第140話 ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろ!
次はラクティと話をしようと探していると、妙な光景に出くわした。
場所は別邸の庭。庭石の上にラクティをちょこんと座らせて拝む、雪菜の姿があった。
そんな二人の姿を、しゃがんだプラエちゃんが微笑ましそうに見ている。
「……何やってんの?」
「あ、お兄ちゃん。ほら、闇の神殿を再興するんでしょ? だったら、まず自分が信仰するところから始めてみようかな~って」
だからラクティを拝んでいたのか。
拝まれている方は、庭石の上でどこか居心地が悪そうにしているが。
「でも、やっぱり違和感あるよね。ラクティってお子様だし」
「やっぱり、本気で祈ってませんよね!? 私、トウヤさんのお姉ちゃんですよ!?」
涙目で、庭石からよいしょと下りてくるラクティ。その小さな頭を、プラエちゃんの大きな手が優しく撫でる。しまった、出遅れた。
「つまり私にとってもお姉ちゃん?」
「そうですよっ!」
「…………ぷっ」
「今、笑った!? 笑いましたよね!? トウヤさぁ~ん!」
「ああ、よしよし」
「……やっぱり、お姉ちゃんじゃないよね」
正直なところ、ラクティがお姉ちゃんというのに違和感があるのは同意する。俺が闇の女神を信仰していない二番目の理由だ。
一番目の理由? それは一柱の女神を選ぶと、他の五柱の姉妹が黙っていないからだ。怒りはしないが、拗ねるだろう。
「ところでだな、ラクティに話があるんだが」
「えっ? 私ですか?」
庭で話す内容ではないので、雪菜とプラエちゃんも連れて隣の倉庫へと移動する。
倉庫の中の荷物は、別邸を借りる際に運び出されている。キュクロプスは基本的に家具を使わないので今は寝具ぐらいしかなく、中は広々としている。
体育館のようなサイズをイメージすると分かりやすいだろうか。大地の『精霊召喚』によって床、壁、天井は平らに均されており、また崩れる事なく維持されている。
俺は戦闘にも使っているが、こちらが本来の用途なんだよな、大地の『精霊召喚』。
家具がほとんど無いのは、俺が夜屋敷にいる時は『無限バスルーム』を使えるからだ。
そのためこの広い空間は、奥にカーテンで仕切りが作られている以外は子供達の遊び場になっていた。
外で遊べなくて申し訳ないと思わなくもないが、倉庫も外も洞窟の中である事に変わりないんだよな。もちろん別邸も。
話をするため、奥の仕切られたスペースのひとつを借りる。キュクロプス用なので、別邸の部屋より広い。椅子は無いので、敷物の上に腰を下ろして話をする。
六柱の女神の神殿を一箇所に集める案を説明すると、ラクティはセーラさんと同じように光の神殿がどういう反応をするかを危惧していた。
そしてプラエちゃんは風の神殿も再興させるという話に大喜び。後ろから抱き着かれてしまった。覆いかぶさられる形になり、あごを頭に載せられる。
決して軽いとはいえないが、喜んでいるのでプラエちゃんの好きにさせておこう。そのまま話を進める事にする。
「セーラさんもそれを気にしていたけど、光の神殿って今もそんなに攻撃的なのかな?」
総本山の神殿長からして真っ当な人だったので、亜人排斥を掲げていた三百年前はともかく、今の光の神殿にはそこまで危険なイメージは無いのだが。
「そういうのは、お兄ちゃんよりセーラさんの方が分かってるんじゃない?」
確かに、雪菜の言う通りだ。光の神殿に仕えていたセーラさんが言うからには、今の光の神殿にも攻撃的な面は残っているのだろう。俺には見えていなかっただけで。
「……ああ、そういう事か」
「トウヤさん、何か分かったんですか?」
「今の光の神殿って、オリュンポス連合内では最大勢力だろう?」
「海はオリュンポス連合ではないので、そうなりますね」
海も入れると逆転するのか。凄いな、水の女神。
それはともかく、セーラさんが言っていた「女神姉妹の長姉だから、光の女神は他の五柱より上である」という主張が、三百年前の亜人排斥で勢力を拡大した結果実現されたのではないだろうか。
「それなら最大勢力になったから、今は攻撃的になる必要が無いとは考えられないか?」
「お兄ちゃん、それって今は余裕があるって事?」
「そうだ。当時は余裕が無かったから亜人排斥が起きたのかもな」
五百年前のハデス攻めは、間違いなく余裕の無さが原因だと思う。
そう考えると神殿を集めて女神同士は対等であるとした場合、光の神殿はその余裕を維持できるかどうかが問題となる。たとえそれが女神達にとって正しかったとしてもだ。
「風の女神さまは、そんなの気にしないのに」
頭の上でプラエちゃんが言う。
風の女神、彼女もまた姉と言われても微妙に納得できない一柱だ。ラクティほどではないが、彼女は女子高生程度に見える。明るいムードメーカー的な性格をしているので、クラスメイトにいたら楽しそうだ。
確かに彼女ならば、姉妹が対等だろうが、光の女神が上だろうが気にしないだろう。
「みんな仲良くできたらいいのにね~」
そういって笑うプラエちゃんの大らかさに、俺は風の女神の面影を見た。
そういえば彼女は元々、風の女神と言葉を交わせる立場だった。それだけに女神の影響を受けているのかもしれない。
「セーラさんとも話したんだが、混沌の女神の神殿も一緒に建設できたら、その問題は解決しないか?」
「解決するかもしれませんけど、お母様の存在を、どう認知してもらうかという問題がありますね。記録は一切残っていないというか最初から無いはずですし」
記録が無いのは、女神のお墨付きか。
「ひとつ方法があるとすれば……お母様の魔法を使ってみせる事です」
「混沌の神官魔法、か?」
「はい、高位神官であればそれが神官魔法であり、かつ六柱の女神のものでない事がハッキリと分かるはずです。そこからお母様の存在を感じ取る事もできるでしょう」
「なんとなく分かるような、分からんような……」
今まで意識していなかったが、言われてみればそれらしいものを感じていた気がする。
「……そういうの分かる?」
「分かるよ~」
プラエちゃんは分かるのか。そういえばラクティの事も一目で見抜いていたな。
この辺りは神官としてきっちり修行してきた者と、そうではない者の差なのかもしれない。今度魔法を使う時、注意してみよう。
「高位神官にしか通じない方法みたいだけど、高位の人達に通じるなら大丈夫かな?」
「一歩前進したと考えていいだろうな」
「神殿長とかに通じなかったら笑えるよね」
「雪菜、それはむしろ笑えない」
この場合の「高位」というのは、神殿内での地位などではなく、神官としての実力なのだろうな。ユピテルの神殿長なら大丈夫だと信じたい。
この事については、後でセーラさん達にも聞いてみよう。
「ところで、その神官魔法を覚えられる可能性があるのは……」
「現時点では、トウヤさんだけですね」
「やっぱりか」
「お兄ちゃんが神殿長になるって事? 責任重大だねぇ」
雪菜は「その時は、私も信徒になってあげる」と笑う。
そうか、この方法で事態の解決を図る場合、俺が混沌の神殿の神殿長という事になるしかないのか。他に手が無いとなれば、いよいよ覚悟を決めるしかないのかもしれない。
俺が一から決めていいならば、せめて堅苦しくない神殿にしたいものだ。
「混沌の神官魔法を覚えるには、どうしたらいいんだ?」
「それには、お母様の事を覚えていられるようにならないと……」
ラクティによると、既に毎晩のように夢の中で顔を合わせているので、そう遠くない内に覚えていられるようになるのではとの事。
少しでも早めたいならば、朝晩混沌の女神に祈りを捧げるところから始めてみるといいらしい。これは向こうからだけではなく、こちらからも近付いていく事になるそうだ。
何度も会っているのに顔も覚えられないというのは、早い内になんとかしたい。
「……で、祈るってどうやればいいんだ?」
「今までやった事無いんですか!?」
「セーラさん達と一緒にやった事はあるんだが、今まではこう、形だけ真似て何も考えてなかったというか……」
ああいう時って、何考えていいか分からなくないか? むしろ心を無にするというか。
「そういえば、何か唱えるものがあるんだよね。『不死鳥』はいつもブツブツ唱えながら長々と祈ってたよ」
「聖句ですね。それを唱えるのが、お祈りの基本です」
心の中で唱えても、口に出してもいいらしい。
「あたしは覚えてないなぁ、聖句」
ちょっと待て、プラエちゃん。
「じゃあ、どうしてるんだ?」
「えっとね、今日あった事とか風の女神さまにお話ししてるの」
風の女神の現身が失われた事で声は聞こえなくなってしまったらしいが、それでも毎日女神の下に届いていると信じて続けているそうだ。
「ああ、そういうのもアリですね。きっと風のお姉さまにも届いてますよ。お母様もそういう祈りの方が喜ぶと思います」
「そういうのなら私もできるかも!」
なるほど、俺もそういう方が向いているかもしれない。
雪菜もやる気になっているようだし、早速今晩から二人で混沌の女神に祈るとしよう。
今回のタイトルの元ネタは、『Wizardry』シリーズのカント寺院です。




