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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
誘惑の洞窟温泉
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第125話 サンジーワナ・ナーガ

 『白面鬼』に案内された先は、店の奥にある一室だった。外の扉は飾り気の無いものだったが、中は狭いながらも塵一つ無く掃き清められており、凛とした厳かな雰囲気が漂っていた。

 奥には部屋に似つかわしくない豪華な造りの両開きの扉があり、扉の先に地下へと続く螺旋階段があった。

 先頭に『白面鬼』が立ち、最後尾に『魔犬』。間に俺達三人が入る。

 階段はかなり幅が広く、緩やかに地下へ続いている。降りる間、いくつか確認のため先導する『白面鬼』の背中に声を掛ける。

「確認しておきたいんですが……『闇の王子』達も、ここを拠点にしているのですか?」

「……いえ、新魔王になると言い始めてから、ここを避けているようです」

「『暗黒の巨人』も?」

「ええ、若殿と行動を共にしております。……あの愚兄が」

 魔王の息子だから「若殿」か。最後の小さな呟きは、聞かなかった事にする。

 というか兄妹だったのか『暗黒の巨人』と『白面鬼』は。俺達と違って仲が悪そうだ。振り向かないままの返答だったので表情は分からないが、見たいとは思わないな。

 それはともかく、気になっているのはもう一点の方だ。

「では、どうして水の都で鉢合わせになったのです?」

 何故別々に行動しているはずの魔王復活派と新魔王派が、同時に水の都に現れたかだ。

「……おそらく、どこかで知ったのでしょう。『魔犬』殿が水の都に行く事を」

「白蘭商会の誰かが情報を流していると?」

「……その可能性もあります」

 ここも一枚岩では無いという事か。商会内部に裏切り者がいるのか、それとも外部からスパイが潜り込んでいるのかは分からないが、情報を得てから『暗黒の巨人』を動かしても対応できたと考えると、『闇の王子』は意外と近くにいる可能性が高い。

 雪菜も掛けられていた闇の神官魔法『無能な斥候』を使ってスパイが見聞きした情報をリアルタイムで得ていたとも考えられるが、ここは近くにいるかもしれないと警戒はしておいた方がいいだろう。

 ここで話は途切れた。そのまましばらく歩いて目的の部屋に到着する。思っていた以上に深かった。それだけ厳重に守っているという事だろうか。

 そこにあったのは滑らかな壁をしたドーム状の部屋。壁に沿って等間隔に配置されている五つの戦士像が青白い光を放って室内を淡く照らしている。

 普段から清められているのか、淀んだ空気のような臭いは無い。だが「きれいな部屋」というよりも「入院中の病室」のような雰囲気が感じられた。

 よく見てみると、五つの戦士像の配置が五芒星を描いている事に気付く事ができる。

 その五芒星の中央には暗青色の薄布に包まれた誰かの横たわった祭壇がある。ミイラだな、これは。

 ただ、その姿形は明らかに人間のそれとは異なっており、頭はリザードマンに大きな角を付けて更に仰々しくしたようなシルエットだ。更に胸の前で腕を組んでいると思われるが、明らかに腕の数が二本ではない。左右に三本ずつ、六本はあると思われる。

 そしてなにより、腰から下は大きな一塊になっていて、薄布の下がどうなっているのか判別がつかなかった。『アマン・ナーガ』と呼ばれていたそうだし、蛇の胴体がとぐろを巻いているのかもしれない。

「……ひとつ確認を。俺達は、ハデス・ポリス跡地で魔王らしき像を見ているのですが」

「まだ残っていたのですか……。あれは普段の、人間に化身したお姿ですね」

 袖から出した扇子で口元を隠しながら『白面鬼』は答えた。

 もしかして、ある程度ダメージを与えたら正体を現すのか、魔王。

「こっちに来たばかりの頃は髷を結った姿にしか化身できなくて、魔王様も苦労されておりましたなぁ」

「……コホン。それはともかく、こちらにおわすのは正真正銘の魔王様です」

 俺達は髪型では特に苦労しなかったが、魔王にはそんな時期もあったのか。レアな話を聞けたというか、特に聞きたくなかったというか……。

 それはともかく『白面鬼』によると、魔王はこの姿で初代聖王と戦い、深く傷ついて眠りについたらしく、ずっとこの姿のまま眠り続けているそうだ。

「じゃあ、回復したら目を覚ますの?」

 後ろにいた雪菜が抱きついてきて、俺の肩越しに顔を出し疑問を口にした。

 確かにそれは気になる。俺達が召喚されたのは魔王復活が予言され、聖王家に知らされたからだ。復活が近いのかもしれない。

 ところが『白面鬼』は、目を伏せ首を横に振った。

「もう回復しているはずなのですが、いまだに……」

「あの薄布は回復のために?」

「ああ、それには触れないでください」

 そう言って彼女は、手にした扇子を閉じて薄布に近付ける。扇子の先端が触れようとした瞬間、火花が飛び、激しい光が起きた。

 戻された扇子の先端は黒く焼け焦げている。回復どころではないな。むしろ逆だ。手が触れたらひとたまりもないだろう。

「よ、よくここまで運べましたね」

「精霊の力を借りて、触れずに運びました」

 クレナも使う精霊魔法か。

 この薄布が何なのか詳しく聞きたいところだが、『白面鬼』はそれ以上は語らず、再び扇子で口元を隠して目を閉じた。

 まだ敵か味方かも分からぬ俺達に、これ以上の情報は出さないという事か。

 こちらとしても問題はクレナだ。そちらを見てみると、彼女は呆然とした面持ちで魔王のミイラを見詰めていた。

「クレナ?」

 声を掛けてみたが、反応が無い。

「ちょっ!? 待て、クレナ!」

 返事をするどころか、ふらふらとした足取りで祭壇に近付いていたため、慌てて抱き着き止めた。危なかった、祭壇まであと数歩という所まで来ていた。

「えっ!? あ、あれ……?」

 本人も無意識だったようで、我に返り戸惑った様子だ。

 また同じような状態になるかもしれないので、体勢はそのままだ。俺がクレナを抱きしめ、後ろから雪菜に抱きつかれている状態である。

 じりじりと足を動かし、その場を離れようとする。クレナはまだ夢現の状態らしく、自分からは動いてくれない。

「何か感じるものがありましたか?」

 ここで『白面鬼』がずいっと顔を近付けてきた。再び口元を隠している扇子の微妙な焦げ臭さが鼻につく。

 クレナはその臭いも気にならない様子で、薄布の中の魔王に視線を向けたまま途切れ途切れに言葉を紡いでいく。

「私、知ってる……この人……会った事ないのに……」

 それを聞いた『白面鬼』は満足気に頷いた。『魔犬』も「顔は分からずとも、つながりがあると自覚できる。同じですな」と言ってうんうんと頷いている。

「『暗黒の巨人』殿と『白面鬼』殿と」

「魔王様と若殿と」

 続けて二人は異なる言葉を口にし、『白面鬼』はジロリと『魔犬』の方を見た。

 そうか『白面鬼』も、転生後姿が変わっても兄妹だと分かった組なのか。

 ともかく、彼女達の反応を見るに、クレナは魔王の孫で間違いないという事だろう。

 そうか、本当に魔王の孫だったのか。魔王が絶対的な悪でなかった事は分かっているつもりだが、それでも少なくない衝撃を覚えた。

 クレナも小さく震えている。そうだな、一番ショックが大きいのは彼女だ。

 彼女を抱きしめる腕の力をぐっと強めた。その意図は伝わったようで、クレナはその身体をこちらに預けてきた。

 うん、下半身蛇の祖父がいようともクレナはクレナだ。守ってやらねばならない。


 よし、ここからは俺が話を進めよう。

「『白面鬼』殿、『魔犬』殿の件なのですが」

「えっ? ああ、はい。なんでしょう?」

 彼女の雰囲気が心なしか柔らかくなったように感じるのは気のせいだろうか。

 こちらが「殿」を付けて呼んだ事も影響しているのかもしれないが。

「身代金などは無しで解放します」

「よろしいので?」

「クレナの祖父の部下となれば、こちらとしても捕虜にし続ける意味がありませんから」

 『魔犬』が物凄い勢いで振り向いたような気もするが、見ない振りをしておく。捕虜のままにしておく方が問題なのだから当たり前である。

 同時に魔王の孫だからといって、クレナをあちらに引き渡すつもりはない。彼女もそんな事は考えていないだろう。

 その辺りの話もしなければいけないが、それは上に戻ってからでいいだろう。

 せっかくなので『無限バスルーム』の産物をいくつか買い取ってもらうのもいいかもしれない。『魔犬』は喜んで買うだろう。

 おっと、このままでは階段を上れないな。そんな事を考えてクレナを抱きしめる腕を緩めようとした瞬間、不意の大音響が響き、部屋全体を大きく揺らした。

 考え事をしていた俺はバランスを崩し、三人まとめて祭壇の方へと倒れる。まずい、このままでは三人ともミイラの薄布に触れてしまう。

 そう考えた瞬間、咄嗟に身体が動いた。せめて二人は薄布に触れさせまいとクレナを左腕で抱き寄せ、右手を突き出す。

「…………あれ?」

 しかし、痛くなかった。何故か火花も発生していない。

 だが、倒れる勢いは止まらない。突いた右手で身体を支えようとするが叶わず、そのまま二人を巻き込んで床に倒れ込んでしまった。

「トウヤ、大丈夫!?」

「ああ……クレナは?」

「こっちは大丈夫よ」

「お、お兄ちゃん……」

 クレナを押し倒す形になったので身体を起こそうとすると、背中から雪菜の震える声が聞こえてきた。

 何事かと顔を上げると、薄布が消えてミイラではなくなった魔王が横たわっていた。

「お、おい、薄布はどこに行った?」

「それが……お兄ちゃんが触ったら消えちゃった……」

「……なんだと?」

 思わず右手を見る。そうか、倒れた時にミイラの薄布に触れたのか。

 そしてもう一度祭壇の上に横たわる魔王を見た瞬間、電撃的に一つの考えが閃く。

「あっ! これ、ラクティの封印と同じか!?」

 ラクティの封印は、彼女自身の力とソトバの力が混じった結果、光と闇両方の祝福を授かった俺にしか解けない封印になっていた。おそらくあの薄布も、初代聖王と魔王の力が混じった結果だったのだろう。だから俺だけは触れても何も無かったのだ。

「……って、ちょっと待て!」

 あの薄布が封印だとすれば、外すのはまずい。

 慌てて立ち上がったが、その時既に魔王は身を起こしており、大きな角の生えた蛇の縦に裂けた金色の目が、俺達を真っ直ぐに見据えていた。

 その視線から逃れるよう周囲を見ると、『魔犬』と『白面鬼』は、揃って跪いていた。

 そうか、そうなのか。復活したのか、魔王が。いや、俺が復活させてしまったのか。

 魔王を倒す、あるいは復活を阻止するために召喚された勇者。それが封印を解いてしまうとは、なんという皮肉だ。

「貴様か……我が封印を解いたのは」

 どこか異質で冷やかな声に、氷柱の先端を突きつけられたような気分になった。怯えた雪菜は、抱き着く腕の力を強くする。

「何故解けたのかを聞きたいところだが……その前に向こうを片付けねばな」

 そう言ってベッドから下りた魔王は、俺達にもクレナにも目をくれず、部屋への入口へと進んでいく。

 俺は魔王の様子を窺った。いざとなったらすぐに『無限バスルーム』を出して駆け込めるように身構えながら。

 突如連続する破砕音が耳をつんざき、何かが瓦礫と共に入り口に降ってきた。

 あの瓦礫、まさか螺旋階段か。階段を全てぶち抜いたのか。

 一緒に降ってきたものがやったのだろう。おそらく先程の揺れの原因もそいつだ。

 埃っぽい土煙が部屋に充満したため、これはまずいとすぐさま『無限バスルーム』の扉を出して開き、クレナに声を掛ける。

「『風よ』!」

 するとクレナは、すぐさま剣を抜いて魔法で風を起こした。『無限バスルーム』内には風の祭壇があるため、いつでも風の精霊の力を借りられるのだ。

 扉から吹き出した風が入り口に吹き込み、部屋の中の土煙を外に吹き抜けさせる。

「やはり愚兄か……!」

 吐き捨てるように言う『白面鬼』。

 そこに立っていたのは『人間無骨』という銘の槍を構えた『暗黒の巨人』ともう一人。『魔力喰い』を彷彿とさせる漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ騎士だ。

「ほう……貴様も来たか」

 もしやと思っていると、魔王が騎士に向かって声を掛けた。

 しかし騎士は魔王の言葉には答えず、こちらを見て立ち尽くしている。

 なるほど、その反応で分かった。騎士が見ているのはクレナ、正確には彼女が持つ剣だろう。気付いたのだ、それがかつて自分のものであった事を。

 そう、あの黒い鎧の騎士こそが『闇の王子』、クレナの父にして魔王の息子。

 おそらく、魔王とクレナで起きたような現象が『闇の王子』にも起きているのだ。

「雪菜」

「任せて」

 クレナにもまた同じ現象が起きるかも知れないので、雪菜に押さえていてもらおう。この状況では、俺の方はそれどころではない。

 それにしても、白蘭商会にスパイがいたとして、その情報をすぐに得られる距離にいるとは思っていたが、こうも早く動くとは。

 魔王の孫かもしれないというクレナが到着した事を知り、自らも確かめるために慌てて駆けつけたのだろう。

 彼にとって予想外だったのは、何故か魔王も復活していて親子三代がここに揃った事。

 水の都では大暴れしていた『暗黒の巨人』も流石にこの状況では攻撃できないらしく、チラチラと横目で『闇の王子』の方を窺っている。

 これは、状況がどう動くかは魔王と『闇の王子』次第だな。

 周囲が土に囲まれたこの状況では、大地の神官魔法が強い。俺は床に手を当てながら、次の動きを待った。

 今回のタイトルの元ネタは、FC・SFC・GBAでビクター音楽産業、ビクターエンタテインメントより発売されたRPGシリーズ作品『サンサーラ・ナーガ』です。

 このタイトルはサンスクリット語で、「サンサーラ」は「輪廻」という意味ですね。


 「サンジーワナ」は同じくサンスクリット語で「蘇生させる」という意味です。

 実はタイトルでネタバレしていましたw

 (仮死状態からの蘇生ですけど)


 ちなみに「目覚めさせる」という意味の単語を使う事も考えていたのですが、こちらは「パーダプルラハールラ」と長くなるので止めました。

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