第188話 広間の中心で「レッツパアァァリイィィィ!!」と叫んだ勇者
「それと旅立ちの件なのですが、明後日に戦勝パーティーをしますので、その後という事にしていただけますか? その時は、私も一緒にハデスに行かせていただきますので」
「分かりました。では、それで」
その後、話を終えた王女達は帰って行った。
改めて招待状が届いたのは、それから二日後の話だった。
この二日の間に、若手神殿騎士とドクトラを始めとするトラノオ族の半分、そしてマークを先にハデスに戻した。戦いが無事に終わった事を知らせるためだ。
なおマークは行かなくても良かったのだが、本人の希望である。向こうにはクリッサがいるからね。仕方ないね。
パーティーはいつもの「商家の若旦那風」の装いで出席しようと思っていたが、神殿長が神殿騎士の制服を更に豪華にしたものを用意してくれていた。
神殿建立の件があるので、神殿関係者と見られるようにしておいた方が良いとの事だ。
なお、春乃さんは普通にドレスを着るとの事。代表者は俺という事だな。
パーティに参加するのは『女神の勇者』として俺と春乃さん。それにシャコバ、ルリトラが、それぞれヘパイストスとトラノオ族の代表として招待されている。
更にプラエちゃんが風の神殿の、『不死鳥』が闇の神殿代表として招待されていた。
どちらも良いのか、特に後者。と思っていたが、どうやら神殿建立が始まる前に和解の取っ掛かりを作っておきたいというのが聖王家の考えのようだ。
逆にラクティは本物の女神であるため、下手に招待する事もできないらしい。できれば連れてきてほしいと頼まれはしたが。
この三人、何の対策も無しに連れて行く訳にはいかない。プラエちゃんは春乃さんが、ラクティは俺が、そして『不死鳥』はクレナが一緒にいてフォローする事となった。
「魔王の孫娘」ならば、彼を抑えられるのだ。護衛としてブラムスも付けておこう。
今回はルリトラも招待客なので、俺の護衛は光のベテラン神殿騎士と、炎の神殿騎士の二人にお願いした。礼儀作法関係のフォローもお願いしている。
パーティー会場となったのは城内の広間。アーチ状の天井は見事な天井画で彩られている。オリュンポス連合が結成された時の様子が描かれているそうだ。
今回は食事を楽しむパーティーらしく、広間の中央には様々な料理が並んだテーブルが列を成している。オリュンポス中の美食を集めているそうだ。
既に来ている招待客もいるようで、彼等は壁側のテーブルに着き、従者らしき人達がいそいそと料理を運んでいた。
すぐにスラッとした給仕らしき人が現れ、俺達を案内してくれる。
彼によると、後ほど聖王に呼ばれるが、それ以外は自由に楽しんでほしい、ただ、俺達と話すのを楽しみにしている者が多いので、できるだけバラけてほしいとの事だった。
広間に入ると、その言葉通りに皆の目が光った、ような気がした。注目されているな。
「仕方ないわね、バラけましょうか」
クレナの提案でバラバラのテーブルに着く事にする。
「どこかのテーブルに着いておけば、向こうから話し掛けてくるわ。そうそう、テーブルの見えやすいところに、お酒以外のボトルを何本か並べておきなさい」
俺がお酒を飲まないと分かっている、クレナのフォローがありがたい。彼女には『不死鳥』を任せる事になったが、がんばってほしい。
当の『不死鳥』は、立派な法衣を着て、顔をヴェールで隠していると真っ当な神官に見える。法衣が黒いので闇の神官である事は一目瞭然ではあるが。
なお、いざパーティーが始まると、意外と人当たりが良く、盛り上げ上手で、彼の周りには人だかりができていた。意外な才能である。
春乃さんというか、プラエちゃんには特別製のテーブルと椅子が用意されていた。彼女はここでも子供達の注目を集めており、子供達と一緒に楽しんでいるようだ。
当然その保護者も一緒に来ているが、そちらは春乃さんが担当していた。
ルリトラは、これも経験だとトラノオ族の若い戦士二人を連れての参加だ。
最初に神南さんのテーブルに呼ばれ、そこで酒を酌み交わしたのを皮切りに、軍人が集まっているらしいいくつかのテーブルを回って宴を楽しんでいるようだった。
おそらく彼等も今回の戦いに参加していた者達だろう。おそらく話題もその関係の事だと思われる。ルリトラは、若者達に勉強をとか考えているのかもしれない。
中でも一番手慣れた様子を見せていたのはシャコバだろう。ケトルトの宝飾品の職人である事は知られているようで、貴族達がひっきりなしに彼のテーブルを訪ねていた。
後で聞いた話だが、貴族の身につけた装飾品を取っ掛かりにして話を膨らませていたらしい。流石、社交慣れしている。
そして俺のテーブルには雪菜とラクティが同席している。どちらも可愛らしいドレス姿だ。雪菜は尻尾をスカートの中に入れて、羽は背中の開いた部分から出している。
色は二人ともお揃いの淡いイエロー。闇の女神としてそれでいいのかとも思ったが、可愛らしいし、何より本人が気に入っているようなので、俺も気にしないでおこう。
ちらりと聖王の方を見ると、コスモスが聖王に招かれて話をしていた。
相変わらずコスモスは物怖じしないというか、聖王と仲が良さそうに見える。
聖王の隣には王子がいるが、なんというか無の表情になっているな。内心、居心地が悪いのではないだろうか。
なお、その隣のテーブルを見ると王女がハラハラした様子でコスモスを見ている。あちらはコスモスが何かやらかさないか、気が気ではないだろうな。
あの様子では、俺が呼ばれるのはもうしばらく後になりそうだ。
真っ先に俺のテーブルを訪ねてきたのは王女の親衛隊長のリコット。ドレスではなく、乗馬服のような武官の礼服姿だが、彼女にはよく似合っており様になっている。
「ご存じかもしれませんが、親衛隊は時期を見て解散する事になりました」
「……それは王女殿下が新しい神殿長になるからですか?」
リコットはコクリと頷いた。思わず周囲に目配せをしたが、彼女は声を潜める様子も無い。知られても特に問題は無いのだろう。
「といっても、まだ先の話ですけどね。ハデスにも同行いたします」
神殿が完成するまでは王女のままなので、親衛隊の解散もその後という事になる。
しかし、今は廃墟のハデスに長期間赴く事になるため、これを機に辞める者も出てきているそうだ。王女もそれを咎める事もなく、むしろ推奨しているらしい。
「まぁ、私は解散後もハデスに残るつもりですけどね」
リコットの忠誠は王女個人に向いているようで、王女が神殿長となった後も、彼女を守るために動くつもりのようだ。王女にとって頼もしい味方だな。
次に来たのはきらびやかなドレス姿の五人の少女達。王女親衛隊の面々だ。
彼女達はリコットの言っていた、親衛隊を辞める面々の一部らしい。箔付けのために親衛隊に入っていたらしく、これを機に家に戻るそうだ。
俺達だけでなく、彼女らも勇者の旅は終わり、自分の道を模索し始めたという事か。
雪菜達とも仲が良さげで、お互いのドレスを褒め合っている。雪菜が何か言えと視線で訴え掛けてきたので、無難によく似合っていると褒めておいた。
結局のところ彼女らの話をまとめると、自分達はハデスには行けないがこれからもよろしくというものだった。
これから行う六女神の神殿建立はハデスだけで完結するものではない。まだ令嬢という立場とはいえ、ユピテルに味方がいてくれるというのはありがたい話である。
後で彼女達の門出を祝って、『無限バスルーム』製の石鹸一セットを贈るとしよう。
続けてフォーリィとバルサミナの二人が訪ねてきた。光エルフと魔族の二人だが、意外と仲が良いらしい。白と黒のドレスで、並ぶと好対照の二人である。
「私は一度森に戻って報告を済ませ、それからハデスに行く予定です」
「……一人で大丈夫か?」
「トウヤさんまでそんな事言うんですか!? 私、一人でユピテルまで旅してきたのに!!」
「でもユピテルで捕まってレイバーにされ掛けてたよね、フォーリィ」
そう指摘すると、彼女の目は少し泳いでいた。
「安心しなさい。フランチェリスが親衛隊を何人か付けてくれるって言ってたから」
「それなら一安心か……あ、こっちからも使者を出した方がいいか? 神殿建立の件で」
「大丈夫ですよ。その件も、私がちゃ~んと説明しておきますから」
「大丈夫よ、その辺も分かる親衛隊員を出してくれるそうだから」
「信用無いっ!?」
抗議の声を上げるフォーリィを、バルサミナは温かな笑みで見ていた。
うん、なんだかんだで大事にされていると思うぞ、フォーリィ。
その後、聖王との話を終えた神南さんが『百獣将軍』を連れてやってきた。酒瓶を一つ持ってきていたが、そちらは自分達用のようだ。
聖王の方には春乃さんが呼ばれているようだ。勇者四人、聖王家に近い順。俺と春乃さんの違いは、城に滞在していた期間の差かな。この流れだと次は俺だろう。
「陛下とどんな話しました?」
「大した話はしてないぞ。これからどうするか、とかだな」
なるほど、聖王もその辺りが気になっているのか。
「そういえば……神南さんは、どうします? 日本に戻ります?」
せっかくの機会なので、俺も尋ねてみた。日本に戻せるのは俺だけなので、確認しない訳にはいかない。
「……正直言うと、迷っている」
すると神南さんは、奥歯に物が挟まったような顔でそう答えた。
「戻れると聞いたら少し心が揺れてな……自分でも意外だった。ただ、こっちで戦いに慣れ過ぎてしまった。日本に戻ってもなじめない気もするんだよな……」
なるほど、そういう事もあるのか。それは考えていなかったな。
俺はギフトなどはそのままで行き来できるが、彼等は一度戻ればギフトだけでなく、女神の祝福ごと消えてしまう。そうなれば言葉も通じなくなってしまうのだ。
一応、俺の『異界の門』を使えば再び戻ってくる事も可能だし、光の女神の祝福を改めて授かる事も可能だ。そうすれば言葉も通じるようになる。
しかし、その時はレベル1からの再スタートとなり、改めてギフトを授かる事も無い。旅の間に積み上げてきたものをほとんど失う事になるだろう。
そのため「試しに戻ってみては?」などと安易に言う訳にもいかなかった。
「まぁ、世界を回りながら考えてみるさ。答えを急いでる訳じゃないんだろう?」
『百獣将軍』だけでなく、既に隠居の身であるアキレスも付き合うつもりらしい。
「俺は構いませんけど……日本に戻った後、大丈夫ですか?」
「それも踏まえて考えてみるさ。というか、今も大して変わらん気がする」
こちらの世界と日本、神南さんはどちらに対しても未練を感じているのかもしれない。
酒杯をぐいっとあおる彼を見て、なんとなくだがそう思った。
今回のタイトルの元ネタは、TV版『新世紀エヴァンゲリオン』の最終話タイトル「世界の中心でアイを叫んだけもの」と、ハーラン・エリスンのSF小説『世界の中心で愛を叫んだけもの』、それにフロム・ソフトウェアの『METAL WOLF CHAOS』にあったセリフ「レッツパアァァリイィィィ!!」です。
あと、叫んだのは多分コスモスです。




