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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
激動の海底温泉
111/206

第102話 彼方からの呼び声

 さて、一通り説明を聞いて、風の神殿で何があったのか、そして春乃さんの身に何が起きたのかは大体把握できた。

 風の女神の神域を使って皆を逃がそうとしたが、そのためには春乃さんに力を授けて神域を通れるようにした上で、更に残された力のほとんどが必要だった。

 その状態では神殿に攻めてきたユピテル軍に負けても仕方がないだろう。春乃さんによると、ほとんど戦いにもならず現身は消えたのではないかとの事だ。

 水の女神が俺達をここに呼んだのも、彼女には春乃さん達を地上に戻す術が無かったからだと思われる。

 問題はそれだけなのかだが、それについては水の神官に尋ねてみよう。

「水の都で何かが起きたという訳ではないんだな?」

「いえ、地上の人間が訪れただけでも大事件ですよ」

「それ以外で」

「……いえ、特には」

 今少し間があったな。本当に無いのか、言いにくい事があるのか。

 さて、ここはどうしたものか。

「じゃあ、改めて水の女神様に伝えて欲しい。闇の女神が訪ねてきたと」

「分かりました」

「それと、俺達も水の女神様に会えるよう取り計らってくれ。ラクティもそうだが、俺も春乃さんの件でお礼を言っておきたい」

「……伝えておきます。しばらくお待ちいただけますか?」

「構わんが、こちらも食料に余裕が無いから、いつまでもという訳にはいかないぞ?」

「分かっております」

「じゃあ、頼む」

 話を終えると、水の神官はそそくさと去っていった。これ以上追求されるのを避けたのかも……いや、そう見えるのは俺が疑っているからか。

 何にせよ、今できるのはこんなところだろう。

 普通のトラブルなら、こちらに助けを求めるなりしてくるだろう。もし会うのを引き伸ばされたら、俺達には聞かせられない何かが起きている可能性が高い。

 こちらは何があっても大丈夫なように備えながら、向こうの出方を見るとしよう。

「それじゃ、トウヤに風の女神の祝福を授けてもらえるかしら? それで『無限バスルーム』も成長して広くなるはずだから」

「そうですね、いつでも動けるようにしていた方が良さそうです」

 クレナと春乃さんも、今の神官の態度を不審に思ったのか、備えのために動き出した。

 そう、俺達のやるべき備えはひとつ。何があってもいつでも動けるように準備をしておく事である。


 という訳でロニ達の料理が一段落したところで一旦『無限バスルーム』の扉を閉じ、奥の部屋を使って祝福の儀式を行う事にした。

 しかし、ここで春乃さんが妙な事を言いだす。

「それでは祝福を授けますが……えっと、キスとかすればいいんですか?」

「俺、大地の祝福は小太りな中年親父から、水はギルマンから、炎はマッチョ親父軍団から授かったんだが……」

 ちなみに闇の祝福はキンギョからである。当然、キスなどしていない。

 それはともかく、どうやら春乃さんは儀式のやり方が分からないらしい。

「ラクティ、分かるか?」

「お姉様が普段どういう儀式をしているかは分かりませんが、祝福を授けるだけなら」

 彼女の説明によると、手に力を込めて触れるだけで祝福を授ける事ができるらしい。

 感覚的な説明だが、女神の力があればできて当然との事。実際春乃さんの手は、すぐに淡い光を放ち始めた。

 形だけでもそれっぽくしようと、俺は春乃さんの前に片膝を立ててひざまずく。

 それから春乃さんが俺の頭に手を乗せると、光が俺へと移り染み込むように消えた。

「……こんな簡単なのでいいんでしょうか?」

 一応これだけで儀式は終了になるのだが、春乃さんはどこか釈然としない様子だ。

 俺も別の意味で納得がいかない。

「むしろ俺は、炎の儀式は何だったんだという疑問が……」

「それは炎のお姉様の好みだと思いますよ?」

 ラクティ曰く、神官が女神の力を借りようとすると女神ごとに異なる作法に沿って祝詞を詠み上げる必要があるそうだ。

「キンギョのヤツは『呪いあれ!』の一言で祝福を授けてきたなぁ」

「その人、ウチの神殿の大神官でしたから」

 意外とすごかったんだな、キンギョ。

 それはともかく、そういう事ならばと春乃さんも納得したようだ。

「それじゃ、これで良かったかも知れませんね。私も祝詞は分かりませんし」

「とりあえず、俺の中で水の女神の信用度が上がったな」

「どうしてですか?」

「儀式の内容が普通だったからだ」

 いや、炎の儀式は本当に酷かったんだ。

 女神の夢が無ければ夢にも見ていただろう。あれは闇の女神の神域だという話なので、ラクティに感謝である。


 さて、簡単にだが風の祝福を授かったところで『無限バスルーム』内にも変化が起きているはずなのだが、それを確認する前にひとつやる事、いや、やってもらう事がある。

「春乃さん、皆に荷物をまとめてもらってくれ」

「皆って、プラエちゃん達もですか?」

「グラウピス達も合わせて皆だ」

 いつでも動けるようにするならば、最初から全員グラン・ノーチラス号に乗り込んでいた方がいい。キュクロプス達も、すぐに『無限バスルーム』に入ってもらえば大丈夫だ。

 という訳で、俺達は先に『無限バスルーム』内をチェックだ。

 先にグラン・ノーチラス号に戻ってもいいんだけど、荷物が多いなら、ここで入れてしまった方が運ぶ手間が省ける。

「更に広くなってるな……」

 扉を開いてみると、中の建物が以前よりも遠くになっていた。ドラゴンの島でもギリギリだったが、これでは確実にホースが外まで届かないな。

 と思っていたら、入ってすぐの場所に新しい水飲み場が生えていた。

 公園などによくある、上向きに水が噴き出るアレだ。側面には普通の蛇口も付いているので、そこにホースを取り付ける事もできる。

 早速リウムちゃんが上の蛇口をひねり、覗き込んでいたデイジィの顔に噴き出した水が直撃。勢いが強かったのか、本気で痛そうだったので魔法で治療してやる。

 その脇でラクティが近づき、しゃがみ込んでじぃっと水飲み場を見る。

「これは……水のお姉様の影響ですね」

 主目的が何かを洗うのではなく水を飲む事、つまり浄化が目的ではないという事か。

 これは風のギフトではなく、洗濯機などが現れたように、ギフトが成長したのだろう。

 春乃さん達も辺りを見回し言葉を失っている。先程も成長したここに驚いていたというのに、風の祝福を授かっただけで更に大きくなったのだ、無理もない。

 建物左側が大きくなっている。炎のキッチンの隣に新しい部屋ができたのだろう。女神姉妹の順番からいって、そこが風の祝福によって生まれた新しいギフトのはずだ。

「いつもより大きくなってませんか?」

「そうか?」

 ルリトラの指摘に、思わず建物までの石畳の敷石を数えようとしたが、そもそも元の数が分からない事に気付いて止めた。

 そして小さく息を吐いて天を仰いだ時、俺は彼の言葉の本当の意味を理解する。

「……なんだありゃ?」

 なんと、建物が縦にも伸びていたのだ。なるほど、ルリトラが真っ先に気付く訳だ。

 天井が高くなったのか、それとも二階ができたのか。とにかく調べてみよう。


 まず引き戸自体も大きくなっている。プラエでも屈めば入れそうな大きさだ。

 ここまで大きいと重くないかと心配だったが、そこは流石ギフトの産物というべきか、ラクティでも軽々開けられた。

「俺達は中を調べてくるから、雪菜はデイジィを連れて周りを見てきてくれるか」

「おっけー♪」

「しょうがねえなぁ」

 飛び立つ二人を見送って中に入ると、やはり天井が高い。しかし、建物の高さには及んでいない。二階もできているようだ。

「私、こういうとこ入るの2回目~♪」

 プラエが嬉しそうに入ってくると、春乃さんは何故か悲しそうな顔をした。

 どうしたのかと尋ねると、彼女は耳元でプラエの「1回目」がアテナで捕まっていた時の牢屋の事かも知れないと教えてくれた。

 なるほど、そういう事ならばプラエにもここで暮らしてもらわないとな。

「牢屋と一緒扱いとか、女神が許しても俺が許さん! ここの快適さを思い知らせて、元の暮らしには戻れないようにしてくれるわ!!」

「いや、女神様もお許しにならないのではないかと……」

「多分ね」

 セーラさんのツっこみに、俺はあっさりと同意した。実際夢で会う彼女達は、こういう話を聞くと怒りそうだ。

 しかし、俺も本気である。牢屋と家の区別もつかないとか、文化の違いを差し置いても放ってはおけないだろう。


 中に入ると、広くなった玄関ホール右手に階段がある。

 洗面台の丁度裏にあたる場所で、建物が大きくなったのに洗面台は変わらなかったためできたスペースに階段ができたようだ。

「ここで履き物を脱ぐんですか?」

 そういえばセーラさん達は玄関で靴を脱ぐのは初めてか。

 まぁ、ここはそういうものなので慣れてもらおう。

「さっきも思いましたけど、これもうバスルームじゃないですよね……」

「『無限バスルーム』が成長してるんじゃなくて、祝福ごとに別のギフトが目覚めているらしい。つまりここは、バスルーム含む全部のギフトが集まる空間って事だな」

 新しく生まれたギフトも気になるが、まずは二階から見ていこう。

 流石にプラエは二階には上がれそうにないので、ルリトラ、ロニと一緒に一階中央ホールの片付けを先に進めておいてもらうよう頼む。

 部屋が大きくなっても家具の位置は変わらないから、中央に家具が残るんだよな。ルリトラとプラエがやってくれるなら早く終わりそうだ。

「では、私達もお手伝いします」

 セーラさんとサンドラ、リン、ルミスも手伝うと申し出てくれた。彼女達も手伝ってくれるのならば、このまま任せてしまおう。


 という訳で春乃さん、クレナ、ラクティ、リウムちゃんを連れて二階へと上がる。

 するとそこは、丸々大きなフロアになっていた。

 家具は無いが、絨毯はふかふかで居心地は良さそうだ。

 リウムちゃんが早速飛び込んで転がっている。

「…………」

「ラクティも行ってきていいぞ?」

「そ、そうですか? ではっ!」

 そわそわしていたので一声掛けてやると、ラクティも喜び勇んで飛び込んでいった。

 そしてそのままリウムちゃんと一緒に転がりだす。

 あまりにも転がるものだから、二人ともスカートがまくれてしまっているのはご愛嬌。二人とも全然気付いてないな、あれは。

「あの……私もいいですか?」

 春乃さん、君もか。君もやりたいのか。

 止める理由は無いので承諾すると、春乃さんは楽しそうな声を上げてダイブ。そのまま二人と一緒に転がりだす。

 真面目で優等生っぽい彼女の意外な一面を見てしまった気がするが、これはこれで可愛いし、むしろお得な気分である。

 それにしても凄い、スカートがまったくまくれない。もしかして風の力なのだろうか。

 それにしても、ああやって飛び込んでも痛くなさそうなふわふわ毛足。この部屋も一種のギフトといってもいいかも知れない。

「まったく、ハルノも意外と子供ね~」

 そう言って呆れた様子のクレナ。

「よし、俺達も行くぞ!」

「ちょっ!?」

 しかし、よく見るとそわそわしていて自分もしたいのが丸分かりだったので、その肩を抱いて一緒にダイブする。

 うん、俺もやってみたくなったんだ。

 しかし本当に痛くないな、これ。クレナも顔からダイブしたが、柔らかな絨毯に受け止められて怪我一つしていないようで、驚きに目を丸くしている。

 歩くのに支障はなさそうだが、倒れ込むとふかふかの毛足が全身を受け止めてくれる絶妙のバランスだ。これは家具を置くのは止めておいた方が良さそうだな。勿体無い。

「なに、この柔らかさ! 絨毯なのに、ここまで……!」

「実家のベッドより良いかも……」

 春乃さんとクレナの反応を見るに、本当に良いもののようだ。

 リウムちゃんとラクティも、その感触を堪能しようと一心不乱に転がりまわっている。

 俺は一応周囲の要素を確認してみたが、左右にテラスがあって外につながっていた。窓ガラスは流石に無い。

 そこから外を確認できそうだったので左側から出てみると、丁度雪菜とデイジィがテラスに降り立つところだった。

 なるほど、飛ぶ事ができれば、外から直接ここに入る事ができるのか。

 せっかくなので、ここで二人から周りの事を聞くとしよう。

「あのね、すっごく広くなってたよ」

「これなら全員入れるんじゃねえかな?」

 建物を見て予想していたが、やはり周りの空間も大幅に広くなっているようだ。

 もしかしたら自分の現身と引き換えに民を脱出させた風の女神の意志、全員を助けて欲しいという想いが影響しているのかも知れない。

 隣の春乃さんが、ほっと胸を撫で下ろしていて、俺としても一安心である。

「あと、おっきな風車が」

「風車?」

 テラスに出てみると、炎の祭壇と反対の位置に真っ白な風車が立っていた。

 目覚めると同時に頭の中に叩き込まれていた「ギフト説明書」によると、あれが風の祭壇のようだ。

 あの風車は風によって回っているのではなく、回る事によって風を生み出す。風車というより扇風機だな。うん、干物やドライフルーツ作りが捗りそうだ。

「というか、炎の祭壇遠くになってない?」

「どうも祭壇は、この四角空間の四隅に生まれるみたいだからなぁ」

 多分、水の釣り堀も同じように遠くにいっているだろう。

 成長する事により不便になるという事だが、こればかりは仕方がない。


 さて、ふかふか絨毯は名残惜しいが、一階に降りて新しく生まれたギフトの部屋を確認しなければ。

「コ、コホン、そうですね。休むのは後ですね」

 春乃さんが恥ずかしそうに咳払いしたのを皮切りに、皆も立ち上がって俺に続く。

「寒っ!!」

 そのまま先陣を切ってギフトの扉を開けた瞬間、俺は思わず大声を出してしまった。一階を片付けていた面々も何事かとこちらを見ている。

「寒いってもしかして……」

 横から顔を覗かせた春乃さんも、部屋の中の冷気を浴びて肩を震わせた。

「これもしかして……冷蔵庫ですか?」

「多分な。水の祝福でも出てこなかったから無理だと思っていたが、まさか風の祝福で生まれるとは」

 そう、新しく生まれた部屋は、丸ごと冷蔵庫になっていた。風のギフトだけあって風冷式のようで、中は冷風が吹いている。

 やけに扉が重いと思ったが、この冷気を外に逃さないためか。納得した。

 雪菜が中に入り「つめた~い♪」とはしゃいでいる。水着みたいな格好をしているのによくやるものだ。

「魔族って、寒さに強いのか?」

「人によるんじゃない?」

 かくいうクレナも寒さに強いらしいが、それは生まれ育った環境によるものだと彼女は考えているようだ。

「それで、レイゾウコって……何?」

 皆分かっていないようで、リウムちゃんが代表して尋ねてきた。

「……こういうのって改めて説明しろと言われると困るな。食べ物を冷やして長期保存するもの……で分かるか?」

「ああ、氷室みたいなものね」

 北国育ちのクレナが、簡単な説明だけであっさりと理解。ロニも参加して皆に分かるように説明してくれた。

「俺達の世界じゃ、冷蔵庫ってのは各家庭にあったからなぁ」

「でも、こんなに大きくないですよ。業務用サイズじゃないですか?」

 春乃さんと試しに入ってみるが、やはり寒い。

 震えて身を寄せ合っていると、うらやましくなったのか雪菜も抱きついてきた。かなり身体が冷えている。

「雪菜、冷たくなってるぞ」

「大変、早く出ましょう!」

「それじゃ、このまま皆でお風呂に直行?」

「……そうしたいのはやまやまだが、それはグラン・ノーチラス号に戻ってからな」

 皆が忙しく頑張っている時に、俺達だけお風呂という訳にはいくまい。

「雪菜だけ先に入ってきてもいいけど……」

「それはヤ!」

 そう言うと思った。仕方がない、ここは少し我慢していてもらおう。

「じゃあ、俺のマントを羽織っておけ」

「は~い♪」

 雪菜がスキップしながら冷蔵庫、もとい冷蔵室から出ていったので、その後に続く。

「春乃さん、皆の荷物ってどれぐらいあるんだ?」

「あまり持ち出せなかったので、あまり……」

「運び込むだけならすぐに終わりそうだな。よし、急ごう」

「はいっ!」

 この部屋は、名付けるならば『無限(アンリミテッド)冷蔵庫』だろうか。

 相変わらず戦闘向けの力ではないが、便利である事は確かだ。

 ここから俺は、皆を連れて地上に戻らなければならない。

 食料保存に役立つであろう冷蔵庫。存分に役立たせるとしよう。

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