第144話 踊る犬捜査線
王女一行を見送った後、俺は元々の用事であった出荷用の砂糖の準備をした。
その後は王女達から助けを求められるかもしれないと休みながら待つ。MPを回復させたいので、『無限バスルーム』は閉じて別邸でだ。
しかし、それから連絡が来る事は無く、そのまま夜になった。
それが良い事か悪い事かは分からないが、向こうは上手くいっている事を祈ろう。
「……遅いな」
それはそれとして、クレナの帰りが遅い。
いつものように夕食時に魔王達と一緒に戻ってくるつもりなのだろうか。そうだとしても少し遅い気がする。
なにやら胸騒ぎがする。コスモスの件があったせいか「誘拐」の二文字が頭を過った。
不安になって別邸を出ると、門衛をしているルリトラとルミスの姿があった。
「クレナはまだか?」
「まだ戻られておりませんが……」
やはりまだ戻っていないのか。ルリトラとルミスも首を傾げている。
その場でこちらから迎えに行こうかと話し合っていると、『炎の魔神』がやって来た。彼とその護衛三人だけで、クレナの姿は無い。
「クレナを送ってきた訳じゃなさそうだな」
「それがですね……」
彼にしては珍しく歯切れが悪い。いつの間にか先程までの不安が、頭の中に鳴り響く警報へと変わっていた。
「……クレナ様が、誘拐されました」
その言葉を聞き、まず最初に「やっぱり」と思った。なんとなく予感があったのだ。
そのため驚きは小さかったが、胸の奥から激しい焦燥感が湧き上がってくる。冷たい汗が頬を伝い、掌も汗ばんできた。
「いつの話だ? 誘拐したのは誰なのか分かっているのか? コスモスも誘拐されたらしいが関係があるのか?」
彼に詰め寄り、矢継ぎ早に問い掛けた。しかし『炎の魔神』はそれには答えず「ひとまず中に……」と言うばかりで、ルミスに促されて別邸に入る。
彼の護衛の内二人は門前に残り、一人は彼と一緒について来る。
応接室に移ると、ルミスはすぐに玄関に戻っていった。その後入れ替わるようにロニが飲み物を持ってきたが、よく見ると彼女の持つトレイが震えている。
「……聞いたのか?」
「はい、さきほどルミスさんから……」
「詳しい話はこれから聞くから、ロニも一緒に」
「は、はい!」
俺とロニ、『炎の魔神』で向かい合う形になってソファに座る。護衛は『炎の魔神』の斜め後ろに立って待機だ。
震えるロニを見て、自分がしっかりせねばと落ち着く事ができた。彼女が持ってきた飲み物を一口飲み、『炎の魔神』を促す。
「落ち着かれたようですね」
「ああ、頼む」
「それでは……クレナ様が襲撃されたのは、こちらへの帰り道です。『白面鬼』がお送りしていました」
「襲ってきたのは?」
「『暗黒の巨人』です」
水の都で戦ったあいつか。となると『闇の王子』の命令だろうか。
「『白面鬼』が戦い食い止めていたのですが、『暗黒の巨人』は部下を潜ませていたようで、不意を突かれたクレナ様は、その者達によって連れ去られてしまったようですな」
隣のロニが顔を強張らせた。大丈夫だ。心配するな。俺が助け出してみせる。
「魔王は一緒じゃなかったのか?」
「本日魔王様は、アレス王家主催のパーティーに招待されておりまして。クレナ様も連れて行こうとしたそうなのですが……」
クレナが断った、か。そしてクレナと魔王が離れたところを狙われたという訳だな。
「……三つ確認だ。クレナが帰り道で襲撃されたのは偶然か?」
「…………白蘭商会内の『闇の王子』様の協力者が動いた事を確認しております」
なるほど、それで『闇の王子』側に情報が漏れたのか。
「それじゃあ『暗黒の巨人』にも逃げられたのか?」
「いえ、そちらは『魔犬』が駆け付け、二人掛かりで取り押さえました」
なお『魔犬』は、『暗黒の巨人』を完膚なきまでに叩きのめした後、クレナの匂いを追跡していったらしい。強いんだな、『魔犬』。
残された『白面鬼』は『暗黒の巨人』を商会に連れ帰り、例の魔王が眠っていた地底深くに閉じ込めたそうだ。
出てこられないよう魔王が封印したため、自力での脱出は不可能との事。
「かつての魔王様は『暗黒の巨人』に対して色々と甘かったのですが、今回ばかりは許さないでしょうなぁ」
まだ暴れているならソトバの剣を手に殴り込んでいたところだが、既に捕らえて閉じ込めているならば、そちらはどうでもいい。それよりも問題はクレナだ。
「最後の確認だ。クレナがどこに連れて行かれたかは分かるか?」
「『闇の王子』様は、この中央エリアだけでもいくつか拠点を持っていたようでして、どこに連れて行かれたかまでは、まだ……」
「今ある情報を全て欲しい。こちらでも調べてみる」
「それでしたら商会の方へ。今頃新しい情報を聞き出せているかもしれませんし」
「そう、だな……。分かった、すぐに行く。ロニも準備を」
「は、はい!」
「それではご一緒に」
俺も襲撃される可能性を考えての事だろう、商会まで護衛してくれるようだ。
俺も魔法のフルプレートアーマー『魔力喰い』を装備し、腰には『星切』を佩き、魔法の斧『三日月』とラウンドシールドを持って準備完了だ。
ソトバの剣も背負って行こうとしたが、そこまですると重過ぎるので、代わりにルリトラに持ってもらっている。
ルリトラ以外に連れて行くのは、ロニと春乃さんとリウムちゃん、そしていざという時に連絡役になってもらうためのデイジィだ。
他の面々は留守中に別邸も襲撃される可能性があるので守りに残しておく。こちらの指揮はサンドラとセーラさんに任せておけば大丈夫だろう。
準備を終え、『炎の魔神』とその護衛と共に白蘭商会へと移動。これほどの重武装で町中を歩いていると流石に目立つが、今は仕方がない。
商会に到着すると、もう夜にも拘らず慌ただしく人が出入りしていた。
「なんだこれ……」
それよりも建物から圧迫感を感じる。俺の肩の上に座っていたデイジィも怯えてひしっとしがみついてきた。よく見ると商会の人達もどこか怯えているように見える。
リウムちゃんも怖くなったのか、俺の腰にしがみついてくる。ルリトラとロニは平然としているようだったが、よく見るとロニのしっぽは丸くなって震えていた。
中に入り話を聞くため魔王に会いに行こうとすると、『魔犬』が現れて止めてくる。
「匂いを追って行ったんじゃなかったのか?」
「追い掛けたでござるが、途中で臭い玉を食らったでござるよ……」
おかげで鼻が利かなくなり、追跡できなくなったそうだ。よく見ると毛が湿っている。臭いを落とすために洗ったところなのだろう。
相手も『魔犬』がいる事は分かっていたのだろうし、彼の鼻を誤魔化す方法を事前に用意していたのだろうな。
「ところでこの、なんというか、重苦しい雰囲気?」
「……魔王様でござるよ」
『魔犬』によると、孫が誘拐された魔王が怒髪天を衝く状態らしい。奥の部屋で『白面鬼』が必死に宥めているが、それでも怒気が漏れ出てこんな状態になっているそうだ。
「おかげで『暗黒の巨人』がおとなしくなっておりますが痛しかゆしでござるな」
「そこでビビるぐらいなら、どうしてクレナを誘拐したんだ」
「クレナ様がこちらにいなければ、殿下は自由に動けるようになると考えたようで……」
「それでクレナを奪取しようと誘拐したって事か」
元々新魔王になろうとしていた『闇の王子』が、クレナと再会してからその動きを止めていた。協力者であった『暗黒の巨人』は、その状況を打破したいと考えたのだろう。
そしてクレナがこちら側にいるのが原因であるとみて、誘拐して手中に収める事で、再び『闇の王子』が動けるようにするというのが、今回の誘拐の目的だと思われる。
「それと……今回の件は『暗黒の巨人』の独断であり、殿下は知らない事だと……」
「……それはどこまで信用できるんだ?」
「おそらく嘘ではないと思うでござる」
「あの男の独断専行は、今に始まった事ではございませんからなぁ」
炎の魔神も同意見のようだし、ひとまず信用できると判断して良さそうだ。
女神によると『闇の王子』が新魔王になるのは、もう防がれたという話だったが、『暗黒の巨人』はまだ諦めてなかったという事なのだろう。
とにかく危害を加える事が目的ではなかったというのは、安心できる要素だろうか。
「こっちで手に入った情報を全て教えてくれ。『魔犬』がどこまで追跡したかも含めて」
「合点でござる。こちらを。商会に潜り込んでいたスパイ達から聞き出したばかりの最新情報でござるよ。今魔王様にご報告申し上げようと思っていたところでござる」
そう言って『魔犬』が見せてきたのは、いくつもの印が書き込まれた何枚かの地図。アレスの全てのエリアの地図だ。中央エリアだけでも三箇所の拠点を持っていたのか。
もしかしたら協力者を分散させ、白蘭商会にバレないようにしていたのかもしれない。
スパイ達も、クレナがどこに連れて行かれたかまでは分からないそうだが、『魔犬』の追跡結果と照らし合わせてみると、中央エリアの候補は二つに絞られる。
人の出入りが多いのも、その二つに踏み込むために人を集めているからだそうだ。
俺達もどちらかに参加するかと話をしていると、地図を覗き込んで首を傾げていた春乃さんが口を開く。
「う~ん……臭いで追跡できなくする用意をしていたのなら、そこから別方向に逃げた可能性も考えられますね」
皆の視線が彼女に集まる。確かにそれも考えられるな。
「しかし、この二つの拠点を無視する訳にはいかんでござるよ」
「その二つにいなくても、更に先の別エリアに逃げた可能性もありますな」
「……『炎の魔神』は、この後どうするんだ?」
「こういう状況ですからね、協力いたしますよ。片方はわたくしが踏み込みます、はい」
二人で協力して、それぞれに踏み込むパーティのリーダーを担当するという事か。
「魔王殿は? 孫娘が誘拐されて、黙っているとは思えませんが」
「あ~、魔王様御自ら姫様を奪還しに行くとなると、町どころか洞窟全体が崩壊しかねないでござるから……」
ルリトラの疑問には、『魔犬』が頬を引きつらせながら答えた。
なるほど、『白面鬼』が魔王を宥めている間にクレナを救出するという事か。
魔王も心配しているのだろうが、アレスの町が崩壊してもらっては困る。
「冬夜君、どうしますか?」
「そうだな……二人にはこのまま二つの拠点に行ってもらって、反対側は俺達が調べるという事でどうだ?」
そこで見つからなければ、他エリアの拠点も一通り調べていこう。『無限バスルーム』の屋内露天風呂で確認すればすぐだ。
「見つかっても、そっちに連絡できないけど」
「それは構わんでござるよ。どちらにせよ、あちらの拠点は押さえておきたいゆえ」
「じゃあ、それで」
こちらもできるだけ急ぐと告げて、搬入口へ移動。『無限バスルーム』の屋内露天風呂で情報の場所を確認する。
「普通の住宅ですね」
「かえって目立たなさそうだな」
地下都市の住宅は表から見ると扉と窓ぐらいしか無く、店と違って看板も無いため、外観はものすごく地味である。
スパイの情報が無ければ、しらみつぶしに探す以外見つける方法は無かっただろう。
中を見てみると派手さはないが上品そうな調度品で飾られた家だった。
入ってすぐのところで闇エルフの男性が。奥の厨房には闇エルフの女性がいて料理をしている。料理の量が少し多いだろうか。
「ん~……? トウヤ、トウヤ、そこ隠し戸ないか?」
他の場所も捜索していると、デイジィが廊下の突き当りの床を指さした。近付いて見てみると、分かりにくいが確かに切れ込みがある。
「この下に何かあるのか?」
開けられないし、開け方も分からないが、下を見る事はできる。
更に下を見てみると、隠し階段があり、その先に部屋がある事が分かった。
中は一際豪華であり、明らかに他の部屋とは違う。和室ではないのだが、どこか和のテイストが感じられた。
その部屋の中央にはテーブルがあり、向かい合う形で二つのソファが並んでいる。
「いた……!」
扉側のソファに腰かけているのは銀髪の男性。兜を外しているようだが鎧で分かる。間違いない、『闇の王子』その人だ。
そして奥側には、不機嫌な顔でソファに身を沈めるクレナの姿があった。
今回のタイトルの元ネタはドラマ『踊る大捜査線』です。




