第174話 裏取引は鬼灯の香り
ステータス測定用の神具を壊してしまった事は、すぐに神殿長さんにも報告された。
しかし神殿長さんは怒ったりせず、むしろ箔が付いたと上機嫌だった。勇者の奇跡であり、軌跡であるそうだ。
ネプトゥヌスの光の神殿に譲った馬車みたいなものだろうか。後の観光名所になったりするのだろうか……。
ちなみにセーラさんによると、この件で女神姉妹の神殿の件も弾みがつくとの事。
「奇跡を残すという事は、『女神の勇者』としての権威が高まり、それだけ影響力も増すという事ですから」
「同じ事でも、影響力ある人が言った方が神殿も無視できないという事ですね」
春乃さんが、身も蓋も無いまとめ方をしてくれた。なるほど、そういう事か。
わざと壊した訳ではないが、神殿側も喜んでおり、こちらにとってもプラスになったのならば良しとしておこう。
問題があるとすれば、神殿には測定用の神具がひとつしかなく、俺以外の皆もステータスカードの更新ができないという事だが、こればかりはもう仕方が無い。
この話を皆にもしたところ、クレナの提案で神殿の人達を夕食に誘い、『無限バスルーム』に招く事になった。
実際に『無限バスルーム』の広さを目の当たりにした人達は驚き、感動した様子だ。
「これも権威につながるはずよ」
そう言ってクレナは笑った。勇者としてギフトの成長ぶりを見せたという事か。神殿の人達の様子を見るに、抜群の効果があったようだ。
ちなみにメニューは魔王を招いた時と同じく味噌を中心としたもの。特に春乃さんが張り切って和風の料理を色々と用意してくれた。
結果、料理は神殿長さん達には大好評。一番人気だったのは魚の味噌煮。ユピテルは内陸の国なため、新鮮な海の魚はなかなか食べられないからだろう。
そして食事の後、女神姉妹の神殿をハデス跡地に集める案について話し合ってみたところ、神殿長さんは意外と乗り気な様子であった。
「トウヤ殿がすると言うのであれば、お手伝いしない訳にはいきませんな」
なるほど、これもセーラさんが言っていた『女神の勇者』の権威のおかげという事か。
この件は光の神殿がネックになると考えていたが、この様子ならば思いの外スムーズに進められそうだ。
ただ、神殿長さんが言うにはひとつだけ問題があるらしい。
それは、各神殿の神殿長の人選。神殿長さん曰く、希望者が多く出るだろうとの事だ。
確かにそれは考えていなかったな。闇の神殿については『不死鳥』以外に候補がいないと考えていたが。
そういえば水の神官はイルカの亜人のギルマンしか知らないが、ハデスまで来てもらう事は難しい気がする。
それに風の神官もプラエちゃん以外知らないぞ。一応、風の女神の力を受け継いだ春乃さんも候補となるのだろうか。
チラリと彼女の方を見ると、こちらが考えている事を察したのかブンブンと手を振って否定した。俺と違って神官魔法を学んでいる訳でもないし、仕方がないか。
そうなると候補はプラエちゃんか。今度は彼女の方を見ると、こちらの視線に気付いた彼女はにへっと笑みを浮かべた。
可愛いけど、神殿長を任せられるかといわれると不安になる。可愛いけど。
残りの光、炎、大地の神殿長だが……。
「それ、俺が決める事ではないですよね?」
ついでに言えば水の神殿もだ。候補が限られているならともかく、大勢の関係者がいる神殿ならば、まずはその人達で候補を絞ってほしい。
一応俺も責任者なので面接ぐらいはしないといけないかもしれないが、その時は春乃さんと一緒にやるとしよう。
「要望などはありませんか?」
「そこまで顔が広い訳じゃないですから……」
流石にユピテルの神殿を放って神殿長さんに来てもらう訳にはいかないだろう。
ならばセーラさんと言いたいところだが、さっきから彼女が何か言いたげな顔でこちらを見ている。その視線は荷が重いとこちらに訴えてきていた。
セーラさんを推薦するのも無しだな、これは。
「あえて言うなら……」
「言うなら?」
「昔みたいな事にならないようご配慮いただければと」
詳しくは言わないが、それで神殿長さんには通じたようで神妙な面持ちになった。
そう、光の女神信仰はかつて他の女神信仰を排除しようとしていた事があるのだ。三百年ほど前の話である。
風の神殿が攻められた件は、一部神官が関わっていたが、光の神殿は関わっていないらしいので置いておく。おそらくその神官は、『無限の愛』の影響を受けていたのだろう。
といっても、それを抜きにしてもアテナのレイバー市場で悪さをしていた司祭の例もある。そういう人に来てもらっては困るのだ。
もっとも、この辺りは神殿長さんも分かっているだろう。今の神殿長さんを責めても仕方がない事でもあるので、一度釘を刺すだけに留めておく。
結局この件は、ユピテルの関係者だけで話していても仕方がないという事で一旦保留という事となった。
俺の知る限りでも、光の神殿はアレス以外の全ての国にあるからな。総本山といってもユピテルだけで勝手に決める訳にはいくまい。後は彼等に任せておこう。
その後、神殿の人達を二の丸大浴場にも案内したのだが、もちろん男女はきっちり分けて女性はサンドラ達に任せた。
召喚されたばかりの頃の『無限バスルーム』を知っている神殿長さんは、大きく成長した大浴場を見て驚いていたな。
流石に泊っていきはしなかったが、マッサージチェアを堪能していったようだ。
そして次の日、フランチェリス王女が少数の護衛だけを連れてお忍びで訪ねてきた。
根回しはしてくるとは思っていたが、本人が来るとは思わなかったな。
ちなみにお忍び故、目立つコスモスは連れてきていないらしい。さもありなん。
「正直、兄の処遇について意見を求められても困りますので」
そう言う王女は、複雑そうな顔をしていた。軽くする、重くする、どちらを求めても私情が入っていると思われてしまうため、意見を出す事自体避けたいようだ。
王子をどうするかは、王女の将来にも関わる事なので仕方がないだろう。
その件については、あまり触れてほしくなさそうだ。
すぐに本丸の広間に案内し、話題を変えよう。ロニにお茶を出してもらう。
こちらは春乃さんとクレナに同席してもらう。
「中花さんの遠征軍については、どうするか決まりました?」
「父はまだ本調子ではありませんので、私が軍を率いて出征する事になるかと……」
「……大丈夫なんですか?」
王女は聡明だが、それと軍を率いる能力があるかどうかは別問題な気がする。
「ご安心ください。実際に指揮を執るのはアキレスになりますから」
その辺りの問題は、彼女も承知の上だったようだ。名目上の指揮官はフランチェリス王女で、それを元将軍のアキレスがサポートする事になっているらしい。
「それ、最初からアキレスさんに任せるんじゃダメなんですか? もしくは指揮官を神南さんにするとか」
王女はコスモスと一緒に旅をしてきたが、彼女自身は戦士でもなければ軍人でもない。
「危険な戦場に行かない方が……」
心配してそう言うと、王女は困ったような笑みを浮かべて首を横に振った。
「……今回の件、元凶はリツという事で話が進められています」
「えっ? それは、まぁ、そうでしょうね」
実際、彼女のギフトが原因だし。
「それはつまり、『勇者召喚』を行った聖王家にも責任があるという事です」
「……なるほど」
だから聖王家が、率先して解決する姿勢を見せなければいけないという事か。
そして今の聖王家には、それができるのはフランチェリス王女しかいない。
「その、神南さんとコスモス君も、その軍に同行するのですか?」
「はい、そういう事になっています」
春乃さんが尋ねると、王女はコクリと頷いて答えた。
「私達にも参戦してほしいと?」
続いてクレナが尋ねると、王女は少し言い淀んだ様子を見せた。
何事かと見ていると、やがてコホンと小さく咳払いをし、姿勢を正して真っ直ぐこちらを見つめながら口を開く。
「……リツは国家転覆を謀りました。いかに召喚した我々にも責任があるとはいえ、これをなあなあで済ます訳にはいきません」
「それはつまり、王子にも厳しい処分が下ると?」
春乃さんがすかさずツッコんだ。なるほど、王子の責任を軽くするために元凶はリツだと言ってると考えたのか。
あくまでギフトで洗脳されてしまったが故の行動で、王子自身が愚かになった訳ではない。分からなくもないが、判断が難しいところだな。
「兄達は洗脳が解けたとはいえ、リツのギフトが健在なのは確かなのです。それを何とかしなければ、いずれまた同じような事が起きるでしょう」
「まぁ、そうでしょうね」
それにはクレナも頷いて同意した。俺も春乃さんも、その事は否定できない。
中花さんは、一言で言ってしまえば「やり過ぎた」。ある意味、かつての魔王と同じといえるかもしれない。
「かといって、全ての責任を彼女に押し付けて……というのは、いささか乱暴だといえます。コスモス様も良い顔はしないでしょう」
そう言って王女は、俺と春乃さんを見てきた。思わず二人で顔を見合わせる。
なるほど、同郷の人間か。中花さんとはそこまで親しい訳ではないし、中花さんに非がある事も分かっているが、良い気分にはなれない。
「そこであなた達にお願いがあります」
「……聞きましょう」
王女の真剣な表情に、こちらも姿勢を正して向き直る。
「遠征軍との正面からの戦いは私達で引き受けます。貴方達は別動隊として、その間にリツのギフトを止めていただけないでしょうか?」
ギフトを止めて、か。
王女が言っているのは、俺達の手で中花さんを倒す……ではなく、俺だけが使える混沌の女神の神官魔法『異界の門』で日本に還して欲しいという事だろう。
そうすれば中花さんに与えられた女神の祝福は消え、ギフトも失われる。遠征軍にいる洗脳された人達も元に戻るはずだ。
そして聖王家は、ギフトが消えた事で処刑が完了したと判断し、それ以上は追及しないという事だろう。
「クレナ、春乃さん……」
彼女達を見ると、二人はコクリと頷いた。妥協点としては有り、か。
「分かりました、引き受けましょう」
「ありがとうございます!」
俺が右手を差し出すと、彼女は小さな両手で握り返してきた。
問題は、遠征軍の中にいる中花さんをどう狙うか。まずはそれを考えるとしよう。
今回のタイトルにある「鬼灯」は、実はフランチェリス王女の名前の元ネタになった花だったりします。
学名の「Physalis alkekengi var. franchetii」の最後の部分が、フランチェリスの名前になりました。
花言葉は「偽り」、「誤魔化し」、「可愛い」、「自然美」等ですね。
可憐な外見とは裏腹に、内面は政治方面に強い彼女にピッタリだと思います。




