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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
激動の海底温泉
112/206

第103話 『無限バスルーム』フルドライブ

「ここは村ですか?」

 という訳でグラウピス達に荷物を運び込んでもらったのだが、『無限バスルーム』を見た時の彼等の第一声がそれだった。

 村、ではないと思う。というか、ここを村にされたら俺が自由に動けなくなる。

 しかし、成長した『無限バスルーム』の広さは避難所としても十分なもので、地上に戻るまでの間も窮屈な思いをさせる事は無さそうだ。

 荷物を運び終えたところでグラン・ノーチラス号へと移動。魔水晶に扉を付け、改めて皆に入ってもらう。

 この時パルドー達にラクティの正体について伝えてみた。

「――という訳で、今まで話してなかったが、ラクティは初代聖王によって間違って封印されていた闇の女神だったんだ」

「ま、まぁ、そういう(はにゃし)にゃら隠してたのも納得(にゃっとく)だけど……」

「だけど?」

「その子が女神というのが、信じられにゃい」

「だよなー」

「あうぅ……」

 やはり、ラクティが女神というのは信じてもらえなかった。ラクティ、涙目である。

 まぁ、信じられなくても事実は覆らないんだけどな。

 実際こうして信徒でもないのに水の都に入っても追い出されたりしないのは、ラクティが水の女神の妹だからというのもあるだろうし。


「ところで、これからどうするの? 水の神官の態度、ちょっと変だったんだけど」

「明らかに何か隠してましたね。ですがこれまでも悪意などは感じられませんでしたよ」

「分かるんだ、そういうの……」

 春乃さんの分析に舌を巻くクレナ。流石、アテナ・ポリスの不正を一夜にして暴いたというのは伊達ではないという事か。

「ただ、先程の話でどんなリアクションが返ってくるかは……」

「ハルノ殿の時はどうだったのだ?」

「忙しいと聞いていたので面会を求めませんでした。私達だけでは、この建物から出る事もできませんし」

 ルリトラの問い掛けに、春乃さんは苦笑しつつ答えた。

 ここは海の底、食事もあちら頼りで生命線を向こうに握られているようなものだ。春乃さん達もおとなしくしているしかなかったのだろう。

 俺達が来た事で、ようやく動けるようになったのだ。

「トウヤさん、これからどうしますか?」

 セーラさんが問い掛けてくる。

 ひとまずは面会希望に対するリアクション待ちとなるが、やはりいつまでもという訳にはいかない。

「とりあえず三日は待とう」

「返事が無かったら?」

「ラクティには悪いが、地上に戻る」

 何が起きているかは知らないが、助けが必要ならば言ってくるだろう。

 返事が無ければ、それは助けが必要無いか、助けを求める気が無いかだと考えられる。

 そしてこちらも食料事情の問題を抱えている。

 春乃さんによると彼等は食料を提供してくれているそうだが、それはあくまで水の都にいる間だけだろう。地上に戻るまでに必要な分も考えておかねばならない。

 その辺りも踏まえての三日なのだ。それぐらいなら水の釣り堀も併用すれば、地上に戻るまでなんとか保つと思う。

 いや、実際にはもっと保つが、その場合は三食魚ばかりになってしまうだろう。

 積めるだけの食料を積んできたが、流石に大勢いるのは予想できなかったな。


 では具体的にどうするか。

「まず、キャノピーは開いたままで常に外を見ておけるようにしよう」

「いつも通り食事を届けにくるでしょうから、そちらの対応も必要になりますね。グラウピスの皆さんにも手伝ってもらいましょう」

 風の神殿騎士も六人いるらしい。彼等も入れて常に誰かが見ているようにしよう。

 この辺は春乃さんに任せれば大丈夫だろう。

「水の釣り堀はフル稼働だ。これも手伝ってもらうぞ」

「食事を出してくれる内はそっちを食べるとして、捕った分は燻製……はチップが無くなるわね。ここは干物にしましょ」

 流石クレナ、よく分かっている。特に利用できるものは利用しようという辺り。

 幸い周りは海水だらけで塩には困らない。風の祭壇で乾燥もお手の物。我ながら本当に便利なギフトである。

 という訳で作業を開始する。

 グラウピス達は、春乃さんが頼むとすぐに協力してくれた。特に神殿騎士の面々は、やる気が満ち満ちており、全員で寝ずの番をしそうな勢いだ。

 どうも彼等は皆を守るためにあえて逃されたらしく、見張りであれ騎士としての役割がもらえるならばありがたいと思っているようだ。

 やる気があるのは良いけど、ちゃんと寝なさい。見張りはルリトラにサンドラ達も加えて交代しながらでいいから。

 残りの面々は干物作りだ。俺とクレナ、雪菜、リウムちゃんが中心になって魚を捕り、春乃さん、セーラさん、ロニ、ラクティ、クリッサが加工。

 ちなみに女性陣は料理ができる組とできない組に分かれている。俺はそれなりだが、力がより必要な方という事で釣り堀側を担当した。

 クリッサ以外のケトルト組は炎の祭壇を使って塩作りだ。干物作りでは捌いた魚を塩水に漬け込むのだが、海水では少し薄いのだ。

 パルドー達は恐れ多いと言ってたが、後で謝っておくから気にしないで進めてほしい。

 まぁ、あのお姉さんは地味だと文句を言うかも知れないが、最後は笑って許してくれると思うぞ。毎晩夢で会ってる俺が保証する。

 そして神殿騎士以外のグラウピスは手分けしてそれぞれを手伝ってくれている。

 プラエ達キュクロプスはサイズの違いもあって手伝えない事を気にしていたが、運搬役を引き受けてくれるだけでもありがたい。重いのだ、特に海水が。

 関係無いけど、この辺りの海水ってやっぱり「海洋深層水」ってヤツなのだろうか。

 それはともかく、ドラゴンを相手にするよりはのんびりできそうだ。返事が来るまでは焦らずゆるりと、楽しみながら皆との共同作業に勤しむとしよう。


 そう思っていた時期が俺にもありました。

「きっついわ、これ……」

 ここで干物の製造過程をおさらいしよう。

 水の釣り堀で魚を釣り、『無限バスルーム』と炎の祭壇を使って塩水を作り、風の祭壇の起こす風を利用して干す。ギフトフル稼働である。MPの消耗が激し過ぎる。

 この状態で魚捕りを並行するのは厳しいので、クレナに任せて和室で休ませてもらう事にした。二階の絨毯も捨てがたいが、休むならこの部屋が一番良い。

「おいおい、そんな調子で大丈夫かよ」

 そう言いつつ、デイジィがこちらに背を向け、羽でパタパタと仰いでくれている。顔に当たる風が心地良い。

 春乃さんに頼まれて様子を見にきてくれたらしい。

「今の内だけだ。干物作りが終われば楽になる」

「なんで?」

「そりゃ、あれだけギフト使いまくればMP消費するだろ。上の浅い海域から召喚してるのは思ったより苦にならなかったけど」

 確かにここは深海だが、普通の魚がいる海域までの直上距離は意外と短く、せいぜい二百ストゥート程度なのだ。

「わざわざ遠くにしたのはなんでだ? 近くにいるのは都の住人だからか?」

 その発想は無かったわ。この場合は住魚になるのだろうか。

 というか、水の都に住んでいるのはバシノム達のはずだ。

「い、いや、そうじゃなくて、深海魚は食えるかどうか分からん」

「そうなの?」

「俺も詳しくないが、毒でもないのに食えば必ず腹を壊す魚とかいたはずだ」

「うへっ……アタイに食わせるなよ、それ!」

「だから捕らないって」

 その魚の脂が人間には消化できないとか、そういう理由だったはずだ。インプは別かも知れないが、わざわざ試すような事でもない。そもそもいるかどうかも分からないし。

 とにかく量が必要なので連続で召喚しつつ、どんどん捕って加工してもらっているが、これのMP消費が激しいのだ。

 まぁ、サボってる訳ではないのでここは素直に休ませてもらおう。

「デイジィ、皆の様子を見て回ってくれるか? 何かあったら知らせてほしい」

「アイヨー」

 軽やかに飛んでいく小さな後ろ姿を見送り、一人になった俺は静かにまぶたを閉じた。


「トウヤさ~ん、ご飯ですよ~」

 結局そのままラクティが起こしに来てくるまで眠ってしまった。干物作りは滞りなく進んだようで、デイジィは起こしにこなかったようだ。

 しかし、また夢で女神に会えるかと思ったが、当てが外れたな。

「なあ、ラクティ。女神の夢を見なかったんだが、昼寝だったからか?」

「え? あ~、それは私が起きてたからだと思いますよ。あれは私の神域ですし」

 なるほど、そういう理由だったのか。

 ここなら水の女神も夢に現れるのではと思っていたのだが、それは夜に期待しよう。

 ちなみに夕食はギルマン達が運んできたものをルリトラ達が受け取ってくれていた。

 深海魚ではなく、普通の魚、海老、貝、海藻と海の幸てんこ盛りである。

 全て生だが、これは仕方が無いだろう。ここまで海を通ってきた訳だし、下手に調理されていても困る。

 これまでも春乃さん達が火を熾して料理していたらしい。調味料も乏しく、焼くぐらいしかできなかったようだが。

「うまいぞおぉぉぉぉっ!!」

「初めての味だが……良いっ!!」

 そのためか水の女神印のうどん出汁は、皆が大騒ぎする程の大好評だった。それも海の味なのだが、多分分かってないだろうなぁ。

 という訳で、今夜は春乃さん達が作った魚の煮物である。

「すごい! お兄ちゃんが作ったのと全然違う!」

「悪かったな」

 俺もこれまでに似たようなものを作った事があったが、雪菜の言う通り全然違う。

 ふっくら柔らかい身をフォークで持ち上げると、内側から白い湯気が湧き出した。

 しっかりと味が染み込んでいて、噛むごとに和風の味わいが口中に広がる。

 クレナも一口食べて、驚きの目をしていた。そしてチラリとこちらを見る。きっと雪菜と同じような事を思っているのだろう。

「皆さん塩味ばかりで飽きていましたから、ちょっと煮しめてみました」

 そう言って微笑む春乃さん。皆に手伝ってもらったとはいえ、煮しめの作り方を知っているのは彼女のみ。

 以前は可愛いエプロンが似合いそうだと思っていたが、今では割烹着が似合いそうなイメージになっている。

 他の料理も皆見事なもので、こんなに美味しいものばかりで地上まで保つのかと不安になるが、そこはそれ。意外と使っている調味料は少ないらしい。というかうどん出汁をふんだんに使っているらしい。

「お野菜が足りないのは、もうどうしようもないですね。皆さんにはオレンジジュースを飲んでもらいましょう」

 そちらは特にキュクロプスの子供達が喜んでいる。

「これおいしぃ~♪ トウヤく~ん、ありがとぉ~♪」

 訂正、一番喜んでいるのはプラエだ。背後からいきなり巨体に抱きつかれた。そのまま前のめりに倒れそうになるが、なんとか踏ん張った。

「ジュースばっかり飲んでないでしっかり食べろよ? 遠慮なんかしてないで」

「は~い♪」

 プラエは楽しそうにオレンジシュースのおかわりをもらいに行った。いや、ちゃんと魚も食べなさいと。キュクロプスには小さいかも知れないけど。

 と思っているとルミスが近付いて大きな煮魚を勧めていた。セーラさんによると、意外とあの二人は仲が良いらしい。あちらは彼女に任せるとしよう。

「それで、干物作りはどうだった? 途中で祭壇が止まったりしなかったか?」

「それは無かったわね。きっとまたMPが成長してるわよ」

「成長しててもカードに表示されないからピンと来ないんだよな、あれ」

 とっくにカードからはみ出しているからな。

「そういえば私も、女神の力をもらって強くなったんでしょうか……」

 そして流れ弾に当たる春乃さん。確かにそれも気になるな。

 しかし地上に戻らなければできない事なので、ひとまずそれは置いておこう。


 しばらくはクレナとロニが料理について質問し、それに春乃さんが答えながらの食事が続いた。あまりやらないけど、料理について知らない訳じゃないんだよな、クレナ。

 そしてふと会話が途切れた時、春乃さんが小さく声を上げる。

「あっ……」

「どうしたの?」

「あ、いえ、ちょっと思い出してしまって」

「何を?」

「それは……」

 春乃さんは顔を紅くして俯いてしまった。

 これは、もしや……。

「……この後?」

 内心ドキドキしながらそう尋ねると、春乃さんは上目遣いでこちらを見て、小さくコクンと頷いた。

 食事が終わればすぐに寝る――訳ではない。

「その、約束しましたよね。再会した時は……皆で、お風呂に入ろうって」

 遠慮がちにそう言う春乃さんは、はにかんだ笑みを浮かべていた。

 ちなみに「水深二百メートルより深い海域に住む魚類」を深海魚といいます。

 水の都はギルマンが潜れる水深ギリギリの五百メートル辺りにありますので、都周辺にいる魚類は深海魚だらけという事になります。

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