第114話 誘惑の洞窟温泉 フロローグ
今回から新章スタートとなります。
フロローグ
丁度良い区切りなので、ここで改めて紹介しておこう。
区切りというのは、言うまでもない。春乃さん達との再会を果たし、合流できた事だ。
という訳で、俺の名前は北條冬夜。ユピテルという国の聖王家と光の神殿によって突然異世界に召喚され、魔王の討伐、或いは復活阻止のために旅をしている。
いや、していた、か。
先日水の都で五大魔将の一人『魔犬』から当時の魔王は商売をしていただけだと知ってしまった俺は、魔王が一方的に悪だと断言できなくなってしまったのだ。
もちろん、ただ商売している相手に戦争を仕掛けるのは酷い事だが、有名な楽市楽座に銀行。当時の人達には斬新過ぎて、太刀打ちはおろか理解すらできなかっただろう。
その結果、経済的に追い詰められた周辺国家が戦争に踏み切った。それもまた悪とは断じきれない。その状況で座して死を待てというのも酷だと思うのだ。
という訳で、現時点では「どっちもどっち」というのが俺の判断だった。
その判断が俺達と同行する『魔犬』の扱いにも影響している。あちらもあちらでおとなしいものだった。クレナが魔王の孫である可能性が高いためだろう。
おかげで特にトラブルが起きる事もなく海中の旅は進み、俺達は竜尾半島にある国・アレスまであと少しという所までたどり着いた。
ネプトゥヌスは鉤爪半島の北側、大陸との境目辺りに位置するため、内海の南側に位置するこの国がオリュンポス連合の最南端となる。
陸が見える距離まで近付いたので、グラン・ノーチラス号を海上へと浮上させた。
方角は間違っていないはずなので、そろそろアレスの港町が見えてくるはずだ。
今はお昼の少し前、ここ数日魚ばかり食べていたので、お昼ごはんは上陸して肉を食べたいと思っていたが、様子がおかしい。いつまで経っても港が見えない。
ようやく陸にたどり着くと、そこには何も無かった。見渡す限りの荒野。ただただ赤茶けた不毛の大地が広がっている。
アレスに到着という事で雪菜達も甲板に集まっていたが、予想外の光景に呆気にとられているようだ。
「もしかして場所を間違えたか?」
「海底を進んできましたからね……。どこかで方角を間違えたのかも知れません」
俺の呟きに答える春乃さんもどこか不安げだ。
東の方に丘が見える。もしかしたらアレスは、あの丘の向こう側かも知れない。
「ねぇ、トウヤ。『魔犬』に聞いてみたらどうかしら?」
俺達は『魔犬』からアレスに魔王軍の拠点があるという情報を得ていた。次の目的地がアレスというのは元々の予定通りだったので丁度良かった。
念のため、ルリトラに連れてきてもらうとしよう。
アレス、それは五百年前の戦いでは最後までハデスの味方をし、今は光の神殿が無く、魔族が隠れ住んでいると噂されていた国だ。
『魔犬』曰く、その噂は半分正しく、半分間違っているとの事。
魔族が住んでいる、それは正しい。しかしコソコソ隠れたりはしていないそうだ。
五百年前、故郷が滅んだハデスの民は皆アレスに逃れたらしい。最後までハデスに味方していた唯一の国なので、他に選択肢は無かったのだろう。
アレスが彼らを受け容れたのはオリュンポス連合内でも問題にはなったらしく、ユピテルの聖王家と光の神殿が魔族の引き渡しを要求した事があったそうだ。
しかしハデスとの交易によって飛躍的に発展していたアレス王家は、それを断固拒否。
それ以降両国は事あるごとに対立しており、その関係は現代まで続いているとの事。おそらくアレスに光の神殿が無いのも、それと関係しているのだろう。
そうこうしている内に、ルリトラが『魔犬』を連れてきた。鎖でも簡単に引き千切れるとの事なので一切の束縛はしていない。
「陸に着いたけど港が見えないんだ。ここがどこだか分かるか? 特徴のある地形というと、あの丘だけど」
甲板の端に立って東の丘を見た『魔犬』は何やら楽しそうにうんうんと頷く。
「ああ、あの丘ですね。ええ、間違っていませんよ。ここがアレスの港です」
「……え゛? どこが?」
もう一度見てみるが、やはり何も無い。
どういう事だ。皆の視線がクレナに集まる。この手の知識が一番豊富なのは彼女だ。
「あ~、ゴメン。アレスの事って、北にはほとんど伝わってこないのよ」
言われてみれば確かに、ネプトゥヌスでも交易しているという話はよく聞いたが、それ以外の情報となると魔族が隠れ住んでいるみたいな噂ばかりだったな。
クレナも知らないとなるとお手上げだ。素直に知らないと『魔犬』に告げる。
「もしかして、あの丘の向こう側にあるのか?」
「いえ、中ですよ」
「……中?」
丘の方を向いていた皆の視線が『魔犬』に集まると、彼は何故か胸を張って自慢気に次の言葉を口にした。
「あの丘の中は空洞になっていて、そこに港があるんですよ」
「そんな隠れ家みたいな……外に港を造ると何かまずい事でもあるのか?」
たとえば危険なモンスターとか。
しかし『魔犬』は笑って手を振りながら答える。
「いえ、そっちの方が便利なんですよ。丘の中から直接町につながってますから」
「丘の中からつながってるって、洞窟じゃあるまいし」
「いえ、洞窟ですよ? このアレスは、全ての町が地下にある洞窟王国ですから!」
「洞窟王国!?」
改めて陸の方を見る。やはり何も無い荒野が広がっている。この下に町があるとはにわかに信じがたい。
そういえばアレスは、大地の女神信仰の総本山か。なるほど、相応しいかも知れない。
魔族が暮らし、そして魔王軍の拠点があるという国、アレス。
この赤茶けた大地の地下に広がるという洞窟王国が、新しい冒険の舞台である。




