第137話 ルネッサンス信仰
キンギョ亡き今、本当の闇の信徒トップは『不死鳥』なのではないか。そんな事を考えていると、魔王が訝しげな顔をして声を掛けてきた。
「小童……まさかと思うが、アレを使う気か? アレは役に立たんぞ」
百戦百敗の常敗将軍だったらしいから、魔王が役立たずと評価するのも当然だ。
思いの外心配そうな声。俺が関われば、結果として孫娘のクレナも関わってくるので仕方がないだろう。
「『魔将』としては、でしょう? 『闇の神殿長』としてはどうでしょう?」
しかし『不死鳥』は、闇の『勇者召喚』という高度な神官魔法を使いこなす高位神官としての顔も持っているのだ。
魔王は神官になったかどうか知らないと言っているが、『勇者召喚』がにわか仕込みでどうにかなるものではない事は、よく分かっている。
ラクティの問題――闇の女神信仰の復活を考えるならば、闇の神殿を復活させる事を考えねばならない。
そして俺の知る限りでは、『不死鳥』以外にいないのだ。復活させる神殿の神殿長を任せられるだけの闇の神官は。
「まぁ、大丈夫じゃないですか? 仮に信仰心が無くたって、高位神官になれるだけの魔法は使えるんです。神殿長の振りをするぐらいできますよ、はい」
『炎の魔神』が助言になりそうで、なってはいけないような事を告げてくる。いや、それはどうなんだ。
「いや、神殿に放り込まれた後、飛び出したという話は無かったはずですし、意外と真面目に神官の修行をしていたのかも……?」
そこにフォローを入れてくる『白面鬼』。それで信仰心が芽生えていればいいのだが。
「…………貴様でもできそうだが?」
「俺は便利そうだからって理由で神官魔法を覚えた人間ですよ?」
最後に俺を指名してきたのは魔王。『不死鳥』を使わせたくないのかもしれない。
確かに俺はこの世界で女神姉妹に一番近い人間だろうが、信仰心があるかと問われると正直首を傾げる。神官を一生の仕事にする気があるかと問われると、それも微妙なところだ。他に候補がいないのならば仕方がないかも知れないが。
もっとも『不死鳥』の方が神官として格上なのは確かなので、できれば彼に引き受けて欲しいところである。
なお、女神から直接教わっている古代神官魔法については例外扱いとする。
アレは要求されるMPが本当に規格外で、廃れたのが魂で理解できる代物なのだ。神殿長になるならばアレぐらい使えなければなんて話になったら、今後神殿長になれる人が現れなくなってしまうのではないだろうか。
「そういう事を気にされるという事は、あなたは闇の神殿を再興させようとお考えで?」
「ラクティをなんとかしてやりたいと思ってる」
そちらが主目的である。闇の神殿再興はあくまで手段であって信仰ではない。
むしろ兄心? いや、親心? どちらにせよ最近の彼女はお姉ちゃんぶっているので、本人に言うとプンスカポカポカしてきそうだが。
うん、やはり俺にとってのラクティは信仰の対象ではなく庇護の対象なのだ。お姉ちゃんぶる姿も、そこがまた可愛いのである。
そんな事を考えていると、クレナが心配そうな顔で口を挟んできた。
「ねぇ、トウヤ。それ、どこでやるつもり?」
「どこって、まだそこまでは考えてないけど」
「それはいけませんね」
更に『白面鬼』も首を突っ込んでくる。
「この世界における宗教とは、つまるところ土着勢力です。特に炎、水、大地は土地とのつながりが非常に強い」
「他の三柱は?」
「朝と夜はどこでも平等に訪れ、風はどこへでも吹いていきます」
「……なるほど」
それはともかく『白面鬼』の言いたい事は大体理解できた。
火山帯に根付いた炎の女神信仰、海に住まう者達の水の女神信仰、そして地下都市に住む人々に広まった大地の女神信仰。
それぞれの精霊が強い土地だから、それを統べる女神への信仰が芽生えた。その土地で暮らしていく以上、強い精霊の力を無視できなかったと言い換えてもいいかもしれない。『白面鬼』達が改宗したのは、その辺りも一因だったのだろう。
そして残りの三柱は場所を選ばない。だから光は勢力を広げる事ができたし、風はアテナを追い出されても別の場所に新しい神殿、信仰の総本山を築く事ができたのだ。
「それで、一体どこで闇の神殿を再興するおつもりで?」
ニヤニヤと笑いながら再度問い掛けてくる『炎の魔神』。
魔王達のいるアレスで再興という考えはあったが、甘かったようだ。
大地の女神だったら笑って許してくれそうな気もするが、信徒達はそうはいかない。なにより大地の精霊の力を無視できないここでは、闇の神殿を再興するのは難しいだろう。
なるほど、クレナが心配していたのはこれか。
こうなると、どこで神殿を再興するかが問題となってくる。
幸い闇の女神信仰は場所を問わない。白夜があるところでは話は別かもしれないが、闇も場所を選ばないと言われているあたり、この大陸にそういう場所は無さそうだ。
いっそ『不死鳥』が使っていた島のアジトをとも考えたが、あそこも水の礼拝所のすぐ側だ。既に別の女神が信仰されている場所は避けた方がいい。
「前人未到の地に行くしかないのか……?」
そうだ、テーベの森の風の神殿も、どこでも良かった訳ではなく、他の女神信仰が根付いていなかったからこそ成立したのだろう。
問題は、そんな場所がこのオリュンポス連合に残っているかだが……。
人里は別の女神信仰があるので論外。『空白地帯』もユピテルの目と鼻の先だが、あそこは既に廃墟になっている以上の問題がある。
チラリと視線を送る先は黙って話を聞いている魔王。そう、あの場所は元々彼が支配していた地なのだ。そこで神殿を再興すると言い出せば、彼も一緒に行くと言い出す可能性がある。もしそうなればユピテルが黙っていないであろう事は容易に予想できた。
「皆、どこか心当たりはあるか?」
真っ先に首を横に振ったのは春乃さん。彼女も旅をしてきた場所以外は知らないだろうから無理もない。
この世界の人間であるクレナも『白面鬼』も心当たりは無いようだ。
目覚めたばかりの魔王は今の情勢が分かっていないためか、一対の腕を組み、目を閉じたまま黙っている。
「他の女神信仰が無い土地というのは、人が住んでいない土地になりますな。それは同時に人が住みにくい地という事になります。そんな場所で神殿を再興しようとするならば、荒野を開拓するぐらいの覚悟が必要でしょうなぁ」
唯一建設的な意見を出してくれたのは『炎の魔神』だったが、それは非常に厳しい事だという忠告だった。
結局この場の面々では解決策を見つけられず、『白面鬼』が白蘭商会で付き合いのある面々に話を聞いてみてくれるという事になった。元々お客から地方の情報を仕入れていたらしく、そのルートで調べてくれるそうだ。
この件については他の皆にも相談しておこう。セーラさんが落ち着いてからの方がいいだろうから明日以降にでも。
そしてその日の夜、夢の中で女神達にも尋ねてみた。
すると彼女達も『炎の魔神』と同じような事を言ってきた。
ラクティも喜んでくれたが、それでも申し訳なさそうに「私はこのままでもいいんですよ? 無茶しちゃダメですよ?」と縋りながら言ってくる。
他の女神達も同様のようだ。難しいと考えているが反対ではなく、むしろ賛成の意を示している。特に大地の女神は、アレスで再興させてあげられればと落ち込んでいた。
そればかりは仕方がないので、あまり気にしないで欲しい。地下の洞窟で暮らしているのに大地に祈りを捧げないって、冷静に考えると結構怖いから。
それはともかく彼女達の態度を見たところ、神殿を、ひいては闇の女神信仰を再興して欲しいという事は、そうしなければならない何かしらの理由があるという事なのだろう。
その事について尋ねてみると、女神達は口ごもりつつもこのままではラクティは現身が維持できなくなり、夢の世界でも見えなくなると教えてくれた。
更に付け加えると女神の夢自体がラクティの神域なため、こうして女神達に会う事もできなくなるとの事だ。なるほど、誰も反対しなかったのはそういう理由か。
「ラクティは俺にとっても妹みたいなものだ。これはますます引き下がれなくなったな」
「私の方がお姉ちゃんですよっ!?」
「お姉ちゃんは可愛いな~♪」
抗議の声をスルーし、その小さな身体を抱き上げてクルクルと回ってみる。
ラクティは頬を染めつつ膨らませていたが、やがてはにかんだ笑みを見せてくれた。
守ってやらねばなるまい、この愛らしいもう一人の妹を。
「……はっ!」
背中に視線を感じて思わず振り返る。するとそこには期待の目でこちらを見ている五柱の女神の姿があった。
「え~っと……」
「弟よ、『可愛いお姉ちゃん』は一柱だけか?」
「いえ、あと五柱います」
その後、女神姉妹全員を抱き上げる事になったのはいうまでもない。
なお一周終わる頃にラクティがもう一度とせがんできたため、最終的には三周する事になったのは余談である。
今回のタイトルの元ネタは、アニメ『ミスター味っ子』の主題歌『ルネッサンス情熱』です。




