後日談:お疲れ、お風呂、大中小
ハデスが復活して、俺は汎神殿、ひいては女神信仰のトップとなった。
我ながら激動の人生だと思うが、負けずとも劣らずな子が一人いる。
「あうぅ~、むつかしぃよぉ~……」
湯舟の縁で突っ伏す青い肌をしたキュクロプスの少女、プラエちゃん。三ストゥート程の大きな身体とは裏腹に子供っぽいところがある子だ。
ここは『無限バスルーム』二の丸大浴場の一階。湯舟は洗い場に近い方は浅くなっており、プラエちゃんはうつ伏せに寝転がっているような状態で身体を伸ばしていた。
濡れた湯浴み着が貼り付いた大きなお尻が湯面から顔を覗かせている。
現在彼女は、ただ一人の風の神官という事で、風の神殿長に就任していた。今は神殿長として色々と勉強中らしく、頭を使う方向で苦労しているようだ。
一人しか神官がいなくて神殿長になったのは『不死鳥』も同じだが、こちらは『百戦百敗将軍』といっても元魔将。前世の経験もあって人の上に立つ事には慣れていた。
ハデス復興のため皆それぞれ忙しいが、苦労しているという面ではプラエちゃんは間違いなくトップクラスだろう。
すまない、俺は汎神殿のトップと言ってもそんなに仕事は多くないのだ。
いや、魔法で建築はしてるんだけど。彼女に比べれば楽なものだろう、精神的に。
彼女が、それでもめげずに頑張っているのは、風の信徒であるキュクロプス、そしてグラウピス達のためだ。
テーバイの森にあった風の神殿が攻め滅ぼされた彼女達にとって、復興したハデスは安住の地なのである。
グラウピスの神殿騎士達は、そのまま汎神殿に仕えてくれている。
他の面々も復興を支えてくれているのだが、キュクロプスは残っているのが女子供ばかりで、子供達の世話も大変なのだとか。プラエちゃんの肩に掛かる責任は重い。
そんな彼女のために俺ができる事は、お風呂でしっかり癒してあげる事だろう。
「プラエちゃん、おいでおいで」
「トウヤぁ~~~!」
手招きすると、涙目のプラエちゃんが飛びついて来た。
トラックのような勢いの巨体を、全身で受け止める。その柔らかな胸にむにょんと埋もれてなかったら、それだけでダメージを受けていたかもしれない。
「ほら、こっちこっち」
そのまま彼女を連れて移動する。
この大きな湯舟は、洗い場から見て奥側半分が深くなっている。そのため俺が浅い側の端に腰掛け、プラエちゃんが深い側に行くと、高さのバランスが改善されるのだ。
両手を広げると、改めてプラエちゃんが抱き着いてきた。
プラエちゃんがもたれ掛かっているのもあって、視線の高さが大体合っている。
「毎日よくがんばってるな、偉いぞプラエちゃん」
頭を撫でると、彼女は嬉しそうに顔を近付け、頬をすり寄せてくる。こういう所もやっぱり子供っぽいんだよな、プラエちゃん。
にもかかわらず、神殿長としてがんばっている。風の神殿の仲間達のためだろう。
なんて健気なんだ。彼女の頭を抱きかかえる腕に思わず力がこもる。
するとプラエちゃんは甘えるような声をもらして、更に全身を押し付けてくるのだった。
そのままプラエちゃんにひとしきり甘えさせてあげていると、新たな入浴者がやってきた。
「トウヤさまぁ~~~」
ロニだ。お疲れなのかリュカオンの証である耳もしっぽも力が無い。
現在の彼女は、特別な役職についたという訳ではないのだが、ハデス全体の料理長みたいな立場で復興に頑張る者達の食卓を支えている。
というのも、集まった神殿関係者は料理ができる者が少なかったのだ。
王女親衛隊も王女に付いてハデスに来る者と、辞めてユピテルに残る者で分かれたが、どうも残った方に家庭的というか料理ができる者が集中していたらしい。
流石にまったくいないという訳ではないが、手が足りているとは言い難い。
クリッサ、キュクロプスのお母さん達、トラノオ族の婦人達。こちらは料理ができる者が多いが、人間の料理に詳しいのはロニぐらいだ。そのため彼女が料理部門全体の責任者となっていた。
更に言ってしまうと、ハデス復興のために力仕事をしている者も多く、そういう者達はよく食べる。その分、ロニの負担も大きくなっているようだ。
「トウヤ……」
更にリウムちゃんも入ってきた。
彼女は復興作業においては、水晶術を駆使して活躍している。水晶術というのは、戦闘向けの物ばかりではないのだ。
といっても今はロンダランもいるため、彼女の負担はそこまでではない。
疲れているようにも見えない。元々あまり表情を変えない子だけど。
流石に皆も、子供に負担を掛け過ぎたりはしないのだ。
しかし、それはそれとして甘えてくるのがリウムちゃんである。
二人は、プラエちゃんという先客がいる事に気付き、ちょっとガッカリした様子だ。
プラエちゃんも二人に気付くと、「ん~……」と考えている。
「トウヤ、こっちこっち」
身体を離し、湯舟の中であぐらをかいて座ると、俺の手を引いて膝の上に座らせてきた。
「ほら~、二人もこっち来て~♪」
そして満面の笑みでロニとリウムちゃんを呼ぶ。
するとリウムちゃんは迷う事なくちゃぷちゃぷと近付いてきた。深くなる境目なので、俺も手を伸ばして彼女を引き寄せる。
「失礼しまーす……」
それからロニも遠慮がちに近付いてきて、プラエちゃんの膝の上に腰を下ろした。
これで真ん中に俺、左右のリウムちゃんとロニ。三人でプラエちゃんの膝の上に座っている状態だ。
「はい、ぎゅーっ♪」
すると彼女は、両腕で俺達三人を抱きしめて来た。
その力加減は優しく、三人で密着しながら、その柔らかな巨体に埋もれていく。
リウムちゃんは自らも手を伸ばして俺に抱き着き、ロニは気恥ずかしそうにしながらも、抗う事なく身体をこちらに預けてくる。
「みんな~、明日もがんばろうね~♪」
頭の上から投げ掛けられる、元気付ける言葉。
その言葉が欲しいのは自分だろうに。そう思った俺は、腕を上げてプラエちゃんの頬を撫でる。
「プラエちゃんもな。皆で頑張ろう」
「……! ありがと~~~っ!!」
するとプラエちゃんは、嬉しそうな声で更に強く抱きしめてきた。
その声を聞きながら俺は、明日もめいいっぱい褒めてやらねばと心に決めるのだった。
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