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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
27/206

第25話 花の都

 畑に囲まれた小高い丘の上にある城壁に囲まれた街、それがケレス・ポリスだ。

 街道沿いの村を出てから三日目の夕方、俺達はようやくケレス・ポリスに到着した。

 日が暮れていたら、もう一泊野宿する事になっていただろう。

 スイープドッグ、ゴブリン、それにレッサーボア。

 村を出て二日の間は一日数回出くわしていたが、今日は一度も遭遇していない。ケレス・ポリス軍の巡回範囲に入っているのだろうか。

 門での手続きは、神殿で作ったステータスカードを提示すればすぐに終わった。最も信頼出来る身分証明証と言うのは伊達ではないらしい。

 農業が盛んな国、ケレス・ポリス。

 大きな門を潜り、その街並みを目の当たりにした俺は、思わずこう呟いてしまった。


「どこが『農業が盛んな国』なんだ、これ」


 目の前に広がっていたのは「農業が盛んな国」のイメージとは程遠い光景だった。

 夕焼けに染まる街並みは、一言で言えば「洒落た」街並みだった。

 時間が時間なので、既に閉めている店も多いが、商店が建ち並ぶ大きな通り。商店の屋根の向こう側に大きな屋敷がいくつも並んでいるのが見える。

 現代の日本と比べると古臭いイメージはあるが、ヨーロッパ辺りの伝統ある街並みだと思えばしっくりくる気がする。実際に行った事は無いが。

 農業の盛んな国と言う事で片田舎ののどかな街をイメージしていたが、これではユピテル・ポリスにも負けない都会ではないだろうか。

 クレナが俺の疑問に答えてくれる。

「どこがって見たまんまだと思うけど」

「あの大きな屋敷に農夫が住んでるのか?」

「……ああ、そう言う勘違いね」

 何かに気付いたらしいクレナは小さくため息をついた。俺は何か勘違いしているようだ。

「畑で働いてるのは、大半が労働レイバーよ。あの辺の屋敷は、その主が住んでいるの」

「ああ、つまりは領主の貴族……」

「ケレスは議会政治だから貴族とかはいないはずよ」

「え? ああ、『豪農』ってヤツか?」

 このケレスと言う国は確かに農業が盛んなのだが、その言葉から俺がイメージする国とは少々趣が異なる様だ。

 そもそもこの国には、ユピテルと違って王侯貴族がいないらしい。

「と言うか、あの街道沿いの村? あそこの人もほとんどが労働レイバーだと思うわ」

「……マジで?」

 クレナによるとあの村の村人達は、代官、老神官、名主以外は全員レイバーだった可能性が高いらしい。

 つまり、ポリスの外にある広大な農場で仕事をする労働レイバーのための住居として作られたのがあの村と言う事だ。

 昔の日本で言うところの「荘園」の様なものだろうか。

 労働レイバー達の監督として主人から派遣されているのが代官。

 レイバーとしての任期を終えて市民権を得た後も代官の補佐をするために村に残っているのが名主。

 そして村の礼拝所を管理するために神殿から派遣されているのが老神官と言う事だ。

 もしかして中花律について行ったと言う男は、主人から逃げた「逃亡レイバー」扱いになってしまうのではないだろうか。

「このポリスの周りにあった畑は?」

「多分、市民権を得た後にポリスに来た農夫の物じゃないかしら」

 この国にもレイバー制度はあるが、その大半が豪農が所有する土地で労働レイバーとして農業に従事するらしい。

 任期を終えて市民権を得たレイバーはポリスに来て小さいながらも自分の農地を得る。そしてその中から財を成し多くの土地を得た者があの大きな屋敷に住む様な豪農となるのだ。

 この国は、そんな豪農達によって構成された議会の手で運営されている。

 すなわち、農業によって成り立つ「農業の盛んな国」と言う事だ。

「王制ばっかりじゃないんだな、オリュンポス連合……」

「ユノにも王はいないわよ」

 かく言うクレナ達も王のいない国の出身らしい。

「確か四つでしたよね? 王様がいる国」

 オリュンポス連合は十二の国から成る連合だったはずだ。つまり王がいる国は半分以下と言う事になる。

 意外と王権は弱い――いや、だからこそ聖王の権威が強いのかも知れない。

 異世界人である俺と、人間との交流がほとんどなかったトラノオ族出身のルリトラは、クレナとロニの話を聞いて感心することしきりであった。


 そんな話をしながら俺達は神殿へと向かう。ポリスの神殿ならば『女神の勇者』である俺達一行は宿泊させてもらえるからだ。

 お金に困っている訳ではないが、旅費は節約するにこした事はないし、何より神殿は通常の宿よりも安全なのである。

「『砂漠の王国』については神殿の人達にも話さない方が良いんだよな?」

「言っても分からないと思うけど、あんまり言わない方が良いでしょうね」

 歴史から抹消されたのは五百年程前の話で、今の人達は存在自体を知らないそうだが、歴史の闇である事は確かなので秘密にした方が良い様だ。

 逆に言えば、ここにいる四人はそれだけの秘密を共有していると言う事になる。

「そう言えば俺達も砂漠に何があるとか考えた事がなかった」

「『空白地帯』に住んでたルリトラさんでもそんな感じだったんですね」

 何も無いから『空白地帯』。

 そこに『砂漠の王国』があった事を知る身としては、その名前にも意図があったのではないかと思えてくる。

 とは言え、名付けられたのはやはり数百年前の話。真相は闇の中である。



 そして俺達はケレス・ポリスの神殿に到着した。

 街道沿いの村では大地の女神の礼拝所があったが、このポリスの神殿に掲げられたシンボルは光の女神の物だ。

 造りもユピテル・ポリスの神殿とさほど変わらない様だ。

「農業が盛んな国って言っても、大地の女神じゃないんだな」

「光の女神は、女神姉妹の長姉だし。偉い人は、大抵光の女神を信仰してるわよ」

「結構、融通が利くんだな」

「……ま、一応はね」

「一応?」

 いつもの様に説明してくれるクレナだが、どこか憮然とした表情をしている。

 何事かと疑問に思った俺は、オウム返しに問い掛けた。

「部屋で話すわ。ここじゃ不味いから」

 しかし彼女は答えず、神殿の門を守る神殿騎士の方へと歩いて行った。

 ここで話せないと言う事は『砂漠の王国』に関する話なのだろう。俺達は何も言わず素直にクレナの後を追う。

 神殿同士魔法で連絡を取り合う事が出来るらしく、ステータスカードを見せると俺が『女神の勇者』である事はすぐに伝わった。

 俺達はすぐに神官長の下に通され、滞在を許可してもらう。

 この神殿の神官長はユピテルの神官長よりも若い、柔和な表情をしている人の良さそうな中年男性だった。


 人力車は中庭に入れさせてもらい荷物を整理する。

 まだ食べられるがもう売り物には出来ない果物などは、滞在させてもらうお礼として「早めに食べてください」と言う言葉を添えて宿代代わりに神殿に寄付する事にした。

 一緒に残った干肉も振る舞う事にする。

 技術の差か、トラノオ族が作った物よりも人間の作った物の方が長持ちするので、ケレス・ポリスを出る時に新たに買い揃えた方が良いのだ。

 アロエや干したデーツは売却して旅の資金にするつもりだ。毛皮の方は防腐処理はしているので値段次第になるだろう。

 何にせよ、果物と干肉は神殿の人達に喜んでもらえた様だ。掴みはオッケーと言ったところだろうか。


 困った事と言えば、ルリトラが泊まる部屋だ。

 彼等サンド・リザードマンはベッドを使わない。地べたの上でも平気で眠る。と言うかベッドの様な柔らかすぎる寝床は落ち着かないそうだ。

 ユピテル・ポリスに滞在していた頃も、彼は床の上で寝ていたらしい。

 そこで神官長が用意してくれたのは、高貴な身分の巡礼者が訪れた時のための部屋だった。いわゆるVIPルームと言うやつだ。

「おぉ、すげぇ……」

 神官の一人に案内されてVIPルームに入った俺は、思わず感嘆の声を漏らした。

 通常の客室とは異なり、リビングとベッドルームが別々にある部屋だ。華美ではないが、調度品も女神姉妹関連の物を中心に、上品に整えられている。

 暖炉のあるリビング。その暖炉の上に伸びる排煙のための大きな柱には、その大きさに相応しい大きなレリーフが飾られている。

 縦に並んだ五人の女性のレリーフだ。神官によると女神姉妹をモチーフにした歴史ある逸品らしい。

 部屋に入ったクレナは、それを見上げながら「やっぱり神殿と言えばこれね」と呟いていた。

 案内の神官が立ち去ると、クレナが振り返り俺を手招きして呼ぶ。

「どうかしたのか?」

「これ見て」

「これって、女神のレリーフか?」

 クレナに言われて、俺は改めて柱に飾られたレリーフを見てみる。

 上が丸くなっているアーチ型のレリーフ。金縁の額に入れられており、この部屋の中にある調度品の中では一際豪華だ。

 一番上の中央に一人、それから左右交互ジグザグに四人の女性の姿がある。いや、女神なのだから一柱と四柱と言うべきだろうか。

 美術品の善し悪しと言うのは俺には分からないが、見事な芸術品である事は理解出来た。

「上から順に光、炎、風、水、大地の女神よ」

「へぇ、これが……」

「『五柱の女神姉妹』、ですな」

 ルリトラとロニも近付いて来て俺達の隣に並んだ。

 ルリトラは感心した様子でレリーフを見ているが、ロニは何やら神妙な面持ちで黙り込みクレナの裾を掴んでいる。

 そしてクレナはレリーフを指差して口を開いた。

「このレリーフ、初代聖王と魔王の戦いの後に作られた物よ」

「分かるのか?」

「分かるわよ。五柱だもの」

「……どう言う事だ?」

「今では『五柱の女神姉妹』って言われてるけど、元々女神は『六柱の女神姉妹』だったの」

 では、いなくなった残りの一柱は何なのか。

「光、炎、風、水、大地……もしかして闇か?」

「正解。よく分かったわね」

「……まぁ、ちょっとな。俺達の世界の物語とかその辺でよく見掛ける設定だ」

 ゲームなどではありがちな組み合わせだろう。

 しかし「ゲーム」と言う言葉では理解してもらえなさそうなので「物語」と言う言葉に言い換えて説明しておく。

「『砂漠の王国』ハデス・ポリスで信仰されていた女神ですね、クレナさま」

 クレナの話をロニが補足してくれた。クレナが調べていた事は、ロニも知っているらしい。

 つまりこのレリーフは、五百年前『砂漠の王国』に関する歴史を抹消した後に作られた物だから女神が五柱しかいないのだ。

 彼女達が『砂漠の王国』の存在を確信した理由。もしかしたら彼女は六柱の女神が描かれた何かを見た事があるのだろうか。

 魔王と魔族が生まれた地、そして闇の女神。色々と話が繋がってきた気がする。

 そしてその歴史を抹消したオリュンポス連合。

 五百年前の戦いは、「勇者と魔王の戦い」と言う単純な構図ではないのかも知れない。

 そんな事を考えていると、この会話が誰かに聞かれてはいないかと不安になってきた。

「……ここでの会話、探られてるって事はないよな?」

「VIPルームにそんな仕掛けしてたら大問題でしょ」

「ご安心下さい、それらしき気配はありません」

「隠れてる人の臭いとかはしませんよ」

 こう言う所では盗み聞きなどしてはいけない事を知っているクレナ。

 そして気配を察知出来るルリトラに、臭いで察知出来るロニ。

 本当に頼もしい仲間達である。

 何にせよ、大っぴらに話すのは控えた方が無難であろう。俺達は『砂漠の王国』に関する話はそこで打ち切る事にした。



 それから俺達は荷物を下ろし、リビングで寛ぎながら今後について話し合う。

 テーブルを挟んで向かい合うソファ。片方には俺が、もう片方にはクレナとロニが座っている。

 ルリトラは絨毯の上にあぐらをかいていた。長い尻尾があるため、背もたれのあるソファには座れないのだ。

 無論、次の目的地は再び『空白地帯』に入ってトラノオ族の長老から教えてもらった門を目指す事なのだが、その前に準備をしなくてはならない。

「明日一日はゆっくり休みたいわね」

「賛成」

 真っ先に決まったのは筋肉痛が治りきっていないクレナと俺の要望、明日一日はゆっくり身体を休める事だ。

「あ、でも、売却は先に済ませておいた方が良いだろ」

「干しデーツとかは早めに売った方が良いですね」

 干しデーツとアロエの売却については、今からは無理だが早めに済ませた方が良いだろう。ロニもこれに同意してくれる。

 明日にでも神殿の人に案内してもらって売りに行こう。

「ついでに神殿の書庫を調べてみない? 魔王軍の情報を集めるだけなら問題無いと思うわ」

「魔王軍……確かに、その情報は必要ですな」

 クレナの提案にルリトラも同意する。確かに魔王軍について無知のままと言うのは問題だ。

 それにこの件についてならば、神殿の人達にも協力してもらえるだろう。


 その後は次の旅の準備を整えなければならない。

 問題となるのは馬車だ。

 あると便利なのは確かなのだが、一つ大きな問題があった。

「例の壊したって言う門……馬車で通れるかな?」

 『砂漠の王国』を目指す俺達のルートである。

 かつてトラノオ族が壊したと言う門の調査だけならば、荒野だけなので馬車でも何の問題もない。

 だが、その門の先に進むとなると馬車がそのルートを通れるかどうかと言う問題が浮かび上がってくる。

「しかし、俺とトウヤ様の二人だけならばともかく、クレナとロニ、その荷物も加わるとなると、今まで通りの人力車で旅と言う訳にもいかないでしょう」

「徒歩はキツいわよ、本当に」

 ルリトラの言う通り、俺達三人と四人分の荷物を人力車に乗せてルリトラに曳いてもらうと言うのは、いくらなんでも無茶だ。

 そして徒歩で『空白地帯』を旅するのが厳しい事は、行き倒れて死に掛けていた本人が言っているだけに説得力がある。

「最悪乗り捨てる事も視野に入れて、安い馬車を買うとか?」

「そんなところでしょうね」

 勿体ない話ではあるが、安全のためだ。やはり馬車は買っておいた方が良いだろう。

「水を荷物にしないで済むのは本当に有難いわ」

「そう言うギフトだからな」

 当然荷物の方も単純に積み込めるだけ積み込むのではなく、乗り捨てる可能性を考慮する必要がある。

 この辺りには旅慣れているクレナ達に相談すれば問題ないだろう。


 さて、荷物の量を考慮する必要が出てくるとなると、重要になってくる点が一つある。それは『無限バスルーム』の保存能力だ。

 ここに辿り着くまでの旅の間、色々と実験をしてきた。その結果、一つ奇妙な事が判明していた。

 まず、扉を閉めた状態でも『無限バスルーム』内の時間は経過している。

 たとえば浴室乾燥を掛けた状態で洗濯物を干して扉を閉めると、浴室乾燥を切るまで俺のMPは消費し続けるのだ。水を放出する程ではないが。

 そのため旅の間などは、MPを鍛えるためにあえてロニに洗濯をさせて浴室乾燥した状態で旅をしていたりする。と言うか今もしている。

 ここからが問題だ。

 時間が経過すると言う事は、当然中に食べ物を置いておくと腐ってカビが生えてしまう――と考えるのが普通であろう。

 だが、中に置いてある果物はひからびたり熟し過ぎて食べられなくなってしまう事はあっても、カビが生える事は無かった。

 これにはクレナ、ロニ、ルリトラの三人が揃って首を傾げたが、俺はその理由について見当が付いてしまった。

 『無限バスルーム』は、いつでもどこでも風呂に入る事が出来るギフトだ。快適な入浴を約束してくれる。

 ここで一つ考えてみて欲しい。カビの生えた風呂に気持ち良く入る事が出来るだろうか。

 答えは否だ。

 思うに『無限バスルーム』自体にカビを抑制する効果があるのではないだろうか。

 実際、二ヶ月ほどろくに掃除もせずに使っているが、カビが生えそうな気配は全くない。

 ちなみにダガーを一本入れていたが、こちらも錆びる事は無かった。カビと一緒に錆も抑制してくれているのだと思われる。

 どうせなら腐敗そのものを防いでくれと思うが、それは風呂とは関係が無い話だ。流石に高望みであろう。

「お金は保存しても問題ないわよね」

「毎日お洗濯出来るなら、着替えも減らす事が出来ますね!」

 旅をする上で意外とかさばる物が現金だ。

 この世界では銅貨、銀貨、金貨の三種類の硬貨が使われている。

 国ごとに硬貨の価値が異なるとなるとややこしいが、幸いこの大陸では「オリュンポス硬貨」と呼ばれる共通の物が使われていた。

 これが意外と重く、かさばる。紙幣が無いのだから当然だ。

 そのため旅人は普段から使う分を小さな小袋に入れて携帯し、残りは荷物として普段は持ち歩かないのが常識であった。

 携帯する小袋にはスリの危険性が。荷物は宿などに置いておくと窃盗の危険性が付きまとう事は言うまでもない。

 そのため小袋を更に複数に分けて持ち歩いたり、携帯出来る量を増やすために多少目減りしてでも金貨よりも価値のある宝石に換金して持ち歩くのもまた常識であった。


 そして、そんな常識が一切通用しないのが俺だ。

 流石に携帯する小袋は持っているが、荷物になる分に関しては全て『無限バスルーム』に入れてしまえば良い。なにせ硬貨は腐らないのだから。

 ロニの言う着替えに関しても、旅人達は荷物の量を増やすか、生乾きでも我慢して着るか、不潔でも我慢して着るかの三択を迫られる。

 だが俺は、旅をしながらしっかり洗濯した衣服を乾かす事が出来る。

 天日に干した衣服には敵わないだろうが、普通の旅人達に比べれば恵まれた環境で旅をする事が出来るのだ。

 『無限バスルーム』、本当に戦闘以外の所では役に立つ能力である。



 それはともかくとして、これでケレス・ポリスにおける大まかな方針は決まった。

 ソファで寛いでいると、女性の神官がやって来て夕食の前に入浴の準備が出来たと告げてきた。

 ルリトラにも、中庭に衝立付きで水浴びの用意をしてくれているらしい。

 どうしたものかとクレナの方を見ると、彼女は「すぐに入らせてもらうわ」と神官に返事をした。

 神官がバスタオルと着替えを持ったルリトラと共に退室してから、俺はクレナに話し掛ける。

「『無限バスルーム』を知られないためか?」

「それもあるけど、お風呂って用意するのに色々と手間が掛かるのよ。せっかく用意してくれたのに入らないのも悪いじゃない」

「……なるほど。それもそうか」

 浴槽を満たす水に、それを沸かすための薪。『無限バスルーム』を使っていると分かりにくい部分だが、本来この世界の風呂と言うのは手間もお金も掛かるものなのだ。

 そのため個人用の風呂と言うものは王侯貴族しかもたず、一般の人達は公衆浴場を利用している。

 そんな風呂を俺達のために用意してくれた。そのもてなしの心を無下に断るのも失礼と言うものだろう。

 それに、ここの浴場もユピテル・ポリスの神殿の物と同じく大きいに違いない。

 クレナやロニとひっついて入浴するのも悪くない、むしろ極楽なのだが、たまには大きな湯船でゆったりとくつろぐのも良いのではないだろうか。

「ところでどうするの?」

「何が?」

「一緒に入るか、別々に入るか」

「……それを俺に聞くのか?」

 こう言う時の選択権は、普通女性側にあるのではないだろうか。

 俺が問い返すと、クレナははにかむ様な表情で視線を逸らしながら答えてくれる。

「私達と一緒ならいつも通りだし、一人なら……その、お世話する人とか呼べるわよ?」

「……ああ、そう言う事か」

 入浴補助等の話なのだろうが、クレナの反応は明らかにそれだけではない。

 ロニも顔を真っ赤にしながらチラッチラッと上目遣いで俺を見ている。

 どう言う意図の視線なのだろうか。えっちなのを軽蔑する視線でない事を願いたい。

 このオリュンポス連合では、性的奉仕のためのレイバーも珍しくなく、一夫多妻も一妻多夫も認められている。

 神殿関係だと色々と規則もあるらしいが、関係者以外にもそれを押し付けるほど禁欲的と言う訳でもない。

 何より俺が女の子との混浴を求める男だと言う事はクレナも知っているのだ。そう考えると、こう言う対応も当然なのだろう。


「いや、そう言うのはいらん」

 だが俺はキッパリと断った。

 クレナにとっては予想外の返事だったらしく、目を丸くしている。

「誰でも良いって訳じゃないんだよ、俺は」

「……そうなの?」

「クレナとロニの事、これでもちゃんと信頼してるつもりだぞ。それに春乃さんとセーラさんとリウムちゃんも。今のところはこの五人ぐらいだな。混浴しても良いと思うのは」

「……聞き慣れない名前については、後で聞く事にするわ」

 そう言えば話した事がなかったな、春乃さん達の事。

 ケレス・ポリスでの休息は、クレナ達と出会って初めてゆっくりと出来る時間なので、これを機にきっちりと説明しておいた方が良いだろう。

 しかし今は、これからの入浴をどうするかだ。

「見ず知らずの女の人を呼ぶぐらいなら一人で入るわ。可能ならクレナとロニと一緒に」

「一緒に入るくらいは良いんだけど……私は、まだダメよ?」

 ダメって何がだ。とツっこむのはヤボと言うものだろう。

「無理矢理何かすると思ってないだろうな?」

「思ってないから勧めてるのよ」

「…………」

 言い返せない俺。まさかの正論返しであった。

「……いや、やっぱりダメだ。さっきも言ったけど、見ず知らずの人はちょっとな」

「まぁ、気持ちは分かるけど」

 多少心が動いたが、そう言うのはクレナ達だけでなく春乃さん達にも顔向け出来なくなる様な気がするので、俺はクレナの申し出を断る。

 するとクレナも、ため息をつきつつ同意してくれた。

 抹消された歴史を探ると言う秘密の目的を抱え、周囲を警戒しながら旅をしてきた身なので、見ず知らずの人を拒む気持ちを多少は理解出来るのだろう。

「しょうがないわね。一人は寂しいだろうし、私達も一緒に入ってあげるわ。いいわね、ロニ?」

「もちろんですっ!」

 クレナは強がっているが、頬が紅潮しているのはもはやお約束だ。

 そしてロニはと言うと、嬉しそうな笑顔を浮かべてしっぽをぱたぱたと振っていた。

 先程の上目遣いの視線は、どうやら悪い意図があるものではなかったらしい。一安心である。

「ハルノとセーラとリウムだっけ? その人達については、お風呂でゆ~っくり聞かせてもらうからね」

 ニヤリと笑みを浮かべるクレナ。怒ってる――訳でもなさそうだ。

「怒ってないわよ。私だって話してない事あるし」

 彼女が勘当された理由などだろう。その辺は俺も無理に聞こうとは思わない。方向性が異なるが、お互い様と言ったところか。

 貴族の家で生まれ育ったため、一夫多妻に抵抗が少ないと言うのもありそうだ。

「洗いざらい喋ってもらうわよ~♪」

 そう言うクレナは、どこかこの状況を楽しんでいる様にも見える。

 そんな彼女に手を引かれながら、俺達は神殿の浴場へと向かうのだった。

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