第106話 ヒロインの帰還
気を取り直してルミスにシャワーを掛けてもらって泡を洗い流す。
後は滴るお湯が眼帯を濡らさないよう、少し髪を拭いておこう。
よし、こんなものかな。最後に短めのぼさぼさ髪を軽く撫でる。
「はい、おしまい」
「ありがと~~~っ!!」
「どぁっぷ!?」
すると身を起こしたプラエちゃんが勢い良く抱きついてきた。3ストゥートを超える巨体が伸し掛かってくる。
柔らかい、顔が埋まる。いや、重い。でも、柔らかい。
「ちょっ、プラエちゃん! トウヤさまつぶれちゃう!」
「だ、大丈夫だ……」
ルミスが慌てているが、問題無い。支えられる。自分の成長を再確認したぞ。このまましっかりとその巨にゅ、もとい巨体を全身で支えよう。
しかし、放っておくとそのまま持ち上げて振り回されそうな勢いを感じたので、堪能するのはそこそこにして湯船の方を指差し声を掛ける。
「ほら、プラエちゃん! 向こうの湯船を見て!」
「えっ? あ……でも私、おっきいから……」
「大丈夫だ。中に手すりがあるだろ? あれの向こう側は深くなってるから、多分プラエちゃんでもつかれると思う」
「ホントぉ!?」
「ホントホント。ルミス達も気を付けて」
「分かりました。ほら行こ、プラエちゃん」
「トウヤ~、また後でね~♪」
そう言って手をつないで湯船に向かう後ろ姿は、身体の大きさも肌の色も異なるが、まるで姉妹のように見えた。ただし、小さなルミスの方がお姉さんである。
そのままプラエちゃんが奥の湯船につかれた事を見届ける。
普通に腰を下ろすと半身浴になってしまうので横たわるような体勢になるが、脚をバタバタさせて楽しそうだ。あの様子ならば問題は無いだろう。
「ひゃっほー!」
「こ、こら、リン! あ、トウヤさま、お先にいただきます!」
身体も洗い終えたリンが勢い良く湯船に飛び込み、サンドラは頬を紅くしたままでこちらにペコリと頭を下げてから行った。
お風呂を楽しむ面々を見て和んでいると、不意に背中から声を掛けられる。
「おつかれさまでした、冬夜君」
春乃さんの声だ。丁度入ってきたところらしく、外のひんやりした空気が遅れて届く。
慌てて振り向き、そこに立つ彼女の姿を見て思わず言葉を失った。
光を受けてきらめく艷やかな黒髪。絹糸のような髪と言うのだろうか。
色白だった肌は日に焼けて少し赤くなっているが、俺にはそれがむしろ健康的な魅力を溢れさせているように見えた。
剣の腕も上がり強くなったと聞いていたが、手足は瑞々しくしなやかだ。俺の強さもそうなのだが、女神の祝福によるものが大きいのだろう。
そして上品さと可憐さを兼ね合わせた顔は、火照って上気している。
その下には湯浴み着に包まれたはちきれんばかりの圧倒的存在感。知ってはいたが、こうして堂々と前に立つ日が来るとは。
しばし見惚れた後、ひとつ言っておかねばならぬ事を絞り出す。
「……ちょっと湯浴み着小さくない?」
見た目が色々な意味でヤバい。
上に引っ張り上げられているせいで裾がギリギリになっているといえば、その凄さが伝わるだろうか。
春乃さんは裾を引っ張ろうとするも、上がこぼれてしまいそうになるためどうしようもなくモジモジしている。
「次はワンサイズ上のにします……」
「その、なんだ、今からでも替えてきた方がいいんじゃないか?」
「……そ、そうですね。ちょっと行ってきます」
流石にこのままではまずいと思ったのか、春乃さんは小走りで脱衣場に戻っていった。
少しお尻が覗いていた事を見逃さなかった自分を……褒めていいんだろうか?
「相変わらず目ざといわねぇ」
呆れ顔のクレナ。こちらも負けていない。いや、何がとは言わないけど。
「むしろお前達が入ってくる前に指摘してやれよ、あれは」
「うっ……ゴメン。話に夢中になってたわ」
「何の話をしてたんだ? 時間が掛かっていたけど」
「えっ? あ~、これまでの事とか? あと、これからの事! 情報交換よ!」
「ふうん……?」
釈然としないものを感じるが、深くは追求はしない事にする。
「それにしても、随分と広くなりましたね」
キョロキョロしながらセーラさんが言う。彼女がここを見たのはユピテル以来なので驚きもひとしおだろう。
「? 何か?」
「い、いえ、なんでも……」
不思議そうに小首を傾げられてサッと目を逸らす。
なんというか、セーラさんは凄く大人だ。年齢はさほど離れていないはずなのだが。そのしっとりとした佇まいについ見惚れてしまっていた。
そのまま俺の右側にはクレナとロニが、左側にはセーラさんが一つ席を空けて座った。空いた席には戻ってきた春乃さんが着く。
「お、お待たせしました……」
「いや、今来たとこ……じゃない!」
いかん、自分でも分かるぐらいに緊張している。クレナ、ニヤニヤするな。
そういうクレナも緊張しているようで、今日は頭を洗って欲しいと頼んでこない。ロニもこちらをチラチラと見ているが「洗いましょうか?」と言ってこない。
というか心なしか緊迫した空気を感じる。外で喧嘩していた訳ではなさそうなのだが。
背中以外は洗ってないので自分で頭を洗い始めると、左右もそれぞれ洗い始める音が聞こえてきた。音から察するに身体から洗い始めたようだ。
俺が顔を伏せている内にといったところだろうか。今日は念入りに洗うとしよう。
「そうやられると、こっちもかえって焦るから」
そう思ってしばらく泡立てていたら、クレナにお湯を掛けられた。
顔を上げると、春乃さんもクスクス笑っている。
「冬夜君、お気遣いありがとうございます。でも、そんなに早く洗い終わりませんよ」
そ、そうか、かえって皆を急がせてしまうのか。
というか一人に対して八、もとい四人と数が多いから強気になっているのか、皆堂々としているな。
特に左右のたわわな誘惑に耐えるのは辛いが、不躾に見るのは我慢せねばなるまい。
このまま並んで無言なのは辛いと思っていたら、春乃さんの方から声を掛けてくる。
せっかくなので乗せてもらうとしよう。
「あの、プラエちゃんの事、ありがとうございます。あの子、こっちに来てから元気が無かったんですよ……」
「元気が無かった? そうは見えなかったが……」
「冬夜君達が来てからなんですよ。あの子にとって風の女神はお母さんみたいな存在だったそうですから……」
「なるほど、それで……」
風の女神の妹であるラクティが来たからかも知れない。
「私も代わりにはなれなかったんですよね……」
「力を受け継いだと言っても、女神そのものになった訳じゃないんでしょ?」
ここでクレナも口を挟んできた。こうやって話している方が雰囲気も軽いな。
全員身体を洗いながらなので、湯浴み着も無しという凄い状況だけど。
「それは、まぁ……そうなんでしょうか?」
「ああ、それについては今晩分かると思うぞ」
「えっ? ああ、さっきプラエちゃんが言ってた」
「そう、毎晩見ている女神の夢。今晩夢の中に春乃さんが出てこなければ女神にはなっていないって事になるんじゃないか?」
「ハルノがここにいるって話も、水の女神に教えてもらったって話だったわね」
「冬夜君が来るとは前もって聞いてましたけど、そういう事だったんですか」
そういえば水の女神はあれ以来夢に出てきていないが、あの水の神官の態度と何か関係があるのだろうか。
今晩会えてたら、その辺りも聞いてみたいところだ。
「ところで他の女神ってどんな人達なんですか? 風の女神はラクティとも違っていたんですけど」
「見た目の年齢は結構離れてるな。確か神殿のレリーフの上から順に姉妹なんだっけ?」
「そうね、上から光、炎、風、水、大地、闇の順よ」
「……見た目通りの順番ではないな」
特に大地の女神が下から二番目というのが信じられない。彼女は見た目的にも性格的にも光の女神よりずっと母性を感じるぞ。
「そうなんですか?」
「春乃さんだけに分かりやすく説明すると……光、炎、大地の順でキツめの眼鏡教師、体育教師、保険医だな」
「…………はい?」
「いや、俺、夢の中で魔法習ってるから。スーツとジャージと白衣で出てくるから」
「き、着替えて出てくるんですか?」
春乃さんが洗う手を止めてこちらを見た。言うまでもなく呆れ顔だ。
セーラさんも前を向いたまま固まってしまっている。湯船を見るとサンドラ達も固まっていた。こちらの話に聞き耳を立てていたか。
「女神、なんですよね?」
「最初に出てきた時は、神話の女神って感じだったんだけどなぁ」
「め、女神様って……」
セーラさんが頭を抱えた。光の神官だからな、彼女は。気持ちは分からなくもない。
ここは一つフォローを入れておこうか。
「あ、あの、セーラさん。格好はともかく魔法の修行としては凄いですからね? 習ってる魔法、現代には伝わってないものですし」
「そ、そうなんですか!?」
セーラさんが勢い良く立ち上がり近付いてきた。タオルも手放し泡しか隠すものがない状態である。しかし肩を掴まれ揺さぶられては目をそらす事もできない。
「ちょっ、落ち着いて、セーラさん! 見えてるから! 見えてるから!」
「えっ……あ、やだ、私ったら……」
我に返り、身体を隠すセーラさん。ふらつきながらもその姿を目に焼き付けられる自分の三半規管に拍手を贈りたい。
「ま、まぁ、習った分は書き留めてあるから、後で見せますよ」
「ホントですか!? ありがとうございます!!」
今度は抱きつかれた。座ったままだったので彼女の胸に顔が埋まる。
「痛っ! 目が! 目があぁぁぁ!!」
しかし彼女は身体を洗う最中の泡まみれだったので、堪能するどころではなかった。
「さて……トウヤ、身体洗い終わったところでいつもの頼める?」
それからセーラさんを落ち着かせ、皆が身体を洗い終えたところでクレナが頭を洗って欲しいと頼んできた。
チラリと春乃さん達の方を見ると、二人とも興味津々な目をしている。身体洗い終わったなら湯浴み着着てください。嬉しいけど。
「あ、ハルノ達の事なら大丈夫よ。まず私達でどんな感じか見てみたいって事だから」
「さっき外で話したんです」
ロニもフォローを入れてくる。なるほど、情報交換の中にはそういう話も入っていたのか。確かに、頭を洗われている間は結構無防備だからな。
「ていうか、ホントすっごいのよ。クセになるわよ」
「そ、それは楽しみというか、怖いというか……」
いやいや、怖くないから。最近は二人を蕩けさせてるけど、変な事はしてないから。
ここは春乃さん達にも安心してもらえるようしっかり真面目に洗わせてもらおう。まずはクレナ、続けてロニだ。
「なるほど、本当に普通に洗ってるだけ……ですね?」
「なんか疑問形になってない?」
いつも通りに洗っているだけなのに、解せぬ。
これもクレナがすぐに蕩け顔になるからだ。
ロニも気持ち良さそうな顔をしているが、彼女には言わないでおく。
しっかり者の彼女が甘えてくるこの時間は希少なのだ。そのままふさふさしっぽまで丁寧に洗い終えた。
「ね、大丈夫だったでしょ?」
「別の意味で怖くなったんですけど。クレナ、顔真っ赤じゃないですか」
「お、お風呂入ってたら火照りもするわよ!」
明らかに誤魔化しているクレナ。
念のために言っておくが、俺はクレナ達と雪菜達で洗い方を変えている訳ではないし、指から何か不思議パワーを出している訳でもない。実際ロニの反応は雪菜寄りだ。
結局先にセーラさんから洗う事になったが、彼女は「あら、これはホントに気持ち良いですね」と余裕の表情。俺がつい大きなお尻を見てしまう以外は何の問題も無かった。
それを見て安心したのか、最後は春乃さんの番だ。セーラさんもそうだが、本当にきれいなロングヘアである。これは洗う方も気合が入るな。
「ぁっ……ぅん……」
という訳で細心の注意を払って丹念に洗っているのだが、春乃さんが恥ずかしそうに漏らす声が俺を悩ませる。
「えっと……春乃さん、痛い?」
「い、いえ! そうじゃないんです! ただ、気持ち良くて……」
「そ、そうか……」
俺の指、本当に何か出てるんじゃないだろうか。
とにかく、嫌がってはいないようだ。無心で洗おう。そうしないと色々とまずい。
しかしセーラさんの髪もそうだったが、こうして触ってみると微かに傷んでいるのが分かるな。クレナ達とは指通りが違う。もちろん口には出さないが。
しかし、これからは一緒だ。俺のMP製シャンプーを使っていればユピテルの頃のような、いやそれ以上にきれいな髪になるだろう。
その後湯船に移動すると、春乃さんとクレナにガッチリホールドされた。
セーラさんとロニは、向かい合う形で腰を下ろし、俺達を見てニコニコしている。
「クレナ、顔も紅いし、のぼせる前に上がった方が良くないですか?」
「ハルノの方が紅いんじゃない?」
腕を包む感覚が心地良いが、二人は何を張り合っているんだ。
あ、もしかして最後まで俺と残るのを狙っているのか。
それからも二人は張り合い続ける。これがケンカならば止めていたが、そうでもないので何も言わない。ただ、左右から強まってくる圧力を堪能するのみだ。
そうしている内に雪菜達が上がり、ラクティ達が上がり、そしてサンドラ達も上がる。
更にセーラさんがロニを連れて上がったので、俺達三人だけが残された。
「フ……フフ……無理しなくていいのよ?」
「あ、あなたこそ……」
と強がっていた二人だが、最後には二人揃ってのぼせてノックアウトとなった。
唯一平気だった俺は、二人を抱き上げて外に運び休ませる。
「あの……どうして冬夜君はのぼせないんですか?」
しばらく休ませてると、春乃さんが身体を起こして尋ねてきた。
その問いには、俺ではなく雪菜が答えてくれる。
「お兄ちゃんって長風呂なんだよねぇ、昔から。私が上がった後もず~っとお風呂入ってたけど、のぼせたのって見た事無いよ?」
そう、俺は元々長風呂が好きで慣れているのだ。『無限バスルーム』なんてギフトを授かったのも、その影響があるのかも知れない。
それを聞いた春乃さんは、納得したような、でも釈然としないような複雑そうな表情をしていた。
という訳で、スター……もとい混浴三部作でした。




