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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
26/206

第24話 村で一泊する時にするべきこと

 代官と老神官が去ってからしばらく待っていると、見張りとして村の青年達が来てくれたのでルリトラとロニも礼拝所の中に入ってきた。

 その際に青年達の代表だと言う男が、先程の一件について俺達に謝罪してきた。

 勇者リツについては色々と思うところもあるが、俺達は無関係である事は分かっているので安心して欲しいとの事だ。

 と言いつつ村に入った時の村人達の目は、俺達の事も警戒しているものだったと思う。わざわざそれを指摘して空気を悪くする意味もないが。

 ここはお互い大人の対応で距離を置き、朝になればさっさと出発してしまうのが吉である。

 とりあえず毛布や着替え、食料と貴重品だけ礼拝所の中に持ち込み、俺達は扉を閉めた。毛皮などは人力車に積んだままだ。

「それじゃ、晩ご飯の準備をしますね」

「私も手伝うわ」

 ロニとクレナが連れ立って老神官の住居にある厨房へと向かった。薪だけはこの家にある物を使わせてもらえるよう事前に許可を取ってある。

「ルリトラ、水浴びはどうする?」

「今日は止めておきます。見世物になる気はありませんので」

 礼拝所の中で水浴びは出来ない。やるなら外と言う事になるが、村の中では注目されるのは避けられないだろう。

 ケレス・ポリスに到着したら、衝立や仕切り幕を購入する事も検討した方が良いかも知れない。


「すぐじゃなくても良いけど、いずれ馬車を買った方が良いかもね」

 その後、食事を済ませて俺とクレナとロニの三人でお風呂に入っている時に、クレナがそう言って来た。

 髪も身体も洗いっこし終えて、俺とクレナが湯船につかりロニが洗濯をしていると言う毎日続いている光景である。当然三人とも身体を洗う時以外は身体にバスタオルを巻いている。

 一つ変わった事と言えば、俺とクレナの距離が近いと言う事だろう。湯船の中で手足、特に歩き通しの足をマッサージし合うためである。

 流石に恥ずかしいので、お互い意識し過ぎない様にマッサージしながら旅に関する話をしたりするのだ。

「馬車? あれって壊れたら一発アウトじゃないか? ほら、車輪周りとか」

 俺は、クレナのふくらはぎをもみほぐしながら言う。気持ち良いのか彼女は蕩けた表情をしている。

 いや、一応我慢している様なのだが、隠し切れてないのだ。暖まって上気した頬と相まって見ている方は胸の高鳴りを覚える。我慢だ。ここは我慢しなければいけない。

「その辺は魔法で強化しているはずだから、そう簡単に折れたりしないと思うけど……あ、そこいい」

「ここか?」

 ふくらはぎを小脇に抱える様にして次はふとももをもみほぐしていた俺は、指にぐっと力を込めた。

 ちなみに物を頑丈にしたりする魔法は、土の精霊の力を借りた魔法らしい。

 日々の生活にも役立つ俗に「職人魔法」と呼ばれるものがあって、神官魔法を除けばそれが最も普及している魔法らしい。職人限定で。

 『ものづくり大国日本』で生まれ育った身としては、ちょっと気になる話である。

「それに予備の車輪とか車軸も用意しておけば大丈夫でしょ。荷物を下ろせばルリトラなら車体を持ち上げられるだろうし、応急処置も出来るわ」

「ああ、ルリトラなら行けそうだな」

「それにトウヤの『扉』、隠す事を考えた方が良いと思うの」

「……なるほど」

 今日は礼拝所の中を使わせてもらったが、もし村の中で野宿する事になっていたら村人に見付からずに扉を開ける場所を探し回る事になっていただろう。

 『無限バスルーム』の扉は、見る人が見ればギフトである事がすぐに分かってしまう。無防備に見せて良いものではない。

「ありがとう、クレナ。ケレス・ポリスに着いたら考えてみよう」

「その後『砂漠の王国』に行く事を忘れちゃダメよ。例の『門』の大きさも分からないし」

「無理だったら仕切り幕だけでもってとこかな」

「当面の目隠しにはなるでしょうね。その辺は馬車職人から話を聞いてから決めれば良いわ」

「分かった。覚えておく」

 話が終わると同時にマッサージも終わる。

 するとクレナは顔を真っ赤にしたまま俺に背を向けてしまった。これもいつもの事だ。気持ち良くてゆるんだ顔を見られたくないらしい。

 俺としては、マッサージ中にも堪能させてもらっているので意味が無いと思う。

 しかし彼女にとっては、マッサージを受けている時は気にする余裕もないが、終わってから見られている事を意識するのが恥ずかしい様だ。

 浴槽の縁に肘を乗せ、膝立ちでこちらにお尻を突き出す体勢。俺はそのバスタオルに包まれたむっちり大きなお尻を眺めさせてもらう。

 彼女の方も気付いてないと言う事は無いと思うのだが、一週間ほど混浴して慣れてきたのか、はたまた心を開いてくれたのか、とにかく彼女達の方も少し無防備になってきた気がする。

 何にせよ俺としては眼福で嬉しい限りである。

「トウヤ様、クレナさま、洗濯が終わりましたっ!」

「ん、それじゃ交代よ」

「次はロニの番だ。こっちにおいで」

 ロニの洗濯が終わると、クレナとロニが交代する。次はロニをマッサージするのだ。

 なんだかんだと言ってこの三人の中では俺が一番力があり、そのおかげかマッサージも上手いのである。

 次に上手いのはロニ。そのため俺がクレナとロニをマッサージし、ロニが俺をマッサージする事になっていた。

 実のところ、リュカオンの身体能力のおかげかロニは俺達ほど筋肉痛になっている訳ではない。

 マッサージも必要ないぐらいなのだが、自分だけしないのはそれはそれで寂しいらしい。

 ロニも疲れている事は確かなので、俺としては彼女もマッサージするのに異存は無い。役得だし。

 ロニは気持ち良いのを我慢したりしない。クレナの我慢しているのにしきれていない姿もいじらしいが、彼女のこちらを信頼してくれている様子もまた愛らしい。

 それだけに信頼を逆手に取って不埒な事は出来ないなとも思うのでマッサージだけしかしない。本当に。

 何よりこんな可愛い子の手足を存分に触れるだけでも十分役得だろう。それで喜んでくれるのだから尚更だった。


 ちなみにマッサージしないと言えばルリトラもだが、彼の場合は俺達の手ではあのウロコに覆われた硬い身体をもみほぐす事は出来ないだろう。

 ルリトラに必要なのは休息だ。ここ数日、彼には頑張ってもらった。

 ロニへのマッサージが終わり、今度は俺がロニのマッサージを受けながら、俺は一足先に風呂から上がっていたクレナに声を掛けた。

「なぁ、クレナ。今晩なんだが見張りはいるか?」

 すると脱衣場の方で腰を下ろしてくつろいでいたクレナは、カーテンをめくりこちらを覗き込んで答える。

「見張ってた方が無難でしょうね。あの子だけじゃなくて村に入ってきた時から警戒されてたみたいだし」

「一人で?」

「二人。一人だと退屈で、眠気との戦いになるわよ」

 元々クレナはロニと二人で旅をしていたので経験談なのだろう。

「それじゃあ、今夜はルリトラを一晩休ませないか?」

「見張りを私達三人でやるって事? うん、良い考えね」

「私も構いませんよ」

 俺の案にクレナとロニは笑顔で承諾してくれた。

 俺達が『無限バスルーム』の中で休んでいる間、ルリトラは一人外で休んでいた。

 寝てない訳ではなく、何か起きればすぐ起きられる状態だったらしいが、完全な休息には程遠い状態だった事は間違いあるまい。

 そこで今夜は、俺達が見張りを担当して逆にルリトラを休ませるのである。


 『無限バスルーム』を出てからその事をルリトラに言うと、自分はレイバーなのだからと断ろうとしてきた。それを言ったらロニだってクレナのレイバーである。

「この村を出ればケレス・ポリスまでまた野宿だ。そっちじゃルリトラが頼りなんだから、ここでは休んでおけ」

「……分かりました」

 まだ納得していないと言うか心配でたまらない様子だったが、一応承諾はしてくれた。

 それでも俺達の事を心配することしきりな様子のルリトラ。子供に「はじめてのおつかい」を頼んだ父親みたいになっている様な気がする。

 彼から見れば俺達は子供同然と言う事なのだろうか。

 今夜見張りを代わった俺達は、日頃の感謝を込めて父の日にサービスする子供みたいなものだと考えると、意外とイメージもピッタリかも知れない。


 それはともかくとして、見張りはまず俺とクレナ、次は俺とロニ、最後にクレナとロニの三交代で行う事にする。大体三時間ごとの交代となるだろう。

 野宿の時は日が暮れたら動くのは危ないと言うのもあるが、交代する事を考慮して休息時間を長く取るものなのだ。

 出発時間によっては俺の睡眠時間が短くなる可能性もあるが、そこは男の沽券と言う事で率先して引き受ける。

 ロニが自分がやると言っていたが、ここは譲らない。

 自分がレイバーであり、俺がパーティのリーダーである事を気にしている様子だったが、俺としてはリーダーだからこそちゃんとやらねばならないと考えていた。

「ロニ、寝る時間が短くなったなら人力車の上で休んでもらえば良いのよ」

「あ、それもそうですね」

 クレナがフォローしてくれたおかげで、ロニも納得して引き下がってくれた。


 その後ルリトラがうずくまる様に就寝し、俺は夜間の飲み水用にタライ一杯分の水を『無限バスルーム』から出して、埃などが入らない様に布を掛けておく。

 まずは俺とクレナが見張る番だ。ロニはと言うとクレナの膝枕で眠っている。

 一応武器は持っているが、俺とクレナとロニの三人は寝巻き姿である。

 ロニは俺と同じ白い簡素な寝巻きだが、サイズが少し大きめの様だ。

 クレナの方は薄い桃色の寝巻きだ。布地からして少し異なる様で、袖や裾にフリルが施されている。

 ちなみにクレナは胡座をかいて座っている。その座り方が普通なのかと尋ねてみると、ズボンを穿いているならこっちの方が楽だと答えてくれた。

 無論寝巻き一枚で見張りをしていると寒い。光源も屋内で火を付ける訳にはいかないので、光の精霊だ。そのため暖を取るために起きている時も毛布に包まっている。

 それにしてもクレナの膝枕は、むちむちのふとももが気持ち良さそうだ。

「その膝枕、俺も寝る時頼んでいいか?」

「……私が寝る時してくれるなら良いわよ」

 駄目で元々、とりあえず頼んでみる。するとクレナはしばし考えた後に承諾の返事をしてくれた。

 条件は彼女が寝る時は俺が膝枕をする事。それぐらいお安い御用である。

 その後見張りの間、俺達は色々と話をした。

「実は、私も寝てみたかったのよね~。膝枕ってやつで」

 話を聞いてみて分かったのだが、実はクレナも膝枕をしたいと思っていたらしい。

「ロニに頼めばいつでもやってくれただろうに」

「ほら、ロニって足細いじゃない」

 クレナの言う通りロニの足は引き締まってほっそりとしている。

「だから頼むのは悪い気がしてたのよね」

「なるほど、分からんでもない」

 細いと言っても華奢と言う訳ではないので大丈夫だと思うが、頼むのを躊躇すると言うのは理解出来る。

 そこに俺の申し出と言う訳だ。俺としては駄目で元々だったが、彼女にしてみれば渡りに船と言う事だったのだろう。


 そして三時間程経ち、ロニを起こしてクレナと交代させる。

 クレナとは向かい合って座り会話をしていたが、ロニは俺の右隣に来て自分が使っていた毛布を俺に掛ける。

 何をするのかと思いきや、彼女はそのまま二枚重ねの毛布の中に入り込んできた。二人で身体をひっつけて一緒に毛布に包まろうと言う事だろう。

「ロニって甘えん坊?」

「家を出てから自重してたんだけど、最近また緩んできたわね……」

 クレナに尋ねてみたところ、ロニは元からこう言う面がある事を教えてくれた。家を出て旅立ってからは自重していたらしい。

「トウヤってリーダーが出来て、気が抜けてるんでしょうね」

「そう言えば、俺がリーダーになるまでどこにも属してない――寄る辺のない身だって言ってたな」

 俺の場合はルリトラが頼りになったが、彼女達にはそう言う庇護者が存在しなかったのだ。

 周りに味方がいない少女二人だけの旅。どれほど不安だっただろうか。

「あの……ダメですか?」

 ふと気が付くと、ロニが上目遣いで俺の顔を見ていた。不安で潰れてしまいそうな潤んだ目をしている。

「その状態で、見張りは出来るのか?」

「大丈夫です!」

 そう言ってロニはカスタード色の毛に覆われた大きな耳をぴこぴこと動かして見せた。

「まぁ、今日ぐらいは良いんじゃない? 屋外じゃないし、戸締まりもしてるし」

「よし、分かった。ただし、野宿の時とかは駄目だぞ?」

「はいっ!」

 力を抜いて俺の右腕に抱き着き、頬をすり寄せてくるロニ。クレナに比べて小振りで少し堅めだが、その弾むような弾力感が心地良かった。

 それにしてもロニは、相変わらず髪の量が多い。

 この一週間『無限バスルーム』のシャンプー、トリートメント、リンスを使ってきた事で艶を取り戻しつつあるが、ぼさぼさした髪型は相変わらずである。

 どうやら彼女の寝起きの様にも見える膨らんだ髪型は、くせっ毛が原因の様だ。


 そしてクレナは宣言通り俺の膝枕で横たわる。ロニの邪魔にならない様に俺の左側だ。

「……結構硬いわね」

「筋肉痛だからな。張ってるんだろ」

「それだけじゃないと思うけど……まぁいいわ、これはこれで悪くないから」

 そう言って彼女は毛布を鼻まで被って目を閉じた。

 平然としている様に振る舞っているが、頬が紅潮している事については触れないでいてやるのが優しさであろう。

 俺は左手で彼女の髪をそっと撫でる。

 初めて出会った時は傷んでいた髪もきれいになったものだ。指通りも滑らかである。

 ふと隣を見るとロニがもじもじしながらこちらを見ていた。彼女は仲間はずれにされるのを嫌がる。

 しかし俺の右腕は彼女に抱きかかえられたままだ。

 そこで俺は手をロニの背中に回す。ロニの方もその動きに合わせて腕を放し、更に身体を近付けてきて俺に抱き寄せられる様な体勢になった。

 しかし身体を密着させて毛布に包まっている状態のままでは、彼女の頭を撫でようとすると毛布がずれてしまうだろう。

 ここで俺はある事を閃いた。ある種の悪戯と言っても良いかも知れない。

 俺はロニの背中に回した手をそのままお尻の方にやり、お尻の少し上から生えたしっぽを優しくにぎにぎする。

 ロニは一瞬驚いた様子でピクッと身体を動かしたが、抵抗する事はなくされるがままになっている。

 頭を洗っている時に一緒に尻尾も洗っているし、それ以外の時にも触れた事が何度もある。触っても怒らない事は確認済みだ。

 ロニの中の基準では触らせて良い相手と駄目な相手がいるらしく、俺は触らせて良い相手らしい。リュカオンの考える序列に関係しているのかも知れない。

 こんな調子ではクレナと見張りをしていた時の様に話が出来るはずもない。クレナもすぐに寝息を立てていたので、あまり会話する事なく三時間が過ぎた。

 いや、実際には三時間以上経過していたかも知れない。

 その分俺の睡眠時間が減る事になるが、それは問題にはならない。

 何故なら、俺は既に精神的には十分癒されたからである。

 念のために言っておくが、ロニを愛でてクレナの寝顔を眺めていたばかりではない。

 ちゃんと見張りはしていた。会話が少なかった分、周りの音がよく聞こえるのだ。例えば扉の向こうで見張りをしている村人達が話している賑やかな声などが。

 流石に内容までは分からないが、時折笑い声も聞こえてくるので、おそらく彼等も眠気と戦うために話をしているのだと思われる。


 クレナのぷにぷにしたほっぺをつついて起こす。色白で実にもち肌だ。

「んっ……そろそろ交代?」

「ああ、交代だ」

 見張りと、膝枕をする側とされる側の。

 俺の毛布は二枚重ねになっているので、クレナの毛布と交換する事になった。クレナもロニと一緒に毛布に包まるつもりらしい。

「はい、どうぞ」

 そして俺はクレナの膝枕の時間である。クレナは胡座をかいた膝をぽんぽんと叩いて俺を呼ぶ。

 それを見て俺は気付いてしまった。睡眠時間が減るのは問題ないと言ったが、それはつまり膝枕をしてもらう時間が減ると言う事ではないか。

 クレナの可愛い寝顔を眺める時間もそれはそれで趣があるのだが、少し損をした様な気分になってしまう。

 こうなったら短い時間だけでも目一杯堪能する事にしよう。俺はクレナのボリュームあるふとももに頬ずりしながら横たわった。

 彼女も筋肉痛で足が張っているのだろうが、それを差し引いてもやわらかだ。

 風呂の中では生足を揉みしだいているが、高級品であろう肌触りの良い寝巻きに包まれたふとももと言うのも味わい深い。

「トウヤ、甘える時のロニみたい」

「なぬ」

 言われてみれば、似ていたかも知れない。

 クレナの顔を見上げてみると、怒っている様子はなかった。それどころかくすくすと楽しそうに笑っている。

 そしてクレナは俺の頭を撫でてくれる。先程俺が彼女にそうしていた様に。

「トウヤって、結構髪堅めなのね」

「ああ、伸ばすと横に広がるんだよ」

 特に前髪が。短い内は目立たないが、伸びると左右に撥ねるのだ。

「ちょっと見てみたいかも」

「勘弁してくれ」

 そう言う髪をしているからこそ、シャンプー等に拘っていた面はある。

 ロニの膨らむ様なくせっ毛と言うのは、実は他人事ではないのだ。

 こちらの世界に召喚されてから一ヶ月と少し、少し襟足の長さが気になり始めていた。

 そこまで気にする程ではないのだが、そこから再び『空白地帯』に向かう事を考えると、少しでも涼しくしていた方が良い様な気がする。

「ロニ、髪切るの上手いのよ」

「それじゃケレス・ポリスに着いたら頼むかな」

 そんな会話を交わしながら、俺はいつの間にか安らかな眠りについていた。



 そして翌朝、俺が目を覚ましたのは予定よりも少し遅い時間だった。

「おはよう、トウヤ。目が醒めた?」

 見上げると、そこには優しげな顔をしたクレナの顔がある。今更だが、ずっと寝顔を見られていたのだろうか。

 夜間の飲み水用に出していた物があったので、しばらく寝かせておこうと言う事になっていたらしい。

 とりあえず寝返りを打って、クレナのふとももに顔を埋めてみる。するとクレナはコツンと俺の頭を小突いてきた。

「起きたなら『無限バスルーム』を開けて顔を洗ってきなさい。その後、私達も使うから」

「……ああ、そうか」

 『無限バスルーム』の欠点が一つ見付かった。俺が扉を開かなかったら仲間が水を使う事が出来ないのだ。

 トラノオ族の集落で使っていた水瓶など、俺が寝ている時でも使える水をキープしておく方法も考えなければならないだろう。

 そんな事を考えながら顔を洗い、俺達は身嗜みを整える。

 こう言う時はルリトラが羨ましい。髪が無い分、手間が掛からないのだから。

 そして扉を開けて見張りをしていた村人達と挨拶をする。すると代表の青年は代官を呼んでくるからとその場から離れて行った。

 ロニの作ってくれた朝食、果物とカップに入ったスープを食べながら待っていると、やがて代官と老神官が、小麦の入った袋と一人の口ひげを生やした中年男性を連れてやってきた。

 その男性はこの村の名主、つまり昨日掴みかかってきた娘の父親らしい。

 俺達から見れば今更な気もするが、代官から話を聞いてみたところ、昨日ルリトラが凄んでいるところを見ていたらしく、謝りに行けばその場で殺されると怯えていたらしい。

 ちなみに娘の方は部屋に閉じ込めているそうだ。情緒不安定な状態になっている事は知っていたが、まさかあんな事をしでかすとは思ってもなかったとの事。

 次にあんな事をしでかしたら困るのは村の方なので、そちらは彼等に任せておけば問題ないだろう。

 ちらりとルリトラに視線を向けると、彼も困った顔をしている。

 慣れればそんなに怖い顔でもないのだが、トラノオ族の集落で半月過ごした俺は、この世界の一般人とは少し感覚がズレているのかも知れない。

 それはともかく、涙目で何度も何度も平謝りしているヒゲ面のおっさんを見ていると、何となく昨日からの村人達の視線に込められていたものが何なのかが分かった様な気がした。

 あれは怯えだ。俺達に対する。

 巨漢のルリトラもそうだが、俺もブリガンダインを中心に全身金属鎧で固めている。その上武器は幅広の刃を持つブロードアックス。確かに一般人の村人の目には恐ろしく映るだろう。

 俺達の世界だって街中を武装集団がうろついていたら、皆逃げるか遠巻きにして近付こうとはしないだろう。せいぜい警察に通報するぐらいだ。

 彼等の反応は、それと同じ事なのだ。

 これ以上騒ぎ立てても恨みを買うばかりで、俺達にメリットは無いだろう。

 ここは素直に謝罪を受け取り、昨日の話通りに小麦をもらって手打ちにしてしまった方が良いと思う。

 小麦は麻袋で四つ。結構大きめの袋だ。一人につき一つと言う計算なのだろうか。

 ただ、これが多いのか少ないのかが俺には判断が出来ない。

 困っていると横からクレナがフォローを入れてくれた。

「謝罪としては十分過ぎる量だと思うけど、そっちは無理してないの? 昨日も言ったけど、逆恨みは御免よ?」

 どうやら相場よりも多めの様だ。

 すると老神官と揉み手をした代官がそれに答える。

「ご安心ください。それはありません」

「あまり大きな声では言えませんが、口止め料も入っていると思っていただければ……」

 つまり、昨日名主の娘に掴みかかられた事は他所で言い触らしてくれるなと言う事だ。

 昨日の話の続きとなるが、要するに彼等は口約束だけでは安心出来ないのだろう。

 俺達としても深く関わり合いになりたいとは思っていないので、特に異存は無い。

「分かった、謝罪を受けよう。後はそちらに任せる」

「ありがとうございます!」

 最終的には俺が謝罪を受ける選択を口にした。小さな事ではあるが、それがリーダーとしての務めである。

 俺の返事を聞いた代官、老神官、名主の三人は、安心した様子で揃って深々と頭を下げた。


 それから大地の女神への礼拝をし、朝食を終えた俺達は、すぐに村を出る準備を始めた。

 礼拝堂内に持ち込んでいた荷物を積み込む際に一通りチェックしてみたが、人力車に積んでいた荷物の方にも異常は無い。

 最初にトラブルがあったが、終わってみれば武装した異邦人に怯えを見せる「普通の村」だった様な気がする。

 閉鎖的に感じられるが、よくよく考えてみればテレビなどから情報が溢れている俺達の世界ではないのだ。

 村に定住する彼等の「世界」と言うのは、俺が想像しているよりもずっと狭いのだろう。

 クレナにそれとなく尋ねたところ、彼女もこの様な村は大して珍しくはないと答え、俺が油断せずに見張りをすると言い出した事を褒めてくれた。

 彼等は話し掛ければ何か情報をくれる、ゲームに登場するNPCノンプレイヤーキャラクターではない。この世界に生きる人間なのだ。

 分かっていたつもりだったが、実際に目の当たりにした事で改めて思い知らされた気がする。

 今後も旅を続けていけば、こう言う事も度々起こり得るだろう。俺はこの村での出来事を教訓として胸に刻む。


 だが、問題は無い。俺には頼もしい仲間がいる。

 俺に足りないこの世界の知識、常識を補ってフォローしてくれるクレナ。

 意外と何でもこなせ、場の空気を和ませ癒してくれるロニ。

 そして、いつも頼りになるこのパーティの「お父さん」ルリトラ。

 彼等がいれば大丈夫だ。

 俺は頼りになる仲間達と共に、どこにでもある様な「普通の村」から旅立つのであった。

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