第162話 ブレイブ クリード
『無限バスルーム』の屋内露天風呂で城内を探っていると、謁見の間の玉座に座っている若い男を発見した。
聖王のような力強さは感じない。しかし、威圧感を感じる。
初めて見る顔だが、ハッキリと分かった。彼こそがユピテルの王子であると。
「冬夜君、どうします?」
「スルーで」
「ですよね」
春乃さんに問われた俺は、迷わずスルーする決断を下した。
いや、本当に、現時点では手が出せないのだ。もし彼が戦場に出てくれば容赦なく倒すが、現時点では彼と戦うのは聖王かフランチェリス王女の役目である。
だが、堂々と玉座に座っているというのは重要な情報だ。
周りの人間を見た感じ、それを受け容れている様子。聖王の代理を務める事を納得させられているのか、或いは共犯者が多いのか。
どちらにせよ、王女の入城を止めているのはやはり彼で間違いないだろう。
となると問題は聖王がどこにいるのかだ。まず映像を上空からのものに切り替える。謁見の間は城の中央やや北寄りにあるようだ。
正門は南側にあり、王女のテントも見える。周りに人だかりができているが、兵達だけでなく町の人も集まってきているようだ。
それにしてもここからでも目立つな、ルリトラとドクトラ。
町の人達は王女が入城しない事を不思議に思って集まってきたのだろうか。彼女ならば上手く立ち回っているだろうから、あちらは心配しなくていいだろう。
「閉じ込めるなら、塔の一室というのも考えられますね」
そう言ってロニは城壁の一部である塔を指差した。
塔はそれほど高くはない。窓から中を見てみたが、どちらも見張り中の兵と休憩中の兵ばかり。塔の中に王はいないようだ。
「この規模の城ならば、牢がどこかにあるかと」
「……地下牢とか?」
「そこまでは……」
「アレスとは趣が違い過ぎるので……」
ブラムスとメムは言葉を濁した。確かに地下都市のアレスの城とは比較できないか。
という訳で視点を地下に移して調べてみると、倉庫ばかりで地下牢は無かった。そういうものは別の場所にあるのかもしれない。
聖王を移動させると流石にまずそうだし、この可能性は低いとみていいかもしれない。
「となると、城のどこかに囚われてるのか?」
「それなら正門とは反対の北側かしら? 多分、王族の居住エリアよ。病気って事にして聖王の部屋に軟禁……比較的穏便な方法ね」
城の構造から、クレナがそう推測する。なるほど、病床の聖王に代わって王子が代行しているという事か。それなら表向きは何の問題も無い。王女が戻ってこない限りは。
それならコスモスに手を出さなければ、王女も普通に旅を続けていたのではないかと思うが、そこは中花さんの意志が絡んできているのだろうか。
それはともかく、次は城の北側を調べてみる。北側は一階建てになっており、屋上も無いようだ。全体的にこじんまりした印象がある。
聖王家のプライベート空間だと考えると、大勢の人を通す事を想定していないのかもしれない。もしかしたら、その方が守りやすいのだろうか。
ここに聖王がいたら厄介かも……などと考えながら調べていると、案の定というか最も奥の部屋で聖王の姿を見つけてしまった。
「いましたね~……一番厳重そうなところに」
そう口にしたロニは、若干引き気味だった。
ここまで順番に見てきたが、見張りの兵が多い。部屋の入口に二人が見張りに立ち、他の面々もそれぞれ二人組になって油断無く巡回している。
王子直属の騎士あたりだろうか。派手ながらもしっかりした装備で身を固めている。
聖王の部屋は城内の庭園に面しているため、当然そこにも騎士がいる。
完全武装で美しい庭園を闊歩する姿を見て、クレナが「無粋ね」と呟いていた。言いたい事は分かる。
部屋を確認してみると、大きなベッドに横たわる聖王の姿があった。
「あの、冬夜君……あれ、目開けて寝てませんか?」
「えっ?」
春乃さんに指摘されてよく見てみると、確かに聖王は目を見開いていた。これは本当に寝ているのだろうか。
その顔付きは痩せた、いや、やつれた印象を受ける。立派なカイゼル髭も心なしか元気が無いように見えた。かつての威厳ある姿が、今は見る影もない。
「もしかして、本当に病気……?」
「トウヤ殿、もう少しその男に近付いていただけますか?」
「えっ? ああ、これでいいか?」
ブラムスに頼まれて映像を聖王に近付ける。
「フム……ッ!?」
顔を近付け覗き込もうとしたブラムスは、壁にぶつかり額を押さえた。ドーム状の壁に映すという仕様上横からしか見られないのだ。
俺の肩に乗るデイジィは、笑いそうになって口を押さえている。
ともかく、聖王の様子を見たブラムスは、こちらに向き直り深刻そうな顔で口を開く。
「これは……薬を使われていますね。一種の睡眠薬です」
「睡眠薬? やっぱり寝ているって事か?」
ブラムスの説明によると、人を仮死状態にしてしまう、非常に強力な薬らしい。それは睡眠薬の範疇に収めていいのだろうか。いや、「永遠の眠り」って言うけど。
それだけ聞くと呪いのようだが、使いようによっては病気の進行を止める事もできるそうだ。毒も薬も表裏一体という事か。
「つまり、聖王は本当に病気?」
「さて、そこまではなんとも……手に負えない重罪人をおとなしくさせるために使う事もあるそうですし」
単に聖王が動かないように盛った可能性もあるという事か。
「解毒剤はあるのか?」
「それはもちろん。といっても私は持っていませんが」
その辺りは王女に聞いた方が良さそうだな。
この状態では交渉どころではないし、聖王を王女のところに連れていった方が良いだろう。そうすれば、いざという時に人質にされる事を防ぐ事ができる。
問題があるとすれば、警備がかなり厳重な事だ。さて、どう近付いたものか。
「デイジィだけなら近付けるかも?」
「あんなデカい身体、運べないからな?」
聖王が動けるならばこの手も使えたかもしれないが、あの状態では無理だろう。
「ねえロニ、バレずにあの部屋まで行ける?」
「昼の内は厳しいですね」
クレナの問い掛けに、ロニは首を横に振った。
「あの、始末しながら近付くという方法もありますが……」
「それはできるだけ避けよう」
メムの物騒な提案は、最後の手段という事にしてひとまず保留である。
「……見張り騎士さん達は、中花さんのギフトで操られているんですよね?」
そう、操られてるだけの人をどうにかするのは避けたいのだ。
「私のギフトでその効果を無効化するというのはどうでしょう?」
確かに、操られているのならば春乃さんのギフトで元に戻せる。コスモスのように。
「でも、全員そうとは限らないんだよなぁ……」
問題は、操られてるかどうかを区別する手段が無い事だ。
なにせ王子と騎士。ただ王子に忠誠を誓っているだけの人もいる可能性が考えられる。
操られているだけの人間ならばギフトの効果を解けば済むが、そうでなければ戦闘だ。できるだけそれは避けたい。
「でも、あんたらが見つからずに行く方法なんてないだろ?」
デイジィが俺の頭の周りを飛び回りながら言ってくる。
確かにその通りだ。メムの言う通り夜になればなんとかなるのかもしれないが、王女達が城門前にいる事を考えると、時間を掛け過ぎるのはやはり避けたい。
となると、一番安全かつ穏便に事を進められそうなのは春乃さんの案だが……。
「…………あ」
その瞬間、俺はある事を思い付いた。
真っ暗闇の通路を、召喚した光の精霊を頼りに通路の中を進んで行く。
しばらく進むと突き当りに到着。そこには上に伸びる梯子があった。
それを登っていくと硬い天井があるが……。
「『精霊召喚』」
大地の精霊召喚で穴を開ける。天井の向こうは分厚い布地で塞がれていたが、それは切り取って穴を開けた。
そのまま上に顔を出すと……聖王の部屋に到着である。
種明かしをすると、俺達が通ってきた通路は王族のための秘密の抜け道だ。
王女は言っていた、王族用の秘密の抜け道は流石に教えられないと。それはすなわち抜け道が存在している事を示している。
それと気になったのが、何故聖王を自室で眠らせていたのかだ。
おそらく病床の聖王に代わって王子が政務を取り仕切るというカバーストーリーのためだろうが、それならば眠らせる必要は無いと思うのだ。
あれだけ厳重に見張っているのだ。聖王は逃げる事もできないだろう。普通ならば。
にもかかわらず薬を使って眠らせた。そこに理由があるとすれば何か。
それがこの答え、「聖王の部屋に抜け道の入り口があった」である。
庭園に面した部屋である両隣には他の部屋があったため、抜け道は床下だろうと当たりを付けて調べてみたらすぐに見つかった。
なにせ屋内露天風呂の視点は、壁でも洞窟でも平気ですり抜けられる。当たりを付ければ、隠し通路だろうと隠し部屋だろうと見つけるのは難しくないのだ。
抜け道がどこにつながっているかを調べたところ、先程通ってきた水路につながっている事が分かった。
今にして思えば、水路に番兵を置いていたのは、抜け道につながっているからという理由もあるのだろう。
それはともかく、水路の奥から抜け道に入り、そこを通ってここまで来たのである。
なお抜け道の扉は見た目ではまったく分からず、かつ開け方も分からなかったので、そちらも大地の『精霊召喚』で穴を開けた。
結局両側に穴を開けた事になり、切り取った布は高級そうな絨毯だったが、人命方面を穏便に済ませるためなので勘弁してほしい。
さて、種明かしが済んだところで手早く事を進めていこう。
部屋の中に聖王以外いない事を確認し、部屋に入る。庭園から見られるのを防ぐためかカーテンも閉め切られていた。こちらにとっては好都合だ。
動かない聖王は、俺が背負って梯子を下りるしかないだろう。春乃さん、クレナ、ロニに手伝ってもらい、聖王の大柄な身体を背負い、落ちないように縛ってもらう。
ここにブラムスがいれば彼に手伝ってもらっていたのだが、彼とメムには水路側の入り口を見張ってもらっているのだ。
しっかり背負えたら長居は無用だ。見張りの騎士に気付かれる前に再び抜け道に入る。
切った絨毯の方はどうしようもないが、抜け道は大地の『精霊召喚』でしっかり塞いでおこう。これで気付かれても追撃を防ぐ事ができるはずだ。
梯子を下りても、背負ったまま早足で通路を進んで行く。そして水路に入ったところでブラムスとメムと合流。そのまま水路も脱出する。
「へ、陛下!? 貴様、陛下をどこに連れて行く気……だ……」
番兵に止められかけたが、メムが魔法を使って眠らせてくれた。
起きてもらっては困るので、彼もブラムスに背負ってもらって連れて行くとしよう。
水路の方は、大地の『精霊召喚』で格子状に石柱を生やして入れないようにしておく。これで追撃を防いでくれるはずだ。
後は聖王を王女のところまで連れて行くだけである。ああ、周りに聖王だと分からないようフード付きマントを羽織らせて顔を隠しておこう。
「なんていうか、勇者の仕事じゃないでしょ、これ。王族を誘拐とかむしろ……」
「誘拐じゃなくて救出だから大丈夫ですよっ!」
背後で行われているクレナと春乃さんの会話も、謹んでスルーしておこう。
我ながら変な方向に進んでいる気もするが、元々求められていた「復活しそうな魔王をどうにかする」に比べればマシであり、穏便なはずである。多分。
今回のタイトルの元ネタは、潜入アクションゲームの『アサシン クリード』シリーズです。




