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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
激動の海底温泉
122/206

第113話 第六天魔王無双

 『魔犬』の言葉を聞き、春乃さんだけは俺と同じ考えに至ったようだ。震える唇でか細い声を紡ぐ。


「もしかして……魔王軍が仕掛けた戦争って……経済戦争、ですか?」


「ケイザイ……戦争?」

「経済的資源を奪ったり、取り込んだり……そうですね、簡単に言うとハデスと交易する事で相手の国が貧しくなったりしてませんでしたか?」

 春乃さんがそう尋ねると、『魔犬』はすっと視線を逸して顔を背けようとした。

 俺はその両頬をガシッと掴み、力尽くで元に戻す。もふもふだ。

「一体何をしたんだ?」

「ひ、酷い事はしてませんよー! ただ……結果としてユピテルが他の国と一緒に攻めてきたので、多分やり過ぎちゃったんだろうな~と……」

 どうやら『魔犬』自身も、その辺りの事情はよく分かっていないようだ。要領を得ない答えに俺と春乃さんは顔を見合わせる。

 女神二柱にも尋ねてみたところ、水の女神は地上の事は分からないが当時は頻繁に船が行き来していた事を教えてくれた。

 内海の向こう岸、龍尾半島にある国アレスは真っ先に魔王に降伏し、最後まで味方をしていたという話なので、おそらく軍艦ではなく交易船だろう。

 ラクティの方も詳しい事は分からないそうだが、魔王が召喚されてからの数年でハデスは大きく発展し、平和を謳歌していた事は確からしい。

 どんな商売をしていたのか『魔犬』にも聞いてみたところ、魔王は生前に知っていた商人達を参考に、自分なりにアレンジした商売をしていたらしい。『魔犬』は金勘定が三度の飯より好きだったため、大喜びで協力していたとの事。

 当時は山程あったという関所を国内では撤廃して旅人の行き来を自由にし、あの有名な『楽市楽座』もして商人を集めたそうだ。

 そういえば今は、国境以外で関所は見ないな。魔王が封印された後、他の国が真似したのかも知れない。

 更には手形などの金融制度なども導入。魔王自ら銀行のようなものを作ったとか。

 楽市楽座については学校で習った覚えがある。話を聞いた限りでは、それほどアコギな商売ではないと思うのだが、どうだろう。春乃さんも隣で首を傾げている。

 しかし俺達とは裏腹に、クレナの顔がこわばっていっている。

「どうした?」

「手形とか銀行とか、聞いたこともないわ……ただの金貸しとは違うの? その……五百年前の人達って、魔王の商売?に太刀打ちできたのかしら?」

「あ……」

 五百年後の今だって、俺達の世界から見れば昔の文明のように見える。

「ファンタジーだし、中世ヨーロッパに近いか?」

「どちらかというと古代ローマがそのまま発展したような感じが……」

 春乃さんによると水道や公衆浴場などの風習、それにレイバー制度は古代ローマのそれに通じるものがあるらしい。

 そうか、アコギな事をしていないようだといってもそれは現代日本で生まれ育った俺達の感覚。この世界の五百年前の人達にとってもそうだとは限らない。

 『魔犬』が上手く行き過ぎたというからには相当な儲けを出し、周辺国の貨幣がハデスに集まる事になったのではないだろうか。

 色々と逸話のあるあの『第六天魔王』、商売だからといって生半可なものでは終わらせないだろうと考えてしまうのは偏見じゃないと思う。


「もうひとつ聞きたいのですが、魔王と闇の神殿との仲はどうだったのですか? 私達の世界では、宗教勢力が政治に口出しするのを嫌っていたと伝わっているんですけど」

「え~、そういうのって別にあのお方に限った話じゃないと思いますけど?」

「つまり、冷遇していたと?」

「どうなんでしょうねぇ。政治からは切り離してましたけど、別に冷遇とかは……」

 ラクティも冷遇されていた覚えは無いらしい。

 一定の敬意は払っていたが、政治への関与は許さなかったといったところだろうか。

「ねえ、トウヤ……」

 その話を聞いて反応したのはクレナ。俺も丁度声を掛けようとしたところだった。

「多分、同じ事を考えてる。『仮面の神官』だろ?」

 クレナはコクリと頷いた。

 俺達がハデス・ポリスで戦った十六魔将の一人『仮面の神官』ことキンギョ。

 奴は言っていた。魔王が闇の神殿をないがしろにし始めたと。

 魔王は冷遇していなかったと言っているが、はたして神殿関係者にとってもそうだったのだろうか。

 当時の『仮面の神官』は、密かに初代聖王をハデスへと導いた。その結果魔王は封印され、ハデスは滅亡した。そう、魔王の方針は神殿関係者を怒らせるものだったのだ。

 見えてきたな、当時の真相が。

「魔王の先進的な商売は当時のこの世界の人達に太刀打ちできるものではなく、どんどん周りの国の貨幣がハデスに集まるようになった」

「周辺国から見れば、自国内の流通貨幣が減る事になりますね。経済が停滞します」

 よく分からないが、それって重大な事じゃないだろうか。

「更に銀行ですか……『ロンバルディアの商人は魔法で金を増やしてる』みたいな言葉があるんですよね……」

「昔の人には魔法みたいに見えたって事か……」

 関所の撤廃は残っていても、金融制度は残っていない。あったら換金用に宝石を用意したりしていない。多分真似しようにもハデスが丸ごと滅んでしまって、理解できる人がいなかったのだろうな。

 理解できないままに停滞する自国の経済。その一方でハデスは発展。もしかして魔王の商売って、周辺国からは『魔王の祟り』みたいに思われていたんじゃないだろうか。

「そして神殿を政治に関与させない方針は、当時の神殿関係者を怒らせるものだった」

「多分怒っていたのは闇の神殿だけじゃないでしょうね。だって富がハデスに集まるという事は、ハデスの影響力が増してくるって事だもの」

「そして、いずれ自分達もと考えたと……」

 考え過ぎ……とは言えないな。きっと各国の支配者達は危機感を覚えていただろうし、各国の神殿も国を煽っただろう。

 その結果がユピテルを中心とする連合による物理的な反撃、伝承に語られる戦争か。

 聖王家の伝承では魔王軍が先に攻撃してきたとなっていたが、それも嘘をついている訳ではなく、当時の周辺国にとって魔王の商売はそれだけの脅威だったという事だろう。


 その結論にたどり着いた時、俺達はげっそりとした顔になっていた。

「とんでもない話を聞いてしまった気がする……」

「私もです……」

 理解できなかったのか、にこにこ顔のままのプラエちゃんがうらやましい。

 ラクティは戸惑いの表情を浮かべているが、やはり理解はできていないようだ。

 むしろ俺達と一緒に理解しているクレナの方が、この世界では特殊なのかも知れない。

 あ、そういえば魔王の血筋である可能性が高いんだった。

「私の質問は以上ですけど、クレナは……」

「あー、うん。一応聞いておくわ」

 最後に質問するのはクレナ。尋ねる内容は、もちろん『闇の王子』についてだ。

 クレナは腰に差していた剣を鞘ごと外し、『魔犬』の前で口金にある紋章を見せた。まじまじと覗き込んだ『魔犬』は、それに気付くと驚きしっぽを膨らませる。

「ちょ、ちょっと待って。ねぇ、どうしてそれがここにあるの? もしかして戦った? 倒しちゃった?」

「会えないから苦労してるんだけどね……」

 大きなため息をついたクレナは、この剣は父が母に贈ったものである事、父は正体不明であり、今は行方不明でどこにいるかも分からない事を伝えた。

「それってつまり……」

「とりあえずだな、『闇の王子』から子供の話を聞いた事がないか、もしくは剣を別の魔族に譲ったとか聞いた事がないかを答えて欲しい」

 俺がそう補足すると、『魔犬』は途端に首を物凄い勢いでブルブルと振り出した。

「ないないないない! ないです! ないです! 『五つ木瓜紋』の入った刀を他人に譲るなんて! 絶対にないです!!」

 現にクレナの手にあるのだが。

 いや、『闇の王子』にとってクレナの母は他人ではなかったという事か。

 ただ、『魔犬』も子供の話は聞いた事が無いらしく、ここでもクレナが『闇の王子』の娘である確証は得られなかった。『魔犬』は、ほぼ間違いないだろうと言っているが。

「知ってそうな人って、他にいるか?」

「『暗黒の巨人』も知らないんじゃないかなぁ……。本人が会えば一発で分かるんでしょうけど。魔王様の時もそうでしたし」

「? それ、何の話?」

「いえね。私達がこの世界に召喚された時、魔族に転生しちゃった訳じゃないですか」

 『闇の勇者召喚』の事だな。

「それで魔王様と若様も別々の種族になっちゃった訳ですけど、それでも一目で親子って分かったらしいんですよね。なんか、そういうのって分かるみたいですよ」

 そういえば俺も、雪菜の事は一目で分かったな。髪が銀髪になって印象は全然違っていたのにビビッときた。ああいう事が魔王と『闇の王子』の間にもあったって事か。

「それって祖父と孫娘でもあるものなのかな? あ、いや、封印されてるのか」

「封印された後でも分かるみたいですよ? お孫様でも分かるんじゃないですかねぇ? 私としては主筋の姫にあたる方ですので、是非一度確認していただきたいです、はい」

「それって、私を封印されてる魔王の所に案内してくれるって事?」

「いえ、私捕虜ですので……。場所をお教えいたしますので、おいでになっていただけるとありがたく」

 そうか、こうして話を聞かせてもらっているけど、本来は水の女神の捕虜なんだよな。

「クレナ、行きたいか?」

「そうね……危険はあるだろうけど、チャンスは逃したくないわ」

 よし、クレナが望むならその方向で話を進めよう。

 おそらく封印されている魔王を守っているのは『白面鬼』。『魔犬』がいた方がスムーズに話が進むだろう。

 水の女神は『魔犬』をどうするつもりだろうか。このまま飼い犬にでもするつもりならば、案内のために引き取りたいところだが。

『弟が欲しいなら、プレゼントするわ』

「……いいんですか?」

『元々、貴方達が話したがっていたから残していただけだし。後は流すだけだから』

 『魔犬』がしっぽを丸めて怯えている。

 まぁ、そういう事ならばありがたく引き取らせてもらおう。

 水の紐が解けて『魔犬』が自由の身になる。すると彼は、まずクレナに向けて恭しく一礼した。この様子だと、途中で暴れるという事も無さそうだな。

「それで、封印された魔王がいる場所は?」

「ここからそう遠くはないですよ。魔王様はアレスにおられますから」

 五百年前は最後まで魔王軍の味方だったというアレスか。

 元々の目的地だったが、新たに、それも重い目的が加わった。

 クレナの事だけではなく、下手をすればこの世界の行く末を左右する訪問になるかもしれない。俺は内心で覚悟を決め、大きく頷いた。

という訳で『第六天魔王(内政)無双』でした。

『魔犬』が物凄い勢いで首をブルブルしているのは「柴ドリル」をイメージしてくださいw


これにて『激動の海底温泉』は終了となります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 信長の◯ェフで信長は言った、考えていること、これから成す事、自分は異端ではなく常識だと、それが一般人達に理解できないから信長自身も苦しんだはずですよね。例えるなら、雲の上の天才!哲学者は一…
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