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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
神泉七女神の湯
165/206

第156話 トラよ、トラよ!

 あけましておめでとうございます。

 今年も『異世界混浴物語』をよろしくお願いいたします。

 砂埃を巻き上げながら近付いてきた集団は、俺達の近くまでくると動きを止め、その中の一際身体が大きい一人が、縞模様の長い尾を揺らしながら近付いてきた。

 黄色いウロコに包まれた太鼓腹の巨漢。その姿には見覚えがある。

「やっぱりドクトラだ!」

 そう、それはこの『空白地帯』の地上に住んでいたサンド・リザードマン、トラノオ族の戦士長・ドクトラであった。

 ルリトラが駆け出していく。俺も後を追おうと思ったが、彼等トラノオ族の事を知らない面々もいるため、まずはそちらを優先して説明すると、皆ドクトラ達が敵でない事については納得してくれたようだ。

「トウヤ様、ドクトラ達がここにいた理由が分かりました」

 その間に、ルリトラ達の話も終わっていた。

「人間の軍勢を目撃したため、念のためこちらに避難していたようです」

「それってネプトゥヌスに来てた遠征軍?」

「ヘパイストス側で見かけたという話ですので、おそらくは」

「ああ、『空白地帯』の中で見た訳ではないぞ。境界線の向こう側にいるのを見たんだ」

 彼等トラノオ族は季節ごとに水のある溜め池の近くに集落を移動させて暮らしている。

 ドクトラの説明によると、若い戦士三人を連れて狩りに出掛けている時に見掛けたそうだ。四人組を作って狩りをするの、続けているんだな。

 どこの軍かは分からなかったがかなりの規模だったため、俺達も使ったヘパイストス側の地下通路を使ってここに避難したそうだ。

「あの入り口、遠目には分からないようにカモフラージュしたはずだったんだが」

「ああ、カモフラージュされていたぞ。逃げ回るゴールドオックスがいきなり姿を消した時は何事かと思った」

 しっかり埋めたつもりだったが奥までは埋まっていなかったらしく、その巨体に耐えられず、落とし穴のようになってゴールドオックスは地面の中に消えてしまったらしい。

 そして追いついたドクトラ達が掘ってみたところ、ゴールドオックスと一緒に地下道も発見したそうだ。

 広大な『空白地帯』で、地下道を埋めた場所をピンポイントで通ろうとするとは、なんという幸運……いや、不幸なのか、これは。

 結果としてハデス・ポリス跡地に避難できたのだから、トラノオ族にとっては幸運だったのは間違いないだろう。

 それはともかく、状況から考えるにドクトラ達が目撃したのは、中花さんと一緒にいた遠征軍で間違いないだろう。

「あいつら、あのまま南下していたのか」

「今はユピテルに戻るために北上している真っ最中だと思うぞ」

 向こうは軍隊、こちらはほとんど足止め無しでここまで来られたので、現時点では俺達の方が先行していると思う。

「となると、まだ避難させていた方が良さそうだな……」

「今回の件が収束するまでは、そうしていた方がいい」

 ドクトラとルリトラの二人が、そんな話をしていた。確かにこの後の事を考えると、このまま隠れていた方が無難だろう。

「とにかくトウヤ殿、長老に会ってくれ! 皆も喜ぶ!」

「そうだな、今日はこのままここで休みたいし……」

 王女達にも確認を取ってみたが、異論は無かった。トラノオ族と一緒という事に戸惑ってはいるようだが、皆それ以上にここまでの道程で疲れていたのだろう。


 ドクトラ達に連れられてハデスの中心街跡地へ。大通りを進んでいくと見覚えのある白いテントが並んでいるのが見えた。

「あの広場を使っていたのか」

「あそこ以外だと、まとまってテントが張れる場所がな……」

 なるほど、テントを張れるスペースがここしか無かったのか。

 広場の中央にある人間の姿をした魔王像も健在である。そういえばアレスでは、あの姿を見なかったな。変身するというのは疲れるものなのだろうか。

 像のすぐ近くにある一回り大きいテントに案内され、ルリトラ、クレナ、ロニと一緒に中に入る。あの時の面々だ。

「おお、トウヤ殿!」

 長老が、頑丈そうな椅子から立ち上がり、両手を広げて歓迎してくれた。

 テントには他に三人の若い戦士がいた。どこか見覚えがあると思ったら、俺が集落にいた頃にゴールドオックスを仕留めた三人だった。

 俺が集落にいた頃は、長老のそばに控えるのはベテラン戦士の役目だったはずだが、それを任される程になったのか。立派になったものだ。

 クレナとロニも慣れたもので、長老の次は三人と和やかに挨拶を交わしている。そしてルリトラは長老に恭しく頭を下げ、かしこまらなくていいとたしなめられていた。

「ところでトウヤ殿、如何なる理由で再びハデスへ?」

 ひとしきり再会の挨拶を終えたところで、長老はそう尋ねてきた。

「実は……」

 ドクトラ達が目撃した軍勢が遠征軍であり、ネプトゥヌスを経由してアレスを攻めようとしていた事。そしてそれを止めるためにユピテルに向かっている事を説明する。

「なるほど、あの軍勢はここを狙っていた訳ではなかったのですな」

「それは大丈夫……だと思う。今、ユピテルに戻っている最中だけど、『空白地帯』を通るって事は無いはずだ」

 しっかりした準備も無しに入るなんて自殺行為に等しい。チラリと視線を向けると、クレナはすっと視線を逸らした。

 中花さんのギフトについても説明しておこう。彼女が『空白地帯』に来る事は無さそうだが、念のためである。

「ほぅ……ならば、今こそ御恩を返す時ですな」

 すると、説明を聞き終えた長老はそんな事を言いだした。

「そのようなギフトを持っている者がいるとすれば、聖王都の軍もどれだけ影響下にあるか分かりませぬ。ドクトラ達を供に付けましょう」

「……危険だぞ?」

「なればこそです。我等の命の恩、軽くはありませんぞ?」

「その気持ちはうれしいが、トラノオ族は、戦士の数が減っているんだろう? 俺としては、恩のためにって無理をしてほしくはないんだが」

「ご安心ください。例の四人一組のやり方のおかげで、若手が順調に育っております」

 例の三人も、長老の後ろでどこか自慢気だ。

「……分かった。よろしく頼む」

「お任せを。我等トラノオ族の力をお見せしましょう」

 そこまで言われては断る事はできない、か。王女達もこの状況で戦力が増える分には文句は言わないだろう。俺はその申し出を受け容れる事にした。


「という訳で、トラノオ族の戦士達が協力してくれる事になりました」

「お見事ですっ!」

 この事を皆に伝えると、真っ先に喜びの声を上げたのは王女だった。

 どうやら彼女も、トラノオ族の力を借りられないかと考えていたようだ。俺の話は渡りに船だったのだろう。

 現在彼女達は、広場周辺の中でも比較的損傷の少ない建物を選び、そこで休む準備をしていた。俺のMPの回復のため、『無限バスルーム』での宿泊は控えたいそうだ。

 それはそれとして入浴だけはさせてほしいと申し訳なさそうに頼んできたが、その程度ならば大した事では無いので承諾しておく。

 それと、屋内露天風呂で遠征軍の現在位置を確認しておきたい。

 こちらについては元が付くとはいえ専門家であるアキレスにも協力してもらおう。おおよそでも位置を絞る事ができれば御の字である。

 ヘパイストスの地理に詳しいパルドーとシャコバにも協力してもらい、短時間で探す事ができれば、MPの消費は抑えられるはずだ。

 ちなみに聖王都の王子の様子も確認できないかと考えてみたが、そちらは王女から無駄だと止められてしまった。後で一応試してみたが、本当に駄目だった。

 聖王の城には魔法に対する備えも施されており、特に外からの攻撃に対しては強いとの事。たとえギフトでも見る事はできないだろうと言われた。

 セーラさん曰く、神殿も城程ではないが備えはしてあるそうだ。その話を聞いて、俺は春乃さんと顔を見合わせた。おそらく同じ事を考えたのだろう。

 そう、春乃さんのギフトもそれに近い。MPを使用した攻撃全般を防ぐものだと考えられる。ギフトもMPを使用しているので例外ではないという事だろう。

 そういう事ならば、王子については直接聖王都まで行くしかなさそうだ。



 という訳で全員の入浴が終わってから、遠征軍を探してみる。

 探すには人手がいた方が良いという事で、アキレス、パルドー、シャコバに加え、クレナ、春乃さん、雪菜、デイジィ、バルサミナ、フォーリィを加えての捜索だ。

 アキレスが絞り込んだ場所を中心に捜索していく。広大な捜索範囲となるのだが、夜に灯りも使わずにいるとは考えにくい。それを頼りに探せば見つけられるはずだ。

「お兄ちゃん、あそこに光が!」

「あの辺りに人里は(にゃ)いはずにゃ!」

 雪菜が指差す先の映像を映してみると、陣を張って休息中の遠征軍の姿があった。

 シャコバによると、その辺りは国境を越えて、ヘパイストスに入った辺りのようだ。

 こちらはスムーズに地下道を進めたおかげか、それなりに先行できたらしい。

「そういえば……ユピテルの遠征軍って、勝手にヘパイストスを通っていいんですか?」

「そんな訳なかろう。何事もなくヘパイストスを通過し、ネプトゥヌスに入っていたという事は、両国には話を通してあるはずだ」

 俺の疑問を、アキレスはあっさりと否定した。

「勇者が率いる軍とにゃれば、断る事はできにゃいにゃ」

「そうか、春乃さんだって『巡礼団』を連れて旅をしていたんだったな」

 言われてみればコスモスも王女親衛隊を連れて旅をしていたし、俺も軍ではないが大人数のキュクロプス達を引き連れてアレスに入国している。

 あの時も『魔犬』がいなければ、アレス王家や大地の神殿に話を通すまで港で足止めされていた事も考えられるのか。

 ましてやヘパイストス王は、中花さんのギフトを知らないはず。拒むという選択肢は無かったのだろう。

 この話を聞いていたパルドーが、怪訝そうに眉をひそめて口を開く。

「……ヘパイストス王も洗脳されてるって事はにゃいだろうにゃ?」

「微妙なところだな。話を通すにしても、指揮官が直接行く事は無いと思うが……」

 アキレスが唸りながら答えた。普通の軍として考えると無い。しかし、ギフトを使う事自体が目的だと考えれば、無いとは言い切れないといったところか。

「多分だけど、そっちは大丈夫だと思う」

「どうしてそう思うにゃ?」

「もし洗脳されていたら、ネプトゥヌスに来ていた軍の中に、ヘパイストス軍も混じっていたんじゃないでしょうか。ですよね? 冬夜君」

 春乃さんの問い掛けに、頷いて応える。そう、先程遠征軍を見た時も、兵の中にケトルトの姿は無かった。

 シャコバも、もしヘパイストスが協力していたら兵の装備がもう少し良い物になっていると言う。アキレスも面白くなさそうだったが、装備の話については認めた。


「それなら……逆に、ヘパイストス軍を味方にできないか?」

 ふと、そんな事を思い付いた。

「冬夜君、それはヘパイストス軍に遠征軍を足止めしてもらうという事ですか?」

「いや、どっちかというと、俺達が遠征軍と相対する時に挟み撃ちにしてほしい」

 もちろん、戦いを避けられるのに越した事はない。そのための努力を忘れるつもりはないが、それはそれとして避けられなかった時に備えて手は打っておきたい。

「まぁ、いいんじゃない? 戦いを避けられたとしても、どさくさで逃げ出す兵がいないとも限らないし、ヘパイストスとしてもそれに備えておきたいんじゃないかしら?」

「……まぁ、無いとは言わん」

 アキレスはやはり面白くなさそうだったが、クレナの言葉を否定しなかった。

 それどころか、ネプトゥヌスから撤退した時点で、既に逃亡兵が出ている可能性もあると教えてくれた。その逃亡兵が盗賊になる可能性もあるという事か。

 それなら尚更、ヘパイストスに知らせておく必要があるな。

「でも、どうやって連絡するんだ? これ見えてもメッセージは送れないよな?」

 デイジィが肩に降りてきて、そう尋ねてきた。

「大丈夫だ。トラノオ族に連れて行ってもらえばいい。五日以内に着くんじゃないか?」

 そういえば、ここにいる面々ではクレナしか知らなかったか。トラノオ族の足は。

「そういう事にゃら、わたしとマークで行ってくるにゃ」

 立候補してくれたので、この件についてはシャコバ親子に任せる事にする。長老への話は、この後俺がやっておくとしよう。

 今回のタイトルの元ネタは、SF小説の『虎よ、虎よ!』です。

 トラノオ族のトラですね。

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