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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
誘惑の洞窟温泉
145/206

第136話 ハデス観光ガイド

あけましておめでとうございます。

今年も『異世界混浴物語』をよろしくお願いいたします。

 お風呂から上がった後は、魔王達にも入ってもらいつつ俺達は夕食の準備……と思っていたが、MP消費の負担が思いの外大きかった。

 という訳で休ませてもらう事になり、本丸二階の書斎にした部屋へと向かう。

 書斎はハデスで手に入れた魔法の本棚がズラッと並び蔵書は充実しているが、それ以外のものはあまりなく結構殺風景だ。

 なおこの本棚を始めとする魔王城から持ち出したものに関してだが、孫娘のクレナのおかげか、はたまた五百年間回収しようともしていなかったものだからか、魔王からあっさり「くれてやる」とお墨付きをもらっている。

「……どうしたの?」

 そこには壁を背に、板の床に直接腰を下ろして、両手で抱えるほどの大きな本を読むリウムちゃんの姿があった。彼女はここの蔵書目当てによく入り浸っている。

 今読んでいる本は、ネプトゥヌスのオークションで手に入れた大判の図鑑だった。挿絵が鮮やかなフルカラーで、見ているだけでも楽しめる一冊である。

 やっぱり本棚以外何もないのはダメだな。机と椅子を備え付けておくのもいいかも知れない。リウムちゃんは余計に入り浸る事になりそうだが。

 それはともかく、今のここでは俺もくつろげないので、本を三階の寝室に持っていって読むとしよう。闇の和室が使われている今、一番くつろげるのはあそこだ。

「MPの使い過ぎで少し休もうと思ってな。本を持って三階に行こうと思うんだが、一緒に来るか?」

 という訳でリウムちゃんも誘うと、彼女はしばし無言でじっと俺の顔を見た後、コクンと小さく頷いた。

 ふと目に止まった数冊の本を手に取り、リウムちゃんの重そうな本も預かって、手をつないで三階へと上がる。

 そして部屋一面の巨大ベッドに寝転がって本を読み始めると、リウムちゃんは隣に寄り添ってきて図鑑を読み始める。

 俺は俺で別の本を読んでいるが、リウムちゃんは何も言わずにただ側にいて、時折自分はここにいると主張するように身体をすり寄せてくる。なんというか、子猫みたいだ。

 一つの本を読んでいる訳ではなく交わす言葉も無いが、それでも一緒の時間を過ごす。彼女はこんな静かで穏やかな時間を好んでいた。

 そんな和みの時間を楽しみながら読む本は、リウムちゃんの図鑑と比べると薄く、小さい。ハデスで手に入れた当時の闇の女神信仰について書かれた本だ。

 実は白蘭商会に来てから気になっていた事が一つある。それは『魔犬』を始めとする魔将達が、誰も闇の女神を信仰していない事だ。

 ラクティに対して一定の敬意は払っていると思うが、信仰はしていない。その事は彼女も感じ取っているようだ。

 女神の力は、人々に信仰される力だ。今もハデスの末裔、あるいは魔将達を始めとする当時の人達がある程度生き残っているにも拘らず力が失われており、今の彼女はそれこそ小さな子供程度の力しかない。

 その事が気になっていたところで目に止まったのが、持ってきた数冊の内の一冊だ。当時の闇の女神信仰について書かれている本である。

「リウムちゃん、ちょっといいかな? こういう本なんだが、他の女神信仰にもある?」

「……どういう本?」

 そう言ってリウムちゃんは、俺の持つ本を覗き込む。そのままパラパラ数ページ読み、そして怪訝そうな顔をした。

「こんなの見た事が無い……闇の女神信仰独特のもの……?」

 やっぱり無いのか。この……『観光ガイド』みたいな本は。

 そう、この本は最初こそ礼拝の作法などについて書かれた教本のように見えるが、読み進めていくと神殿の見所や、神殿周辺のオススメの店などが紹介されているのだ。

 キンギョが潜んでいた池のあった中庭も、当時はそれを目当てに神殿を訪れる人もいるような立派な庭園であったとこの本には書かれている。

「これだと信仰の総本山というより、観光名所だな」

「他の女神信仰では、考えられない……」

 リウムちゃんに聞いても、流石に他の女神信仰ではこういう扱いはしないとの事だ。

 でも納得できなくもないんだよな、観光地扱いは。日本でもそうだったし。

 やはり魔王達が関わっているのだろうか、これ。

 この件は、闇の女神信仰についてと一緒に魔王に聞いてみる事にしよう。ちょっとデリケートな問題なので食事の後、ラクティがいない場所で。

 リウムちゃんがこの本に興味を抱いたようなので手渡し、俺は別の本を読む事にする。こちらもハデスから持ち帰ったものだ。

「……こっちはハデス城案内か」

 当時の魔王達は、観光に力を入れていたらしい。



 その日の夕食会は、滞りなく済んだ。

 大地の神殿長に味噌汁を出した時みたいな事が無いかと心配だったが、コスモスが意外と味噌汁好きだったようで、彼が率先して食べておかわりする事で、王女達も最初は不安そうな顔をしていたものの特に問題は無く食べてもらう事ができた。

「懐かしいねぇ、味噌汁。海苔もいいけど、僕はこう、もっと具だくさんなのが好きだなぁ。たとえばトマトとか」

「……なんだそれは?」

「おや、知らないのかい?」

 コスモスと魔王が好みの具で盛り上がり、妙に意気投合してしまったのは余談である。

 当時はおそらく無かったであろう食材の数々に、魔王は興味を持ったらしい。

 王女達が信じられないものを見るような顔になっていたのは言うまでもない。

 まぁ、仲良くなったみたいなので問題は無いと思わなくもない。王女達は胃が痛いかも知れないが、魔王と戦う可能性が更に減ったという事で納得してもらおう。

 ちなみに今日のメインの具は生海苔に近い、アレスでは結構有り触れたものだ。すぐに手に入るもので味噌汁に合いそうなのを選んだらしい。

 それもあってかトマトの味噌汁がいかに美味しいか語られた魔王は、明日はトマトの味噌汁をと要望してきた。確かにトマトはこの世界にも同じようなものがあったはずだが。

 もしかして毎日食べに来るつもりなのだろうか、この魔王。とりあえず「アレスにあるかどうか分からない」と答えておいたが。


 その後、『魔犬』を通じて魔王と会う時間を作ってもらった。

 魔王が封印されていた間の事も聞きたいので、『白面鬼』と『炎の魔神』も同席してもらう。『魔犬』は商会の仕事があるとの事で帰ってしまった。

 こちらはクレナと春乃さんに同席してもらい、二階の広間で話を聞く。

 互いに三人ずつが向かい合って座るのだがあちらは魔王がとぐろを巻き、両隣に『白面鬼』と『炎の魔神』が座っている。二人が傍目には貴婦人と商人、一般人にしか見えないため、妙にちぐはぐに見える。

 しかし、妙に空気が張り詰めている気がする。

 原因はおそらく魔王と『炎の魔神』だろう。この二人は不仲という訳ではなさそうなのだが、どうにも近くにいると緊張感が生まれている。

 もしかしたら『魔犬』は、この空気を嫌がって逃げたのかも知れない。

 慣れているのか『白面鬼』はスルーの構えだ。きっと昔からこの二人はこういう関係なのだろう。これは気にせず話を進めた方が良さそうだ。

 という訳で三人、主に『白面鬼』に闇の女神信仰について尋ねてみた。

 すると彼女は歯切れを悪くしながら答える。

「その……地元の宗教勢力に配慮しなければいけませんので……」

「……アレスを拠点にするために、大地の女神信仰に改宗したって事ですか?」

 彼女は神妙な面持ちでうなずいた。

「神殿も神官も失われた状態で信仰を維持するのも、現実的ではありませんでしたので」

「神官がいなくなっていたのか? 一人も?」

「彼等はあの時、神殿に残りましたので……」

「キンギョは逃げてたよな?」

 確かあいつが、当時の闇の神殿長だよな。あいつの場合、闇の女神より自分の方が偉いとか思っていそうではあるが。

 神殿長はアレだが、その下の神官は信仰心篤い人達だったのだろう。

 なるほど、神殿関係者が皆ハデスの闇の神殿と運命を共にしてしまったら、闇の女神信仰を守る人がいなくなってしまう。『白面鬼』の言う通り、その状況では大地の女神信仰に鞍替えするのもやむ無しである。

「……いや、そんな簡単に切り替えられるものじゃないでしょ?」

 ここで躊躇しつつもツっこみを入れてくるのはクレナ。

 そういえば純粋なこの世界の人は彼女だけか。信じられないと言いたげな彼女の反応こそが、この世界の常識なのだろう。

 でも、俺は理解できなくもないんだよな。クリスマスにパーティーをした一週間後ぐらいに初詣に行くのと似たようなものだろうし。

 それに確か生前の魔王達は、宗教勢力と激戦を繰り広げていたはず。信仰に対する考え方は俺達現代人とも違うだろうが、だからといって敬虔という訳でも無さそうだ。

 という訳でこんな事もあろうかと持ってきていた先程の神殿観光案内を、パラパラとめくりながらクレナに見せてみる。

「何これ……えっ? いいの、これ?」

「ああ、懐かしいですねぇ。それは神殿を訪れる人を増やすために、魔王様の命で作ったのですよ」

 『白面鬼』も覗き込んできて、懐かしそうに目を細めた。やっぱり魔王が主導していたのか、この観光案内。

 呆れ顔のクレナをよそに、今度は春乃さんが観光案内を読み始める。

「神殿周りの店が儲けられるようにというか、税金収入を増やすためですよね?」

「神殿を訪れる者が増えるという事は、寄進が増えるという事だ」

「そう言って神殿を説得したんですね」

 目を上げた春乃さんのツっこみに、魔王は沈黙したままだった。

 否定はしない、か。やはり彼にとって闇の女神信仰というか神殿は、その程度の「利用できる対象」という事なのだろう。

「まぁ、信仰なんてものは必要に応じて切り替えるものですよね」

 そう言って『炎の魔神』が懐から取り出したのは、闇、光、炎、大地、それぞれの女神のシンボルだった。

 そういえばこいつ、光の神殿にも出入りしていたな。光の信徒でもあったのか。

「流石に風と水の女神は信仰してませんね。神殿に行く機会がありませんから」

「そこまで節操無いのはどうなんだ」

「信心深い人は面倒臭いですよねぇ。入信してちょっと寄進するだけで商売がやりやすくなるというのに」

 そう言って笑う『炎の魔神』。クレナを見ると、あごが落ちそうになっていた。

「闇の女神のシンボルも、この通り捨てずに持ってますからねぇ。もしかしたら今では私が一番の闇の信徒かも知れませんよ」

 更に大きな声で笑う『炎の魔神』。なるほど、ラクティの力が戻らない訳だ。

「ん……?」

 ここでふと、俺はある事を思い出した。

 コスモスからもらったおみやげの中身、不死身の百戦百敗将軍『不死鳥』。

 闇の『勇者召喚』で雪菜を転生させてくれた、ある意味での恩人。

 でも確か『勇者召喚』って、神官魔法の一種だったよな。しかもかなり高レベルの。

「あの、もしかして……『不死鳥』って、闇の神官ですか?」

「ん? ああ、魔将をクビにした後、神殿に放り込んだな。その後神官になったかどうかは分からんが」

 なるほど魔将をクビにした後の謹慎場所として神殿を選んだのか。

 というかもしかして、キンギョ亡き今、本当の闇の信徒トップは『不死鳥』なのではないだろうか。

 改めて目の前にいる自称トップを見て、自分の考えを否定する要素が全く無い事に気付き、俺は軽く目眩を覚えるのだった。

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