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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
熱情の砂風呂
24/206

第22話 荒野の珍味

今回から新章突入です。

「トウヤ殿、ありがとうございました。この御恩はいつか必ず」

「ああ、ありがとう。いつか機会があればな」

 初混浴から一日掛けて人力車に荷物を詰め込み、俺達は準備を終えた。

 もちろんクレナ達とは、その日の晩も一緒に風呂に入っている。

 クレナから先に頭を洗ってロニに見せ、その後俺はロニに頭を洗ってもらった。

 おっかなびっくりでたどたどしい手付きだったが、可愛い女の子に頭を洗ってもらえていると言う事実が嬉しい。


 旅の準備とは別に『無限(アンリミテッド)バスルーム』に関する実験も行っている。

 クレナが赤いパンツを忘れていった事で『無限バスルーム』の中に物を置いておける事が判明した。

 保存能力はどの程度のものなのかを調べるため、燻製肉と生肉、それに乾いた衣類と洗濯した衣類を『無限バスルーム』の中に置いたまま放置している。

 数日様子を見れば結果が出るだろう。

 それとは別に分かった事が一つある。

 乾燥させた植物は中に入れた状態で扉を閉められるが、採取したばかりの瑞々しい状態では閉められないと言う事だ。

 俺の『無限バスルーム』は、中に俺がいない状態で他の生物が入っていると扉を閉められないと言うルールがあったが、植物も生物の一種として扱われる様だ。

 乾燥した状態や、生肉は大丈夫と言う事は、言い方はアレだが「死体」は大丈夫と言う事なのだろう。

 ファンタジーと言えば動く死体であるアンデッドや、ゴーレムみたいな魔法生物の類が思い浮かぶが、この世界にも存在するのだろうか。

 存在するとすれば、それらだけを入れた状態で『無限バスルーム』の扉が閉じられるかどうかはちょっと興味がある。これは今後の課題としておこう。


 その翌朝、俺達一行はトラノオ族の集落から旅立つ事になる。

 クレナ達から預かっていた武器は、朝の内に二人に返していた。

 トラノオ族総出で見送られながら俺はルリトラの背に、クレナとロニはドクトラの背に毛皮を敷いて跨る。

 当然、クレナは金属鎧は身に着けていない。俺と同じ様に旅装束の上に日差しを防ぐ外套を羽織っている。

 俺は鎧の尖った部分を取っ手代わりに掴んで姿勢を安定させた。

 ドクトラの背にはそう言う掴みやすい場所が無いが、クレナの方は乗馬技術のおかげか俺より安定している様子だ。ロニが彼女の背中にひしっとしがみ付いている。

 人力車はドクトラの部下である二人の若いリザードマンが曳き、残りの一人はもう一つの部隊と一緒に俺達の露払いをしてくれる事になっていた。

「よし、出発だ!」

 パーティリーダーなので号令を掛けるのは俺の役目だ。

 俺の声に合わせてルリトラ達が一斉に走り出した。前傾姿勢による全力疾走だ。

 こうなるともう野生のモンスターでは俺達の行く手を阻む事は出来ない。

 人力車と違ってさほど揺れもしないので、後は振り落とされない様に『空白地帯』の境界線に辿り着くまで耐えるのみである。



 数度の休憩を経て一行が境界線まで辿り着いたのは、もう日も暮れて真っ暗になった後の事だった。

 ルリトラとドクトラの全速力ではなく周りに合わせて走ったため、予定より少し遅れてしまった様だ。

 ここまで走り続けてきたリザードマン達は、皆肩で息をしながら呼吸を整えている。

 ルリトラとドクトラの二人だけはまだ余裕がありそうだ。

 俺の方はと言うと腕が痛かったが、修行の成果か初めてドクトラに乗った時程ではない。

 辺りを見回してみても、月と星の明かりだけでは何も見えない。

 俺は両手を前に出して光の精霊を立て続けに四体召喚。俺の周りを旋回させながら辺りを照らしてみる。

 この魔法にも慣れたものだ。これもまた半月の修行の成果であった。

「なんだこりゃ……地割れか?」

「そうよ、ここが西側の境界線。北から南までずぅっとこの地割れが続いてるの」

 俺の呟きに答えたクレナは、鞘から抜いた細身の剣の切っ先に炎を灯して松明代わりにしていた。精霊魔法の一つらしい。

 クレナとロニも疲れていないと言う事は無いと思うのだが、二人は表面上は平然としている様に見える。

 北側は山が、西側はこの地割れが『空白地帯』の境界線となっている様だ。

 光の精霊を二つほど飛ばしてみると、少し離れたところに向こう側の地面が見えた。およそ三メートル、いやこの世界の単位で三ストゥートと言ったところだろうか。

 今度は下の方に精霊を飛ばしてみると、一つが地割れの側面にぶつかって弾けてしまった。

 Vの字型の亀裂で、さほど深くは無いらしい。

「これなら歩いて渡れるか?」

「大丈夫よ。実際私達も、この地割れを渡って『空白地帯』に入ったんだし。でも人力車はどうかしら?」

「ご安心を。我々が担いで渡りますので」

 俺とクレナで話していると、ルリトラが後ろから声を掛けて来た。

「大丈夫なのか?」

「渡る場所を選べば問題無いでしょう」

「それなら今日はここで休もうか。明るくなってから渡る場所を探そう」

 俺達はここで野宿する事を決め、早速準備を始めた。

「ロニ、そこの草をお願い」

「はい、クレナさま」

 クレナとロニの二人は「茂み(ブッシュ)」と呼ばれる蔓状の植物を刈っている。

 小さなトゲがある植物で、『空白地帯』の荒野では群生するブッシュの塊をそこら中で見掛ける事が出来る。

 水分の多いサボテンなどと違って乾いているため、この荒野では主に燃料として使われている植物だ。

 ロニが集めたブッシュをダガーでバラバラにして積み上げると、クレナが剣の切っ先に灯していた火を使って燃え上がらせる。

「手慣れたもんだな」

「当然よ。ユノ・ポリスからここまで二人で旅をしてきた訳だしね」

 そう言いつつ、クレナはどこか得意気だ。

 その間にロニは荷物から材料を下ろして手際良く料理を始める。クレナはそれ程ではないのだが、ロニの方は料理が出来るらしい。

「人数が多い分、大変そうね。私がロニを手伝ってくるわ。その間にトウヤはルリトラ達を水浴びさせてきなさいよ」

「そうするか。それじゃそっちは頼んだ」

「任せて」

 お言葉に甘えて料理は二人に任せ、俺はルリトラ達の下に向かう。

「ルリトラ、夕飯の前に水浴び済ませちまえ」

「ありがとうございます」

「水出した方が俺にとっても修行になるんだから気にすんな」

 一応ルリトラが水浴びするのに使う分の大きなたらいを持っているのだが、今日はドクトラ達もいるのでそれだけでは足りない。

 そこで俺はホースを上に向けて全開で水を放出する。すると水はシャワーの様にルリトラ達に降り注ぎ、皆は雨季を前にした雨に大喜びであった。

 皆が水浴びを終えるまで俺は延々と水を出し続ける事になるが、ため池に水を溜めていた時に比べればどうと言う事はない。

 問題は、ホースを持つ手が疲れる事ぐらいであった。

 それにしても楽しそうだ。この光景を見ていると、レイバー市場に行った時ルリトラを買ってトラノオ族を救うと決めた事は間違いじゃなかったと思える。

 俺も少しは勇者らしくなれたのだろうか。そんな事を考えながら、俺は水を出し続けた。



 夕食は焼いたゴールドオックスの肉。それにスライスして茹でたサボテンの若い茎節に、すり潰して種を取り除いたサボテンの実・トゥナを掛けて味付けしたものだった。

 肉の方は岩塩を砕いた物を掛けて食べると、肉汁の甘さが口いっぱいに広がる。少々固めだが、それがかえって食べ応えを感じさせた。

 トゥナは種が非常に多い。そのまま食べる事も出来るのだが、非常に硬いのでロニはすり潰す際に漉し取ったらしい。

 サボテンと言う元の世界でもユピテルでもなかなかお目に掛かれない代物だったが、食べてみるとトゥナの爽やかな甘味が意外と美味しかった。

 ドクトラ達は種が無いと物足りないらしく、後から漉し取った種を追加していたが、味自体は好評だった。

 トラノオ族はトゥナを丸ごと食べるのがほとんどなので、こうしてソース代わりに使うのは初めて見たらしい。と言うか、彼等は岩塩以外の調味料を使わない。

「ロニ、これはユノの方の料理法なのか?」

「え? え~っと……」

 興味を持った俺が尋ねると、ロニは困った様子で言葉を詰まらせる。

 どうしたのかと首を傾げていると、横からクレナがフォローを入れてくれた。

「ロニは本職の料理人って訳じゃないからね。有る物で適当に作ってるだけよ」

「有り合わせでこんな料理が作れるのか、すげぇな」

「す、すいません。こんな適当な物で……」

「何言ってんのよ。むしろ有難いわ、胸を張りなさい!」

 「旅料理」と言ったところか。ロニは恥ずかしそうだったが、自らも胸を張るクレナの言う通り、これは旅人にとっては有難い料理スキルだと言えるだろう。



 その後、食事を終えた俺達は洗い物を持って『無限バスルーム』に入る。

 ルリトラだけを外に残し俺達三人だけ中と言うのも気が咎めるが、狭いと言う問題もあるため、入浴後は外に出て休む事になるだろう。

 『無限バスルーム』に入った俺達は、まず中に放置していた物をチェックする。

「ちょっとしなびてるわね。ロニ、そっちはどう?」

「乾いてるけど、生乾きですね」

「逆に乾いてた服は、ちょっと湿ってるな」

 保存食は特に変化はなし。生肉は少ししなびた様子だった。

 洗濯物の方は、まだ十分に乾き切って無いようだ。

 これらの事から分かる事は、中に放置した物もきっちり時間が経過し、変化していると言う事だ。

 明日はここから出る際にお湯を全て抜き、浴室乾燥を使った状態で扉を閉めてみるのはどうだろうか。


「ロニ、先に洗い物しちゃいなさい」

「はーい」

 食器を持って浴室に入ったロニは、椅子に座って食器を洗い始める。当然服は着たままだ。

 俺とクレナは脱衣室の方で腰を下ろし、ロニが洗い終わるのを待つ事にする。

「ところでトウヤ、このお風呂って掃除してるの?」

「いや、特には。扉を開ければいつでも入れる状態になると思ってたし」

「でも実は中の状態が保持されてた」

「そうなるんだよな。このしなびた肉とか見た感じ」

 この『無限バスルーム』と言うギフト、まだまだ俺の知らない部分があるらしい。

「……ここってカビないの?」

「そう言うのが無いから、いつでもベストコンディションで現れると思ってたんだ」

 そう、この浴室は一ヶ月以上手入れせずに使っているが、カビはおろか水垢の汚れも無い。

 こう言うところで名前を出すのは失礼な様な気もするのだが、流石は光の女神の祝福と言う事なのだろうか。

「でもこの肉、このまま放っとくと腐りそうよね」

「燻製肉の方も、湿気が多いから不味いんじゃないかな」

 元々長期保存のために中の水分量を減らしたのが燻製だ。

 それをこんな湿気だらけの所に置いておけば本末転倒である。

「洗濯物は生乾きだし」

「乾いてたのも湿る」

「役に立たないわね~」

「元々保管庫として使うためのギフトじゃないしな。と言うか、そんな事を言うなら今日は俺とロニだけで入るぞ」

「あ、ごめん。そう言う意味じゃないのよ」

 今日一日汗だくになったと言うのにお風呂に入れないのは勘弁して欲しいのだろう。クレナは慌てて謝ってきた。

 それを見て笑いを堪えていると、彼女もからかわれていた事に気付いたらしく頬を染めながら俺のほほを軽くつねってくる。

 大して痛くはない。むしろこのじゃれ合いが楽しかった。

 それにクレナの言いたい事も理解出来る。

 保管庫としても使えるかと思いきや、今日の実験で分かったのは物を保管するには少々厳しい現実ばかりだった。

 他にも調べるべき事はいくつかあるが、現状では保管する物は非常に限定されてしまうだろう。


 そうこうしている内にロニの洗い物が終わった。

 話はひとまず中断し、俺達は服を脱いで風呂に入る。当然バスタオルを巻いている。

 クレナとロニは平然とした顔をしていたが、やはり我慢していたらしい。手足の筋肉がパンパンになっている。

「今日はゆっくりと入ろうか。風呂の中でマッサージして手足をもみほぐした方が良い」

「そうね、そうしましょうか」

「あ、それなら私が」

「いや、ロニだって同じ状態だろ」

 俺とクレナのマッサージを一人でやると言い出したロニだったが、しゃがんで彼女のふとももを触って確かめてみると、やはり彼女も足が硬くなっていた。

 初めてドクトラに乗った時程ではないが、疲れているのは全員同じなのだ。

 ちなみに俺が使える『癒しの光』は筋肉痛には効かない。

 筋肉痛と言うのは筋肉がダメージを受けている状態だから怪我の一種なのではないかと思うのだが、神官魔法的には疲労の一種として判断されるらしい。

 つまり筋肉痛は傷を癒す魔法ではなく、疲労回復の魔法で症状を緩和するしかないのだ。まだまだ勉強が必要である。

「……まぁ、ここはお互いにマッサージするって事で」

「二人が良いなら俺は構わんぞ」

 クレナがお互いにマッサージし合う事を提案してきたので俺はそれに承諾。

 気丈に振る舞っていてもやはり疲れているのか、今日のクレナは少し無防備だった。

 そしてもみほぐしたクレナのふとももはむにむに、ロニのそれはぷにぷにしていた。


 これは相当疲れている。安全な場所でゆっくり休ませた方が良い。

 そう判断した俺は一度扉を開けて表のルリトラ達に今日は二人を中で休ませると連絡。そのまま一晩『無限バスルーム』の中で休む事にした。

 一人でもそう広い方ではないのに三人ではかなり狭く感じられるが、ここなら扉を閉めている間は絶対に安全だ。

 クレナもそれは分かっているので『無限バスルーム』の中で休む事を承諾。

 ゆったりと風呂につかって身体の疲れを癒した俺達は、お湯を全て抜き換気をしてから、三人脱衣室で身を寄せ合って眠りにつくのだった。



 翌朝目を覚ました俺達は、まず顔を洗って身嗜みを整える事から始めた。

 操作パネルで時間を確認してみると、まだ六時前だ。元の世界の基準で考えればかなり早いが、この世界では割と普通だったりする。

 俺もここ一ヶ月半の生活ですっかり慣れてしまっていた。そもそも昨日寝たのも夜十時頃だ。

「クレナ、ロニ、手足の方はどうだ?」

「私は大丈夫ですよー」

「思ってたよりはマシね。このまま旅立っても問題なさそうよ」

「そりゃ良かった」

 半月の修行で身体を鍛えたおかげか、昨日のマッサージのおかげか、俺の筋肉痛もそれほど酷い状態ではなかった。

「一度ゆっくり休みたいところだけど、ケレス・ポリスまでは騙し騙しやっていくしかないわね」

 軽くストレッチしながらクレナが言う。腕の動きに合わせて寝巻きに包まれたおっぱいも動く。

 残念ながらノーブラではない。かの変態偉人は夜用のブラもしっかり開発していた様だ。どこまで時代を先取りしていたのだろうか。

「途中に人里は無いのか?」

「あるでしょうけど、この辺は農村ばっかりだと思うわ」

 クレナによるとそう言う所は専用の宿などが無いため野宿する事が多く、安心してゆっくり休める状態には程遠いそうだ。

 ケレス・ポリスまでは徒歩で一週間ほどらしい。街道沿いに一つ農村があるそうなので、直に経験出来るだろうとクレナは笑っていた。 


 着替え終えて外に出てみると、ルリトラとドクトラは既に目を覚ましていた。他の面々はまだ眠っている様だ。

 皆を起こし、ルリトラ達はトゥナの実で、俺達三人はデーツの実で軽い朝食を済ませる。

 干したりしている訳ではないトゥナの実は、あまり日持ちしないので大判振るまいだ。

 デーツの方は、まだ未熟な実なのでリンゴの様なサクッとした歯触りをしていてほのかな甘味がある。

 一口食べたクレナが目を丸くして驚きの声を上げる。

「若いデーツって初めて食べたかも」

「リンゴみたいですね」

 ロニが言う。この世界の人間もリンゴの様だと言う感想を抱くらしい。

 俺達の世界のリンゴは品種改良された物だと言う。改良される以前はぼそぼそとしていたらしいが、この世界のリンゴはどの様な味をしているのだろうか。

「ユノ・ポリス辺りじゃ手に入りにくいのか?」

「入りにくいって言うか、無理よ。干した物以外は」

「……ああ、そっか。距離があるもんな」

 この世界ではトラックで素早く長距離輸送とかは出来ないのだ。

 きっと他では手に入らない珍しい果物として需要があるため、わざわざ『空白地帯』に入り込んで採取している人間がいるのだろう。

「じゃあ昨日のトゥナも」

「ええ、初めてだったわ」

 干して長期保存出来る様な物ではないトゥナの方は、クレナ達にとって完全に未知の物だったそうだ。

「やけに種が多くて食べにくいと思いましたけど……種ごと食べるんですね、あれって」

 ロニはどちらかと言うと、ルリトラ達のトゥナの食べ方の方が驚きの様だ。

 彼等はトゥナの実を皮ごと丸かじりし、種も一緒に飲み込んでいる。

 食べても問題は無いらしい。それどころか腹に良いそうだ。整腸作用でもあるのだろうか。

 だからと言って好き好んで食べたいかと答えは否である。

「私は勘弁して欲しいわね、結構硬いみたいだし」

「俺も外せるならそっちの方が良いな」

「私もちょっと……食べる時は昨日みたいにすり潰しますね。そうしたら種もすぐに取れますから」

 ロニも同じ感想だったらしい。大喜びでトゥナを丸かじりするルリトラ達を眺めながら、ロニはどこか困った様な笑みを浮かべていた。

 種族の差と言うのは、こう言うところにも出るらしい。



 それから俺達は歩いて南側に進み、比較的地割れの幅が狭く、浅くなっている所を探す。

 北ではなく南に行くのは、目的地であるケレス・ポリスは南にあるので少しでも近付くためだ。

 このままずっと地割れを辿って南へと進んで行くと海に出るらしい。その海岸線が南側の『空白地帯』が途切れる境界線になっているそうだ。


 それはともかく、徒歩で一時間ほど進んだ所で地割れが狭くなっている場所を見付ける事が出来た。

 まずはロニがひょいひょいと危なげなく渡っていく。流石リュカオンの身体能力だ。

 続けて俺とクレナの二人がルリトラ達の手を煩わせない様、互いに支え合いながら地割れを渡る。

 一度クレナがバランスを崩したが、俺が抱き留めた。

「あ、ありがと」

「気を付けろよ、足下崩れやすいみたいだから」

「クレナさま、大丈夫ですか?」

「え、ええ、平気よ」

 そして俺達も無事に渡る事が出来た。金属鎧を身に着けていたら、ちょっと危なかったかも知れない。

 最後に人力車だ。まずルリトラとドクトラが地割れを渡り、四人の戦士が地割れに降りて下から車体を支え、ルリトラとドクトラの二人で一気に引っ張って渡らせる。

 その様子を見ていた俺は思わず呟いた。

「大して深くもない地割れだと思ってたけど、これ大変だな。馬車とかだったら絶対に無理だっただろ」

「だから俺もユピテル・ポリスに身売りに行ったのです」

 その呟きに答えたのはルリトラ。

 この地割れの存在を知っていたので、西側の国に行っても水を運び込むのは難しいだろうと、北側の山を越えてユピテル・ポリスのレイバー市場に行ったらしい。

 ちなみに東側には何もなく、その分『空白地帯』が一番大きく広がってるため、距離の問題で除外だったとの事。

 つまりこの『空白地帯』は、北は山、西は地割れ、東は荒野が広がっており、南には海がある。

 地図で見ると歪な菱形をしていたが、どうやら周辺の地形が大きく影響している様だ。


「トウヤ殿、俺達はここまでだ」

 ドクトラが近付いてきて声を掛けて来たので、俺も彼の方に向き直る。

「ああ、ありがとうドクトラ。長老達にもよろしく伝えておいてくれ」

 『空白地帯』を抜ける事が出来たので、ドクトラ達の護衛はここまでである。ここからは俺達四人だけの旅だ。

 ドクトラ達はこのまま走って集落に戻る事になっているので、彼等の持つ皮製の水袋一杯に水を入れてやってからお別れである。

「ルリトラ、トウヤ殿をお守りしろよ!」

「当然だ」

 堅い握手を交わすルリトラとドクトラ。男の友情である。

「トラノオ族は恩を忘れん! トウヤ殿、俺達の力が必要な時はいつでも言ってくれ!」

 そう言ってドクトラ達は走り去って行く。流石のスピードだ。すぐに見えなくなってしまった。


 彼等が走り去った後、俺達は出発の準備を始める。

 荷物はそのままで良いのだが、俺とクレナは防具を身に着けていないので、まずはクレナが人力車から防具を下ろし、ロニに手伝ってもらいながら身に着ける。

 ルリトラの手では人間用の防具の留め具を扱うのは楽ではないため、俺もその後で二人に手伝ってもらう事になっていた。ブリガンダインは重いので二人掛かりである。

 それにしても驚いたのは、地割れの向こう側は荒野だと言うのに、こちら側はまばらながらも草が生えている事だ。気温も少し下がっている様な気がする。

「なぁ、クレナ」

「どうしたの?」

「地割れを越えただけで気候が変わった気がするんだが」

「それが『空白地帯』よ。私も体験するまでここまでとは思わなかったけどね」

 なるほど。その言葉を聞いて、俺はクレナ達が行き倒れた本当の理由に気付いた。

 俺はユピテル周辺の気候がどの程度なのかを理解せず、砂漠は暑いと言うイメージだけで外套などを準備した。

 それに対してクレナ達は、こちら側の気候をちゃんと理解しているからこそ『空白地帯』の暑さを甘く見てしまったのだ。

「はい、おしまいです。次はトウヤ様ですよー」

「ほら、早く来なさい」

 考え事をしている内にクレナの鎧の装着が終わったらしい。例のドレス型のサーコートに着替えているので見えないが、中にはハーフプレートの胴鎧を身に着けているのだろう。

 俺も二人に手伝ってもらいながらブリガンダイン、グリーブ、ヴァンブレイス、ガントレットと順番に身に着けていった。


 俺はちらりと『空白地帯』に視線を向ける。

 はっきり言って、これは「不自然」だ。

 山を越えれば気候が変わると言うのは理解出来なくもない。しかし、地割れを越えたら気候が変わると言うのは流石に有り得ない。

 考えるに、やはり『空白地帯』はただの自然現象では無いのだろう。

 山や地割れの様な障害物がなければ、こちらも東側と同じぐらいの範囲が『空白地帯』になっていたのではないだろうか。

 何かが中央から放射されたと考えるのが自然な様な気がする。

 そしてその中央の砂漠にあるのは『砂漠の王国』である。

 一体五百年前に何が起きたのだろうか。トラノオ族の話を聞く限り、今もそこに魔族がいるとは考えにくいが、何か手掛かりが残っている可能性は十分にある。

 それを知る為にもやはり行かねばなるまい。ルリトラとクレナとロニの三人と共に『砂漠の王国』を目指すのだ。

「はい、これで終わりっと。結構重装備なのねぇ」

「トウヤ様、盾をどうぞ」

「ありがとう、ロニ」

 大型のラウンドシールドは、手に装着した状態で歩くとバランスが悪いので肩に背負う。ブロードアックスも刃の部分を携帯用のケースに入れて、腰の背中側に装着した。

 これで準備完了だ。

「それじゃ行こうか。ルリトラ、人力車を頼む」

「了解です」

 そして俺達は、南に向けて旅立った。

 まず目指すのはケレス・ポリス。農業の盛んな街である。

 トゥナはリザードマンでなくても種ごと食べる事が出来ますが、その種は非常に硬いそうです。そして食べ過ぎるとお腹を壊すとか。

 デーツの方は、お好み焼きソースやキーマカレーの原材料に使われてる意外と身近な物だったりします。

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