第141話 山が動く
その日の晩の入浴時、女神姉妹の神殿を一箇所に集める案について出た意見をまとめてクレナと春乃さんにも伝える。
アレスに到着して以来何かと忙しかった事もあり、入浴時にその日にあった事を報告し合うというのがお約束になっていた。
というのも最近ふと会話が止まると、なんとなく気恥ずかしくなって顔を見ていられなくなり、あてもなく視線をさまよわせてしまう。
視線を下に向けるとたわわな四つを見てしまうし、周りを見れば他の面々がいる。そのため俺は主に天井を見る事になっていた。
原因というか、切っ掛けは分かっている。魔王からもらった刀『星切』だ。
あれの銘の元になった刀は、生前の『闇の王子』が魔王の後継者に選ばれた際に贈られたものらしい。それを孫であるクレナではなく俺が受け取った。それが意味するところとは……と考えると意識するなというのが無理な話だ。
春乃さんも気にしているようで、自分も負けてはいられないと思っているのかいないのか、隙あらば身体を密着させようとしてくる。
するとクレナも対抗してくるのだ。この二人に挟まれてしまったら色々な意味でたまらない。本当に色々な意味で。入浴時は特に。そして周りの視線が生暖かくなる。
それを防ぐ手段というのが、とにかく会話を途切れさせないというものだった。
という訳で逃げというか、先送りというか、とにかく意識がそちらに向かないよう神殿の件について相談したところ、やはりクレナは皆と同じような反応になった。
「う~ん……」
異なる反応をしたのは春乃さんだ。
「母だから女神姉妹より上というのは、確かに理屈ではその通りなんですけど……」
「何か問題があるかな?」
「そもそも光の女神が上という主張自体が、理屈の問題ではない気がするんです」
向こうで頭を洗っているセーラさんの背中に何かが突き刺さった、ような気がした。
「屁理屈をこねた感情論に過ぎないというか……」
隣のサンドラに突き刺さった、ように見えた。
「というか、結局のところ光の神殿内の極一部のわがままですよね?」
続けてルミスにも突き刺さった、ような錯覚を覚えた。
そんな中一人平然と身体を洗い続けているリンはすごいと思う。彼女だけはもしかしたら自身と神殿とを完全に切り離して考えているのかもしれない。
それはともかく、春乃さんは混沌の女神が上と理屈を通しても、感情面で反抗してくるのではと考えているようだ。
「私、ユピテルの神殿長以外の神殿の偉い人って、アテナの司祭しか知らないんです。例の不正事件の。後は……『巡礼団』の団長さんも偉い人になるのかな?」
「ぐふぅっ!」
痛いところをグリグリされたのか、向こうでサンドラがうめき声を上げた。
アテナの司祭といえば、確かアテナのレイバー市場で行われていた不正に関わっていた人だったか。神殿騎士としては耳が痛いだろうな。
春乃さんは光の司祭が関わる不正を暴き、その結果『巡礼団』とも袂を分かっている。
「そういえば、俺はその手の悪徳神殿関係者に遭遇した事がなかったな」
対して俺が会った神官達は、皆真っ当な人達だった。ヘパイストスの神官などは立場が弱く苦労していたが、それでも不正とは無縁そうな人達だった。
というか炎の神官は踊るマッチョばかりだったので、彼等と比べれば普通の人達だ。
これは印象が違うのも当然か。春乃さんはセーラさん達個人はともかくとして、光の神殿全体に対しては思うところがあっても仕方がない。
「そういう問題になる人達は、いくら理屈を通しても感情で反抗してくると思うんです」
「……クレナどうしよう、反論できない」
「確かに、言ってる事は間違ってないわね……」
クレナも春乃さんに同意。周りを見てみると、こちらを見ていたセーラさん達も微妙な表情をしながらうんうんと頷いていた。
セーラさん、それは認めてしまっていいのか、光の神官的に。
いや、認めざるを得ないのか、光の神官的に。
「解決方法はある……のか?」
「正直、見当もつかないわね。ハルノは?」
「私もちょっと……こういうのは理屈じゃないでしょうし」
やり込める事自体は不可能ではないだろうが、それでは納得しないだろう。感情の問題なのだから。解決方法を考える必要がある。
だが、目標とすべきところは見えてきた気がする。
「問題となる極一部の光の神官達を納得させる方法を考えないといけないって事か」
「それだけじゃダメよ。肝心の闇の神殿再興の方が上手くいかないと」
「並行して進めるしかないでしょうね」
つまり、明日からも忙しいのは変わらないという事だな。
だが、この件は重要だ。感情の納得。これは女神姉妹の神殿を一箇所に集める、ひいては闇の神殿再興の成否を分けかねない。
納得させなければいけない相手が、自分達が一番偉いと思い込んでいる問題神官達というのがアレだが、無視する訳にもいかないので仕方ない。
「絶対勝てないって思い知らせるのはどうかしら?」
「有効そうですが、それは最終手段ですね」
真剣な顔をして物騒な事を話す二人が実に頼もしいが、俺としてはもう少し穏便に済ませたいところである。
お風呂の中で延々と考えているとのぼせてしまいそうなので、皆一緒に上がって脱衣場へ移動。浴衣姿でマッサージチェアに身を委ねながら今後の事を考える。
天井でゆっくりと回る大きな扇風機を眺めながら、穏便に事を済ます方法は無いかと頭を巡らせるが、思い付くのは二人も話していたような物騒な手段ばかり。
なお、その二人は現在両隣のマッサージチェアで四つのお山をふるふるさせている。それを見ないように天井を見ていたのは言うまでもない。
うん、考えるな。いや、真面目な事を考えるんだ。
俺がこう、裏技的な解決策しか思い付けないのは、信仰に関して素人同然だからだと思う。相手の事をちゃんと理解できていないのだ。
下手の考え休むに似たり。ここは素直に詳しい人に教えを乞うべきだろうか。
「皆さ~ん、お飲み物を持ってきましたよ~」
その時、ロニが飲み物を持って戻ってきた。
マッサージされたまま受け取ると揺れてこぼれてしまうので、立ち上がってこちらから受け取りに行く。
春乃さんとクレナは、もう少しマッサージを受けてから飲むとの事。二人の分はテーブルに置いておこう。
「そういえば……ロニって、光リュカオンなんだよな?」
「えっ? ええ、そうですけど」
ならばと長椅子に腰を下ろし、ロニも隣に座ってもらう。
「じゃあ、光の女神信仰にも詳しいのか?」
「あ、それはちょっと。光リュカオンと闇リュカオンの違いって、サンド・リザードマンとマーシュ・リザードマンの違いみたいなもので……」
「部族……いや、種族が違うって事? いや、これも微妙か?」
「犬と猫ほど離れてないけど、柴犬とトイ・プードルくらいは離れてるって事かな?」
隣に飛んできた雪菜の言葉、微妙に分かるような分からないような……。
とにかく、光の女神に仕える部族だから光リュカオンという訳ではなさそうだ。
「私自身は、一応光の女神信徒ですけど、その、普通の信徒ですので、神官のセーラさんほどは詳しくないんです。すいません」
「いや、謝る事じゃないよ」
ちなみに光リュカオン全員が光の女神信徒という訳でもないらしい。
闇リュカオンの『魔犬』も今は大地の女神信徒だし、そういうものなのだろう。
「他に詳しそうな人……誰かいるか?」
「セーラさん達より、ですか? それこそ神殿長くらい……あ、王女様はどうですか?」
「フランチェリス王女か、どうだろうな?」
確かに、彼女は光の神殿と共同で『勇者召喚』の儀式を行ったが、だからといっても本職神官よりも詳しいものだろうか?
まぁ、彼女ならば神殿の裏側とかを知っている可能性はあるが、それを教えてくれるかは微妙なところである。
「でも、この件についてはいずれ話さなければならない相手ではあるな」
「お会いできるよう手配しましょうか?」
「……いや、今は止めとこう。王女もコスモスの応援に専念したいだろうし」
こちらが準備不足というのもあるので、この件については後回しにしておこう。
「よし、ちょっと切り替えよう」
この件についてはすぐに答えは出ない。
先程話した通り、並行して進めなければいけない事もあるのだ。光の神殿の件は一旦棚上げしておこう。
「ロニ、明日『白面鬼』と『炎の魔神』に会えるように手配してくれないか?」
「えっ、でも……」
「ああ、明日すぐじゃなくてもいいぞ。向こうの都合で」
「いえ、そうじゃなくて……」
どうしたというのか。首を傾げて問い掛けると、彼女はおずおずと言葉を続ける。
「お二人とも、今夜もこちらに泊まりにくるそうですよ。魔王と『魔犬』も」
それを聞いて、俺はガクリと脱力した。
うん、まぁ、すぐに話せるのはいい事だ。でも、疲れたので明日にしておこう。




