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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
誘惑の洞窟温泉
138/206

第129話 味噌の饗宴

 それからも料理を続けていると、春乃さんがふとこんな疑問を口にした。

「星切をもらってしまってよかったんでしょうか?」

「えっ、あれ何か特別な刀なの?」

「あれは……」

 春乃さんの説明によると『星切』は、生前の『闇の王子』が家督を継いだ際に魔王から授かった刀らしい。

 この説明を聞き、思わずクレナも口を挟んでくる。

「……ちょっと待って、それは後継者の証って事?」

「そういう意味合いはあるかと」

「つまり息子の『闇の王子』ではなく、孫娘のクレナを後継者として指名するような意味もあったのか?」

「いえ、褒美をもらったのは冬夜君なので……」

「俺が後継者……とか言わないよな?」

「そこまでは言いませんけど、一族として認めるくらいは考えてそうですね」

「それもどうなんだろうなぁ……」

「こう言ってはなんですが、封印されていた自分を無視して新魔王になると言い出していた息子と、封印を解ける人を連れてきた孫娘。親の立場でどちらを選ぶかといえば……」

「それは、まぁ、そうかもしれないけど……」

 反論の余地がないな、それは。

 むしろ『闇の王子』も、新魔王を名乗るなら『星切』を持っていけば良かったのに。

 父親とは別の道を歩む決意表明みたいな意味があったのかもしれないが。

「ああ、ひとつ聞いておきたいんだが……クレナは『闇の王子』をどうしたいんだ?」

「どう……って?」

「和解したいのか? 放っておきたいのか?」

「ママとの話が済まない事にはなんともねぇ……」

 母親が『闇の王子』を許すかどうか次第なのか。元々はそちらの問題なのだし、妥当なところだろうか。

 しかし、それでは現時点ではなんともいえないな。

「じゃあ、魔王と『闇の王子』には和解して欲しいか?」

「…………迷うところね」

 こっちは迷うのか。魔王に対する態度を、まだ決めかねているのかもしれない。俺から見ても予想外な魔王だったので仕方がないだろう。

 これが「さぁ、世界征服だ!」とか言い出す魔王だったら、どうにかしてソトバの剣を叩き込む事だけを考えればいいので迷う事は無いのだが。

 しかし現実の魔王は、商売の世界で天下を取るとか言い出した。そのためこちらもおもてなしするという対応を取っている。

 この先どうするかについて考えるのを丸投げする気は無いが、やはりクレナの意見が最優先だろう。

 彼女も迷っているようだし、ひとまず今は関係を悪化させないように精一杯おもてなしする事にしよう。

「今は果断に動く時……じゃないよな?」

 ただ、魔王の言葉が気になった。これは先送りにしていいのだろうか。後の問題にならないだろうか。俺はそんなに考え過ぎだろうか。

 そんな事を考えていると、春乃さんが俺の肩を叩いて話しかけてくる。

「魔王の言葉が間違っていたとは言いませんが、気にし過ぎる事はないと思いますよ。性格によるところが大きいでしょうし、どちらも一長一短だと思いますから」

「そういうものかな?」

「果断に動くのも、場合によっては『短気は損気』です」

「な、なるほど……」

「そういう方法もあると覚えておけばいいんじゃないですか?」

 つまりは臨機応変に、必要な時には果断に動くといったところか。簡単な話ではないが覚えておくとしよう。



 風呂から上がった魔王達は、ルリトラに案内されて外郭の広い部屋――宴会場へと移動していた。ここは内外の庭に面した壁が障子になっており、取り外すと開放感がある。

 魔王に毒味はするかと確認したところ「効かん」という予想外ながらも納得できる返答だったので、今回は春乃さんの提案で庭でバーベキューをしながら食事を楽しんでもらう事になっている。

 事前に怒られはしないかと『魔犬』に確認もしているが、魔王は変わった趣向の方が喜ぶとの事。ただ味は濃い目でとだけ言われ、何故か春乃さんがうんうんと頷いていた。

 どうも生前の魔王には、濃い味を好んだというエピソードが残っているらしい。そんな話まで語り継がれるなんて、歴史に名を残すというのも大変だな。

 お膳を運んで行くと、宴会場には三対の腕を全て組んで庭のバーベキューセットを興味深げに見つめる魔王の後ろ姿があった。浴衣は腕が袖を通らなかったようで、上半身をはだけさせて腰に巻き、半纏を羽織っている。

「小娘、あれは何だ?」

「えっ、私? バーベキューセットですけど」

「フム……あの網で何を焼くのだ?」

「色んなもの、かな?」

 一足先にお茶を持ってこちらに来ていた雪菜に、矢継ぎ早に質問している。

 雪菜の方は魔王がそう危険ではないと判断したのか、物怖じせずに対応している。

 下手な事を言って怒らせてもまずいので、手早く配膳をしている。

 今回はお客様という事で上座に魔王、その両隣には『魔犬』と『白面鬼』が座る。『炎の魔神』は『白面鬼』の隣だ。監視しているようで、彼女の視線は鋭い。

 キュクロプスのお母さん達は魔王が少し怖いという事で庭側にいるが、子供達は余り気にせずバーベキューの方が楽しみのようだ。

 同じ宴会場に腰を下ろしているのはリウムちゃん、プラエちゃん、そしてリン。リンは単に料理するのが面倒臭いだけの可能性もある。

「変わった者達を連れているな」

 プラエちゃんと庭のキュクロプス達を一瞥して魔王が言う。

「港の方にもケトルトとグラウピスを待たせてますよ」

「ほぅ、ヘパイストスのケトルトか……」

 ケトルトに反応を示した魔王。そういえば当時、ハデスとヘパイストスは交流があったという話だったな。ケトルトにも会った事があるのだろう。

 さて肝心のメニューだが、『魔犬』と『白面鬼』は戸惑いの表情を浮かべている。

 無理もない。なにせ膳に並んでいるのは白米の大盛りご飯と味噌汁だけなのだから。

 一方『炎の魔神』はいつもの笑みだったが、その目はこちらの一挙手一投足を見逃すまいとしている。

 そして魔王は、バーベキューへの興味の方が強いようなので膳を見ていなかった。

 本命はここからだ。ルリトラが畳を傷つけないよう板の上に載せたバーベキューセットを持ってきて、魔王達三人の前に置く。

「こちらでどんどん焼いていきますので」

「ほう、目の前で調理し、焼きたてを食わせるのか」

 魔王の目が輝く。懐かしの味より、未知の料理か。よし、どんどん焼いていこう。鍋奉行ならぬバーベキュー奉行は俺である。

 飲み物については、お酒はほとんど残ってなかったため、白蘭商会のものを持ち込んでもらった。お酒が飲めない人はジュースだ。

 実はウチのパーティでお酒を飲むのはルリトラ、パルドー、シャコバだけだから、元々多くは積み込んでいなかったのだ。パルドーとシャコバは、作業を始めるとお酒どころかご飯も忘れがちだから余計に。

 そんな中旅の道連れになった酒好きが『魔犬』である。ルリトラと二人で毎晩のように晩酌していた。

 おかげでルリトラの酒のペースも上がり、その結果アレスに着くまでにほとんど飲み尽くしてしまったのだ。

 彼がウチに馴染んでいるのも半分位はそれが原因だろう。

 今も『魔犬』の隣には、バーベキューセットを運び終えたルリトラが座っている。二人は早速飲み始めていた。

 その一方で魔王は酒よりもジュースのようで、オレンジシュース、リンゴジュース、トマトジュース、そしてお茶が注がれたグラスを膳の上に並べている。

 特にリンゴジュースが気に入ったらしく、グラスを掲げては琥珀色のきらめきを楽しんでいるようだ。

 日本でリンゴの栽培が始まったのは、確か明治。生前の魔王が知らないのは当然だ。

 しかし、こちらの世界には似た果物があったはずだが……。隣で手伝ってくれているリウムちゃんに尋ねてみる。

「リウムちゃん、こっちの世界にはリンゴジュースって無いのか?」

「……あるけど、こっちのはもっと濁ってる」

 なるほど、透明感が違うのか。

 それから魔王は黙々と膳の料理を食べ始め、味噌汁を一口すすり、長い舌をチロチロと揺らすと、カッと金色の目を見開いた。

「……これは、誰が?」

 まずい、口に合わなかったか?

「それは、私が」

「味付けを教えたのは俺です」

 庭でバーベキューを焼いていたクレナが、手を止めて名乗り出る。

 これはクレナだけの責任ではないので、俺も手を挙げた。

「……そうか」

 しかし魔王はそれ以上は何も言わず、そのまま黙々と食べ続けた。

 どういう事なんだ、これは。『魔犬』……は酒が入って上機嫌なので『白面鬼』を手招きして尋ねる。

「大丈夫ですよ。お口に合わなければ、とうに膳をひっくり返してますから」

 つまり、美味しかったから誰が作ったのか聞いただけなのか。まったく心臓に悪い。

 この魔王、やっぱり誤解されやすいタイプだと思う。

 ふと見ると『炎の魔神』がそっぽを向いて肩を震わせていた。もしや笑いを堪えているのか。さてはこいつも分かっていたな、魔王のリアクションの意味を。

 それはともかく、味噌が気に入ったのなら、どんどん焼いていこう。水の釣り堀から新鮮な魚介を取ってきたので味噌焼きにしている。

 まず焼き上げた四皿分を、メイド服姿のラクティが魔王達の下へ届ける。

 彼女が闇の女神である事は既に伝わっているので『魔犬』と『白面鬼』は緊張した面持ちだが、魔王と『炎の魔神』は流石というか平然としていた。

 嫌がらせでやっている訳じゃないぞ、ロニは庭の方で忙しいだけで。

「ほぅ……!」

 再び魔王の表情が変わった。やはり黙々と箸を進めていく。

 気に入ってくれたようだ。よし、皆にも食べていってもらおう。

 キュクロプスの子供達は味噌よりも醤油味の方が好きらしく、庭の方はそちらを中心に焼いているようだ。焼け焦げる醤油の香りが鼻孔をくすぐる。

 この香りの誘惑には『魔犬』達も勝てないようで、こちらでも食べたいと言ってくる。早速醤油味を焼いていると、魔王がいつの間にか席を立って背後に回ってきていた。

 どうやら魔王はバーベキューセットに興味があるようで、頭の上から覗き込んでくる。

「小童、網の下で光っている赤い石は何だ?」

「火の石です。あちらの炎の祭壇の力で、俺のMPを使って熱くなるから、消費MPを調整すれば炭の代わりに使えます」

「バーベキューとは、お前達の世の料理か?」

「ええ、料理名というより調理方法の名前ですけど」

 ちなみに今焼いているのは、鶏肉の味噌焼きだ。

 味噌の焼きおにぎりは最後に取っている。

「あの新鮮な魚はどうやって手に入れた?」

「向こう側にある水の祭壇で。俺達は釣り堀と呼んでますけど」

 矢継ぎ早に質問してくるな。それだけ好奇心が強いという事か。

「……なんなのだ、お前のギフトは。勇者の力ではないのか?」

「それを目当てに召喚されたらしいですけどね。生活するには便利なんで助かってます」

「フム……」

 その後も色々と質問してきたが、内容は主に『無限バスルーム』の事だった。広い檜風呂が気に入ったようだ。次は奥のプールに入るとか言っている。

 その次は料理、他にどんな料理ができるのかと尋ねられる。更にクレナについても。なんだかんだで孫の事が気になるらしい。

 ただ、クレナの母親についても尋ねられても俺は詳しくないので、それについては本人と話してほしい。

 そう答えると、魔王は庭の春乃さんの方に行って同じように質問していた。クレナの方に行くんじゃないのか。

 野菜や調味料を手に質問しているところから見るに、料理の質問をしているだろう。

 その姿を横目に料理を続けていると、今度は庭にいたクレナが宴会場に上がってくる。

「ねえ、魔王と何の話をしていたの?」

 そしておずおずと魔王について尋ねてきた。お前もか。

 今回のタイトル、当初は「肉の饗宴」にしようかと思っていましたが、よくよく考えると肉はあまり出ていないので味噌にしました。

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