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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
激動の海底温泉
107/206

第98話 ドラゴンスレイヤー(しない)

「キャーーーっ!?」

 秘密兵器を手にした直後に悲鳴が聞こえてきた。それがクレナの声だと気付いた俺は、すぐさま右手に斧を持ち、左手で秘密兵器を抱えて『無限バスルーム』から飛び出す。

 しかし、扉を潜っても皆の姿は無い。ドラゴンを追いかけて移動しているようだ。地面を見ると重い物を引きずったような跡がある。俺も扉を閉じ、慌ててそれを辿った。

 幸いさほど離れてはいなかったようで、すぐに皆を見付ける事ができた。

「……オイ、何やってんだ?」

 しかし、その光景を見た俺は思わずそう呟いた。

 なんと花ドラゴンがツルを伸ばし、皆の装備を取り上げようとしていたのだ。

 ルリトラとヴェルは武器が取り上げられそうになっているのを力尽くで抵抗。クレナとロニは水着の上に身に着けていた鎧を剥ぎ取られそうになっている。

「見たら分かるでしょ!? 早く助けてよ!」

 特に涙目状態のクレナは、ブラごと取られそうになっていて、今にも色々とこぼれてしまいそうだ。両手で必死に奪い取られまいと抵抗している。

 リウムちゃんは『飛翔盤』を使って器用にツルの攻撃を避けているが、雪菜とラクティは水着を掴まれてツルにぶら下げられた状態だ。

 今にも飲み込まれそうだな。一番まずいのはあの二人か。

「ちょっと待っててくれ、クレナ!」

 そう言って『三日月』を地面に突き立て、大地の『精霊召喚』で固定。

 足早に雪菜達に近付き秘密兵器――ツボの中の白い粉を手掴みにしてぶち撒ける。

 するとツルは、粉が触れた途端に怯み、力を弱めて雪菜とラクティを解放した。

 予想通りだ。俺はすぐさま踵を返し、クレナ達も同じようにして救出。最後に蕾本体に向けてそれを撒くとドラゴンはほうほうの体で逃げ出し始め、リウムちゃんも窮地を脱する事ができた。


「皆、大丈夫か?」

「なんとか……」

「二本持って行かれて、一本折られた……クソッ!」

 ルリトラの方は無事だったが、ヴェルの方は手持ちの槍を折られ、カゴに入れていた槍の内二本を奪い取られてしまったらしい。

 取られた槍は、そのまま蕾の中に飲み込まれたそうだ。頭頂部に口があるらしい。

 しかしそれ以外は被害が無いようなので、俺は女性陣の方を確認しに行く。

「助かったけど……一体何を蒔いたの?」

「塩」

 乱れた装備を整えていたクレナとロニだったが、俺の返答を聞いてピタリとその動きを止めた。クレナ、その角度で止まると谷間が丸見えだぞ。

「お塩に漬けると野菜がしなっとしますけど……それですか?」

 そう言いつつもじもじしているラクティは、パンツがずり落ちないように手で押さえている。引っ張られて伸びてしまったらしい。

 雪菜の方も同じ状態のようだが、こちらはしっぽで器用に押さえているようだ。

 逃げ切ったリウムちゃんは当然水着へのダメージは無い。しかし必死に逃げ回っていたようで、表情こそ変わらないものの、その顔はうっすら汗ばんで紅潮していた。

 良かった、彼女の小さな身体では捕まったら一溜まりもなかっただろう。

 側に降り立った彼女が、じっと俺を見上げながら問い掛けてくる。

「……どうして分かったの?」

 持っていたタオルでその汗を拭ってやりながら、俺は自分の推論を皆にも聞こえるように説明する。

「船乗り達から聞いただろ? この島は奥に行くと危険だって」

「多分、あのドラゴンがいるから……」

「でも、上陸するなって話はひとつも聞かなかったよな?」

「それは、確かに……」

 漁師の奥様達と仲良くなって、魚料理のレシピを教わっていたロニが呟く。彼女達との井戸端会議を思い出しているのだろう。

「多分、あのドラゴンは島の外縁部には近付かないんだよ。だから奥に行かなければ安全な島として利用されているんだ、この島は」

「その近付かない理由が塩って事?」

「正確には海だな。ラクティの言った通り、塩って植物の水分を奪うから」

「なるほど……ドラゴンといえども植物である事には変わりないって事ね……」

「ああ、想像以上に効果テキメンだった」

 ドラゴンが全く近付かないのだから、相応に効果があるとは思っていたが、そのまま逃げ出すのは流石に予想外だった。

 まぁ、例の引きずった跡が続いているので追跡は難しくない。

「ルリトラ、リウムちゃん、それにヴェルで追跡しておいてくれ。俺はクレナ達を着替えさせてから行くから」

「分かりました」

「これはリウムちゃんに預けておく」

 塩のツボを渡すと、リウムちゃんはエサをもらった子犬のように元気な顔で頷いた。ドラゴンが再び襲いかかってきたならば、空から塩を撒いてもらおう。

「という訳で、お前達は早く着替えてこい」

「私は結び直せば大丈夫よ。ロニ達だけ着替えてきなさい」

「分かりました、すぐに着替えてきます! あと、予備の塩も持ってきます!」

 そう言ってロニが雪菜とラクティを連れて『無限バスルーム』に入っていった。

 そしてクレナの水着の紐を結ぶのは、俺の役目だ。

「急いでるから仕方ないな」

「いちいち言い訳しなくていいのっ!」

 頬を真っ赤にしたクレナに叱られてしまった。恥ずかしいけど、必要だから我慢しているんだろうな。こういうところは本当に頼りになる。

 指摘すると更に恥ずかしがってぺしぺし叩いてきそうなので、心の中に閉まっておく。

「……変な事考えてない?」

「変な事ではないな。よし、終わったぞ」

「そう……ありがと」

 少し気恥ずかしい雰囲気になりつつ待っていると、ロニ達が着替えて戻ってきた。

「む、なんか怪しい雰囲気!」

「そんなんじゃないから、ほら急ぐわよ!」

 鋭い雪菜にツっこまれつつ、扉を閉じて先を急ぐ。

 雪菜はセーラー服、ラクティは野外用メイド服にそれぞれ着替えていた。ロニはいつもの装備で完全武装だ。小脇に塩のツボを抱えている。

「私がお手伝いしたんですよ~」

「えらいぞ、ラクティ!」

 えへんと得意げなラクティを一撫でして、俺達は追跡を再開。しばらく走ったところでルリトラの大きな背中が見えた。

 着替えに掛かった時間と距離から計算するに、花ドラゴンは随分とスピードを上げていたようだ。

「ルリトラ、様子はどうだ?」

「トウヤ様、ドラゴンはこちらには目もくれずに移動しています」

「さっきの塩が余程効いたんだろうよ!」

 苛立った声でルリトラに続くヴェル。いかんな、槍を手にうずうずしている。

 あのドラゴンを倒すのは、この島の生態系への影響が大きそうなので避けたい。弱点は分かったのだし、何とか倒さずに果実だけ手に入れたいところだ。

 それにしても、あの蕾とツルだけの身体のどこに実がなっているのか。先程蕾の中にそれらしいものがあったので、なんとか確かめたい。

 そんな事を考えていると、花ドラゴンが不意にスピードを落とした。

「どうした?」

「あちらに池があります」

 ルリトラが指差す先を見てみると、花ドラゴンの進行方向に小さな池があった。

「また随分と濁った……」

 ここから見るだけでも分かる。その池の水は土色で濁りまくっている。

「あれは水たまりだな。この島では数日に一度激しい雨が降ると聞いている。昨日も大雨があった。その雨が溜まったんだろう」

「昨日?」

 昨日はこの島に向けて航海中だったが、そんな雨は降っていなかったはずだ。

「それもドラゴンがやってるんじゃない? ほら、キンギョも逆の事をやってたでしょ。オアシスの周辺だけ雨を降らさないってやつ」

「ああ、そういえば……」

 クレナの言葉を聞いて思い出した。そうか、同じというか逆の事ができるのか、あのドラゴンは。

 もしかして、ドラゴンの目的はアレなのか。

「水分補給?」

 雪菜も気付いたようだ。俺も同じ事を考えていた。

 どういう条件で雨を降らせるかは分からないが、ああやって雨水が溜まる場所を臨時の給水所として利用しているのだろう。

 いや、もしかしたらあの水たまりがある窪み自体ドラゴンが掘ったものかも知れない。

「これ、ますます倒せませんね……」

「ハァ? なんでだよ?」

 ロニの呟きにヴェルが噛み付いた。とりあえずロニに凄むな。すかさず二人の間に割り込んでロニを庇う。

 それに、俺もロニと同意見だ。

 あいつ間伐したり種を蒔いたりして森を整備しているだけじゃない。雨を降らせて森を育てているんだ。

 あの水たまりだって、この島に棲むモンスターにとっては貴重な水源かも知れない。

 いや、モンスターだけじゃない。この島を訪れた船乗り達にとっても、花ドラゴンが降らせる雨は、海上で真水を手に入れる貴重な手段になるだろう。

 なんだあのドラゴン、緑の球根みたいな見た目のくせに天使か。天使なのか。

 これは絶対に倒せない。いや、倒すとまずい。倒すとこの辺り一帯の航路にどれだけの悪影響を及ぼすか想像もつかない。

 あのドラゴンは島の生態系の守護者。いや、それだけじゃない、周辺海域の船乗り達を支える裏の立役者でもあるのだ。

 いかにして穏便に事を済ませるか。まさかモンスター相手にこの方向で悩む事になるとは思わなかった。


「あ、止まったよ。お兄ちゃん」

 考え事をしている間に花ドラゴンは移動を終えたようだ。

「いや、ちょっと待て。池から遠くないか?」

 だが、その位置は微妙に池から距離がある。蕾である事は分かっているが、その形状からいって池に入って水を吸い上げるのだと思っていたのだが。

 首を傾げていると、次の瞬間ドラゴンは思いがけない行動に出た。

「うそぉ!?」

 なんと、蕾部分を大きく傾けて池に顔を突っ込んだのだ。

 いや、(あれ)が頭かどうかは分からないけど。

 そして鳴り始める地響きのような音。まさか、池の水を吸い取っているのか。

「ッ! 近付くぞ!」

 そう言うやいなや、俺は皆の返事も待たずに駆け出した。

「この隙に調べて実を探すんだ! 雪菜とリウムちゃんは空から! クレナは池を見て、水が無くなりそうになったら教えてくれ!」

 矢継ぎ早に指示を飛ばしながら花ドラゴンに近付く。チラリと後ろを見ると、皆も一拍遅れで動き出していた。

 間近まで近付いてみたが、やはり水を補給するのに夢中なのか、こちらには目もくれない。元々目は無いけど。

 蕾部分をポンプのように動かして勢い良く水を吸い上げている。これはあまり時間が無いな。急いで調べよう。

 今まで見えていなかった裏側も調べてみたが、短めのツルが蠢いているだけだった。

 なんとか蕾の中も調べたいが、この体勢では難しいな。

「トウヤ、もうすぐ水が無くなるわ!」

「早いな! 皆、離れろ!」

「で、でも……!」

「塩はまだあるんだ、急げ!」

 ヴェルが渋ったが、一喝して走らせる。

 皆が離れたところでドラゴンは蕾を立ち上がらせて再び移動を開始。

 一定の距離を保ちつつ池に近付くと、そこにはもう水が無くただの窪みと化していた。

「小さい池だったとはいえ、このスピードで吸い尽くすのか……」

「ですがあの動き、先程までと変わりませんな」

「ああ、まだ水が足りないのかもな。追うぞ」

 おそらく池は島中にいくつもあるだろう。というか、こういうダメージを受けた時のための備えなのかも知れないな。

「皆は何か見つけられたか?」

 皆に問い掛けてみるが、反応は芳しくない。やはりあの短時間で見つけるのは難しかったようだ。

 仕方ない、追跡を続けよう。いざとなればもう一度塩を浴びせて、水を補給させよう。その時ならば安全に調べる事ができるはずだ。


「あ、ちょっと待ってください!」

 再び追跡しようとした時、ロニが窪みの中へと入っていった。

 そして見覚えのあるものを持って戻ってくる。

「あ、俺の槍!」

 そう、蕾に飲み込まれていたはずのヴェルの槍だ。おそらく蕾を傾けた時にこぼれ落ちたのだろう。

「…………あっ!」

 それを見て、俺は閃いた。

 あの蕾は、下から生えているのが根ではなくツルであるため、池に蕾を突っ込んで水を吸い上げていた。

 では、地面以外に水があればどうするだろうか。

「あのドラゴンさ……雨が降ったら、どうやって水を吸い取ると思う?」

「どうって……そりゃ、あのてっぺんから?」

 そうだ、頭頂部を空に向けて水を受けるだろう。

 だが、それでは効率が悪くないだろうか。これだけ効率よく森を管理しているというのに、それでは片手落ちではないだろうか。

「それだったら、大きく広げた方が効率が良くないか?」

「広げる? 何を?」

 そう問い掛けるクレナに、俺はドラゴンの蕾部分を指差して答える。

「あれだよ、あれ。あの巨大な蕾」

 先程はポンプのように動いていた蕾。果実を食べたり、種を発射していた時から察するに、あの中は水やら物やらを溜め込めるようになっているのだろう。だからこそ、傾けた時に槍もこぼれ落ちたのだ。

 そんな自由に動かせる蕾で、雨を効率よく集めるにはどうすればいいのか。

 そう、大きな受け皿を用意すればいい。あの大きな蕾を花開かせて、それを受け皿にすればいいのだ。

「流石にそこは見えなかったなぁ……」

 羽をパタパタさせながら雪菜がぼやいた。その隣でリウムちゃんが同意すると言わんばかりにこくこくと頷いている。頭頂部は水中だったのだから、それは仕方がない。

 もっとも、俺にとってはそれがヒントになったのだが。

「それだけ重要なものを守っているんだろうな」

「まさか……!」

 ハッとした顔でヴェルがドラゴンに視線を向ける。

 皆も釣られてドラゴンを見た。外側に見当たらなければ内側。自明の理である。

 しかも、おあつらえ向きに空洞になっているであろう箇所がある。蕾と無数のツルに固く守られた箇所が。

 そうだ、普通の植物では花の中の「子房」が変化して実になる。あの中に実があるのが自然ではないだろうか。

「では、先程見えた球のようなものが……」

「多分、果実だろうな」 

「クソッ! 雨が降るまで待たないといけないのかよ! 昨日降ったばかりなんだぞ! 一日も早く実を手に入れて帰らないといけないのに!」

 崩れ落ち、悔しそうにヒレで地面を叩くヴェル。

 彼は知らなかった。協力しているこの俺が、一体どういう勇者であるかを。


 そこからの展開はスムーズだった。

 久しぶりにホースを引っ張り出す。あの頃と比べて『無限バスルーム』が成長したためホースの長さはギリギリだ。だが、扉から出ているならば問題は無い。

 シャワーのように放水して水を浴びせると、ドラゴンはその場に止まり、蕾をゆっくりと開いていく。

 固い蕾の中から姿を現した、薄桃色の羽衣のように波打つ大きな花弁。それが幾重にも重なり豪華なドレスを彷彿とさせるような大輪の花を咲かせた。

 ああ、これぞ正に花ドラゴンだ。思わず見惚れてしまう。

 先程までの濃い緑の匂いとは打って変わって甘い香りが漂ってくる。

「すごい……」

「きれい……」

 思わず感嘆の声を漏らすクレナとロニ。その幻想的な姿に、俺も思わずホースを落としそうになってしまった。

 花の中央には柱のような花芯があり、その周りには黄金色の球体がいくつかある。

「あれだ! あれがどんな病気も治すという……!」

 ヴェルが球体を指差して叫んだ。当たりだ、やはり果実は蕾の中にあった。

「クレナ、ロニ、ホースを頼む」

「……えっ、あ、分かったわ」

「ルリトラ、ヴェル、俺達三人でツルの攻撃に備える。俺達なら力比べができるはずだ」

「了解です」

「お、おう! 槍ぐらい全部くれてやる!」

 帰り道もあるんだから、それは止めておけ。

「雪菜は実を採ってきてくれ。リウムちゃんは、雪菜にツルが向かったら塩を頼む」

「任せて、お兄ちゃん!」

「多分、動かないと思うけど……分かった」

 リウムちゃんの言う通り、ツルは花が開いてから力なく垂れ下がっている。

 おそらく近付いても動かないだろうが、念の為である。

 空を飛んで、そろそろと近付いていく雪菜。ツルの方はピクリとも動かない。

 池でもそうだったが、水を補給している時はそれに集中するのだろう。

 雪菜がそっと手を伸ばす。息を呑んで見守っていると、雪菜は音を立てないように実を一つ採り、高々と掲げて戻ってきた。

「やった!」

「よし、逃げるぞ! 皆は先に行け! 放水している間は、あいつも動かないはずだ!」

「自分は残ります!」

「……頼む」

 ルリトラだけを残し、まずは皆を先行させる。

 皆が十分に離れてたところで水を止め、ホースを『無限バスルーム』に放り込み、そしてルリトラの背に飛び乗って一気にその場から離脱した。

 途中でチラリと確認してみたが、ドラゴンはゆっくりと花を閉じているところだった。

 動き出すのは花を完全に閉じた後だろう。ドラゴンを倒さず、果実を手に入れる。俺達は目的を無事に達成したのだ。



 そのまま離脱した俺達は、砂浜に戻ってパルドー達と合流。

 いつの間にか夕暮れ時になっていて、今にも水平線の向こう側に日が沈みそうだった。

 クリッサが食事の準備をしていたので帰る前に腹ごしらえでもとヴェルを誘ったが、一刻も早く果実を届けたいと断られてしまった。海で魚を捕まえながら帰るつもりらしい。

「ありがとう、お前達のおかげで無事に果実を手に入れる事ができた」

「気にするな、妹を助けようとしている兄を放ってはおけないからな」

 今までになくしおらしい態度で頭を下げるヴェルに、俺は雪菜の肩を抱き寄せ答えた。

「ちょっと、これを持っていてくれないか?」

「えっ、これを届けないと……」

 なにげなく手渡された果実。思わず受け取ってしまい、すぐさま返そうとしたが、ヴェルはその前に海に飛び込んでしまった。

 果実を手に呆然としていると、ヴェルが紐でくくったタルを引いて戻ってくる。

「こいつは礼だ、もらってくれ」

 そう言って開かれたタルの中には、きれいなサンゴなどが詰め込まれていた。これだけの量があれば、相応の価値があるだろう。

 ヴェルはタルを抱え上げ、器用に中身を取り出し砂浜に並べていく。

「人間の間では価値があるものだと聞いている。必要になるかも知れないから持ってきていたものだ」

「ああ、人間から買い取らなきゃならなくなる可能性もあったのか……そういう事ならもらっておくよ」

「そうしてくれ、果実をこの中に入れていかなきゃいけないからな」

 自力で手に入れた場合は、捨てていくつもりだったらしい。豪気な話である。

 俺から果実を受け取り果実をタルに収めると、ヴェルは大きくヒレを振って海に飛び込み、沈む夕日に向かって泳いでいった

 俺達も大きく手を振りながら、小さくなっていく背びれを見送る。

「それにしても、あの果実は惜しかったな。そんなに凄い果実だったら、もう一個ぐらい持ってきてもらえば良かった」

 ポツリとそう呟くと、皆が一斉に俺の方を見た。

「ど、どうした?」

「……あんた、気付いてなかったの?」

「何が?」

 そう問い掛けると、今度は皆の視線が雪菜に向いた。

 俺も釣られて見てみると、あるものが俺の目に飛び込んでくる。

「……雪菜、そのしっぽが巻きついてるのは何だ?」

「てへっ♪」

 なんと、雪菜のしっぽが見覚えのある果実を持っていたのだ。先程まで俺も手に持っていた、あの黄金色の果実を。

 どうやら雪菜は、手だけでなくしっぽも使い、同時に二つの果実を採っていたようだ。

「まったく、お前ってヤツは……」

「頼りになるでしょ?」

 褒めて褒めてと抱きついてくる雪菜。

 まぁ、あの状況では採る果実が増えても特に変わりは無かっただろう。

 ひとまず「心配だから、次は一言言ってくれよ」と添えつつ、雪菜の頭を撫でた。

「じゃあ、今夜はそれをデザートにしましょうか」

「……賛成」

 ラクティが果実を受け取り、リウムちゃんが好奇心に目を輝かせてそれについて行く。

 だが、クリッサが用意した夕食は、海にピッタリのバーベキューだ。デザートも楽しみだが、まずはそちらを食べるとしよう。

「じゃあ、俺達も行こうか」

「うんっ!」

 夕日は沈み、砂浜は徐々に暗くなっていく。俺は雪菜の手を引き、皆がいる火の明かりの方へと歩いて行った。

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