第178話 お前達の動きはまるっとお見通しだ!
特に問題が起きる事もなく、そのままルリトラ達に乗って爆走する事数日。俺達は一足早く会敵予想地域にたどり着いた。流石はトラノオ族である。
三軍の到着まであと四、五日といったところだろうか。まだ日暮れまで間があるため、連絡するには少し早い。
ここまでの強行軍でリザードマン酔いの神殿騎士達だけでなく、トラノオ族の戦士達にも疲れが見える。ブラムスとメムも厳しそうだ。
三軍が集まるまで時間があるので、まずはしっかり休んでもらう。
屋内露天風呂で見ていた上空からの映像では少し分かりにくかったが、この辺りは平原といっても真っ平ではなく、緩やかだが高低差があるようだ。
今いる平原の西側が丘陵になっており、街道はその麓に沿うように東西に伸びている。
クレナも『無限バスルーム』から出て来て、辺りを見回す。
「あの丘を先に取って待ち構える事ができれば、有利になりそうね」
「今のところ、どちらが先に到着するかは微妙なところですね」
春乃さんが地図を広げながらつぶやいた。
その地図には、今日までの全軍の動きを書き込んでいるのだが、毎日きっちり一定距離進んでいるという訳ではないため、まだ判断し辛い。
いや、ここで俺達だけで考えていても仕方がない。まずは周辺の地形を詳しく調べ、王女達に伝える事から始めよう。
それと並行して休息を取りたいが……。
「どこか、身を隠せそうな所はあるか?」
そう言うと、ブラムスが静かに近付いてきて北を指差した。
「あの森がよろしいかと」
「トラノオ族の体格と人数を考えると、ちと不便ではありませんか? それに指揮官の性格次第ですが、森があれば斥候を出してモンスターがいないか確認する可能性が……」
するとベテラン騎士も近付いてきて、そう指摘してきた。
少し距離はあるが、鬱蒼と生い茂った森である事がここからでも分かる。ルリトラとドクトラだけでなく、若い戦士達もあの中では動きにくそうだ。
森に斥候を放つ可能性は……遠征軍を実際に指揮している人次第か。それは無いとも言い切れないな。
「そこは大丈夫だ、『無限バスルーム』の扉さえ隠す事ができれば。それ以上、森の奥には入らなければいい。扉を閉じたら見つからないしな」
「なるほど、そういう事ならば……」
彼は納得して引き下がった。この辺りは慣れの問題か。『無限バスルーム』を体感してまだ数日だからな。
「こいつが特殊なんだ。他にも気付いた事があれば、遠慮無く言ってほしい。俺は軍事行動に関しては素人だから」
「ハッ!」
『無限バスルーム』の扉に手を掛けながらそう言っておく。彼は、この中では数少ない指揮能力のある人なのだ。頼りにしたい。
「それで、早速尋ねたいんだが……王女軍があの東の丘を確保できたとする。その時、北の森に俺達が潜んでいた場合、遠征軍に奇襲を仕掛けられるか?」
「……難しいかもしれませんな。距離があり過ぎます」
「やっぱりか……」
ここから見ても、結構距離があるからな。東の丘で王女軍が待ち構えて会敵した場合、遠征軍は丘の更に東側、つまり向こう側にいる事になる。
「トラノオ族の突撃は勢いがありますが、盛大に土埃が舞い上がり目立ちます。ですので相手に対応する時間を与えてしまった場合、奇襲の効果が薄れてしまうでしょう」
「ぬぅ……」
唸るルリトラ、否定できないようだ。奇襲するなら、もっと近くから突撃するか、気付かれずに近付く方法を考えるか、か。
「それじゃあ明日改めて周囲を調べて、作戦を練る事にしよう」
「時間はあるようですし、それでよろしいかと」
皆賛成してくれたので、早速北の森に移動する事にしよう。
北の森は、細い樹木が密集していた。木々の間隔は狭く、中はまだ昼間だというのに薄暗く、ジメジメしている。この湿度、トラノオ族には合わなさそうな森だ。
これならば扉を隠しやすい。薄暗さも手伝い、森に入ってすぐのところに扉を出せた。
そして皆を休ませるのと並行して、周辺を調べてもらう。今晩の連絡時に、ある程度情報をまとめて渡しておきたい。
「それでは行ってまいります!!」
新人騎士が、俊足のトラノオ族戦士に跨って駆けていった。あのコンビ、この数日で随分と仲良くなったものだ。偵察要員として非常に頼りになる二人である。
その日の晩、周辺の地形について王女軍とヘパイストス軍に相談を持ち掛けてみた。
するとアキレスの進言により、明日から王女軍が進軍を速度を上げて丘陵の確保を目指す事となった。彼曰く、丘を確保すれば有利になるのは戦術の初歩の初歩であるらしい。
実は現在のところ、王女軍の進行が少し遅れ気味だ。彼女達が遅いというよりも、三軍の出発地点の問題ではあるが。
そのためこのままの速度で進軍すると、この平原に到着するのがほぼ同時、下手をすると王女軍の方が遅れる可能性が高いとの事。
つまり、その状況で会敵してしまうと、遠征軍が丘陵を確保してしまうという事だ。
先程の森の話ではないが、遠征軍が丘陵にも斥候を放てば、王女軍に先に気付いて丘陵確保に走る可能性は更に高まるかもしれない。
「会敵予定地を、東西どちらかにずらしてしまうのはダメか?」
「これ以上東にずらすと、王女軍が間に合わないと思うわ」
「西側は平原が広がっているので、陣など張る余裕も無く、真正面から王女軍と遠征軍がぶつかる事になりますね」
「そうなると『無限の愛』で強くなってる遠征軍が有利、か」
政治的な話になるのだが、ユピテルとしては先にヘパイストス軍と「ユピテルの」遠征軍が戦端を開く事は避けたいらしい。
まず王女軍が遠征軍の攻撃を受け止め、そこにヘパイストス軍が救援に来て挟撃するという流れは外せないそうだ。
そうなるとやはりアキレスの言う通り、一刻も早く王女軍が丘陵を確保し、陣を張って待ち構える方が良いのだろうな。被害を減らす意味でも。
そして俺達は、挟撃され混乱している遠征軍に奇襲を仕掛ける訳だが、ここまでの情報を整理すると、やはり森からの奇襲は諦めた方が良さそうだ。会敵予定地から遠過ぎる。
明日はもう少し東に移動し、身を隠せる場所がないか探してみよう。
それから準備を進めること三日。その日の午後に王女軍が到着し、丘陵に着陣した。
遠征軍はおそらく明日の午前中あたりに到着するだろう。
ここはもう少し進んで、今夜遠征軍に夜襲を仕掛ける……には微妙な距離か。やはりここで待ち構える事になりそうだ。
こちらも三日の内に準備は終えている。やはり森は遠かったため今は会敵予定地の近くに身を潜めている。『無限バスルーム』を使えば、狭い場所で大勢隠れられるのだ。
今日は何も無さそうだし、明日に備えて英気を養う事にしよう。
こんな風に空いた時間は派遣の神官達に質問攻めにあうのがここ数日のお約束になっているが、今日はしっかり休むように言っておく。
日暮れ時に遠征軍の位置を確認してみたところ、予想していた位置より少し遅れ気味の場所に陣を張っていた。これは早く報せなければ。
すると王女軍、ヘパイストス軍の双方から、明日は一日中通信できるようにしておくというメッセージが届いた。
既に陣を張っている王女軍はともかく、ヘパイストス軍はどうするのだろうか? 担ぎながら行軍するのだろうか? あの筋骨隆々のヘパイストス王ならやりかねないな。
運搬方法はともかく、次の日の決戦当日は、朝から定期的に屋内露天風呂で遠征軍の位置を確認しては、両軍に情報を送る事になった。
ちなみに何かあった時の連絡役を任せるため、デイジィがずっと一緒である。
流石に毎回入浴という訳にはいかず、並行して決戦の準備も進めなければいけない。
そのため鎧下を着たまま屋内露天風呂に入る事になるが、お風呂の温度を水まで下げれば、そこまで暑くはならない。
合間合間に闇の和室で休んで、消費したMPを回復させておく。ラクティを抱っこしていれば更にMPの回復が早まる、ような気がする。
確認ついでに王女軍の方も見てみたが、昨日の内に柵を作り、穴を掘り、しっかり防戦の準備をしたようだ。あれならば遠征軍が攻め寄せても有利に戦えそうだ。
一方遠征軍は、昨日の遅れもあって会敵予定地への到着が遅れそうだ。今日の午後になるのではないだろうか。今日の昼食は早めにとるとしよう。
しかし、こちらはそれでいいが、ヘパイストス軍が会敵前に追い付いてしまわないかが心配になってくる。もう少し近付いたら、通信の間隔を短くしなければなるまい。
他の準備は全てルリトラ達に任せ、俺はそのまま遠征軍の動きの確認に専念。
するとお昼を過ぎた辺りに、遠征軍が会敵予想地点にたどり着いた。
少し近付いて見てみると、これから昼食なのかテントを張って準備を始めている。丘陵までそれほど距離も無いが、まだ王女軍には気付いていないようだ。
「あ~、下から見ると結構分かりにくいように作られてるんだな、あの陣」
「そういう作り方があるんだろうな」
前方、後方に二人ずつの斥候が放たれた。指揮を執っているのは中花さんではなく傍にいる騎士のようだ。
「デイジィ、連絡を……あ、いや、一緒に行こう」
「ん、オッケー」
すぐに地図の遠征軍の位置をメモに書き込み、入り口にある通信の神具の所に向かう。
控えていたセーラさんに通信を頼み、その間に俺は別件の所用を済ませる。
そして二人で戻り、改めて様子を窺っていると王女軍の方に動きがあった。
「あれ、片方『百獣将軍』だよな」
確かに『百獣将軍』と神南さんだ。二人はそのまま麓へと下りていく。
何をするのかと思って見ていると、二人で近付いてきた斥候を捕まえてしまった。
かといってそのまま陣に連行する訳でもなく、何かを渡して解放している。更に近付いて見てみると、それが書状である事が分かった。
神南さん達はそのまま陣に戻り、斥候の二人は慌てた様子で戻っていく。
「なんだ、解放しちゃうのかよ。つまんねえ」
「いや、これもしかして……」
もしやと思って斥候の方を追ってみると、書状はテントにいる中花さんに手渡された。しかし彼女は、それをすぐに傍の騎士に渡す。斥候の派遣を指示していた騎士だ。
他にも数人の騎士がいるが、彼等もそれを当然のように受け止めている。やはり実質的な指揮官は彼なのだろう。騎士隊長といったところか。
騎士隊長が書状を読み上げるが、その途中で周りの騎士達の表情が変わり、読んでいる隊長もわなわなと肩を震わせ始めた。
そして中花さんは潤んだ瞳と芝居掛かった仕草で何やら訴え掛け、それを皮切りに騎士達が一斉に騒ぎ出す。
音声は伝わってこないが、騎士達は隊長含めて全員怒っている事が見て取れる。
「やっぱりか……」
「あいつら、なんで怒ってるんだ?」
「多分あの書状には、中花さんを引き渡せみたいな事が書かれていたんじゃないかな」
「はぁ? あいつら王子みたいな状態なんだろ? 聞く訳ないじゃん」
「ああ、分かった上でわざとやったんだと思う。怒らせて、攻めさせるために」
せっかく防衛の準備を整えても、それを見て攻撃を控えられたら意味が無い。
そこで王女かアキレスが、挑発して攻め込ませる事を考えたのだろう。
昼食がまだ途中のはずだが、もう彼等はそれどころではないらしい。
テントから飛び出し、兵達に指示を飛ばしている。このまま攻め込むつもりか。
兵達も今あるものを慌ててかき込み、中花さんのテントの前に整列。その様を見て俺は気付いた。誰一人として兜を被っていない。
兵達の前に立った騎士隊長、拳を振り上げて演説しているのだろうか。すると兵達も手にした武器を天に掲げて何やら騒ぎ出した。
この様子、やっぱりか。どうやら兵一人一人に至るまで中花さんのギフトの影響下にあるようだ。これは手強いぞ。
王女軍は先に丘陵を確保し、防衛の準備を整えている。だが、それでも油断できないかもしれない。
激戦の予感を感じつつ、俺は固唾を飲んで戦況を見守るのだった。
今回のタイトルの元ネタは、ドラマ『TRICK』 のセリフです。




