第115話 うつろの街のアレス
『魔犬』の誘導に従って丘の方へ回ると、大きな洞窟が口を開いているのが見えた。
海から直接入れるようになっており、大型船でも一隻ならば悠々入れそうだ。
中には桟橋などの設備が見える。本当に丘の中が港になっているようだ。
ちなみにこの入り口、海が荒れた時は魔法で閉じられるらしい。大地の神官魔法で海底から蓋が生えてくるそうだ。俺がヘパイストスでドラゴンの攻撃を防いだようなものか。
それにしても中は本当に大きいな。洞窟内に建物まである。あれはドックだろうか。
港に入ると、港の皆が手を止めてグラン・ノーチラス号を見てくる。オウムガイ形という船としては特殊な形状なので無理も無い。
周りの人達の種族は多種多様だ。一番多いのは青黒い肌をした闇エルフだろう。水の都で戦った『暗黒の巨人』に比べると小柄な人ばかりだ。もしかしたら『巨人』というのは彼等と比べての話なのかも知れない。
次に多いのはイルカの亜人・ギルマンか、『魔犬』と同じ犬の亜人・リュカオンだろうか。パッと見では分からない。
リュカオンも『魔犬』と比べると小さいな。姿が犬に近いせいかロニよりも小柄で、中型犬あたりがそのまま直立しているように見える。
他にはルリトラとはまた違うタイプの緑で細身のリザードマンがいた。
春乃さんが彼等はマーシュ・リザードマンだと教えてくれた。アテナ・ポリスで会った事があるそうだ。
ルリトラによると、砂漠種のサンド・リザードマンと違って水に強く、泳ぎも得意としているそうだ。細身である事からも分かるように力はサンド・リザードマンには及ばないが、その分手先が器用らしい。力のサンド、技のマーシュといったところか。
更に『魔犬』によると、彼等は万が一海上で船から落ちても泳げるし、自力で這い上がれるため、アレスでは船員になる者が多いとの事だった。
そして一番少ないのは人間だ。ほとんどが商人らしい。アレスを訪れるような商人は、亜人に対する偏見も少なく、そのためレイバーも比較的安い亜人を使う事が多いとか。
おそらくそれが、この港における人間の割合を更に減らしているのだろう。
なお、それ以外の種族もたくさんいるが、彼等は大体商人のレイバーだそうだ。
ヘパイストスはケトルトばかりだったし、こんなに様々な亜人が集まっているのを見るのは初めてだな。ここは一種の国際都市みたいなところだろうか。いや、国際は少し違うか。多民族ならぬ多種族国家というのが一番正確な表現かも知れない。
何はともあれ、こうして港に着いたのならばグラン・ノーチラス号をメンテナンスしておきたい。水の都で一度瓦礫に埋まったりしたからな。
まずはドックを借りてそこに船を入れた。中型船も造れるドックらしくグラン・ノーチラス号が小さく見える。
次に宿を確保する。
メンテナンスを受け持つパルドー達が泊まる場所であり、グラウピス達避難民をひとまず休ませるためだ。王宮のある中心街までは一日以上歩く必要があるらしい。
こちらは大型の貿易船が来ても大丈夫なぐらいの宿が揃っているので問題無く見つける事ができた。定期的に混むが普段は暇らしいので、大きな宿を一軒貸し切る事にする。
しっかり部屋も寝具もある宿と、お風呂などは整っているが寝るのは屋外の『無限バスルーム』、どちらが過ごしやすいのか気になるところだ。
それはともかく、これは結構な出費だ。春乃さんも恐縮している。魔王城の財宝などがあるので気にしないでいいのだが。
とはいえ風の神殿が今どうなっているかは分からない。それを調べるのには時間が掛かるだろう。長丁場になりそうなので、何か対策を考えた方が良さそうだな。
当面の問題は、キュクロプス達の泊まれるサイズの宿が見つからない事だろう。中心街まで行けば大きい宿もあるとの事なので、そちらまで歩くしか無さそうだ。
スローペースの旅になるのは問題無いが、彼女達を連れたまま旅を続ける訳にはいかないので、やはり対策を考えなければなるまい。
という訳でケトルト組、グラウピス組は宿代などを預けて港に残ってもらい、キュクロプス組は一緒に中心街まで行ってもらう事にする。
キュクロプス組は大人の女性が三名、プラエちゃんも入れて少女が二名。そして子供が男四名、女三名の七名。人数が少ないのは、ユピテルが攻めてきた時、皆こぞって戦いに出たためらしい。その後、無事に逃げ延びている事を祈るばかりである。
さて中心街への道なのだが、港から中心街までずっと洞窟が続いているそうだ。
今は午前中。洞窟が長くなるのならば、しばらく休んで昼食を食べてから出発した方がいいだろうか。
「その洞窟は、どれぐらいの長さが?」
「ああ、ずっと洞窟って訳じゃありませんよ。途中に門前町がありますし」
「モンゼンチョウ? ……門? 何の?」
「私達の世界と同じ意味なら、お寺や神社、宗教施設の周辺にある町ですね」
聞き慣れぬ言葉にクレナ達は首を傾げたが、春乃さんがフォローしてくれた。
「となると……大地の神殿?」
「ええ、港と中心街の間にあるんですよ」
ちなみに最初にあったのが大地の神殿であり、今の地下都市はそこから何百年も掛けて増築を繰り返し出来上がったものだそうだ。今も少しずつ広げられているらしい。
そんな大規模なものをどうやって造ったのかと疑問に思ったが、これは大地の神官魔法によるものらしい。
そういえば大地の『精霊召喚』も、元々は土木工事用の魔法だったな。俺は膨大なMPを注ぎ込む事で攻撃に応用していたけど。
「まぁ、今から出発すればお昼頃には着くと思いますよ」
「子供の足でも?」
この言葉で雪菜とリウムちゃんがむすっとしたが、二人じゃなくてキュクロプスの子供達の事だ。ラクティ? あの子はむしろ、子供扱いされて喜ぶ子だから。
それはともかく「大丈夫だと思いますよ」との事なので、このまま出発するとしよう。
いつもならば「どこかの商家の若旦那風」と言われたキッチリした格好で腰にマグロ包丁を差すところだが、今回は安全を考えて『魔力喰い』を装備しておく。
これで長時間歩くと疲れるのだが、ここは安全優先である。他の魔将が『魔犬』を奪還しにくる可能性も無いとは言えないのだ。
もちろん目立ってしまうだろうが、それは『魔犬』を連れている時点で今更である。彼はこの国では有名人なのだから。
雪菜は神殿に行くのだからと、何故かセーラー服を持ち出してきていた。学生が結婚式とかに出るとなると制服だが、そのイメージだろうか。
何故かリウムちゃんとラクティも一緒になってセーラー服姿になっている。
思わずクレナとロニを期待する目で見てしまったが「安全優先でしょ」と一蹴されてしまった。
春乃さんが目を丸くしていたが、雪菜は中学入学の直前に……と説明するとすぐに納得してくれたようだ。
準備が整ったところで出発だ。俺と春乃さん、クレナとロニで『魔犬』と一緒に先頭を進み、最後尾はルリトラとそれにサンドラ、リン、ルミスに任せ、遅れる者が出ないように進んでいこう。
おっと、デイジィが俺の肩に腰掛けてきたので先頭グループに一名追加だ。
通路の入り口まで行ってみると、キュクロプスも悠々に通れそうな入り口があった。港から中心街へ荷を運ぶ道なので、それ相応の大きさが必要なのだろう。
流石に電灯などは無いので、中は暗い。通る時は入り口で貸し出しされているトーチを使うようだ。
ちなみに一定間隔ごとに換気口があり、そこは通路の幅を広くして休憩所にしているそうだ。一里塚みたいなものだろうか。あれは魔王達より後の時代のもののはずだけど。
そこまで整備しているならバスというか辻馬車みたいなものが欲しいところだが、キュクロプス達は乗れないだろうから、どちらにせよ歩く事になっていただろうな。
ちなみにこの国では、馬車ならぬゲムボリック車が使われているそうだ。そう、『空白地帯』にもいたあのゲムボリックだ。もちろん、角は切り落とされているが。
あのモンスター、こちらでは家畜として飼われているらしい。
所変われば品変わるというが、こういう所もあるんだな。もしかしたら、魔王軍がいるからこそ可能なのかも知れない。
という訳で、前後で二本のトーチを借りて通路に入る。
中はゴツゴツした岩壁でなく滑らかに均されていた。半円形の道は俺達の世界のトンネルみたいだ。両脇に排水溝もある。
本当に整備されているな、ここは。ハデス・ポリス跡地のような場所をイメージしていたが、それとは違う。現代的な地下街ともまた違う。不思議な世界が目の前にあった。
いうなれば「ファンタジー世界の未来」だろうか。このアレスという国は、今まで旅してきたどの国よりも先進的であった。
一つ目はスルーして二つ目の休憩所で一旦休憩を取る。子供達はまだまだ行けそうだったが、お母さん達の方が疲れを見せていた。
「す、すいません……」
「気にしないでいい。急ぎの旅でもないからね」
やたらと恐縮しているが、本当に気にしないで欲しい。それこそ水の都からここまで同じ釜の飯を食べた仲なのだ。この世界には釜はともかく飯は無いけど。
それはともかくそれだけの仲なのだ。きっちり面倒を見させてもらうから、本当に遠慮はいらない。というか、こちらとしても子供の事を考えると放ってはおけない。
どうすればいいのかはまだ分からないが、それは皆で考えていこう。
休憩中の話題も、おのずとその事になる。
「どういう手段があると思う?」
漠然とした質問だと思うが、こうとしか言えないというのが現実だ。
この世界に慣れてきたつもりだったが、実際のところは旅から旅への毎日。一箇所に腰を据えて暮らすにはどうすれば良いのかは分からなかった。
「どういう方法が考えられると思う?」
「皆を風の神殿に……って言いたいところなんですけど、これって微妙なんですよね」
「微妙? 時間が掛かるって事?」
「いえ、ユピテルに場所がバレてますから……」
そこまで言ったところで春乃さんは口ごもった。
なるほど、戻っても再度襲撃される可能性があるという事か。時間が掛かる以外に問題があるとは考えていなかった。
「いっそここに拠点を持つか? 皆も住めるようなの。いや、一軒で」
「トウヤは……ああ、そういえば持ってるのよね、市民階級」
「……そうなのか?」
「無いとレイバー雇えないわよ」
今まで気にしていなかったが、俺と春乃さんはちゃんとユピテルの市民階級を持っていたらしい。ステータスカードに印があるそうだ。
勇者として認定された時、市民階級も一緒に与えられていたのだろう。
「それなら本格的に考えてみるかなぁ」
春乃さんの言う通り風の神殿に戻るのも問題があるならば、この多種族国家のアレスに新しい安住の地を作るのも一つの選択肢であろう。最終的には神殿に戻るとしても、それまで腰を落ち着けられる場所は必要なはずだ。
もっとも人数が多いので、その辺りが問題になる可能性はあるが。
なお『魔犬』に聞いてみても、それは上に問い合わせてみないと分からないそうだ。
アレスに魔王軍の本拠地があるといっても、ここは魔王軍の国ではない。この国の支配者はあくまでアレス王家なのだ。
「魔王軍とは懇意なんですけどね」
そう言って笑う『魔犬』。こうなると、もっとこの国の事を知る必要があるな。魔王軍との関係についても詳しく知っておきたい。先を急ぐとしよう。
休憩を終えて通路を進んでいくと、やがて向こう側に明かりが見えてきた。
「もう少し進めば、門前町です」
「明るいな、外に出るのか?」
「いえ、採光窓があるんです。あそこまで行けば明るくなりますよ」
足取りを軽くして進む一行。やがて通路を抜けると視界が広がる――事は無かった。
「これが……町? いや、町か」
港と同じような大きな地下空洞の中に建物が並んでいる光景をイメージしていたが、そうではなかった。
通路の幅が倍ぐらいになり、両脇には店らしき間口が並ぶ。採光窓のおかげが通路全体が明るい。その光景は、言うなれば「地下の商店街」といったところだろうか。
人通りも多く賑やかだ。港にもいた亜人達の姿があった。キュクロプスが珍しいのか、道行く人々がジロジロとこちらを見てくる。
「大地の神殿は?」
「向こうに大きな門があるでしょう? あれが入り口ですよ」
『魔犬』の指差す先には、通路と同じ大きさの門があった。この門前町の通路はあの門に合わせた大きさなのかも知れない。
中心街へは神殿を抜けないといけないらしい。港から攻め込まれた場合は必ずここを通るので、防衛上の理由があるそうだ。実際にここまで攻め込まれた事は無いそうだが。
ここで儀式を受ければ、六柱の女神姉妹の祝福全てを授かる事になる。そして『無限バスルーム』は更なる成長を遂げ、六つ目のギフトを身につける事ができるだろう。
「あ、寄進用の果物カゴは門の前で売ってるかな?」
「そこの店でも売ってますよ。というかちゃんとやるんですね、そういうの……」
挨拶は大事なのである。
今回のタイトルの元ネタは『NAMC○xCAPC○M』のプロローグタイトル「ゆらぎの○のアリス」です。
『ブラック○ニキス』ではありませんw
「うつろ」は「虚ろ」ではなく、「空ろ」と「洞ろ」です。




