第177話 疾風のごとく!
準備を終えての出発当日。光の神殿から派遣される八人なのだが、実は今日までに更に半分の四人が入れ替わっていたりする。
俺達は急いで先行しなければならない。そこでドクトラ達の背に乗って町の外を走ってもらったところ、四人が車酔いならぬリザードマン酔いでギブアップしたのだ。
ちなみに入れ替わりで入る人は、懇親会という名の面接を通して選んだ。
『無限バスルーム』を使用している間は動けない俺が、既に選ばれた人達も合わせて候補者達をお茶会に招き、春乃さんも参加してチェックしてもらったのだ。
その結果選ばれた八人、男性が神殿騎士二名のみになってしまったのはご愛敬である。
その内の一人が、一番の年長者である生真面目そうなベテラン騎士だ。
派遣騎士達のリーダーを任せたところ、酒の席でルリトラ、ドクトラ、ブラムス、そして『不死鳥』相手に若者と女性ばかりで肩身が狭いと愚痴っているそうだ。
八人の中に他にも同年代の人がいれば良かったのだろうが、皆リザードマン酔いで全滅してしまったからな……。
ちなみにもう一人は新人騎士で、こちらはまったくリザードマン酔いしないタイプらしく、俊足の若手戦士と仲良くなっている。
残りの六人は全て女性だ。なお、混浴はしない。そこはキッチリ区別する。ブラムス達と同じように、入浴時間を分けて対応しよう。
という訳で、俺達は早朝の内にトラノオ族の背に乗ってユピテルを発った。
流石にプラエちゃんは乗れないが、風の神官魔法を使い走ってついて来ている。
ちなみにデイジィは、プラエちゃんの胸の谷間の中だ。一番乗り心地が良いらしい。うらやましくな……いや、やっぱりうらやましい。
聖王都の東は草原が広がり、その中を大きな街道が真っ直ぐに伸びていた。
ルリトラに乗っているとのんびり景色を楽しむという訳にはいかないが、できるだけ遠くを見るようにしておく。
集団で爆走していると野生のモンスターも逃げるようで、休憩時間以外は走り通しで日が暮れるまで駆け抜けた。
夜はしっかり休もうと皆で『無限バスルーム』に入るのだが、ここで一つ問題が発生、いや発覚した。
「なんか、昼間にメッセージが送られてきていたらしい」
「えっ? 今届いたんですか?」
「いや、連絡取れないから、何度もメッセージ送ってたそうだ。最新のものが今届いた」
昼間のメッセージは届かずじまいだったようだ。何通送られていたのだろうか。
神殿から借りてきた通信の神具、使う時に扉を開いておくというのは分かっていたが、そうか、相手が使用する時も開いておかなければいけないのか。
『無限バスルーム』は、魔法でもなんでも外からの干渉を受けないからな。
夕食の準備などはクレナ達に任せ、春乃さんと二人でフランチェリス王女、ヘパイストス王と何度も通信して善後策を検討する。
通信するのは何時から何時までと決めようにも正確な時計が無いんだよな、この世界。
『異界の門』を使って安物でも日本の時計を手に入れられれば……いや、ヘパイストスに送る手段が無いから一緒か。
検討の結果、当座は日暮れから夜明けまでを通信の時間とする事になった。今日はそれだけを確認して通信を終える。
明日は日暮れと同時に一番風呂に入って、全軍の位置関係を確認しないといけないな。
「夜の間は、扉開けっぱなしにしておこう」
「となると見張りが必要ですな。我々が引き受けましょう」
トラノオ族と神殿騎士が、夜間の門番を引き受けてくれた。
トラノオ族が三人、神殿騎士一人を一組とし、交代で門番をしてもらう。ローテーションについては、彼等に決めてもらおう。神殿騎士には通信の神具のチェックも任せる。
その間に俺達は入浴。屋内露天風呂で全軍の位置を確認する。行軍の知識が必要となるので春乃さん、クレナに加えてサンドラ、リン、ルミスも一緒だ。
上空から見下ろした風景を壁に映し出す。夜なので暗いが、町の灯りが目立ちかえって分かりやすい。
「今いるのがここですか……一日でかなり進めましたね」
「えっと確か、ユピテルからあの村までが半日くらいだから……あったあった」
リンが指差したのは、ユピテルの北にある村だった。
「ユピテルからの距離を比べたら……」
壁に顔を近付けて考え込んでいる。つんと突き出されたお尻。湯浴み着の裾が際どい。
視線が吸い込まれてしまいそうだったので、隣に移動して一緒に壁を覗き込む。
「これ、十倍以上進んでない?」
「ルリトラ達のおかげだな」
再び映像を上空からのものに戻し、ヘパイストス軍と遠征軍を探す。
人里ではなさそうな灯りを見つけては拡大してチェックする事十回ほど、両軍の位置も確認する事ができた。
「……というか、野営って準備しないといけないんだな」
「今更何を言ってるんですか……って、そういえば必要ありませんでしたね、私達」
そう言って春乃さんがあははと笑う。
家ごと移動しているようなものだからな『無限バスルーム』。この準備無しですぐに休めるというのも、俺達の利点のひとつだろう。
探すのに時間が掛かってしまったので、皆でお風呂に浸かって温まり直す。
風呂場に紙も粘土板も持ち込めないので、板と墨で全軍の位置関係を書き留める。この情報は後で王女達にも送っておこう。
「これ、遠征軍に一番近いのはヘパイストス軍だけど……早くない?」
「日数を考えるとかなり早いですね。ヘパイストス軍、これほど速かったのか……」
サンドラは感心した様子だ。こうなると、逆に追いついてしまう事が怖いな。夜だけではなく、日中も休憩時間に位置を確認した方が良いかもしれない。
こちらは『無限バスルーム』を開いている時しかメッセージを受け取れないが、王女達はそうではない。いざという時は日中でも通信できるはずだ。
この辺りの事もしっかり打ち合わせしておこう。
そして翌日も、俺達はルリトラ達に乗って一路東へと爆走した。
王女軍も今朝出陣したはずだ。昨夜位置関係を伝えたところ、アキレス将軍から少し急ぐとの連絡があったので、あちらも今頃頑張っているはずだ。
休憩中も位置を確認していたが、流石にヘパイストス軍が速いといっても一日で追いつけるような距離ではなく、特に問題は起きずに日が暮れる。
改めて全軍の位置を確認。昨日の位置と比べてみて、いくつかの事が分かってきた。
まず、王女軍と比べて遠征軍の行軍速度が遅い。王女軍が急いでいるというのもあるだろうが、それを踏まえてもゆったりしているのではないだろうか。
「ユピテルで起こった事を知っていれば、もう少し急いでいたんでしょうけどね」
「逆にいえば、知られていないからこそのこの動きか」
報せに走ろうとしていた使者は、抜け道で待ち構えていたクレナが捕まえた。あれ以外の使者はいなかったという事だろう。
おかげでヘパイストス軍は、今日一日でかなり距離を詰めている。このままだと本当に追いつきかねないので、こちらも調整が必要になりそうだ。
「遠征軍は街道を使っているようですから、『空白地帯』を迂回するこのルートで進んでくるでしょうね」
サンドラが隣にきて、板に描かれた地図の上を指でなぞった。
北のユピテル、南のハデス、そしてハデスの東にあるヘパイストス。サンドラがなぞったのはヘパイストスから北上し、途中で西進してユピテルに向かう街道を通るルートだ。
このままだと西進して少し進んだあたりで、王女軍と遠征軍がぶつかるだろうか。
改めて会敵予想地域を少し拡大し、辺りの地形を見てみる。南側は『空白地帯』だが、北側には森や丘がある。
俺達は先行してその辺りまで進み、全軍の動きを見ながら隙を窺う事になるだろう。逆にいえば、そこまでは問題無く進めそうだ。
「しばらく、爆走するだけの毎日になりそうですね」
そう春乃さんがぼやいた。
念のために言っておくが、体力の消耗が激しいので楽という訳ではない。
だが、この様子ならばかなり余裕を持って到着できそうなので、スピードを緩めるか、早めに着いて休息するかは迷うところである。
今回のタイトルの元ネタは『ハヤテのごとく!』です。




