第13話 ルリトラ特急
準備を終えた俺達は、いよいよ後は旅立つだけとなる。
その前に俺と春乃さんは、皆のいない場所で二人見詰め合っていた。
旅立てばしばらく会う事は出来ない。別れを惜しむ逢瀬である。
「春乃さん……」
「冬夜君……」
もう、何と言うか、言葉はいらない。
見詰め合い、名前を呼び合うだけでも嬉しい。心が躍るのだ。
元の世界にいた頃は、どちらかと言うと恋愛関係については醒めていると自分でも思っていたのだが、単に縁が無く自覚する機会がなかっただけらしい。
俺は結構独占欲が強い方の様だ。今、春乃さんを誰にも渡したくないと思っている。出来る事ならばこのまま一緒に旅立ちたいとも思う。
だが、それは誰かに頼り切りにならない様に強くなりたいという彼女自身の望みを否定する事になる。それだけはしたくなかった。
だから俺は強くなる。この世界で偉くなる。
春乃さんもきっと強くなるだろう。俺はそんな彼女も守れる様に強く、偉くなるのだ。
そして堂々と胸を張って春乃さんと混浴するのである。
魔王は怖い。しかし、これは逃げるための旅立ちではない。俺自身の目的を果たすための旅立ちである。
そう、春乃さん、セーラさん、リウムちゃん。皆一緒に混浴するのだ。
「……また、えっちな目になってますよ」
いつの間にか春乃さんがたしなめる様な目で俺を見詰めていた。
「ああ、混浴する事考えてた」
対する俺は、堂々と胸を張って答えた。必ずやってみせると言う強い意志を込めて。
「惚れた弱みって、こう言う事を言うんでしょうね」
「それを言ったら俺もだ。本音を言えばこのまま離れずに一緒に旅立ちたいんだから」
そんな俺に春乃さんは輝く様な笑みを見せてくれた。その笑顔に愛しさがこみ上げてきて、俺は思わず彼女の身体を力一杯抱き締めてしまう。
春乃さんは一瞬肩を震わせて驚いた様子だったが、すぐに俺の背に手を回して互いに抱き締め合う形となった。
別れが惜しいが、このままだと本当に離れられなくなってしまいそうだ。
最後に俺は唇で春乃さんの顔を覚えてしまうんじゃないかと言う勢いで唇以外にも何度も何度もキスをする。
途中から春乃さんの方からもキスをしてくる様になり、俺達はしゃにむにキスをして互いの想いを確かめ合った。
その時、セーラさんとリウムちゃんが迎えに来た。
俺達がいる場所は人目に付かない場所とは言え、部屋の中と言う訳ではないので近付いて来るとすぐに見付かってしまう。
「ハルノ様、トウヤ様、そろそろお時間……まぁ」
セーラさんが俺達の姿を見て頬を染めた。リウムちゃんはあまり表情は変わらないが、真っ直ぐに俺達の方を見ている。
二人の姿に気付いた俺達は最後に唇を重ね合わせ、そして名残を惜しむ様にゆっくりと身体を離した。
春乃さんは照れ臭そうに笑いながら、顔を真っ赤にしているセーラさんに声を掛ける。
「えっと……すいません、お見苦しいものを」
「いえいえ、結構なものを……じゃありません!」
「そうだ。春乃さんが見苦しいとかあるはずがない! それを言うなら俺の方だろ!」
「トウヤ様だって、真剣な表情をしている時は凛々しくて私も……ってこれも違いますっ!」
セーラさんは混乱している様だ。
「はい、セーラさん。落ち着いて、深呼吸」
「すーっ、はーっ」
セーラさんは俺に言われるままに両手を広げ胸を反らして大きく息を吸い、そして吐く。
こう言う動きをすると、胸を反らした時に普段はゆったりとしたローブに隠された胸がローブを押し上げて、その形がハッキリと分かってしまう。眼福である。
隣の春乃さんが、自分の胸を手で隠しながらジト目で俺の事を見ていた。
春乃さんとセーラさんの二人は大きな胸を隠す様な出で立ちをしている。
しかし最近になって気付いた。春乃さんは意図的に見せない様にしている「隠し巨乳」なのに対し、セーラさんは天然で見えなくなっている「隠れ巨乳」なのではないかと。
そのためセーラさんの方は、時折この様に隙を見せてくれるのだ。
「落ち着いたか?」
「はい、失礼しました……」
ようやく落ち着いたセーラさんは俺の顔をじっと見詰めてきた。
「んー……」
「どうかしたか?」
何やら考え事をしているセーラさんに、俺は首を傾げながら声を掛ける。
すると彼女は軽く手を叩き、俺に抱き着いて来た。
「ハルノ様みたいには出来ませんけど」
そう言ってセーラさんは、俺の右頬にキスをする。
春乃さんのストレートな黒髪とは異なる、軽くウェーブした金色の髪が俺の頬を軽やかにくずぐり、包まれる様な錯覚を覚えた。
顔を離したセーラさんは俺に向かって微笑んで、今度は自分の右頬を俺に見せる。お返しをしろと言う事なのだろうか。戸惑いながらも俺も彼女の右頬にキスをした。
「この世界じゃ、こう言う挨拶が普通なのか?」
「え? しませんよ、こんな事。ハルノ様がちょっと羨ましいな~って思って」
「そ、そうか……」
「私もいずれ混浴する訳ですし、私もトウヤ様の事を信じていますから」
にこにこと邪気の感じられない笑顔で言うセーラさん。
少し天然が入っている様な気もするが、なんだかんだと言って俺の事を信頼し、慕ってくれているのだろうと前向きに解釈しておく。
次にリウムちゃんが俺の上着の裾を引っ張ってきた。
そちらの方に視線を向けてみると、リウムちゃんは小さく「しゃがんで」と言ってくる。
彼女の意図を察した俺は、彼女に合わせて中腰になり、左頬を彼女の方に向けた。
しばらく躊躇していたリウムちゃんだったが、やがて心を決めたのか目を瞑って俺の頬にキスをしてきた。セーラさんとは異なる長々としたキスだ。
そして顔を離したリウムちゃんは、恥ずかしそうにもじもじしている。自分から頬を俺に向ける事が出来ないらしい。
そこで俺はリウムちゃんの左頬、右頬、額の順にキスをし、最後に彼女の小さな身体を抱き締めて頭を撫でてやった。目を白黒させて驚いているリウムちゃんが実に可愛らしい。
「リウムちゃんも気を付けてな。春乃さんとセーラさんと仲良くするんだぞ」
密着させていた身体を離し、リウムちゃんの目を見てそう話し掛けると、彼女は顔を真っ赤にしたまま何度もこくこくと頷いていた。
そんな俺に対し、春乃さんが少し呆れた顔で尋ねてくる。
「……冬夜君って、元の世界じゃ結構モテてました?」
「いや、さっぱり。キスも春乃さんが初めてだったし」
まぁ、調子に乗っていると言うか、許されていると言う事で大胆になり、元の世界では出来なかった事をやっていると言う自覚はある。
「あ、あの、私も初めてでした! その、もう一回!」
二人に刺激されたのか、やきもちを焼いたのか、俺と春乃さんは最後にもう一度深く口付けを交わしてから春乃さんを待つ巡礼団の下へと向かった。
俺達が巡礼団の下に戻ると、顔を真っ赤にした面々が出迎えてくれた。中にはキラキラした尊敬の眼差しで俺達を見ている者もいる。
そんな中、ルリトラは一人居心地が悪そうにしていた。忘れていた訳じゃないのだが、先程までの場に彼がいてもちょっと困る。
「それでは私達はこれからアテナ・ポリスに向かいます」
「春乃さん、気を付けて」
「はい、冬夜君こそ」
「大丈夫、私の故郷。私が案内する」
俺と春乃さんが話していると、リウムちゃんが割り込んで来た。
どこか得意気な様子が子供らしく、そして愛らしい。
「うん、頼むぞリウムちゃん」
俺が頭を撫でてやると、彼女は満足気に小さく笑みを浮かべていた。
神殿を出ると俺はルリトラと二人で南門から、春乃さんは巡礼団を引き連れて西門からこの聖王都ユピテル・ポリスを旅立つ事になっている。
ここの神殿の神官長には世話になったが、『聖王の勇者』として認められなかった俺達だ。今後はあまり近付かない方が良いだろう。
名残惜しいが、いつまでも旅立たなければ俺達の目的は果たされない。俺は姿勢を正し、神殿の入り口の前に立った。
「冬夜君、顔がゆるんでますよ」
「おっと」
春乃さんが俺の頬をつつきながら注意してくれたので、俺は努めて表情をキリッとしたものにする。
「ハルノも……」
「えっ、そ、そう!? セーラさん、キスマーク付いてないよね?」
「大丈夫ですよ~」
かく言う春乃さんの頬も緩んでいた。
きりっと凛々しい表情になった春乃さんには馬が用意されていた。
そんな簡単に乗れるものなのかと疑問に思ったが、春乃さん曰く「趣味だったんです」との事。こちらの世界に来る前から乗馬をしていたらしい。流石お嬢様である。
彼女は『光の女神巡礼団』を連れてパレードをしながら聖王都を出るらしい。
それだけ目立てば否応なしに知名度も上がり、何か企む貴族がいたとしても下手に手出しは出来なくなるだろう。
ユピテル・ポリスが属する『オリュンポス連合』は、都市国家の連合であり各国は独立している。つまり、春乃さん達が国外まで行ってしまえばこっちのものと言う事だ。
ちなみに馬も『光の女神巡礼団』であるため、全て牝馬で統一されているらしい。徹底した話である。
この世界では動物も人間と同じ様に加護の力を持っているので、その関係で牝馬でなければ巡礼団に加わる事が出来ないそうだ。
『光の女神巡礼団』は、女神の化身。俺はそう言う名目で活動しているだけだと思っていたが、ここ数日巡礼団の面々と話して実態は異なる事が分かって来ていた。
俺はあまり宗教に熱心な方では無いのでピンとこないだけかも知れないが、この世界の人々にとって「光の女神」の存在は疑う余地の無いものらしい。
俺達に祝福を授けたり、この世界の人にとっても魔法を発動させるための力となるなど、目には見えないが確かに存在している大いなる力なのだ。
そもそも、レベルもステータスも全て神の加護の力である。
そんな神の存在を身近に感じられる世界に生きる彼等にとって、「女神の化身」の存在は俺が想像している以上に畏れ多い存在なのだろう。
要するに何が言いたいかと言うと、そんな巡礼団を護衛に付けて旅立つ春乃さんは安全であり、俺は安心と言う事である。
春乃さんを先頭に左右に騎乗したセーラさんとルビアが並び、その後ろに六騎の神殿騎士、神官、荷馬、最後尾に徒歩の神殿騎士が続く。
リウムちゃんは馬に乗れないらしく、セーラさんに抱かれて一緒に騎乗している。
まず春乃さん達が出ると神殿の前に集まっていた人達からわっと歓声が上がった。すごい人気である。
続いて出るのは俺達だ。
「トウヤ様、お乗り下さい」
「おう」
俺が乗り込んだのは人力車。街中においては馬車よりも普及している乗り物だ。
徒歩で馬車に軽々と付いて来るルリトラ。彼に人力車を曳かせれば馬よりもスピードが出るのではないかと考えたのだ。
大人数では人力車には乗れない。二人で旅立つからこそ出来る荒業。
人力車と言うのは本来街の中でしか使われない物なのだが、一応所々補強はしてもらっているので、ひとまずユピテル・ポリスから離れるだけならば何とかなると俺は判断した。
車体はお椀を斜めにした様な形をしており、まず荷物を積み込んで、その上に毛皮を敷いて座る様になっている。
そのため椅子の様な形になる様に、座る部分は多少でもクッションになる物をと積み方の方も工夫した。
春乃さん達ほどではないが、俺達の方にも人が集まってきた。
俺はルリトラの故郷がある南の荒野へ向かうので南門から。春乃さん達はアテナ・ポリス方面に向かうため西門からの出発となる。
胴鎧のブリガンダインに腕を守るヴァンブレイス、そして手首を守る小手のガントレットと足を守るグリーブ。オープンヘルムも被る。
ブロードアックスと大きめのラウンドシールドはいつでも手に取れる様に毛皮の上に置いて脇に寄せてある。二本のダガーは腰の両側に差しておいた。
そしてその上から俺はサーコートを羽織った。金属鎧は太陽の光で熱せられてしまうため、それを防ぐための装備だ。
これで完全装備。準備完了である。
そして俺と春乃さんは互いに手を振り合って、それぞれの目的に向けて旅立った。
ユピテル・ポリスの外壁を抜けると、一面に広大な草原が広がっていた。ずっと向こうには山が見える。山と草原の間に広がる濃い緑は森だろうか。
いよいよ冒険の旅の始まりだ。先が見えない砂利道は俺の心を否応無しにわくわくさせる。
この先に俺の目指す混浴がある。いや、混浴が常に側に開く扉の向こうにある事は分かっている。気分の問題だ。
俺の様子に気付いたのか、人力車を引くルリトラが振り返って声を掛けて来た。
「どうされましたか?」
「いや、俺が住んでた街はユピテルよりデカくてごみごみした街でな。こう言う自然はなかなか見る事が出来ないんだよ」
「なるほど……では、ゆっくりと景色を楽しみながら参りますか?」
ルリトラの提案は、正直心が揺れた。景色を楽しむだけでなく、自分の足で大地を踏みしめて歩いてみたい。しかし今やるべき事は他にある。
「ルリトラ、追っ手はいると思うか?」
「こちらを監視している者はいた様ですが、今はほとんど離れて行っており、残っているのは数名ですな」
俺が真剣な顔になって問い掛けると、ルリトラは朱色の目を細めて答えた。
おそらく俺達に仲間入りを断られ、『聖王の勇者』とも縁を結べなかった貴族達が、俺達にちょっかいを掛けられないか確認するために手の者を放っていたのだろう。
今俺達から離れているのは、一部を残して雇い主に報告しに行ったのだと思われる。
「ルリトラ、多少揺れても構わんから突っ走れ。人が減ってる内に一気に突き放すんだ」
「よろしいのですか? かなり揺れると思いますが」
「これでも乗り物酔いには強い方なんだ、その程度で安全が確保出来るなら安いもんだろ?」
そこまで言って、俺は更に一言追加する。
「ああ、痕跡が残るのは気にしなくて良いぞ。全く追跡出来なくなって春乃さん達の方に行く大間抜けな連中が現れたら困るからな」
追跡可能だが、なかなか追い付けない。これが理想だ。
ルリトラの故郷は調べれば分かる事なのでそこまで深く考える必要は無いかも知れないが、念のためである。
ルリトラにもそれが伝わったらしい。彼の目も力が宿った。
「承知しました!」
そして俺達は一陣の風となった。
「あ、ルリトラ。尻尾こっちにやってもいいぞ」
「も、申し訳ありません」
彼等リザードマンは、全速力で走る時は大きく前傾姿勢を取る様だ。いつか映画か何かで見た小型の肉食獣を思い出させる動きである。
巨漢のルリトラに曳かせると言う事で人力車も大きめの物を用意し、車夫が入るスペースも余裕を持たせたつもりだった。
しかし、前傾姿勢を取るとどうしても横に真っ直ぐ伸ばした尻尾が収まりきらない様だ。
俺は寝そべる体勢になって尻尾を避けると、どうせ景色を楽しむ余裕は無いのだからと、そのまままどろみに身を委ねるのだった。
残念ながら、乗心地はまどろみとは程遠いものだった。
昼食を食べる元気はなく、ルリトラも平気だと言うので、そのまま彼には夕方まで走り続けてもらった。
おかげで俺のダメージも大きいが、ユピテル・ポリスからは大きく離れる事が出来た。
ルリトラ曰く、自分が普通に旅をしていれば二日は掛かる距離を踏破出来たとの事。かなり張り切っていたらしい。
荷物をたくさん積んでいる分、車輪の跡はくっきりと残っているので、それでも追っ手も追跡する事は出来るはずだ。もし何か企む者がいたとしても、俺の方を狙うだろう。
現在俺達は山の麓に広がる森の手前にいた。街を出た時に見えたあの山だ。山と草原の間の緑はやはり森だったらしい。
つまりルリトラは一日であの距離を踏破した事になる。恐ろしい健脚だ。
「まったく……頼もしいな、お前は」
「恐縮です」
胃の中の物を全てリバースした俺が口元を拭いながらそう言うと、ルリトラは恭しく頭を下げた。
俺自身『無限バスルーム』が戦闘向けではない事もあり、決して強い方ではない。
にもかかわらず春乃さん達の安全ばかり確保して、こちらが囮になっているのは、言うまでもなく彼女が好き、大好き、いや愛しているからだ。
ほらそこ、石を投げない。分かっている、身の程知らずだと言う事は。確かに俺の実力では囮になったところで役には立たないだろう。
だが、ルリトラは違う。
この世界ではレベル10以下は素人、15を超えた辺りで一人前、20を超えると一流の仲間入りだと言われている。
この世界で強いと言われる者達は、そのほとんどがレベル20台で、30を超える者は英雄クラスだとされていた。
そして40を超える者は伝説、50に到達する者は神話の中の存在だ。
当然レベルの高さに反比例して、そこまで到達出来る者は加速度的に減って行く。
ルリトラのレベルは29。つまり一流と呼ばれる中でもトップクラスであり、英雄クラス一歩手前のレベルである。
そして彼がレベルだけでなくステータスも高い事を俺は知っていた。
事実ルリトラは彼の部族であるトラノオ族の中でも最も強い戦士であり、一番強いから一番高く売れるであろうと言う理由でレイバーになるためにユピテル・ポリスに来たらしい。
そう、ルリトラがいれば大抵の敵は撃退出来る。なんと言う「虎の威を借る狐」だろうか。
俺の方はと言うと、春乃さんにも少し話したが『無限バスルーム』に籠もってしまえばこちらの世界からは干渉出来なくなるのだ。
これが、俺が自ら囮を買って出た理由である。
ちなみに、レベル50を超える事が出来ると言うのが光の女神の祝福を受けている俺達だ。
俺は『無限バスルーム』などと言う戦闘に使えないギフトに目覚めたが、そんな事は関係ないのだろう。そもそも彼等はギフトの内容を知らないのだから。
にもかかわらず彼等が俺達『異世界の勇者』に期待するのを止めなかったのは、この辺りのレベルの限界に関する事情があるからなのだろう。
今は足手まといの俺だが、いつまでもそのままでいるつもりはない。
春乃さん達との混浴を実現するためにも、もっともっと強くならればならないのだ。
それはさておき、夕食は早めに食べなければならない生野菜と豆、それにベーコンの様な燻製肉を一緒に煮込んだスープと、焼いたソーセージ、そしてパンだ。
「ベーコンの様な燻製肉」と言うのは、豚肉ではなくレッサーボアと言うイノシシ型のモンスターの肉を使った燻製肉だ。
見た目はベーコンそのものなので、そのままベーコンと呼ぶ事にする。
食欲はないのだが、空腹には勝てず、俺は掻き込むようにして夕食を食べた。ちなみに今日使ったベーコンの半分以上はルリトラのお腹の中である。
「そう言えばルリトラ。お前の故郷まで何日ぐらい掛かるんだ?」
「そうですね、山を越えるのに一日。越えてから二日と言ったところでしょうか。ああ、今日のスピードならばそちらは一日に短縮出来ます」
「……短縮して行くぞ」
「今日みたいに揺れると思いますが」
「二日耐えるか一日耐えるかの違いだ。耐えるのは一日だけでいい」
俺を心配するルリトラの問い掛けに、俺は引き攣った笑みで答えた。
あの揺れに耐える事でVITかMENが成長すれば良いなと益体もない事を考えながら。




