第120話 星の天蓋
しばらくして焼き味噌と塩焼きの湯漬けが一段落すると、『魔犬』達はようやく他の料理にも目を向け始めた。
大神官達だけでなく『魔犬』も警戒していたが、こちらも一口食べるとご飯をお代わりして勢い良く食べ始めた。
「……そういえば、クレナ達はあんまり驚かないな」
「何が?」
「こういう俺達の世界の料理」
するとクレナは自分の皿の照り焼きを見つめ、次に天井を見つめ、最後に何やら納得した様子でコクコクと頷いた。
「慣れ……じゃないかな?」
「慣れ?」
「トウヤの作る料理って、前から普通と違ったし」
「……違ってたのか?」
「美味しくないって意味じゃないからね?」
見るとロニにリウムちゃん、ラクティまでもがコクコクと頷いている。
クレナ達によると、元々俺の作る料理は変わったものだと思われていたらしい。
そうか、適当に口に合うものを作っていたつもりだったが、味付けとかがこの世界のものとは違っていたのか。
「むしろ、私達の料理がお口に合わないかもと思ってましたけど……」
「いや、それは無いぞ?」
ロニの言葉を、間髪入れずに否定する。
薄味だとは思ったが、それはそれとして美味しかった。
「私もありましたね。最初に料理したら、皆に驚かれて……」
そういう春乃さんも、こちらの料理が口に合わないという事は無かったようだ。ユピテルで王城に滞在していた時など、量が多いと思った事はあったそうだが。
「そういうのは無かったな~」
かくいう雪菜は自分から料理をする事がほとんど無いからな。俺を手伝っていたので、できない訳じゃないんだけど。
入院が多くて、薄味に慣れていたのもあるだろう。そもそもあの島では豊かな食生活とは程遠い状態だったと思われる。
「当時の日本料理を考えると、こういうのは『魔犬』にとっても未知のものでしょうし」
「ああ、それで警戒していたのか」
「あの様子を見た感じ、好評だとは思いますよ」
確かに、湯漬けに人気を取られた時はどうなる事かと思ったが、彼等の食事風景は賑やかで楽しそうだ。
「というか、私も最初は粘土だと思った」
「私は壁土だと」
どっちも土か。そういう意味では、大地の女神の祝福で目覚めたギフトに相応しいのだろうか、味噌は。
まぁ、そういうクレナ達も味噌焼きは美味しいと言っている。彼女達の反応も含めて夕食会は大成功だといっていいだろう。
その後、神官長達は何度も何度も頭を下げ、お礼を言って帰っていった。
色々とあって疲れたが、今日の内にお風呂の新機能を試しておこう。特にサウナは、皆に入り方をしっかり教えておかないと。
こちらの世界にも蒸し風呂はあるらしいので、皆受け容れるのは早かった。春乃さんが健康にも美容にも良いと説明したのも、それに拍車をかけたと思われる。
水も滴るというか、汗ばむ彼女達がいつもと少し違う魅力を醸し出しているように思えるのは、きっと気のせいではあるまい。
それはそれとして皆に水分補給を忘れないようにと注意しておいた。安全第一である。
この手の話に目を輝かせるのはリンだと思ったが、意外にも一番興味を持ったのはセーラさんとサンドラだった。美容に良いというのがクリティカルだったのかもしれない。
リンはというと、ジェットバスが気に入っていた。物珍しさもあってか楽しそうだ。
こちらは五つのジェットバスが並んでいるのだが、一つ一つ区切られておらずつながっているため結構大きい。全体を使えばプラエちゃんでも入る事ができる。
大喜びでリンの次に浴槽に横たわり、「くすぐった~い♪」と笑うプラエちゃん。雪菜とラクティがその上に飛びつき、一緒になって泡を浴びている。
「リウムちゃんは行かないのか?」
「ん……」
隣のリウムちゃんに尋ねると、彼女は無言で天井を指差した。二階の屋内露天風呂か。確かに、そちらも確認しないといけないな。
とはいえ皆が楽しんでいるのに中断させるのも気が引ける。どちらにせよ、二階の岩風呂は一階の檜風呂と比べると小さい、全員で行く事もないだろう。
雪菜と一緒にプラエちゃんの胸に飛び込みたい気持ちを抑えつつ、俺はリウムちゃんと手をつないで二階へと向かう。
春乃さんとクレナ、ロニ、それにデイジィがついてきた。デイジィはサウナから逃げてきたらしく、俺の頭の上でぐったりしている。俺の頭、随分と気に入ったらしい。
二階には、中央に岩風呂。蛇口などは無い。ドーム状の壁と天井は外の景色を映すスクリーンなので、その邪魔にならないようにするためだろう。
これは頭や身体を洗うのは一階で済ませ、こちらは景色を楽しみながら入浴するといった使い方になりそうだ。
まずはここの機能を確かめてみよう。使い方は、大体頭に入っている。
そうだな、神殿を映し出しても仕方がないので少し上、地上の景色を映すとしよう。
使用するのにMPを使うが、これは念じるだけで可能だ。俺が念じなければならないので、俺にしか使えない機能である。
ドーム全体がぼんやりと光り、外の風景を映し出した。すっかり日も暮れているが、上を見上げると満天の空。星明かりが見渡す限りの荒野を浮かび上がらせている。
「えっ、外!?」
「きゃっ!?」
クレナとロニが慌てて湯舟に飛び込み、身を縮こまらせる。
「あの、大丈夫ですよ。これ外の景色が映し出されているだけで、私達は動いてないし、向こうからは見えてないと思いますよ」
「あ、そういう事か……」
どうやら二人はスクリーンに映るリアルな風景を見て、自分達が外に移動したと勘違いしたらしい。リウムちゃんも機敏に飛び込みはしなかったものの、俺の背に隠れている。
頭の上のデイジィは平然としているが、こちらは単に自分が湯浴み着一枚なのを気にしていないだけのようだ。
春乃さんも慌てていないが、こちらは俺と同じくすぐに映像だと気付いたのだろう。
「ホ、ホントに大丈夫なんでしょうね?」
「安心しろ、あくまで外の景色を映すだけだ」
だが、思っていたよりMPを使うな。他のどのギフトよりも消費が大きい気がする。遠い景色を映すのは限度がありそうだ。
「大丈夫ですか?」
「ん、ああ、この程度なら問題は無い」
日頃から使いまくっているせいか、まだ余裕はある。早速皆で入ってみるとしよう。
「ほら、デイジィ」
「おっ、ありがと!」
頭の上でデイジィが躊躇しているので、手を使って腰掛ける場所を作ってやる。
すると彼女はパタパタと下りてきて、俺の掌の上にちょこんと腰掛けた。そして俺の身体を背もたれにして湯につかっている。
春乃さんとリウムちゃんはさほど離れていない場所に腰を下ろすが、クレナとロニは映像と分かっていても落ち着かない様子だ。左右からぴっとりとくっついてきた。
「気になるなら一階に戻っていてもいいんだぞ?」
「いや、頭では分かってるのよ?」
つまりは慣れの問題だろうか。そういう事ならば、少し景色を動かしてみようか。
再び念じるとドームに映る景色が動き出した。結構なスピードだ。
まるで車窓から見ているかのように流れていく風景。それに驚きつつも、この世界では見られないであろうそれで、かえって自分達が外にいるような錯覚は消え失せたらしく、クレナ達は落ち着きを取り戻す。
「トウヤ、もういいわ」
「大丈夫か?」
「ええ、せっかくきれいな星空なんだし、この風景を楽しみましょ」
俺は風景を止め、大きく息を吐いた。結構疲れるな、これ。
「もっと……」
なお、リウムちゃんはかえって興奮したらしく好奇心に目を輝かせてせがんでくるが、また今度という事で勘弁してもらいたい。
見渡す限りの荒野。星明かりによりところどころに生えている細い煙突が見える。おそらく通風口だろう。それが闇の向こうにまっすぐ列になって続いている。
物珍しい光景だが、それよりも星空が見たいと思ったので、先程のプラエちゃんのように足を伸ばし、湯舟の縁を枕のようにして横たわるような体勢になる。
もちろんデイジィの事は忘れておらず手は沈めないようにしていたが、彼女は俺の身体に飛び移り、首元に抱きつくように寝転がった。そして心配そうに声をかけてくる。
「トウヤ、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫大丈夫」
疲れた事は確かだが、それが理由で横になった訳じゃない。
「こうした方が空を見やすいだろう?」
「ああ……」
釣られて皆も空を見上げる。海は遠いが、星空だけでも『潮騒の乙女』亭の露天風呂にも負けていない。
やがて春乃さん達も俺の真似をして横たわり、静かな時間が過ぎていく。
景色を映し出している間、俺はずっとMPを消費し続けているのだが、これはそれだけの価値はあるだろう。俺だから言える事かもしれないが。
その静寂を打ち破るのは、階下から聞こえてきた賑やかな声。サウナとジェットバスを堪能した皆が、二階に上がってきたようだ。
「うわぁ、何これ!?」
「すごーい!!」
外の風景が映し出されるドームを見て驚きの声を上げる面々。俺達も身を起こし、デイジィは俺の肩に腰掛けて彼女達を迎え入れる。
岩風呂は大きいといっても一階の檜風呂ほどではないため、全員で入ると少し手狭だが最初の頃の『無限バスルーム』ほどではない。
あの頃はクレナとロニと密着して入ってたんだよなぁ。
ふと見ると二人と目があった。彼女達も同じ事を思い出していたのかもしれない。
そしていつの間にやら俺の隣をキープし、肩を寄せてくる春乃さん。彼女には心を読まれたのかもしれない。
それはともかく、雪菜達が次々に入ってくるのだが、何故かプラエちゃんだけが直前で立ち止まった。
身体が大きいのを気にしているのかと思ったがそうではなく、壁に映る景色の一点を大きな瞳でじっと見つめていた。
「プラエちゃん、何か見えるのか?」
「あのね、向こうからおっきな光が近付いてきてるよ」
「大きな……?」
彼女が見ていたのは通気口の列の先、海上だった。そこにはぼんやりと大きな光が揺らめいており、それを確認した皆に緊張が走る。
一体何が港に近付いているのか、俺は光の辺りを調べてみる事にした。
先程よりも速く流れていく風景。さほど時間が掛からずに周囲の風景は海に変わる。
その頃には件の光も大きく見えるようになっており、一つの光源ではなく複数の光が集まったものである事が分かった。
更に近付き、俺達はその正体を確認する。
それは大きなガレオン船だった。港から見えやすくするためか、いくつもの灯りで飾り立てていたのだ。
何故そんな事をという疑問は、船のある一点を見た瞬間に霧散する。
「……なにやってんだ、あいつは」
ドームの壁に映し出されたのは、何故か船首で仁王立ちする自称・勇者コスモスの姿。
声は聞こえてこないが、身体を仰け反らせて高笑いしている姿が見える。
「あっ」
次の瞬間、身を仰け反らせ過ぎたコスモスがポトリと海に落ちた。
慌ててリコットが飛び込み、フォーリィがロープを投げ入れる。
なんだかんだあって無事に救出されるコスモスの姿を見ながら、俺はもう一度「……なにやってんだ、あいつは」と呟いた。
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詳しくは活動報告をご覧ください。
また、明日からキャラクターデザイン画を活動報告で公開していきます。




