇者』か……」
神殿の浴場の中で、俺はクレナ達に春乃さん、セーラさん、リウムちゃんとの関係について洗いざらい説明した。ロニに背中を流されながら。
神殿の浴場は地下にあり、光の精霊が浴場を明るく照らしていた。
大きさは日本の銭湯よりも一回りか二回りほど小さいと言ったところだろうか。全て石造りである。
脱衣室側から見て左寄りに扉があって、左側の壁に椅子が並び、右側に大きな浴槽がある。
蛇口やシャワーは無く、浴槽からお湯を取って使う様だ。
男湯・女湯の区別はなく、利用時間を分けて対応しているらしい。俺達の時間は客用の時間と言う事だ。
クレナは俺の隣の椅子に座り、腕を組んで話を聞いている。
腕に挟まれる事によりおっぱいが押し上げられ、谷間が強調される事に本人は気付いているのだろうか。
「怒らないのか?」
「なんで?」
俺の問い掛けに、クレナは首を傾げながら問い返してきた。
春乃さん達と混浴の約束をし、キスをした事も話したが、彼女はさほど怒っていない様だ。
これがこの世界の常識なのかと思ったが、詳しく話を聞いてみると、少なくとも「全体の常識」ではないらしい。
一般人がそう言う事をすると、普通に離婚騒動に発展するそうだ。場合によっては刃傷沙汰にも。
力がある者だけが一夫多妻、一妻多夫が認められる。クレナは俺がそうなれると信じているからこそ怒らず受け容れているとの事。
ストレートにそう言う風に言われるとかえってプレッシャーになってしまうが、彼女はそうなると分かった上で、あえて発破を掛けるためにそう言っている様な気がする。
俺の背中を流し終えたので、交代して今度は俺がロニの背中を流す。ロニはと言うとクレナの背中を流していた。三人が一列に並ぶ形だ。
背中を流す時はクレナ達がバスタオルを外している時でもあるのだが、これでは見えるのはロニの背中ばかりである。いや、一番目を引くのはふさふさした尻尾だろうか。
これはこれでほのぼのとしているのだが、少し残念である。
ちなみに石鹸は『無限バスルーム』から出してきた物を持ち込んでいた。
歪な形をした石鹸が備え付けられていたが、やはり泡立ちが段違いなのだ。
「そうだトウヤ様、神殿に伝言をお願いしたらどうですか?」
「ん? ああ、神殿同士魔法で連絡出来るってアレか?」
神殿ならばどこでもやっているサービスらしい。当然有料であるため、一般人が気軽に利用出来る様なものではないそうだが。
すると先頭のクレナが振り返って声を掛けて来た。
「ハルノ達はアテナ・ポリスに行ったのよね?」
「ああ、そこを拠点にするって言ってた」
春乃さん達は、俺がトラノオ族の集落を出てケレス・ポリスに来た事を知らない。俺の方から連絡を取らねば春乃さん達がこの事を知る術はないだろう。
「頼むのは明日にした方が良いか?」
「勇者の名前で特別扱いさせる気がないなら、その方が良いでしょうね」
「ないない。誰がやるか、そんな事」
俺の目的は春乃さん達と混浴するため、それが認められる立場になるために力や名声を得る事だ。
そのために『女神の勇者』の名を利用する事もあるだろう。
しかし無意味にその権威を振りかざすつもりはない。それで得られるのはむしろ悪名の類だろう。
と言う訳で、春乃さんへの伝言は明日頼む事になった。
そして身体を洗い終えた俺達は再びバスタオルを巻いて浴槽の前に立つのだが、ここで俺はふとある事に気付いた。
「なあ、クレナ」
「どうしたの? 早く入りなさいよ」
「この世界のマナーとして、タオルをお湯につけるのって大丈夫なのか?」
「…………え? ダメなの?」
俺が問い掛けると、逆にクレナの方が問い返してきた。どうもこの問題に関するマナーそのものが存在しないらしい。
そう言えば、この世界には湯浴み着も存在しなかったはずだ。
俺達の世界の場合は、タオルに残った洗剤カスや毛羽でお湯が汚れてしまうとか、それで公衆浴場の循環器のフィルターが詰まってしまうとか、そう言う理由があったはずだ。
神殿の浴場は、この後神殿の人達が使用するだろう。
この世界のお風呂に循環器は無いとして、お湯を汚すのはどうなのだろうか。
身体に巻いているのは身体を洗うタオルとは別にしていた。
きれいなタオルなので、お湯が汚れると言っても見た目的にはさほど変わらない気もするが、知っている以上はどうしても気になってしまう。
この事を説明すると、クレナは戸惑った様子だった。ロニの方は全て理解する事は出来なかったらしく、頭を抱えている。
「でも『無限バスルーム』じゃ……」
「あれは俺達以外入らないし、お湯とかは力で増やしたり減らしたり、きれいにしたりも出来るものだからな」
温度も自由自在だ。そう言うギフトだから『無限バスルーム』では気にする事なくバスタオルを巻いたまま湯船につかる事も出来た。
だが俺達以外も入る浴場となると、マナーを考える必要が出てくる。
「トウヤ……私達の裸が見たいから、そう言う事言ってるんじゃないでしょうね?」
「ちょっ! 何でそうなる!?」
隣に立つクレナの方を見ると、彼女はジト目で俺の事を見ていた。
確かにそう聞こえてしまうかも知れないが、それが目的と言う訳ではない。風呂を借りる者としてのマナーの問題だ。
本音を言えば見たい。非常に見たいが、無理矢理どうこうする様な真似はしたくないのだ。
「俺達の世界じゃそうなんだよ」
「そりゃあれだけ違うお風呂使ってるんだから、マナーも全然違うのがあっても不思議じゃないけど……」
クレナは困惑している。彼女は聡明な子だ。俺の言う理屈は理解出来ているだろう。
「でも、普段のお風呂じゃお湯が汚れたりしてませんよね?」
「毛羽とか目立つものじゃないだろ。でも確かに存在している」
それだけに俺の言うマナーに一理ある事も理解出来てしまっている様だ。
「確かにこう言う布地なら……」
この世界には、現代日本では当たり前にある様なふんわり柔らかな肌触りの厚手の布地を使ったタオルが存在しない。薄い手ぬぐいばかりなのだ。
下着とは関係が無いせいか、かの変態偉人もこの方面に関してはノータッチだったらしい。
結局のところ、目立つものでもないのでタオルを巻いたまま入浴したとしてもさほど問題は起きないだろう。
問題があるとすれば、俺達がそれをどう判断するかだ。
とは言え、いきなりここでバスタオルを外しましょうと言ったところで、クレナははいそうですかと素直には従えないだろう。
開き直ると大胆になる一面もあるが、なんだかんだと言って彼女は恥ずかしがり屋だ。
ロニの方は、平然と裸になるかも知れない。
彼女の場合は羞恥心がない訳ではないのだが、あまり意識していない。
そこで俺は、妥協案を出してみる事にする。
「広い風呂だし、少し離れて入ると言うのはどうだ?」
「え? ああ、確かに」
そこに気付かない辺り、クレナも相当焦っていた様だ。
「トウヤ様、いつものマッサージはどうしますか?」
「部屋に戻ってからでいいだろ。今日はベッドあるんだし」
「それもそうね。トウヤの案に乗りましょうか」
そう言ってクレナはロニを連れて浴場の奥へと歩いて行く。
おそらくクレナは、自分がバスタオルを外して入浴している最中に俺が風呂から上がって横を通って行くかも知れないと考えたのだろう。
俺は止めようとしたが、そんな間もなく、濡れたバスタオルが張り付く形の良い丸いお尻をただただ見送るのだった。
「うぅ~……」
その後、俺達が泊まるVIPルームのソファの上に、風呂でのぼせて横たわるクレナの姿があった。
ちなみにロニは水を用意したりと甲斐甲斐しく世話をしている。
ルリトラは横でクレナを扇いでいるので、俺が膝枕をしていた。
こうなるから止めようとしたのだ、俺は。
三人の中で一番長風呂なのは俺である。次点でロニ。クレナは一番入浴時間が短い。
離れて風呂に入ると言っても見えなくなる程の距離があった訳ではない。
それに気付いていたクレナは自分達が奥に行き、俺が上がってから自分達も上がるつもりだったのだろう。
俺の方も意識して早めに上がろうと思っていたが、その前にクレナの方がのぼせてしまったのだ。
もしかしたら浴場が地下にあったため、湯気が籠もりやすかったと言うのもあるかも知れない。
ロニの声でクレナがのぼせた事に気付いた俺は、すぐに駆け寄り彼女を助け起こした。
当然拝ませてもらったし、触らせてもらった。と言うか、ぐったりしたクレナを俺とロニの二人で身体を拭き、着替えさせたのだ。
なんと言うか、すごかった。クレナはさほど大柄ではないと言うか、俺よりも背が低い。顔付きもどちらかと言うと幼さを残した可愛らしさがある。
しかしその体付きは立派な女性のものだ。豊満で薄いバラ色に染まっている。
そう言えば、本人はロニに比べて太り気味なのを気にしていた。
しかし、こうして全体を見てみると、柔らかそうな重みのある乳房と、ふっくらとボリュームのあるお尻と合わせて均整が取れている様に見える。
火傷を治療していた時はそんな余裕はなかったが、今回は彼女の身体を拭きながら、俺は芸術品か何かに接している様な気分になった。
本来ならば不可侵であるはずのものに触れている。その事実に高揚感と共に感動すら覚えたものだ。
失敗があったとすれば、俺の方も慌てていてバスタオルを腰に巻く間もなく、ロニに見られてしまった事だろう。しかも健全な男らしい反応をしているところを。
流石に彼女も恥ずかしかったのか、クレナの世話をしつつも頬を染め、チラチラとこちらの様子を窺っていた。
そんな彼女の様子に気付いたのか、クレナが俺の事を見上げながら問い掛けてくる。
「ねぇ、ロニどうかしたの?」
「……脱衣場でお前を介抱してる時に、俺も見られてしまってな」
それを聞いて、クレナの顔がみるみる内に羞恥に染まっていく。その一言で俺が何を見られたのか、そして自分が何を見られたのかも理解した様だ。
見られたと言う点ではロニも同じはずなのだが、そちらは全く気にした様子が無いのが彼女らしい。
リュカオンと言っても、耳と尻尾以外は特に毛深かったりしない事がよく分かった。
「今からでも謝った方が良いかな?」
「何について謝るのよ。いつも通りにしときなさい。後で私がフォローしとくから」
そう言いつつクレナは身体を起こした。もう大丈夫な様だ。
「すまん、助かる」
「良いわよ。それが私の役目だし」
クレナは手をひらひらとさせながら笑った。
家を勘当され寄る辺を無くしたクレナ達が俺の仲間になったのは、俺の将来性を見込んで庇護下に入ると言う目的があった。
しかし彼女は、俺の後ろをただ付いて来るのではない。俺の隣に立って支え合おうとしている。
ただ世話になるだけではないと言うのが、彼女なりのやり方なのだろう。
この頼ってばかりではないと言う考え方は、春乃さんのそれにも似ている気がする。
もしかしたら春乃さんの目指す形の一つが、クレナの様な在り方なのかも知れない。
そして俺はクレナとロニを連れて寝室に入った。
「四人組」の概念が浸透しているこの世界では、客室なども四人用として設計されている事が多い。この神殿のVIPルームも例外ではなかった。
寝る前に浴場では出来なかったマッサージをするのだが、今日はロニが恥ずかしがっていたため、俺をマッサージするのは彼女ではなくクレナである。
「ちょっとやってみたかったのよね~。ほらほら、そこに横になりなさい」
今夜は俺からの様だ。
クレナに促されるままにベッドの上に俯せに寝ると、薄い寝巻き姿の彼女が俺の腰の上に腰を落としてきた。
「お……やわらか!?」
「……今、何か言い掛けなかった?」
「き、気のせい気のせい」
これはこれで心地良い重さである。
まだマッサージを受けていないロニは、顔を真っ赤にしながら食い入る様に俺の事を見ている。恥ずかしいが興味津々でもある様だ。
視線が腰辺りに集中しているのは気のせいではないと思う。
この様子だと、今夜はロニのマッサージもクレナがした方が良さそうだ。
明日から一緒にお風呂に入ってくれなくなるかも知れない。ここは下手に意識して話し掛けたりせずクレナのフォローに任せた方が良さそうだ。
クレナがロニのマッサージをする時は、俺は席を外す事にしよう。
明日はロニのいつもの笑顔を見る事が出来るだろうか。そんな事を考えながら、俺はクレナのマッサージを受けていた。




