第128話 アマン・ナーガの野望 大志
魔王から褒美をもらった訳だが、このまま話を終わらせる訳にはいかない。ひとつ確認しておかなければならない事がある。
それは魔王が再びオリュンポス連合に牙をむくかどうかだ。
これまでの旅で五百年前の初代聖王と魔王の戦いは、単純な正義と悪の戦いでなかった事が分かってきている。
いうなれば五百年前の真相は、魔王本人にその気があったかどうかはともかくとして前半はハデスが仕掛けた経済戦争であり、後半はユピテルを中心にした連合を相手取ったハデスの防衛戦争だ。
最後はこれまた魔王本人にその気があったかどうかは分からないが、蔑ろにされたと感じていた闇の神殿が裏切り、大神官『仮面の神官』キンギョの手引きによって潜入した初代聖王一行によって魔王が封印されてハデスの敗北で終わった。
なんというか誤解されやすい人なのだろうか、魔王。
その戦いの余波というか、初代聖王のミスで闇の女神ラクティまでもが封印。ハデス全土が不毛の『空白地帯』となってしまった事を考えると、五百年前の戦いは誰も得をしなかった戦いだといえる。
まぁ、不毛な戦いであった事は当事者が一番分かっているだろうから、それについては触れないようにして話をしよう。
さて、どう聞くべきか。ここまでの魔王を思い出してみる。
といっても大した情報は無い。印象に残っているのは「果断に動くべき時というものがある」という言葉ぐらいだ。
考え過ぎるな、という事だろうな。まだるっこしい態度は好きじゃなさそうだ。
よし、ここはストレートに聞くとしよう。
「ひとつ確認しておきたいのですが……再びユピテルと戦う意思はありますか?」
「無論だ」
ストレートだ。こっちの質問もだが、向こうの返事はそれ以上だった。
ソトバの剣で再度封印するべきか。果たしてそれは可能なのか。この状況でどうすればいいのか、頭の中でいくつもの選択肢がぐるぐると回る。いや、ここは魔王の言葉通りだが果断に動くべきか。
光の『精霊召喚』で牽制しようとしたその時、魔王の裂けた口が次の言葉を紡ぐ。
「次は、もう少し上手くやらんとな」
……上手く? どういう事だ?
「あの、それはどういう意味でしょうか?」
出鼻をくじかれて咄嗟に動けなかった俺の代わりに、春乃さんが質問してくれた。
魔王はこちらを見てニヤリと笑ってから答える。さてはこちらが動くタイミングを見計らってカウンターを仕掛けてきたな。
「五百年前のわしに誤りがあったとすれば、それは周辺国の暴発を許してしまった事だ」
そっちか。「暴発させた」ではなく「暴発を許してしまった」、次は気付いた時には暴発しようにもできないような状態に持っていくつもりだろうか。
「こちらに来る前に一通りの状況を聞いたが……こやつらが上手くやってくれていた」
魔王は『白面鬼』の頭を撫でながら言う。その動きは大雑把で、『白面鬼』の頭がぐりんぐりんと揺れている。それでも嬉しそうに見えるのは、多分気のせいではないだろう。
「『白蘭商会』か……手広くやっておるわ」
ククク……と笑う魔王。この人、もしかして……。
「王に返り咲くより、商売の方が重要ですか?」
「白蘭商会が、アレス王家にいくら貸しているか……知りたいか?」
「いえ、いいです」
やっぱりだ。つまり、この人は……。
「表立って権力を示すより、裏から実権を握る方が良いという事ですね」
「春乃さん!?」
言っちゃったよ、ストレートに。
「分かっているではないか、娘よ」
そして魔王は笑っている。それはもう楽しそうに。
つまりは攻め方を変えるという事か。魔王というか「王」の立場は、この男にとってそれほど重要なものではないようだ。
「あ、もしかして、五百年前にハデスを攻めるように仕向けたのって……商人?」
「貴様も分かったようだな」
そういう事か。
魔王が周辺国を経済的に追い詰め過ぎた結果五百年前の戦いが起きたというが、当時のハデスと周辺国の関係は売る側と買う側であり、周辺国だって欲しいものを手に入れていたはずなのだ。
その状況で真っ先に追い詰められていっている事に気付いたのは、おそらく国から金が無くなっていく事を肌で感じていた商人達だろう。
もしもの話だが、商人達が気付くのがもう少し遅ければ、それこそ「暴発しようにもできない」状態になっていたんじゃないだろうか。
危機感を覚えた商人達が、王家に忠告するなりそそのかすなりした結果が五百年前の戦いだった。魔王はそう言っているのだ。
そして魔王がこれから目指そうとしている立場もまた、その商人達のような立場。経済面で力を持ち、いざという時は国も動かせる立場なのだろう。
国という枠を超えて手広く商売できるなら、俺達の世界でいうところの「世界的な大企業」みたいな存在になれるなら、それこそ一国の王をも凌ぐ実権を握れるかもしれない。
いや、今の白蘭商会には魔王と五大魔将が二人いるのだ。経済面だけでなく軍事面でも力を持った存在になるだろう。
そうなるともう、魔王以上の存在といってもいいんじゃないだろうか。
左右を見てみると、春乃さんだけが顔を青くしていた。クレナも、流石にここまでは理解できないようだ。
ラクティもロニも頑張ってみたものの、理解できなかったようでフリーズしている。
そんな事を思いつくこの魔王は一体何なんだ。
「やはり賢しい小僧よ」
驚きの表情から読まれたのか、魔王はそう言って笑った。
「男を見る目はあったようだな! 安心したぞ!」
「何言ってんのよ!?」
そしてクレナをからかった。
しかし、目覚めた魔王は再び戦いを起こす気は無いというが、魔王以上の存在になろうとしている。こうなると勇者としてはどう動けばいいのだろうか。
封印を解いた俺が言うのも何だが、「商人の世界で天下を取る」と言い出した魔王は、はたして魔王と呼んでいいのだろうか。
確かにこのまま放っておけば本当に世界を経済面から牛耳ってしまうかもしれないが。
「冬夜君は、どう思います?」
春乃さんが訝しげな顔を声を掛けてきた。
「財界の大物を倒すのって、勇者の仕事なんでしょうか?」
どうやら彼女も俺と同じ疑問を抱いたようだ。
「どっちかというと、2時間サスペンスで地元有力者の命を狙う犯人って感じがする」
「……なんとなく分かる気がします」
正当性があるかどうかは有力者の過去次第だが、少なくとも勇者ではないな。
これについては異世界人の俺達だけで考えても仕方がない。クレナに説明すれば理解してくれるだろうか。
気になるところだが、それは後にしよう。
ひとまず魔王の目的は分かったので、話し合いはひとまずここまでだ。
魔王は味噌やら風呂やらに興味があるようなので、今夜はおもてなしするとしよう。
「ならば、まずは風呂だ!」
「お供いたします!」
「拙者が案内いたすでござる!」
お供するのか『白面鬼』、あと『魔犬』も。
まぁ、使い方を説明する人が必要だし、それを『魔犬』に任せてしまおう。
「せっかくですから、私もお相伴に与らせていただきましょうか」
そして『炎の魔神』もいそいそとついて行った。
うん、放っておこう。流石に大浴場で暴れて壊しはしないだろう。多分。
というかルリトラは今でも風呂は苦手なんだが、魔王は大丈夫なんだろうか。
念のため『魔犬』には、風呂がダメならプールの方に連れていくように伝えておく。
その間に俺達は炎の女神キッチンで食事を用意する。
皆は味噌などの扱いに慣れていないので、俺と春乃さんが中心となって料理をする。
内側のドアにはルリトラが、庭につながる勝手口にはプラエちゃんが待機している。
デイジィも匂いにつられてやってきて、俺の頭の上に寝そべった。
その間の話題は当然のように魔王との話の内容になるのだが、やはり春乃さん以外は魔王の新しい目標について理解できなかった。
セーラさんは「ま、魔王が商人に……?」と鍋をかき混ぜながら首を傾げている。
クレナだけ「より巧妙な手段を取ろうとしている」というところまでは理解してくれたが、それを魔王と呼んでいいかは彼女にも分からなかった。
少し態度がぎこちないのが気になるが、今日は色々とあったから無理もない。今はそっとしておこう。
「俺、もうひとつ気になってる事があるんだ」
「なんですか?」
「魔王復活の神託ってなんだったんだろう?」
「それは……」
聖王家と光の神殿は、その予言を根拠に俺達を勇者召喚した。
エルフ達にも神託が下り聖王家に知らせに来たそうだが、タイミングから察するに聖王家とは別口だろう。もしかしたら、他にもこの神託が下った者がいるかもしれない。
では、その神託は具体的にどういうものだったのか。
「セーラさん、知ってますか?」
「ユピテルで神託が下ったのは、神殿長様と聖王陛下だったと聞いています。しかし、詳しい内容までは……」
詳細は分からない、か。
コスモスパーティのフランチェリス王女、それにエルフからの使者であったフォーリィなら何か知っているだろうか。少し、コスモスの到着が待ち遠しくなってしまった。
「あの……直接聞いたらどうですか?」
ここでラクティからの一言。
意味が分からず皆顔を見合わせるが、俺だけは分かった。そうか、その手があったか。
俺には夢の中で神託を下した本人、光の女神に直接尋ねるという手段があるのだ。
「も、もしかして、前に言っていた夢の……?」
セーラさんが頬をひくひくさせながら聞いてきた。光の神官として色々と言いたい気持ちは分からなくもないが、そんな顔しないでくれ。
とはいえ長々と話すのも悪いので、話題を変えるとしよう。
次に話すのは、これからの事についてだ。
「それはともかく、これからの事なんだが……ひとまず魔王と敵対するしないはともかくとして、魔王の下につく事は考えていない」
仮に魔王と敵対しないとして、魔王の部下になるかどうかは話が別なんだよな。
反応はそれぞれだが、皆一様にほっとした様子だ。特にセーラさんとサンドラが。
「今日はおもてなしするし、人に迷惑を掛けない範囲なら協力するのもいい。味噌が欲しいというのであれば売る。俺達はそういうスタンスでいいんじゃないかな?」
「白蘭商会の取引相手の一つといったところですね。私もそれでいいと思います」
春乃さんが真っ先に同意し、補足もしてくれた。
「私も賛成。魔王が何をする気かしばらく見ておく必要があるけど、立場は今のままの方がいいと思う」
クレナも賛成し、外で待機しているルリトラ達も含む他の面々も同意してくれた。セーラさん達も、この方針ならば問題は無いそうだ。
「ところでクレナ」
「何?」
「その、『魔王』って呼び方でいいのか? 一応、お爺さんな訳なんだが」
「……ちょっと待って。もう少し時間をちょうだい」
その件については、クレナも複雑なようだ。
俺がどうこう言う問題じゃないかもしれないが、とりあえずこれだけは言っておこう。
「クレナ、魔王の孫だって引くぐらいなら、ハデスで『闇の王子』の件を聞いた時点で引いてるからな? そういうのも全部ひっくるめて受け容れているんだから、それは忘れないでくれよ?」
そう言うとクレナは一瞬呆気にとられたような顔になり、次に真顔になって、ぷいっと視線をそらす。
「…………ありがと」
そして小さく呟いた。その横顔は耳まで真っ赤になっていた。
今回のタイトルの元ネタは、11月30日発売予定の新作『信長の野望 大志』です。




