第175話 責任とってくださいね
遠征軍の中にいる中花さんをどう狙うか。まずはそれを考えるとしよう。
「俺達だけで中花さんを狙うのは難しいよな。あっちも警戒しているだろうし」
「そうね、不可能とは言わないけど……」
相手が陣を張りそうなところに先回りをして、『無限バスルーム』内に隠れておく。そして扉近くに中花さんが現れたら不意打ち……うん、現実的ではないな。
「やっぱり、ユピテル軍とヘパイストス軍が戦っている隙を突くしかないのでは?」
そう春乃さんは提案した。確かにそれしかなさそうだが、相応に被害が出るだろうな。なんとかそれを、特にこちらの被害をできるだけ減らすための策が欲しいところだ。
「アキレスにも相談してみますが……」
王女も、この件に関しては案を出す事はできないようだ。軍事に関しては素人らしいので仕方がない。
といっても、素人なのは俺達も同じか。
「ゲーム的に考えるなら、挟撃すればって言うところなんだけど……」
「ユピテル軍とヘパイストス軍で? それならこちらの被害は抑えられるだろうけど」
そういうクレナは、おそらく「ゲーム」と聞いてボードゲームを思い浮かべている事だろう。しかし、俺がイメージしているのはコンピュータゲームの方だ。
敵部隊を包囲する事により戦闘を有利に進める事ができるというのは、シミュレーションゲームではよくある話なのだ。
実際どうなのかは分からないが、後でアキレスさんに確認を取ってもらおう。
この場合はクレナの言う通り、待ち構えるユピテル軍と追撃するヘパイストス軍で前後から遠征軍を攻撃するという事になる。
「それができれば理想的……なのでしょうか?」
しかし、王女の反応は芳しくなかった。どうにもピンと来ないようだ。
「そのような事が本当に可能なのですか?」
それどころか怪訝そうな表情でこちらを見てくる。これはもう少し詳しく説明した方が良さそうだ。
「確かに、いかにして挟撃を成功させるかが問題になりますね」
「私なりに考えてみましたが……まずユピテル軍が囮となって、その隙にヘパイストス軍が背後から奇襲するという流れになりませんか?」
王女は口に出さなかったが、ヘパイストス軍が奇襲するまでユピテル軍が単独で遠征軍と戦う事になる。王女もそこを気にしていそうだ。
そこはタイミングを合わせて同時に……と軽々しくは言えないな。
ゲームのように、リアルタイムでそれぞれの位置を確認しながら、同時に攻撃を開始できるように軍勢を動かすという訳にはいかないのだ。
現実にそのような連携を行うのは難しい。そういう意味で、王女の懸念は正しい。
何かそれをフォローする方法を考えなければいけない。
「トウヤの屋内露天風呂なら、各軍勢の位置を確認できるんじゃない?」
クレナがそう提案してきた。確かにそれは俺も考えたが……。
「位置を確認するまでならいける。でも、その情報を両軍に伝える方法が無い」
「私と冬夜君で使っていた通信の神具を用意できませんか? あれを使ってお互いに連絡を取り合いながら進めばいいのでは?」
「でも、あれは……」
春乃さんが使っていた神具は壊れてしまっているため、現在手元には一つしかない。いや、あれは対になる物同士しか通信できないから、実質ゼロか。
実際に俺達とユピテル軍、ヘパイストス軍で通信しようとすれば、あの通信の神具は二組、つまり四つ必要になる。
ナーサさんの所に行けばあるかもしれないが、アテナへ行って、帰ってきて、更にヘパイストス軍にも神具を届けるというのは時間的に無理があるだろう。特に最後が。
王女の出陣だって、それまで待っていたら遠征軍が戻ってきてしまうかもしれない。
通信を取り合って連携するというのは良い案だとは思うのだが……。
「……ん?」
ここでふと、ある事に気付いた。
「その、今回王女様が出陣するのは聖王家として責任を取るためですよね?」
「えっ? ええ、それだけではありませんが……」
「光の神殿にも責任取ってもらえませんか?」
「……はい?」
そもそも俺達の召喚には聖王家だけでなく光の神殿も関わっているのだから、この理屈も通るはずだ。
「具体的に言うと、神殿の通信の神具、貸し出してもらえないかって話なんですけど」
そう、俺達の通信の神具は、元々神殿で使っている物の簡易版のようなもの。神殿にある方が正式なものなのだ。あちらは通信相手も限定されていない。
「それなら、ヘパイストスの光の神殿にもあるはずですし、ヘパイストス軍にはあちらの物を持っていってもらえれば、こちらから運ぶ必要は無いですよね?」
「ちょっと待って、トウヤ。こっちはどうするのよ? 私達とユピテル軍で二つ必要になるわよ? あれって神殿に一つしか無いわよね?」
「いえ、城にも同じような物がありますので、こちらの数は問題ありません」
王女曰く、いざという時の備えとして城にも通信の神具があるらしい。
聖王家用に調整したもので、神殿の神具と通信する事もできるそうだ。
「それで、借りる事は可能ですか?」
「可能だと思います。神殿にも責任をというのは、私も納得しましたし」
そう言って王女は、フフフと笑った。
俺達の召喚の原因となった魔王復活の予言は、聖王家と光の神殿両方の神託の断片を合わせたものだったな。片方だけでは成立しなかったし、思うところがあるのだろう。
それはともかく、この連携の件は一度持ち帰ってアキレスに相談してみるそうだ。
それはありがたい話だ。俺達も軍事に関しては素人なので、元将軍のアキレスに実現可能かどうか検討してみてほしい。
「そうだ、ヘパイストス軍には、先に神具の件を話しておきますよ?」
「こちらの神殿の神具についても話をしておいてもらえますか? 聖王家の物はこちらでなんとかしますので」
「分かりました。あ、通信を使った連携について、分かりにくかったら呼ぶか、こちらに来ていただければ」
「こちらにもコスモ……勇者ナツキがおりますので大丈夫だと思いますが、いざという時はよろしくお願いします」
コスモスでは無理と判断したか、王女。
シミュレーションゲームをやるタイプだったら案外分かりそうな気もするが、それをこの世界の人達にも理解できるように説明できるかは別問題だ。
コスモスか神南さんが、上手く説明できる事を祈っておこう。
という訳で王女は城に戻り、俺達は神殿長に会ってヘパイストスへの通信と、その神具を貸し出して欲しい旨を話す事になった。
先にセーラさんに話をして、一緒に神殿長と話してもらおう。
彼女の部屋を訪ねると、サンドラが一緒にいた。セーラさんはいつものローブ姿だが、サンドラはトレーニングウェアだ。
どうやらサンドラが、セーラさんをトレーニングに誘いに来ていたらしい。
せっかくなので元『光の女神巡礼団』のサンドラにも連携作戦について聞いてもらう。
すると二人は揃って首を傾げ、サンドラからは『巡礼団』同士でもそんな事はやった事がないので分からないと言われてしまった。
ただ、実現すれば味方の被害を減らせそうだというのは分かってもらえたようだ。
実のところクレナの理解もその程度らしく、俺と春乃さんは顔を見合わせる。これは、もう少し説明の仕方を考えた方が良さそうだな。
「ひとまず作戦の話は置いておいて、通信の神具貸し出しについてはどうですか?」
「神殿の神具を、ですか……あれ、持ち運びするには不便な気もしますが……あ、私達は大丈夫ですよ? 『無限バスルーム』がありますから」
使用に関しても、『無限バスルーム』の入り口近くに置いておけば大丈夫だと思う。
ユピテル軍とヘパイストス軍には、馬車とかを用意してもらえば大丈夫だろうか。
上手く連携できればこちらの被害を抑える事につながるので、なんとかして欲しい。
「貸し出してもらう事自体は大丈夫ですか?」
「ここの神殿については。ですが、ヘパイストスの神殿がどう判断するかは、ちょっと分かりませんね……」
セーラさん曰く、ユピテルの神殿に勇者召喚に関わった責任があるのは確かだが、ヘパイストスの神殿には無いとの事だ。
「……ここ、光の女神信仰の総本山でしたよね?」
「確かにそうなんですが、勇者召喚については、全ての神殿で相談して決めたという訳ではありませんので……」
となると、いざとなれば俺が通信で説得するしかないか。
あそこはへパイストスでは立場が弱かったはずなので、ここが見せ場だみたいな方向で説得できないだろうか?
「とにかく、ヘパイストスへの通信は急がないと。すぐに神殿長に会えますか?」
「そちらは私達の方から話を通しておきますので、トウヤ様は通信を」
「私もか? 着替えてくるから待っていてくれ」
ああ、そうか。通信するだけなら先に済ませられるのか。
ならば神殿長の方はセーラさん達に一旦任せて、俺達は通信を済ませよう。
と言っても、俺は『無限バスルーム』を開いている間は動けないので、通信内容を決めてから春乃さん達に任せる事になるが。
「さて、どう説明しましょうか。こういう作戦をするから貸し出してほしいって、連携作戦の利点を分かってもらえれば、納得させやすいと思うんですけど」
「絵も送れたわよね? ちょっと図にして説明してくれない?」
「そうだな、試してみるか」
そんな話をしながら三人で俺の部屋に移動する。そこでどういう内容で通信するかを考えるとしよう。
今回のタイトルの元ネタは……よくあるものなので特定のモノはありません。




