第192話 来年の話をしてみよう
地鎮祭、それは工事を始める際に、その地の守護神にここを使わせてもらいますと許しを得るための儀式である。工事が無事に終わる事を祈願するという意味もあるそうだ。
そう説明すると、王女達もそれはやった方が良いのではと同意してくれた。執り行うのは、ハデス再興の責任者である俺が相応しいのではとの事だ。
「ふむ、汎神殿の建立とハデス再興が始まる事を知らしめる事ができますな」
「父上達も呼んで大々的にやりましょう」
俺と『不死鳥』は本来の目的だけを考え、ラクティ向けにそれっぽい儀式をやろうと考えていたが、王女達の方はそうではなかったらしい。
ハデス再興を大々的にアピールする事を考えたようだ。確かにこの件を話していない国もある。それらの国も地鎮祭に招待して、正式にハデス再興を宣言するという事か。
確かに知らない国から見れば、いつの間にか元魔王の国が復活してるという事になるので、ちゃんと報せておかないと変に恐れられてしまうかもしれない。特に西隣のケレス。
「でも元魔王の国を再興するので来てください……って、来てくれますかね?」
「神殿を通じて連絡すれば大丈夫でしょう」
「それなら神殿長となる六人と俺、全員の連名で連絡しましょう」
新しい神殿用の通信の神具はまだ無いため、他の神殿を通じて連絡してもらう事になるだろう。その辺りは王女達に任せておけば大丈夫なはずだ。
「各国のトップは招待しなくてはいけませんね」
「全てとはいかないでしょうが、主要な神殿の長達も」
ちょっと心配なので、クレナにもフォローをお願いしておこう。たとえ『無限バスルーム』も使ったとしても、今のハデスのキャパシティには限界があるのだ。
俺は地鎮祭をどう進めて行くか、その具体的な手順について考えなければならない。
この件は神殿側にも情報は無いとの事なので、夢の中で女神達に相談している。
手順を教えてもらうというよりは、こういうのはどうかと提案し、それならば問題は無いと確認してもらうのだ。こちらは春乃さんと『不死鳥』にサポートしてもらっていた。
それと並行して、元魔王城の取り壊しも進めて行く。半分ほど吹き飛んでいて中に入るのも危なかったので後回しにしていたが、これを済ませておかなければ着工できない。
ここは大地の神官達にも手伝ってもらい安全を確保しながら作業を進めて行く。
魔法を使っても一月以上掛かるだろうが、その間に根回しを済ませてもらうとしよう。
なお、その予定を皆に告げると、もう少しゆっくりでいいですよと言われてしまった。
招待客のスケジュールを調整するだけでも、それ以上の時間が掛かるらしい。そういう事ならば急がず、安全第一で余裕を持って進めるとしよう。
上から解体作業を始めて一月、半分ぐらい進んだだろうか。もう少しペースを上げられそうだが、皆の癒しの時間である入浴分のMPを残しておかねばならない。
『無限バスルーム』で疲れを癒すのは俺も同じだ。今夜もいつものメンバーで入浴だ。
しかし、今日のクレナはいつもより距離が近い気がする。いや、いつも近いけど、今日はより一層むにむにって感じである。
大浴場の湯舟に入ると、真っ先に隣に陣取って肩を寄せてきた。
「どうかしたのか?」
「ん……ちょっとね……」
どうも歯切れが悪い。普段なら対抗しそうな春乃さんも、今日は遠慮しているようだ。
「あ~、実はですね……」
ならばとロニに視線を向けると、彼女はすすっと近付いてきて小声で話してくれた。
「お母さんから手紙が届いた?」
「はい、今日ケレスから戻ってきたトラノオ族の皆さんが……」
ユノの光の神殿からケレス経由でアレスの白蘭商会に届き、それが内容を確認した魔王によってケレスに戻され、訪れたトラノオ族の交易隊に預けられたそうだ。
「クレナのお母さんが、白蘭商会宛てに手紙を送ったって事は……」
「はい、えっと『闇の王子』がユノに到着して、お二人は再会できたそうです」
詳細な経緯は分からないが、手紙の内容を見るに再会は上手くいったらしい。
めでたい話であるが、それでどうしてクレナがこうなるのか。
「それが……ユノに帰ってきて一緒に暮らさないかと誘われたみたいで……」
なるほど、それでか。彼女の元々の旅の目的は自身のルーツを探る事。その目的は既に果たされている。ならば帰ってこいという母親の誘いにも一理有るといえば有る。
それに彼女が納得するかどうかは、話が別ではあるが……。
「クレナって、家の跡取りとかだっけ?」
「えっ、そういうんじゃない、けど……」
顔を上げた彼女は、不安げな上目遣いでこちらを見つめてくる。帰りたくないが、断りにくいといったところか。思うところがあるのか、母親に対しては遠慮があるみたいだ。
なるほど、それで思い悩んで今のようになっているのか。下手に相談すると、家族は大切にしないといけない。帰った方が良いとか言われると思ったのかもしれない。
「だったら逆に、ご両親をハデスに招いたらどうだ?」
そう言うとクレナは顔を上げ、呆気に取られた様子で目を丸くした。
「えっ、それは……どうかしら? あ、『闇の王子』の立場を考えたら有りかも……?」
「クレナさんの実家から見れば、ご令嬢を傷物にして子供を生ませた挙句に十年以上逃げ続けていた男……確かに肩身は狭そうですね」
春乃さんが身も蓋も無い事を言った。でも、間違ってはいないと思う。
それに、クレナには傍で俺を支えて欲しいが、そのために家族離れ離れにしてしまうというのは気になる。どうせなら一緒に過ごせた方が良いだろう。
「地鎮祭をやって、ハデスは再興し始めたと認められたら……いけるわね」
クレナもいつもの調子を取り戻してきたようだ。そしてハッと今の密着した状態に気付いて離れようとするが、甘い。腰に腕を回して離れられないようにホールドしておいた。
するとしばらくもぞもぞしていたが、やがて諦めてこちらに身体を預けてくる。
「まぁ、ママが許したのなら、私からは何も言う事は無いわ」
「……こっちに招いたら、父親と認められそうか?」
「……考えておくわ」
そう言いつつも、満更でもなさそうだ。この様子ならばおそらく大丈夫だろう。
「ひとまず悩みは解決したようですね。それじゃ、もう遠慮はいりませんよね?」
その様子を見た春乃さんはにんまりと笑い、すすすっと近付いてくるのだった。
それにしても、家族をハデスに招くか。
ハデス再興を考えるならば、汎神殿の建立だけでなく、ここに集った人達が安心して暮らしていけるだけのものを用意しないといけないんだよな。
汎神殿だけでは終わらない。まだその先もある。その事を改めて認識させられた。
そしてそれは俺の、いや、俺達の新しい故郷を作る事にもなるだろう。
その一つの区切りとなるのが地鎮祭、か。再興したハデスの最初の一大イベントだ。それを執り行う祭主として、しっかり準備を整えて臨むとしよう。
今回のタイトルは元ネタというか、ことわざの「来年の話をすると鬼が笑う」を意識していました。
どちらかというと「来年」というより「未来」なのですが、時期的にタイムリーという事で。
次回更新は、来年の1月3日となります。
今年の更新は、これで最後ですね。来年もまたよろしくお願いいたします。




