第186話 勇者たちの宴 仕事納めの鐘、未だ響かず
聖王への報告が終わると、俺達はトラノオ族と共に城を後にして光の神殿に戻った。
神殿に入る際にまた『不死鳥』が騒ぎ出すかと思ったが、今回は静かなものである。
どうもエリート神官の件を聞いて、ラクティの身の危険を感じたようだ。彼女の前を進み、せわしなく周りを見回している。
神殿側もその件は気にしているようなので、「ほどほどにな」とだけ言っておいた。
止める気は無さそうだが、神殿長への挨拶が済めば『無限バスルーム』に引っ込む事になるので、それまで放っておけばいいだろう。
実のところ、六女神姉妹の神殿を集める上でネックとなるのは光の神殿だが、光を除いて五女神姉妹の神殿だけが集まっても、困るのは彼等なのだ。
そのためか彼等は、特に風の神官であるプラエちゃんに気を使っていた。彼女が恐縮してしまう程に。
俺を含む他の面々にも遠慮が見える。『不死鳥』の行動に対して何も言ってこないのも無関係ではあるまい。
「ここは私の出番ですね」
助け船を出そうかと考えていると、その前に春乃さんが動き、風の女神の力を受け継いだ者として自分が話をすると名乗り出た。
この件に関しては彼女に任せておけば大丈夫だろう。こちらは他の事へ対応する。
というのも今晩は神殿から歓待される事になるのだが、トラノオ族全員が集まって食事ができる部屋が、この神殿には無いのだ。
となるとここは『無限バスルーム』を使うしかない。場所だけ提供し、他は神殿に任せるとしよう。この件はセーラさんとも話し合い、神殿側に伝えてもらった。
するとあちらも場所に関しては困っていたようで、渡りに船となったようだ。遠慮せずに言ってきてくれれば良かったのに。
「そうだ、子供達を呼べませんか? きっとプラエちゃんも喜びますよ」
「あ、いいですね! プールを使わせていただけますか?」
「せっかくだからトウヤも休んでなさい」
そう言ってきたのはクレナ。神殿の人達の受け入れ等はこちらでやっておくので、宴まで休んでおけとの事だ。
遠慮しようかと思ったが、クレナの方も頑なだ。隣のロニも、休めと目で訴え掛けてくる。これは拒めないな。休ませてもらうとしよう。
という訳で、セーラさんを通じて神殿で暮らしている孤児達を招待する。セーラさん自身は宴の準備を手伝うため、残念ながら不参加だった。
プラエちゃん達と一緒にプールサイドで待っていると、見覚えのある子供達がやってきた。かつて俺と彼女でお風呂に入れてあげた子供達だ。
背が伸びたのか、皆あの時より少し大きくなったように見える、気がする。
皆も俺の事を覚えてくれていたようで、大歓迎でもみくちゃにされてしまった。
あの頃に比べて大勢増えた仲間達を紹介すると、元気に挨拶してくれる。
プラエちゃんは大喜びで子供達と一緒にプールに入り、雪菜とラクティ、それにルミスもそれに続く。
「行かないの?」
「……いい」
リウムちゃんだけが続かず、俺の隣で体育座りをしていた。
プラエちゃんの大きな身体はプールに浮かぶ船のようで、何人もの子供達がしがみついていた。プラエちゃんも楽しそうな笑顔を見せている。
雪菜の羽や尻尾を珍しがって触りたがる子もいたようだが、雪菜は飛んで器用にかわしている。いつの間にか鬼ごっこのようになっていた。どちらも楽しそうだ。
マークは来ていないが、彼も同じようになると分かっていたのかもしれない。
あ、『不死鳥』が怖がる子供を追い掛け回している。そして、トラノオ族の面々に押さえ込まれていた。何をやっているんだ、あいつは。
それはともかく、この円形のプールは中心に近付くとそれなりに深さもある。
ちゃんと子供達を見ておかないと……と考えていると、意外にもトラノオ族の戦士達がしっかりと見ていてくれた。
年配の者達によると、水遊びする子供達のする事は、トラノオ族も大して変わらないそうだ。むしろ、この子達の方がおとなしいぐらいらしい。
身に覚えがあるのか、若手の面々が少し居心地が悪そうにしていたが、そこは見て見ぬ振りをしておく。
子供達の事は彼等に任せられそうだ。クレナ達にも休めと言われたし、俺も楽しませてもらおう。
リウムちゃんに一緒に行こうと手を差し出すと、おずおずとその手を取ってくれた。
しかしプールの前で躊躇していたので、抱き上げて一緒にプールに入る。すると細い脚を俺の腰に回し、ひしっと抱き着いてきた。
すかさず雪菜が膨らませた頬を摺り寄せてくる。
「お兄ちゃ~ん? リウムとひっつき過ぎ~」
「そうは言うが、お前も昔やってた事だぞ」
「えっ、ウソ!?」
本当だ。幼い雪菜がプールを怖がったのだ。雪菜がもっと小さい頃で、もっと浅いプールでの話だけど。
あの頃に比べれば、体格差もあって軽いものである。もっとも彼女の場合は、プールが怖いというより、抱き着いている方が楽とか、そういう理由かもしれないが。
どちらにせよ、俺としてはあの頃を思い出すので大歓迎である。
そのまま泳ぐというより漂うという感じで、のんびりと過ごす。
しばらくしてリウムちゃんと雪菜が交代。その後、ラクティもやってきた。
すると何故か一部の子供達もやってみたいと言い出したため、順番にやる事になった。
「それ、有名人と握手したいみたいな感じなんですかね?」
やっている時は何の儀式かとも思ったが、後で春乃さんにそう指摘されて納得。カメラがあったら記念撮影を求められたかもしれない。
とりあえず、皆には好評だったので良しとしよう。
プールで遊んでいる内に準備が終わり、歓待の宴が始まった。場所は本丸二階の広間。セーラさんの計らいで、子供達も宴に参加していた。
料理も様々なものが大量に用意された。テーブルが足りずに一階から持ってきて追加した程だ。中央に鎮座する豚の丸焼きが一際大きな存在感を放っている。
この丸焼き、中にソーセージや果物が詰め込まれており、まずはそれらが皆に振る舞われた。特にレッサーボアのソーセージが子供達に人気だ。
旅を始めた頃も、ユピテルのソーセージには世話になった。これを食べるとなんというか「帰ってきた」って気がしてくるな。
とはいえ神殿関係者が代わる代わる挨拶をしてきて、食事よりもそちらの相手をしなければならない。こういう時、春乃さんとクレナが左右にいてくれるのは実に心強い。
真っ先に挨拶に来たのが神殿長で、それから宴が終わるまでずっと一緒だった。
そのおかげか、関係者との挨拶は無難に終わった。俺としては、もう少し六女神の神殿について彼等がどう思っているかを知りたかったのだが……。
宴が終わりかけの頃に、この件について神殿長と少し話してみた。
「……現状、反対する者は出てこないだろうな」
「それは、反対したくてもできないという意味ですか?」
「相変わらず理解が早いのう」
今この件に反対したら、例のエリート神官と同類になってしまうからな。
なるほど、神殿長がずっとここにいたのは、他の挨拶してくる面々が余計な事を言わないように目を光らせるためか。
「ここで冬夜君を説得して、考えを改めさせようと企んでいた人がいると?」
「もういないと思うが、念のためにの」
「まぁ、今は嫌味がひとつ出ても問題でしょうしね」
そう言ってクレナは肩をすくめた。
この件については、賛否あるのは覚悟の上だ。全面的に賛成してもらえるなど、甘い事は考えていない。
「となると問題になるのは……新しい光の神殿の神殿長を誰にするかですね」
「もう決まっているんですか?」
春乃さんがそう問い掛けると、神殿長は大きく首を横に振った。
こういうのは他の神殿を納得させる事が重要らしいからな。人選も難しいのだろう。
「候補は絞っておるのだが、まだ……な。正式に決まれば、いの一番に知らせよう」
「分かりました。よろしくお願いします」
とにかく今は、待つしかなさそうだ。ならば決まるまで、他に進められる事があれば進めておく事にしよう。
今回のタイトルの元ネタは『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』の「Episode4:豪傑たちの黄昏 勝利の鐘、未だ響かず」です。




