第190話 アレスの優しい魔王?
翌朝、俺達はキュクロプスの皆を連れてくるために南側の地下道を抜けて出港した。
「では、私達はこちらに残りましょう」
やる事はたくさんあるので、行くのは俺のパーティと春乃さんのパーティだけだ。
王女とコスモス一行は、トラノオ族に混じってテントを張り、彼等と共に生活してみるとの事だ。彼女なりにここでの暮らしに馴染もうとしているのだろう。
神南さんも、しばらくはここを拠点にしてくれるらしい。頼もしい話である。
グラン・ノーチラス号に乗って海路でアレスへ。操舵はパルドー、シャコバ、マーク、それに新しく覚えたブラムスが交代で担当してくれる。
アレスへの航海は、特に問題は起きなかった。ゆったりとお風呂に入り、海の幸を楽しみ、並走してきた大型海獣類に皆で甲板から手を振る。なんとも心安らぐ航海である。
特にプラエちゃんは久しぶりに皆に会えると大喜びで、満面の笑みを浮かべていた。
そんな平穏な船旅を続けること数日。何事もなくアレスに到着。さっそく大地の神殿とアレス王家、そして魔王のいる白蘭商会に顔を出す。
まず神殿を訪ね、勇者の使命は果たされた事と、神殿建立はハデスでする事を報告。更に神殿建立のために応援の神官を派遣してもらえないかと要請した。
すると予想以上に乗り気で、十人以上の神官を派遣してくれる事になった。大地の神殿的にも、神殿建立という歴史的一大イベントは見逃せないらしい。
続けてアレス王家にも挨拶に出向き、同じように報告をした。
すると、こちらでも驚きの話を聞かされてしまった。
「なに? 新しい大地の神殿長に王女が就任する?」
その後、白蘭商会に行ってその事を伝えると、魔王は身を乗り出して聞き返してきた。
二人の子供の内、後継者ではない妹の方を神殿長にする事になったそうだ。
「こっちも兄王子が何かやらかしたりしたんですか?」
「いや、聞いておらん。おそらく神殿……いや、ハデス復興を重要視しておるのだろう」
「ああ、昔関係があったから?」
「……だけではないだろうがな」
今後のアレスの立場を考えているのではないか。『白面鬼』は、そう分析しているようだ。復興したハデスとの付き合いも考え、影響力を確保しておきたいという事か。
ユピテルからも王女が来ると考えると、結果としてバランスが取れるかもしれない。
「王が誰であるかを忘れるでないぞ」
「……俺ですか?」
「クレナでも構わんが」
「そこは押し付けたりしませんよ。矢面に立つのは俺です」
そう答えると『白面鬼』、『魔犬』、そして『炎の魔神』が「おおっ!」「頼もしいですな!」「となれば御輿入れですかな?」と口々にはやし立てる。
耳を赤くしたクレナも流れを止めようと咳払いをするが、あまり効果は無いようだ。
この空気が続くと彼女が爆発しかねないので、こちらから話を進める事にする。
「といってもアレス王女は俺達に同行する訳ではないので、準備ができ次第皆をハデスに連れて行けそうです。今日まで皆を預かっていただき、ありがとうございました」
そう言って俺は、魔王に頭を下げた。隣のクレナも、慌てて続いたようだ。
ちなみに王女は後日、支援物資を積んだ船で来る事になっている。
「それは構わんが……今連れて行っても大丈夫なのか? あそこは廃墟であろう?」
「『無限バスルーム』があるので、とりあえずは」
「それでは貴様が動けんだろう。神殿よりも、まず住居を優先しろ」
普通にアドバイスされてしまった。確かにその通りなので、素直に頷いておく。
それ以外にも魔王は、元統治者視点で色々と話してくれた。愚痴も多かったが、それも含めて実にためになる話が多い。
ハデスに戻る前に食料の補給をしなければならないが、その間も魔王を『無限バスルーム』に迎えて話を聞く事になったのはいうまでもない。
それからアレスを出港したのは二日後、帰りの航海も特に問題無く進んだ。
荷物は全て『無限バスルーム』内なので、南の隠し港に到着すると、そのまま地下通路を通ってハデスに向かった。人も多いし、ゆっくりと。
この地下通路が、結構距離があって大変なんだよな。いずれはアレスのゲムボリック便みたいなものを用意したいところだ。
だが、それよりも先に住居である。応援で連れてきた人達の分も必要だし。
「という訳で大地の神殿長には、アレスの王女が就任する事になりました」
「私が神殿長になるって話をしました?」
なお、ハデスに到着して大地の神殿長の件を皆に伝えると、いの一番に王女に疑われてしまった。自分に対抗して送り込んできたと考えたのだろうか。
「その件は伝えていないので無関係だと思いますよ」
「つまりアレスは……やはりハデスに影響力を……?」
何やらぶつぶつ考え出したので、放ってアレスから持ち帰った物資を運んでもらう。
俺達がアレスに行っている間に、修繕すればまだ使用できそうな建物をチェックしてくれていたようなので、早速大地の神官達に作業に取り掛かってもらおう。
「ところで、留守中に何かありました?」
「ああ、水の神官達が来てたよ。神南君と似たタイプの」
詳しく聞いてみると、ガッシリタイプの人間だったそうだ。水の女神が言っていたギルマン以外の神官、その第一陣が到着したのだろう。
これで風と闇が一人ずつで、大地の神官が一番多いと人数に差はあるが、光、炎、風、水、大地、闇の神官が、この地に揃った事になる。
ここからが六女神の神殿建立の本格的なスタートといえるだろう。
「ねえ、お兄ちゃん。これだけ人数増えると冷蔵庫もすぐに空っぽになっちゃわない?」
「我々も狩りはしますが、流石に足りんでしょうな」
例のトラノオ族ライダーとなった若手神殿騎士も、率先して参加しているらしい。
「そっちも大事だけど、周りの国に行ってくれる隊商が必要になるだろうな」
南のネプトゥヌス以外の三国は陸路で行き来する事になる。荷を運ぶとなると護衛も必要となるので、ここはトラノオ族に任せるのも手だろうか。
この件に関しては、早めに体制を整えておかないと『炎の魔神』がやって来て、にこやかに揉み手をしながらお任せくださいと言ってきそうだ。
という訳で早速ドクトラ達に相談して隊商を手配する。いきなり三つではなく、まずは一つ、人里に慣れたルリトラをリーダーにした隊商を結成。
トラノオ族は商談に不慣れな者が多いので、元王女の親衛隊の中から交渉が得意なものを数人選抜して同行してもらう事となった。
これで皆が慣れてきたら人数を増やし、ルートごとに隊商の数を増やす事も考えよう。
南のネプトゥヌスルートに関しては、船が必要となる。こちらはロンダランや水の神官達に相談すると良いだろう。
そして隊商の手配が終わると、俺は大地の神官達がまだ使えそうな建物の補修をしているのを横目に、それ以外の危険判定された建物の片付けを進めていく。
大地の『精霊召喚』で建物を滑らせて脇にどけ、更地を広げていく。『精霊ダッシュ』の応用だ。また建物そのものも変形、圧縮させてブロックにしていった。
経過年数を考えると、これは「遺跡」と呼んでもいい気がする。壊してしまってもいいのかと思わなくもないが、これもハデス再興のためなので勘弁して欲しい。
魔王像がある広場周辺の大きな建物は無事なものが多かったらしい。その辺りの一角を全てを修繕できれば、今いる人達の住居は解決できそうだ。
「この辺り、いずれ『旧市街』とか呼ばれる事になりそうですね」
修繕が進んでいく様子を眺めながら、春乃さんが言った。確かにそれはありそうだ。
「いやじゃあぁぁぁ! ここは立ち退かんぞおぉぉぉぉぉっ!!」
問題は、広場から少し離れていた闇の神殿跡が危険判定されてしまった事だろうか。大地の神官曰く、ギリギリアウトらしい。俺達が泊まった時に倒壊しなくて良かった。
今は『不死鳥』が壊させまいと立てこもり、必死に立ち退きを拒否している。
「……とりあえず今は放置で。神殿だけあって、今すぐどうこうはならないみたいだし」
いつまでもという訳にはいかないが、確か神社を修理する時に御神体を移す「遷宮」という儀式があったはずだ。テレビで見た覚えがある。
準備ができ次第、『不死鳥』自身にそれをやってもらおう。そうすれば彼も満足して立ち退いてくれるはずだ。多分。
今ある闇の神殿跡を直すか、それとも新しく建立するか。その辺りは闇の神殿長になる『不死鳥』と話し合わなければいけないだろうな。当然、もっと落ち着いている時に。
他の神殿の場所についても、神官達と要相談であるが、その前に一帯の整地を済ませなければならない。
夜MPが足りなくて『無限バスルーム』が使えませんとなっても困るので、全MPをつぎ込んでとはいかないのが難しいところである。
今回のタイトルは、前回のタイトルの元ネタ『星を継ぐもの』の続編『ガニメデの優しい巨人』です。
プラエで『ハデスの優しい巨人』も考えましたが、今回は魔王の方が優しいかなと。




