後日談:神泉七女神の湯
カポーンと言う風呂場のシーンなどでよく見掛ける効果音は一体誰が考えたのだろうか。
そんな益体もない事を考えながら、俺は天然岩風呂風の湯舟につかって、青空が映し出された天井を見上げていた。
『無限バスルーム』の二の丸大浴場。一階は皆が利用しているが、二階の屋内露天風呂は俺がいる時しか使われない。俺しか映像を映し出す事ができないからだ。
膝の上にちょこんと座って小さな身体を預けてくるのは……なんと『混沌の女神』。
いつも順番で誰かが座っているが、最近はそのローテーションに彼女も加わるようになっていた。
親子のスキンシップだと言っているが、俺の方は子で彼女が母である。
うらやましそうにこちらを見ているのは「自称姉だけど、どう見ても妹」なラクティと、「血のつながりが無くなった実妹」の雪菜。
二人が混沌の女神に交代をせがみわちゃわちゃし始めたのを横目に、俺は壁一面に映し出された、蘇ったハデスの光景を眺めるのだった。
こうして昼間からのんびり入浴しているが、別に仕事をサボったりしている訳ではない。ちゃんと仕事をしているからこそ、しっかり休まねばならないのだ。
ハデスの地を復活させてからしばらく経ち、トラノオ族交易隊によると周辺の国でもその事が噂されるようになってきたらしい。
そうなると、ハデスを訪れようとする人達も現れてくる。全ての女神を祀る汎神殿が有る事も、それに拍車を掛けているようだ。
それらの人達が滞在できるよう、大地の『精霊召喚』で建物を造るのが俺の仕事である。
大まかな部分は俺が一気に造り、細かい所は神殿長となったアレス王女率いる大地の神官達に任せるという役割分担だ。
当然MPを大量に使う事になるが、そちらについては問題は無い。こうして入浴しながら休憩できるぐらいの余裕はある。
ただ、大規模な魔法を長時間使っていると、MPの消耗とは別に精神的に疲れてくるのだ。
神官達は皆、どれだけMPがあれば尽きるより早く精神疲労を自覚できるのかと呆れ混じりに驚いていたが、実際そちらは余裕なのだから仕方がない。
むしろ俺としては、大地の『精霊召喚』で繊細な彫刻までできてしまう彼女達の技術の方が羨ましいのだが……まぁ、それは無いものねだりか。
「……そういえば、お風呂の準備もしないとなぁ」
思わず漏らした言葉に、三人はピタリと動きを止めてこちらを見た。皆不思議そうな顔をしている。
確かにそういう反応になるか。お風呂に入りながら、お風呂の準備とか。
でも、そうじゃないんだ。
「いや、ここに来る人が増えたら、全員を『無限バスルーム』に入れるのは大変だろうなって」
「あ~、ここしかないもんね」
雪菜の言う通りだ。いくつも建物を造っているが、お風呂は備え付けられていない。
『無限バスルーム』があるため忘れがちだが、この世界では元々それが普通なのだ。その分、公衆浴場があるのだろう。
「女神が、ここに降臨している……どれぐらい集まるんだろうな、神殿関係者」
いまいちピンと来ないようで、揃って首を傾げる闇と混沌の女神親子。
まぁ、闇の女神信仰は廃れ、混沌の女神は信仰どころか存在自体が知られていなかったのだから仕方がないか。
しかし、他の女神は違う。女神本人が降臨しているとなると、それこそ大陸中から信徒が集まりかねない。
流石に現地の神殿を捨てて移住とはならないだろうが、いわゆる「聖地巡礼」という形でハデスを訪れる人は間違いなく増えるだろう。
「その人達全員の入浴を『無限バスルーム』で賄う……MP的にはなんとかなりそうだが、俺は専業風呂屋になりそうだな」
「というか、動けませんよね。『無限バスルーム』を開いている間は」
ラクティの指摘に、俺はコクリと頷いた。大勢が入れ替わり立ち代わり入浴しに来るとなると、俺はほとんど身動きが取れなくなってしまうだろう。それは避けたい。
「お兄ちゃん、それなら公衆浴場も造ればいいんじゃないの?」
「ガワを造るだけならいけるだろうけど……」
建物を造って石鹸やタオル等のいわゆるアメニティグッズを用意するまでならなんとかなる。『無限バスルーム』で生み出した物を納入すればいいのだから。
だが、お湯に関しては難しそうだ。そもそも今のハデスは、水に関してはまだ『無限バスルーム』頼りな面が有る。
とはいえ放置する訳にもいかない。どうしたものかと頭を捻って考えていると、膝の上の混沌の女神が事もなげに言った。
「じゃあ、あの子達に頼みましょうか」
「大地をこねこねして建物を造って~」
「水を湧き出させましょう」
「炎でお湯にするぞ!」
「風に換気はお任せっ♪」
「光が清浄に保ち……」
「闇で安らぎをプラスですっ!」
「はい、よくできました~♪」
汎神殿の隣に、女神の力によって生み出された公衆浴場『女神の湯』の誕生である。
本当にあっという間だった。雪菜は俺の隣で呆気に取られた顔をして『女神の湯』を見上げている。
何事かと汎神殿から出て来た各神殿長達も、驚きで声が出ないようだ。
「こんな速くできるなら、町の方も……」
「それはダメよ」
思わず漏れた言葉だったが、大地の女神にメッと優しくたしなめられた。ちょっとうれし恥ずかしでむずがゆい。
「忘れてはならん。この国は人の業によって一度滅びたのだ」
「蘇らせるなら、人の手でやれって事だな」
厳しい口調の光の女神。炎の女神がフォローしてくれたが、姉の言葉を否定はしていない。
人間の手で取り戻せって事か。神殿長達も神妙な面持ちで顔を見合わせている。
ここで雪菜が『女神の湯』を指差しながら疑問を口にする。
「でも、これは?」
「この国を蘇らせようとしている者達を労うためだから」
これぐらいの手助けならば構わないだろうとの事。女神達の優しさという事だろう。
ここは女神達がいる限り、彼女達の力によって常にベストの状態が維持され、いつでもお風呂に入れるそうだ。
これがあれば大勢の人が来ても大丈夫だろう。逆にこれを目当てに訪れる人が増えるかもしれないが、それでも何とかなるはずだ。
これで何とかなりそうだと考えていると、風の女神がフワフワと飛んできて背中から抱き着いてきた。
「そうそう、弟は町作り手伝っても大丈夫だよ。ギリギリ」
「ギリギリ!?」
思わず驚きの声を上げてしまった。
女神達から「新しい弟」などと言われていたが、そこまで言われる程だったのか。
しかし、手伝ってはいけないと言われた訳ではない。そうなれば町作りのスピードは大幅ダウンだ。
それと比べればマシなのかと考えつつ、俺は改めて『女神の湯』を見上げた。
やはりデカい。その上装飾も凝っている。これをあの短時間で造ったというのか。
「……ギリギリどころか、まだまだって気がするな」
「お姉ちゃんですからっ!」
遠く及ばない……と考えていると、ラクティが隣にやってきてエヘンと胸を張った。
「お姉ちゃんですからっ!」
そして、もう一度繰り返した。
ラクティは、ハデスの地が蘇った事で再び闇の女神としての力が使えるようになったみたいなので、余計に自慢したいのかもしれない。
なのでお姉ちゃんは偉いなと頭を撫でると、彼女は嬉しそうに満足気な笑みを浮かべるのだった。
『異世界混浴物語7 神泉七女神の湯』は、いよいよ5月25日発売です!
という訳で、25日まで後日談を毎日更新いたします。
特典情報も公開されています。
詳しくは活動報告をご覧ください。
特典情報が公開されました!|異世界混浴物語 7 神泉七女神の湯
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