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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
神泉七女神の湯
189/206

第180話 両勇並び立たず

「一緒に……風呂入ろうか」

 念のため言っておくが、魔封じの湯でギフトを使わせないためである。いや、本当に。

「狼藉者が! リツ様には指一本触れさせんぞッ!!」

 眼鏡の指揮官が噛みつくような勢いで声を荒げる。

 俺に斬り掛かろうとするが、『吉光』を抜いたクレナに阻まれ、こちらまで届かない。

 指揮官を任せられている割には直情的……いや、『無限の愛』の影響下にあるからか。他の兵達も、目の前にいる相手よりも俺の方を気にしている様子だ。

 これで皆、少しは有利に戦えるか。特に指揮官、この場を他の兵に任せてテントから脱出、外で指揮に専念されるのが一番怖かった。

 しかし今の彼は、俺が何をしでかすかが気になってそれどころではないだろう。これで王女軍とヘパイストス軍への助けになればいいのだが。


 俺は中花さんを捕らえるべく、春乃さんを背に庇うように立つ。

 俺は『魔力喰い』で大抵の攻撃を防ぐ事ができて、彼女は『無限の愛』の効果を消す事ができる。俺が春乃さんを守るのは当然の配置だ。

 そして何より、フルフェイスの兜も含めた『魔力喰い』一式を身に纏った姿は威圧感がある。中花さんも腰が引けているようだ。

 こんな威圧感のある鎧姿の男がいきなり地面から現れ、混浴を迫ってきたのだから怯えて当然という気もするが、それはスルーしておく。

 相対したところで改めて中花さんの姿を見る。胸元、腕、脛を動きやすさ重視の金属鎧で守り、スカートを履いている。装備の構成としては春乃さんに近い。

 白を基調にしており、スカートもふわっと丸みを帯びたシルエットで、全体的に装飾も多い。春乃さんのものと比べて「見せるためのもの」という印象を受ける。

 いうなれば「異世界アイドル」といったところだろうか。後方に控えるカリスマ担当の指揮官、フランチェリス王女のようなタイプと考えれば正しいのかもしれない。

 前線で戦うタイプには見えないが……油断は禁物だな。『無限の愛』の教導は本人にも有効なはずだから。

「ね、眠りなさい!」

 中花さんが剣を抜かずに掌を突き出す。その動きを見て、思わず腕で目を庇う。直接は見えなかったが、掌から光を放ったようだ。

「な、なんだ……!?」

「なにこれ、眠……」

 目くらましかと考えていると、いきなりサンドラとリンが片膝を突いた。

 慌てて周りの様子を確認してみると、雪菜は地に降りてへたり込み、リウムちゃんは倒れてホースを落とし、クレナ達もふらついている。

 眼鏡の指揮官が、その隙を突いてクレナに斬り掛かろうとしていたので、すぐさま炎の『精霊召喚』で牽制した。髪が焦げるぐらいは覚悟してくれ。

 無事なのは俺と、俺の背に隠れていた春乃さん。他に無事なのは『無限バスルーム』内のラクティに、セーラさんとメム。サンドラとブラムスが、二人を庇ったようだ。

「な、なんであんたは眠らないのよ!?」

 中花さんが俺に向かって声を荒げる。その声には焦りの色があった。

 「あんた達」ではなく「あんた」。俺と三人の違いは……光を浴びたかどうか、か。背を向けていた者もいたはずなので光を「見た」ではないはずだ。

 つまりセーラさんとメムが無事だったのは、庇った二人によって光が遮られたからか。雪菜は飛んでいたため庇いきれなかったのだろう。

 これは俺も、目を庇わなければ危なかったかもしれないな。

「これは……魔法で眠らされてる!?」

 メムがふらついているブラムスの後頭部を叩く。すると彼は、そのまま崩れ落ちた。

「あ、あれ? 眠気が覚めてない!? どうして!?」

 オロオロしているメム。叩く力が強過ぎた……という訳でも無さそうだ。

 となると彼女の知る魔法とは別の何かによって眠らされているとみていいだろう。

「そういえば夢の中に人を導くって言ってたな。こんな直接的な手段だったのか……!」

 つまりはギフト『無限の愛』の能力だ。

「春乃さん!」

 俺が言い終わる前に、彼女は動き出していた。今にも崩れ落ちそうな皆に触れ、『無限リフレクション』で『無限の愛』の効果を消していく。

 当然、相手もそれを黙って見ている訳ではない。リウムちゃんが眠ってしまった事で放水が止んでしまった。これではエリート神官の魔封じが解けてしまう。

 『無限バスルーム』から出てきたラクティが放水を再開するが、神官は意外と機敏な動きでそれを避ける。

「よくもやってくれたな……! 貴様ら、水の神殿の手の者か!?」

 びしょ濡れの神官が、気色ばんだ顔でこちらに指を突き付けてくる。

 すぐさまホースを向けられて再び走り出す様はアレだが、ちゃんと避けられているのだから油断ならない。やはり彼も一流騎士並みの動きができるのか。

「ラクティ、中花さんに!」

「きゃあ!」

 悲鳴を上げつつ、こちらも機敏な動きで避ける。慌てた表情の割には、動きが鋭い。やはり彼女も『無限の愛』の教導を受けている。

 それを見ていた神官がふっと真顔になり、何かを確認するように指を開いたり閉じたりし始めた。さては魔封じが解けた事に気付いたか。

「『精霊召喚』!!」

「『精霊召喚』!!」

 神官の光の『精霊召喚』を、間髪を入れずに闇の『精霊召喚』で相殺。どちらの精霊も現れず、俺達の間で蒸気が噴き出すような音だけが響く。

 すぐさま何が起きたかを理解したようで、こちらを睨み付けてきた。

「今のは闇の……! 貴様、さては魔族か!?」

 だが、別のところで勘違いしているようだ。今は闇の神官がほとんどいないのだから仕方がないのかもしれないが。

「魔族……?」

 中花さんが呆気にとられた、しかしどこか納得したような顔でこちらを見てくる。確かに『魔力喰い』で顔が見えないが……。

 何か言いたげな顔をして、こちらをじっと見てくる。本当に魔族と信じられたのか?

 対魔王の元々の勇者の使命に関しては気にしてなさそうな感じだったが。何を気にしているのだろうか。


 そうこうしている間に春乃さんが、皆の『無限の愛』を解いた。

 完全に眠りに落ちてしまっていた雪菜、リウムちゃん、ブラムスは、目を覚ましてもまだ意識が朦朧としているようだ。

 なんというか、寝過ぎた翌朝といった感じだな。眠っていたのは一分あるかないかぐらいのはずだが。夢の中での体感時間が長かったのだろうか。

「ブラムス、大丈夫!?」

「だ、大丈夫です、クレナ様!」

 ブラムスの方は、なんとか立て直せそうだ。しかしリウムちゃんは厳しそうだな。この子は元々寝起きが悪い。

「雪菜、リウムちゃんとラクティを連れて中へ。それからホースを頼む」

「分かった。リウムちゃん、ほら、こっち……」

 これでいい。水の効果は悟られてしまったと考えた方がいいだろう。

 ならばここからは、魔封じではなく牽制に目的を変える。雪菜ならば、見事に神官の邪魔をしてくれるはずだ。

 その間に神官は、先端に金色に輝く光の女神のシンボルが付いた身の丈ぐらいのスタッフを手に取っていた。その構えは隙が無い。あちらもここからが本領発揮か。

 転げ回って火を消した指揮官も、こちらに向き直り、剣の切っ先を突き付けてくる。

 クレナは指揮官の視線を遮るように間に入り、ロニ、ブラムス、メムがそれに続く。

 神官に対してはサンドラとリンが相対し、セーラさんが二人の後ろに控え、更に後ろから雪菜が放水のチャンスを窺っている。

 ならばこちらは春乃さんと二人で中花さんに集中しよう。

「……フッ!!」

 と思っていたら、向こうから斬り掛かってきた。咄嗟に迎撃しようとしたが、彼女は俺ではなく春乃さんに向かっていく。

 辛うじて一撃目を受け取めた春乃さんだったが、二撃、三撃と攻撃を繰り出されて押され気味だ。半ば強引に割って入り、春乃さんを庇う。

 すると彼女は一旦下がって距離を取ったが、それでも物凄い目付きでこちらを、いや、春乃さんを睨んでいる。何故彼女を、俺が魔族と勘違いしていたんじゃないのか?

「フッ……フフッ……召喚された時から、薄々気付いていたわ……」

 そう言って切っ先を春乃さんに向ける。明らかに中花さんの敵意は彼女に向いている。

「あなたはいつか、私の前に立ち塞がる……敵として!」

 確かに春乃さんの『無限リフレクション』は、『無限の愛』の天敵ともいえるギフト。

 だが春乃さんが、ギフトに目覚めるのは遅かった。神殿に来てないにも拘らずこうなる事が分かっていたというのか。

「その……なに、その……だらしない! 乳で! イケメン魔族をたぶらかしたのねっ! やっぱりあなたは、私の敵よッ!!」

 ……そういう意味か。春乃さんは後ろにいるので顔が見えないが、ものすごい呆れ顔になっている様がありありと想像できる。

「東雲さん……あなたは、危険なのよ……!」

 そう言うやいなや中花さんは攻撃を再開。だが、それは通さない。『魔力喰い』で攻撃を受け止め、春乃さんを守る。

「あなた! ポイント高いわっ!!」

 何故か中花さんは、喜色満面の笑みを浮かべていた。イケメンと勘違いした事で『魔力喰い』への恐怖も消えてしまったのか。

 だが、ここで俺はある事に気付いた。中花さんの剣が鋭いのだ。他の騎士達よりも明らかに。『無限の愛』の教導には個人差が……いや、違う。

「これは勇者の力か……!?」

 光の女神の祝福を授かった勇者は、この世界の人達よりも強くなれる。そういえば俺自身もそうだった。

 『無限の愛』は、誰にでも一流騎士と同等の技術を身につけさせる事ができる。その技術を勇者の力を以て使えばどうなるのか。その答えが中花さんだ。

 彼女の場合は、夢の中の教導で強くなった可能性も考えられる。

 『魔力喰い』のおかげで肉体的なダメージは受けないが、MPがゴリゴリと削られていくのを感じる。このままでは防戦一方だ。

「フフ……あなたのセリフをそのまま返すわ……一緒にお風呂に入りましょうか……♪」

 魔王と相対した時と同じぐらい、しかし明らかに違う方向性の身の危険を感じた。

 このままではヤバい。色々な意味でヤバい。

「冬夜君、こっちです!」

 そう考えていると、後ろの春乃さんが身を翻して駆け出した。そのまま『無限バスルーム』へ駈け込んでいく。

 そして中花さんに向き直り、こう言った。

「一緒にお風呂に入るのはあなたではありません……この私ですっ!!」

 思いっきり、見せつけるように、胸を張りながら。

「はぁっ!? デカけりゃいいってもんじゃないんですけどー!!」

 すぐさま中花さんの意識が、いや殺気が春乃さんに向けられる。

 それには同意だ。春乃さんは、ただ大きいだけじゃ……いや、そうじゃない。

 そもそも大きさだけで選んだ訳では……いや、そうでもない。

 とにかく、中花さんのターゲットは、完全に春乃さんに移った。

 これは彼女の作戦だ。それに応えるべく俺が一歩退くと、中花さんは脇目も振らずに飛び出し、俺の脇を通って『無限バスルーム』に突入した。

 すると春乃さんは二の丸大浴場に向かい、中花さんはそれを追い掛ける。よし、これで眠りに誘う光がクレナ達に届く事は無い。

 後は中花さんを捕らえなければならない。そのためにも春乃さんを守り抜かねば。

 周りを見ると、クレナと目が合った。彼女の視線から、ここは任せろという力強い意志を感じる。俺はコクリと頷いて返すと、春乃さん達の後を追った。

 今回のタイトルの元ネタは、ことわざの「両雄並び立たず」です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 言動からして地球じゃ逆ハー趣味のヲタかなんかだったんだろうか?
[気になる点] 眠る前になんとかすればいけると思ってたら、眠らせる技付きかい。 厄介すぎる…一度みんなが喰らったとき、結構危険だったんじゃないんですかコレ。 [一言] 「男(イケメン以上)は私を見ろ、…
[良い点] 身体的能力は上がっても、おつむは残念だった…。 [気になる点] 荒げる → 荒らげる
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