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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
誘惑の洞窟温泉
135/206

第126話 世界一物騒な親子ゲンカ

 ぼんやりと青白い光に照らされた地下室で相対する父と子。魔王アマン・ナーガと『闇の王子』。魔王は無言で一対の腕だけを組み『闇の王子』を見据えているが、その背中から無言の威圧感を感じる。これが魔王の力か。

 というか、六本の腕の内、中段の一対を組んでも残り四本がフリーで残っている。上下段の四本は隙無く身構えているぞ。

 一方『闇の王子』は、クレナの存在に気を取られているようだ。兜で分かりにくいが、こちらに視線を感じる。

 隙だらけのように見えるが、『闇の王子』の隣で槍を構える『暗黒の巨人』が、その隙を突く事を許さない。それどころか隙あらば魔王に襲い掛かりそうな勢いだ。魔王の左右を固める『白面鬼』と『魔犬』がそれを許さないが。

 一触即発状態の父と子、そして少し離れたところに孫。孫を守るのは俺達兄妹であり、父と子もまた、父は妹に、子は兄にそれぞれ守られている。

「……『魔犬』、お前だけこの中で浮いてないか?」

「ヒドいでござるよ!? 拙者、魔王様との付き合いは一番長いのに!!」

 視線は『闇の王子』達に向けたまま抗議の声を上げる『魔犬』。浮いてるの一言だけでそこまで理解する辺り、自覚はあったのかもしれない。

「それを言ったらトウヤ殿達だって!」

「俺とクレナが他人だと?」

「ぐぬぬ……」

 そもそもクレナを他人だと思っていたら、ここに来るまでの『魔犬』の扱いはもっと捕虜らしいものになっていたと思うぞ。

 クレナはうずくまっている。流石にそちらを見る余裕は無いが、おそらく顔を真っ赤にしているだろうな。そして雪菜、こっそり脇腹をつねるな。痛くないけど。

「ほぅ……」

 魔王の縦に裂けた金色の瞳が、興味深げにこちらに向けられる。

 しかし、こちらも怯まない。これで怯むのなら、ここに来るまでにとうに怯んでいる。いざとなったら大地の『精霊召喚』で足止めして『無限バスルーム』に隠れるけど。

「なんだと……?」

 そして『闇の王子』も露骨に反応し、殺気をむき出しにしてこちらに顔を向けてきた。

「貴様、娘に何をした!?」

 そして床板を踏み砕くような足取りでこちらに近付いてくる。

 これはまずいと『精霊召喚』しようとしたその時――

「父親面する前に、ママに謝って来なさいッ!!」

――勢い良く立ち上がったクレナが渾身の力を込めて剣を投げつけた。

 鞘ごと投げたそれは見事兜に命中、けたたましい金属音が地下室に響き渡った。

 『闇の王子』はたたらをふむ。おそらく効いた、というより言葉の内容に意表を突かれたのだろう。

 この展開は流石に予想外だったようで、『魔犬』と『白面鬼』だけでなく槍を構えていた『暗黒の巨人』さえもが呆気に取られた顔になった。

「くくくっ……わっはっはっはっ! 吠えよるわ!」

 魔王にいたっては大笑いだ。下段の腕を腰に当てて胸をそらし、天井を仰ぎ見ながらの大爆笑だが、やはり上段の腕は警戒を緩めていない。なんかズルいぞ六本腕。

「クッ……退くぞ!」

 もはや戦う空気ではないと思ったのか、それとも娘の視線にいたたまれなくなったか、『闇の王子』がクレナの剣を拾い身を翻す。

「お、おう……」

 一拍遅れて『暗黒の巨人』もそれに続く。

「逃がさんぞ、愚兄!」

「甘ぇよ!」

 その背中に向けて『白面鬼』が攻撃を仕掛けるが、槍どころか虫を払うような腕の一振りで弾かれてしまった。

 魔王は特に追撃するつもりは無いらしく、『魔犬』も彼の側に控えているだけだ。

 俺も迂闊には追えず、『闇の王子』達はそのまま地下室から飛び出していってしまう。


 後に残されたのは俺達と、魔王達。

 まいったな、三つ巴の状態からお爺さんと孫の直接対決になったぞ。

 肩を震わせているクレナは、剣を持っていかれた状態では魔法も使えない。

 このまま戦うのは避けたい。しかし、ここは相手の出方を見るべきか。

 腕六本全てで臨戦態勢を取った魔王は、腹に響くような声で話しかけてきた。

「色々と考えているようだが……果断に動くべき時というものがあるぞ」

「……ッ!?」

 どこか面白がっていそうな声。しかし、それに寒気を感じた俺は、咄嗟に大地の『精霊召喚』で周りに筒状の壁を生み出した。

 魔力を凝縮し真っ黒になった土壁で視界を遮ったところで、『無限バスルーム』の扉を出現させる。

「ククク……時間稼ぎか?」

 向こう側から魔王の余裕綽々の声と、壁を殴りつける音が聞こえてくる。魔力を込めているのですぐには破られないだろうが、あまり長く保ちそうにない。

 声は出さず指で二人を促し、俺達は『無限バスルーム』の中に入って扉を閉める。

「ふーっ……」

 気が抜けて扉を背に座り込んでしまう。これでひとまずの安全は確保できた。

 魔王のあの一言のおかげで動けた。余裕を見せたつもりだろうか。

 真意は分からないが、ここでのんびりとはしていられない。ここは安全だが、春乃さん達はまだ町にいるのだ。

 隣を見ると雪菜はまだ余裕がありそうだが、クレナがへたり込んでいる。

「クレナ、動けるか?」

「……なんとかね。ちょっと気が抜けただけよ」

 そう言って笑うが、笑顔に力が無い。空元気だな。

 それでも今は動かねばならない。

「クレナ、もう少し頑張ってくれ」

「分かってるわ……どうするの?」

 戦いの準備だ。ソトバの剣は、玄関脇に飾ってある。あと『魔力喰い』が必要だ。

「……あの剣、投げない方が良かったんじゃないか?」

「し、仕方ないじゃない! なんか、あの時は持ってるのも嫌だったから……」

 哀れ、『闇の王子』。

 だが、そういう事ならば仕方がない。

「あの剣無しで、魔法は使えるのか?」

「ハデスで見つけた武器の中にあった、魔法の短剣があれば……」

「よし、それと『魔力喰い』を二の丸に運ぼう」

「えっ? お兄ちゃん、お風呂入るの?」

 二の丸は、大浴場がある建物である。

「違う違う、外の様子を窺いながら着るんだ」

「ああ、そういう……」

 戦う準備をするのは当然として、その後どう動くかを判断するためにも情報が必要だ。

 俺達はまず魔法の短剣を回収し、手分けして『魔力喰い』を担いで屋内露天へと移動。すぐに起動して外の光景を映し出す。目と鼻の先の光景なのでMPの消費も少ない。

 映し出された映像は、腕の一本で『魔犬』の胸ぐらを掴む魔王の姿だった。

「トウヤ、まずはブーツよ。足上げて」

「あ、ああ……」

 二人に手伝ってもらい『魔力喰い』を身に着けながら、彼等の動きを窺う。

 魔王がある方向を指差しながら『魔犬』に食らいつこうとしている。声は届かないためはっきりとは言えないが、おそらく怒鳴っているのではないだろうか。

 指差す先には粉々に砕かれた黒い壁。やはり保たなかったか。

 だが魔王も、壁の向こうにいるはずの俺達の姿が見えなくなっていたのだから、さぞかし驚いた事だろう。

 手をわたわたとさせながら説明しているらしい『魔犬』。おそらく『無限バスルーム』の情報を伝えているのだろう。

 扉を閉じると、次に開くのは同じ場所。一番大事な情報だが、この話を『魔犬』の前でした事は無い。気付いているかどうかは微妙なところだ。

 この屋内露天風呂で外が見られるという話はおそらく伝わっているだろう。『魔犬』がここに入った事は無いが、話を聞かれているはずだ。

 『魔力喰い』を装備し終えて、そのまま魔王達の動きを窺い続ける。

 魔王が何か指示を出したようで、『白面鬼』だけが足早に地下室を出ていった。それを見送った魔王は、土壁があった方を見る。

「ねぇ、今笑わなかった?」

「えっ、蛇って笑うの? 孫だから分かるの?」

 目ざとく気付いたクレナに、戸惑う雪菜。

「……実は俺もそう思った」

 だが、そう感じたのはクレナだけではない。俺も蛇の表情はよく分からないが、ルリトラ達を参考に考えると「ニヤリと笑った」ような顔をした気がした。

「……なんで分かるの?」

「トラノオ族とは、しばらく一緒に暮らしていたからな」

「ルリトラって落ち着いてるから、ああいう顔はあんまりしないのよ。だから、ルリトラだけ見ていても気付けないと思うわ」

「……なんかズルい」

 ズルいとかいう問題ではないと思うが……。まぁ、機会があれば雪菜も連れてもう一度会いに行ってもいいかもしれない。

 それはともかく、今の笑みは何だ。

 魔王は『魔犬』から『無限バスルーム』の情報を得て、『白面鬼』に命令を出してどこかに行かせた。

 『白面鬼』を、どこに行かせたのか。考えられるのは外にいる春乃さん達のところか。

 そして魔王はニヤリと笑った。

 そこまで考えたところで、俺はある可能性に思い至った。

「行くぞっ!」

 映像を切って、入り口へと急ぐ。

 おそらく魔王は、俺達が外の様子を窺える事を知ったのだ。つまり、あの笑みは俺達に向けてのメッセージ。『白面鬼』の行き先が春乃さん達の所だと考えれば、その意図が見えてくる。

 すなわち「出てこなければ春乃さん達を攻撃する。籠城は許さない」である。

 あの笑みは挑発のメッセージ。当たらずとも遠からずといったところだろう。

 考えている内に扉に到着。ソトバの剣を取り、雪菜に扉を開けてもらい先陣を切って外に飛び出す。

 案の定、魔王は例の一対の腕だけ組んで上下の四本腕は戦闘態勢で待ち構えていた。気に入っているのか、その構え。

「やはり出てきたか……その焦りよう、こちらの意図は読めたようだな」

 やはり挑発だったか。引きずり出されたようなものだな、これは。

 こちらの事などおかまいなしに、魔王は更に言葉を続ける。

「それがあの時の黒い卒塔婆か……剣にするとは罰当たりな奴め」

 魔王の視線はソトバの剣に注がれている。罰当たりと言いつつ楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 こうして直に相対すると、指先一つ動かすだけで引き裂かれてしまそうな威圧感だ。

 しかし、こちらにもソトバの剣がある。隙を突く事さえできれば一方的な戦いにはならないはずだ。諦めるのはまだ早い。

 二人を背に庇いながら隙を窺っていると、突如魔王がこちらに背中を向けた。

「では、付いてこい。話を聞かせてもらう」

「……はい?」

 背中に斬りかかっては……まずいよな、これは。

 いや、無理だ。『魔犬』がこちらを見ているし、そもそも魔王に隙が無い。

「案ずるな、『白面鬼』は上の始末に向かわせただけだ」

 そうか『闇の王子』達がここに来たという事は、上が突破されたという事か。確かにそれでは五大魔将不在のままではまずい。

「まぁ、ロクに考えも、動きもできない者ならば八つ裂きにしておったがな」

 先程の「果断に動くべき」という言葉か。どうやら魔王に試されていたようだ。

 いつの間にか威圧感は霧散し、寒気も感じなくなっていた。ひとまずは合格だったという事だろうか。

 油断はできないが、ここは付いていった方が良さそうだ。

 ここへの階段は破壊されていたが、『魔犬』はひょいひょいと壁を蹴って軽々と登っていった。他の五大魔将達もこうやって登ったのだろうか。

 雪菜ならば飛んで行けるが、俺とクレナには無理だ。それに上の状況が分からないので一人で行かせる訳にはいかない。

 魔王は流石に蛇の下半身では同じようにできないのか、上を見上げて「フム……」とつぶやくと、壁に爪を突き立てて登ろうとする。

「ちょっと待ってください。それなら俺の魔法で」

「む?」

 足裏の発動体から大地の『精霊召喚』を発動し、壁からプレートを生やす。そして魔王を含む全員がプレートに乗った事を確認すると、更に魔法を発動。プレートは上に向けて移動を開始した。

「ほぅ!」

 感嘆の声を漏らす魔王。五百年前の人間には、これは未知のものだろうな。

 これは一見エレベーターのように見えるが、どちらかというと階段が上に向かって移動するエスカレーターに近い。壁を『精霊召喚』によって変形させ続ける事により、プレートを上に動かしているのだ。

 そのまま上に戻ると、部屋には既に『魔犬』の姿は無かった。

 魔王は訝しげな顔で周りをキョロキョロと見回している。そうか、封印された状態で運び込まれたから、ここがどこだか分からないのか。

 俺が前に出て進むと、魔王も黙って付いてきた。

 倉庫の扉が並ぶ搬入口に到着すると、そこは妙な雰囲気に包まれていた。

 春乃さん達は既に戻ってきていた。おそらく『闇の王子』達が襲撃してきた騒ぎを聞きつけたのだろう。

 そして『白面鬼』と『魔犬』もいるのだが、二人と春乃さん達が相対する形になり、一触即発の状態に見えるのは気のせいだろうか。

「お兄ちゃん、あそこにいる人……」

「なに?」

 指差す先を見ると、春乃さん達一行の中に、出発時はいなかった人物が加わっていた。

「コパンさん!?」

「えっ、どこどこ!?」

 クレナも驚きの声を上げて探すが、背が低いから少し分かりにくい。

 だが、確かにいた。何度かお世話になった事がある旅の商人、コパンさんだ。町で買い物している時に再会したのだろう。春乃さんは初対面だが、ロニ達は面識がある。

 ネプトゥヌスで別れて以来だが、まさかアレスに来ていたとは。俺達が水の都に行っている内にこちらに来ていたのか。

「……知り合いか?」

 その時、魔王が背後から声を掛けてきた。

「ええ、まぁ……」

 振り返ってそう答えると、魔王はどこか呆れたような顔になってコパンの方を見た。

「どうやら知らんようだな」

「……えっ?」

 何事かと戸惑っていると、コパンさんが見慣れた笑顔でこちらに近付いてくる。

「いやいや、お久しぶりですなぁ、トウヤ殿。そして……魔王様」

 えっ? えっ? 魔王とコパンさんは知り合いなのか?

「我が復活に馳せ参じるとは、貴様にそんな殊勝さがあるとはな」

「いえいえ、ただの偶然でございますよ。まさか、魔王様が復活なされているとは驚きました、はい。これは本当の事でございます。どうやってあの封印を解いたのか、教えてもらいたいものですなぁ」

 相変わらずのおしゃべりである。

 というか、そこは嘘でも馳せ参じたと言っておこうよ、コパンさん。魔王には通じないかもしれないけど。

 というか、この二人はどういう関係なんだ。いかにハデスがかつて各国と商売をしていたとはいえ、それは五百年前の話だぞ。

 そうか、コパンさんも当時から生きている魔族か何か。この人は白髪頭だが、もしかしたら元は銀髪だったのかもしれない。

 しかも魔王と親しい。付き合いのあった商人の可能性も考えられるが、流石に気安過ぎる。つまりはハデスでも相応の地位にあったもの、考えられるのは魔将か。

 しかし、魔将の生き残りはほとんどいないはずだ。残っているのは……。

「……ちょっと待て、まさか」

「どうやら気付かれたようでございますな」

「やはり(さか)しい小僧よ」

「それでは改めて自己紹介といきましょうか」

 魔王とコパンさんの視線が俺に集まる。二人ともニヤニヤと目が笑っているように見えるのは、きっと気のせいではない。

 俺の焦りを他所に、俺の前に来たコパンさんは嫌味ったらしい程に深々と頭を下げた。


「私の名はコパン……ですが、かつては別の名を持っておりました。トウヤ殿ならご存知でしょう。五大魔将が一人……そう、私が『炎の魔神』でございます」

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王と付き合いが一番長い『犬』…… まぁうん、金勘定が好きって要素まで含めればやっぱりあんただよな大納言様w
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