第182話 勇者の挑戦(お風呂で)
「トカゲ……! でも、イケオジの気配……! クッ、私はどうすれば……!?」
見ると彼女は、ルリトラを見て何やら身悶えていた。
気が抜けそうになるのを必死でこらえる俺。まさかそういう意図でやってる訳でもあるまいが。
彼女はそのまま悶えながらも跳躍し、再び春乃さんに躍り掛かる。それは俺が通さん。
追い掛けてきたルリトラと二人で、中花さんを挟み撃ちにする。ルリトラの攻撃を避けた先で待ち構える形で捕まえようとするが、彼女はそれでも避けてしまう。
「モテる女は辛いわねぇっ!」
彼女は大振りに剣を振り回し、こちらがそれを防いだ一瞬の隙を突いて飛び退く。
それを視線で追うが、彼女は着地と同時に地面を蹴って鋭角的に方向を変えた。狙いは春乃さんだ。彼女も不意を突かれて防御が間に合いそうにない。
だが次の瞬間、二人の間に真っ黒なガスのようなものが噴き出した。中花さんは反射的に剣を地面に突き立て、強引に方向転換して距離を取る。
今の黒いものは……闇の精霊魔法か。屋根の上の闇の女神の像を見上げると、三階天守閣のテラスに『吉光』を抜き放ったクレナとロニの姿があった。
中花さんはクレナの存在に気付いたのか、キッと彼女の方を睨む。その隙に春乃さんは少し距離を取り、それに気付いた中花さんが後を追う。
俺もその後を追うが、やはり速い。だが、先程までとは違う。『飛翔盤』で飛び立ったリウムちゃんが銀の槍を撃ち込んで進路を妨害する。
「あそこです、クレナさま!」
「闇よッ!」
それでも春乃さんに迫れば、ロニが指差す先を狙ってクレナが闇を発生させる。
それら全てを避けていく中花さんだが、どうもその反応速度が仇になっているようだ。
実のところあの闇の精霊魔法は、目くらまし程度にしかならない。しかし、彼女は視界に入ったそれを反射的に避けてしまっている。
おそらくクレナは、少し前からこちらの様子を窺っていたのだろう。そして中花さんの動きを見て、その弱点を見抜いたのだ。その考える間も無いような凄まじい反応速度を。
目の前に闇が噴き出せば、中花さんは考えるより先に身体が避けてしまうのだ。クレナはそうする事で彼女の進路を妨害し、春乃さんに追い付けないようにしている。
天守閣のテラスに陣取ったのも、上から見下ろしてそれぞれの位置を把握し、魔法をどの場所に発動させるかを判断するためだろう。
ロニの目と、クレナの魔法、それに二人のコンビネーションが揃ってこその技である。
ならば、俺のやるべき事は……。
春乃さんが本丸の角を曲がり、追う中花さんは銀の槍と闇の妨害によって大きく迂回。
ルリトラは声を張り上げ、派手にグレイブを振り回しながら追撃してくれている。
俺はその隙に目的の場所に向かい、闇によって中花さんの視界に入らないようにしながら走る。俺の動きに気付いたクレナがフォローしてくれているようだ。
春乃さんはそのまま二の丸に到着し、大浴場に飛び込んだ。すぐ後ろまで迫っていた中花さんだったが、大浴場の入り口でピタリと足を止めてしまう。
勢いのまま飛び込んでくれれば良かったのだが……さては「ゆ」の暖簾に気付いたか。
警戒しているのか、一歩後ずさる彼女。しかし、次の行動に移らない。
それは遅いぞ。祝福のサブ頭脳があっても、決断するのは彼女自身という事か。
本丸沿いギリギリの最短距離を走っていた俺がここで追い着いた。そのまま両手を大きく広げて本丸側へのルートを塞ぐように立ちはだかる。
「そんな鼻息を荒くして追い掛けてくるなんて♪」
息切れしているんだよ、普通に。こちらに飛び込んでくるかとも思ったが、背後から迫るルリトラの存在に押され、ここは一旦離脱すると決めたようだ。
そのまま炎の祭壇がある左側へ真っ直ぐ突っ切って走り抜けようとするが……甘い。彼女の目の前に闇が噴き出す。
これで彼女から見れば前後に闇とルリトラ、左側には俺。無意識に動いたであろう彼女の身体は、唯一目に見える妨害が無い右側――二の丸大浴場の中へと飛び込んで行った。
「ルリトラ、リウムちゃん、入り口は頼む!」
「お任せを!」
ルリトラは胸を叩いて力強く答え、リウムちゃんは黙ってコクリと頷いた。
暖簾を潜ると、脱衣場で立ち尽くす中花さんの後ろ姿があった。マッサージチェアとかが並んでいるんだから、知らなかったら戸惑うよな。
大浴場に続く扉は開いている。春乃さんは既に中に入っているようだ。
脱衣場の入り口に俺、中央に中花さん、そして大浴場に春乃さんがいる。
中花さんがこちらに気付き、何故かくねくねしだした。
「やだ、こんなところまで……♪ そこまでして私が欲しいの?」
何やらつぶやいているがスルーしておく。
この状態でも、こちらの動きに対応するのが厄介だ。下手に飛び掛かり、避けられて今の位置関係が崩れると、そのまま脱出される可能性が高い。
「おほほほほ、つかまえてごらんなさ~い♪」
とか考えていたら、何故か自分から大浴場に飛び込んで行った。軽い足取りで。
よく分からんが、自分から入ってくれたならありがたい。慌ててその後を追う。
「トウヤ、無事!?」
「フォローに入ります!」
クレナとロニも飛び込んできた。よし、二人には大浴場の入り口を押さえてもらおう。
俺は急いで中に入り、滑りそうになったので慌てて足を止める。流石に大浴場でブーツは足元が安定しないな。
「おのれ、邪魔するかあぁぁぁぁぁッ!!」
二人は大丈夫かと見てると、剣を抜いた中花さんが春乃さんに向けて駆け出したところだった。
「魔王様は私を選んだのよ! おとなしく身を引きなさい!!」
人違いです。いや、そういえば『魔力喰い』は元魔王の城で見つけたものだったか。
それはともかく、あんなに勢いよく動いては足を滑らせ……ているが転ばない!?
転びそうになっているが、まるで重力を無視しているかのような体勢のまま走り続けている。なんというバランス感覚、これも祝福のサブ頭脳の力か。
そのまま予想外の角度から繰り出される攻撃。同じくブーツの春乃さんでは、その動きに対応できない。魔法で援護するのも間に合わない。
それでも駆け付けようとするが、その間に中花さんが飛び掛かって二人は激突。もつれ込むように浴槽に倒れ込んだ。盛大に水飛沫が上がる。
「春乃さん!」
慌てて駆け付けようとして足を滑らせてしまったが、膝を突いてもダメージは無く、そのまま滑るように二人に接近する。
「ケホッ、だ、大丈夫です!」
先に立ち上がったのは春乃さん。腕から血を流している。
「剣じゃなくて持ってる腕が当たるようにしたかったんですけどね……」
あえて攻撃に当たりに行ったのか。流石の中花さんも、飛び掛かっての攻撃を自分から受けられては避けようが無かったのだろう。彼女は腕から血を流していた。
だが、これで中花さんをお風呂に入れる事ができた。全身に『無限バスルーム』のお湯を浴びた彼女は、例の睡眠導入が使えない。このチャンスを逃してはならない。
クレナも同じ事を考えたようで、ロープを手に駆け寄ってきていた。
中花さんは、すぐにクレナに気付いて迎え撃とうとしている。ならばここは、なんとか隙を作って援護しよう。
「こっちの女もデ…………えっ?」
ここで俺は、『魔力喰い』の兜を脱いで素顔を見せた。中花さんがすぐに気付き、俺の顔を見て絶句する。あんぐりと口を開き、肩を震わせている。
いや、彼女の妄想の中で理想化されたようなイケメンではないだろうけど、そういう反応をされるとちょっとショックだぞ。
だが、おかげで彼女の動きが止まった。彼女が何やらこちらをイケメン扱いしだしたから、こうすれば隙を作れるのではと考えたが、予想以上に効いたようだ。
「今よ!」
「はい!」
その隙を突いて、クレナと春乃さんが飛び掛かった。俺も兜を再び被りながら、湯をかき分けて近付く。
「…………たな」
「ん?」
小さな呟きが耳に入った。その瞬間、嫌な予感が膨れ上がる。
とにかく動かねばと思い、声を上げるよりも先にクレナと春乃さんの腕を掴んで力任せに引き寄せた。
「よくも騙したなぁぁぁッ!! 騙してくれたなぁぁぁぁぁッ!!」
次の瞬間、中花さんから再び暴風のような斬撃が放たれた。
二人はこちらに引き寄せたおかげで無事だったが、彼女を縛ろうとしていたロープはバラバラに寸断されてしまっている。
そしてこちらを見た中花さんが、瞬く間に鬼の形相へと変わっていく。
あ、二人を抱き寄せたままだ。まさか、これを見たからか!?
「おのれ! おのれ! ぅおのれえぇぇぇッ!!」
魂の咆哮、いや、慟哭と共に次々に繰り出される激しい攻撃。二人を突き放し、俺が前に出て全てを受け止める。
MPが削られる感覚は今まで以上だが、怒りに任せた攻撃は、今までのような巧みさが感じられない。
更にいえば、足下は湯舟。今までのような動きはできないはずだ。
退いては駄目だ。湯舟から出てしまえば、あの動きも、睡眠誘導能力も復活する。
ここで決着を付けるしかない。そう判断した俺は両手を彼女に向けて身構えた。
今回のタイトルの元ネタは『ドラゴンクエスト3』 の、ラスボス戦BGM「勇者の挑戦」です。




