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異世界混浴物語  作者: 日々花長春
激動の海底温泉
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第96話 兄妹ふたり

「待て、敵対する気は無い」

 こちらが武器を構えると、ギルマンは両ヒレを上げて敵意が無い事を示してきた。

 うっすらとピンク色の身体を持つギルマン、声の感じからすると男だろうか。

 身体は大きめで背には何本ものショートスピアが入ったカゴを背負っているが、ヒレに持っていた分は地面に突き立てている。

「ある果実を探してる。お前達が採ったものを見せて欲しい」

 特に問題は無さそうな気がする。チラリとクレナの方を見てみると、彼女も同じ結論に達したようで、俺の方を見てコクリと頷いた。

 といっても俺達のカゴは同じものばかりなので見せるのに時間は掛からない。しかし、クレナ達は色々な種類を採っていたようで、少々時間が掛かりそうだ。

「この中に、これぐらいの大きさの果物は入っているか?」

 ギルマンはいくつか手に取って確認していたが、埒が明かないと思ったのか手で大きさを示してきた。その両ヒレが示す大きさはスイカぐらいだ。

「そういうのは採ってないわね」

「というか、この辺りにそんなサイズの果物は無いと思うぞ」

 クレナと俺でそう答えると、ギルマンはぐるっと辺りを見回し「そうか……」と大きくため息をついた。

「では、どこかで見掛けなかったか?」

「いや……そんな大きい実なら見逃しそうもないが、色や模様は分からないのか?」

 しかしギルマンは質問に答えず、両ヒレを組んで唸るばかり。というか、あのヒレって腕みたいに組めたのか。

「いや、俺も詳しい事は知らないんだ……食べればどんな病気も治るという話しか……」

「……病気も治る? 誰か病気なの?」

 真っ先に反応したのは雪菜、自分も病死してこの世界に転生した身なので他人事とは思えないのだろう。

「妹がな……もう長くない、その果実に縋るしかない」

 その一言で俺も協力せねばと思った。

 どちらにせよ今日一日はこの島でパルドー達を休ませるつもりだったのだ。その間彼に協力しても何の問題もない。俺達は航行中も休めるのだから。

「分かった、俺も協力しよう」

「……いいのか?」

「俺の妹も、昔重い病を患っていたからな。今日は時間があるから気にするな」

「そうか、感謝する」

 そのまま亡くなった事や転生のくだりは伏せておいたが、俺の話に感じ入るものがあったのか、彼はすぐに納得してくれた。

「俺の名はヴェル、お前達は?」

「俺は冬夜、こっちが妹の雪菜で――」

 ピンクギルマンの名を聞き、こちらも皆を紹介した。羽としっぽを持つ雪菜を妹と紹介したところで彼は首を傾げていたが、何も言ってはこなかった。


 さて、協力するのは良いのだが、この島は一日で全て探索できるほど小さくはない。おおよその位置を推測して当たりをつける必要があるだろう。

「その果物、他に情報は無いのか?」

「手に入れるのには危険が伴うと聞いた。お前達は強そうだ、協力はありがたい」

「危険が伴う?」

 崖の上とか、断崖絶壁の途中にでも生えているのだろうか。

 そういうところに生えているものの方が貪欲に栄養を蓄えて美味しくなるみたいな話を聞いた事があるが、そもそもこの島にはそんな地形が存在しない。

「その果実は、あるモンスターに実ると言われているのだ」

「そういう危険かよ」

 その話を聞いてまず頭に浮かんだのは、ヘパイストスで戦ったドラゴンだった。

 この世界における『ドラゴン』は、存在するだけで周囲の環境を自分が住みやすいように変えてしまう強大なモンスターの総称だ。

 そういえば俺の戦ったドラゴンも、実は毒の胞子をばら撒く植物モンスターだったな。

「植物モンスターは……南に行くほど多く、大きくなる特徴がある」

 そう説明してくれたのはリウムちゃん。なるほど、それならばこの島に植物モンスターがいても不思議ではないな。

「モンスターの果実は……珍味」

 更にそう続けた彼女は、小さく笑みを浮かべて目を輝かせた。ああ、これは好奇心でうずうずしている時の顔だ。

 だが、そうやって捕食した生き物が栄養になっていると考えれば、少々気持ち悪いが、美味しくなるというのも納得できる。

 どんな病気でも治せるという果実、一体どれだけの栄養を蓄えているのだろうか。

 それも気になるが、その果実がある場所について、俺にはひとつ心当たりがあった。

「なぁ、ルリトラ。ネプトゥヌスで、島の奥には入るなって言われたよな?」

「言われましたな、危険なモンスターがいるとか」

「……それか?」

「かも知れません」

 ネプトゥヌスに滞在している時に、船乗り達との世間話の中で「この時期は、島の奥に入ってはいけない」と注意されていたのだ。

 『無限バスルーム』のおかげで食料には余裕があったため軽く聞き流していたが、あれはきっと島の奥に植物モンスターがいるという意味だったのだろう。

 植物モンスターというのは繁殖のために活動的になる時期があるそうなので、今がその時期なのだと思われる。

「つまり、この島の奥にいるモンスターを倒せば、妹を救う果実が手に入るのか?」

「確証は無い……が、可能性は高いと思う。そんなに大きくもないこの島で、それだけの栄養を蓄える方法は限られてるし」

「なるほど、確かに……」

「どんな病気も治せるって話と、この島にあるって話が本当だとすればだがな」

 特定の病気にだけ効くのであれば、特殊な薬草などでもできるだろうが、どんな病気でも治せるとなると、それこそ生命力の塊のような果実しか思いつかない。

 そして、この島でそれだけの栄養を蓄える手段は、モンスターが周囲から栄養になるものを集めるぐらいしか考えつかなかった。

「この島にある事は確かだ。以前ここで手に入れたとある戦士から聞いた事がある……片目と引き換えにな」

「……その戦士、ギルマンか?」

「そうだが、どうかしたか?」

「いや、ちょっとな」

 例の島でであった隻眼のギルマンを思い浮かべながら、俺は小さく首を振った。


 それは置いておいて、そういう事ならばまず島の奥に行ってみるべきだろう。

 船乗り達からは、他に注意すべき危険な場所の話は聞いていない。植物モンスターがいるとすればそこだ。

 果物を『無限バスルーム』に仕舞い込むと、俺とルリトラは完全武装となる。

「私も防具いるかしら?」

「装備しても、あの海岸での装備でいいんじゃないか? 暑いし」

 上半身が鎧、下半身が水着のあれだ。

「暑いのはトウヤの方でしょ」

「ドラゴン級がいる可能性を考えるとな……」

「いるかしら? そんなに強いのが」

「クレナの方がこういう話は詳しいだろうが、どんな病気でも治せる果実って、この世界ではそんな簡単に手に入るものなのか?」

「……そこまで軽いものじゃないわね」

 つまり、その果実がなるモンスターは、ドラゴン級の可能性があるという事だ。

 もっとも、仮にいたとしてもヘパイストスのドラゴンのように毒を撒き散らしているような事は無さそうなのが不幸中の幸いか。

 そのままどんなモンスターが待ち構えているかと話し合っていると、いつの間にか背後から雪菜が近付いてきていて、背中に抱きついてきた。

「お兄ちゃん……ありがとう」

「ん? 何がだ?」

「あの人に協力してくれた事だよ。彼の妹さん、きっと今もヴェルさんを心配してると思うから……」

 少し涙声になっている。俺がヴェルに自分を重ねたように、雪菜は妹の方に自分を重ねたのかも知れない。

「待ってるのってね、すっごく寂しいんだよ。だから、早く病気を治す実を手に入れてあげよう。そしたらヴェルさんも帰れるから」

「……そうだな」

 もしドラゴン級がいたら、ヴェル一人では勝てなかっただろう。彼に何かあれば病気の妹はどうなるのかと考えると怖くなってくる。

 幸い大きな島ではないので、旅の予定は遅らせずに済みそうだ。ここは協力して今日中に果実を手に入れ、妹の下に帰れるようにしてやろう。

「やるぞ雪菜」

「うん!」

 雪菜は元気良く羽をパタパタさせて答えた。

 そこにすっとクレナが雪菜に向けて手を差し出す。

「あの兄妹が心配なのは私も一緒よ。がんばりましょう、ユキナ」

「…………」

 その手をしばしまじまじと見つめていた雪菜。

 何か言いたげな顔をしていたが、やがて手を握り返して握手をした。

「分かったわ、ヴェルの妹を助けてあげましょ!」

「ええ!」

 二人とも本当に仲良くなったなぁ。そんな感慨を抱きながらうんうんと頷く俺。

「まぁ、私とお兄ちゃんのコンビなら楽勝だけどね~♪」

「あら、私とトウヤは実際にドラゴンと戦った事があるのよ。ここは経験者に任せておきなさい♪」

 しかし、その感動は瞬く間に木っ端微塵となった。

「兄妹を助けるんでしょ? 邪魔しちゃダメじゃない」

「誰も邪魔なんてしないわよ。私も可愛い妹ができたみたいで嬉しいわ」

「……はっ! さては『義』ね! 『義』を付ける気ねっ!!」

「えっ? いや、そこまでは……」

 予想外の反撃だったのか、雪菜の一言に戸惑うクレナ。その顔は真っ赤だ。

 それを見て雪菜は更に追求し、クレナは両手をバタバタさせながら誤魔化す。

 雪菜は楽しくなってきたのか笑顔になっており、クレナは照れつつも満更でもなさそうな顔をしている。なんだかんだで仲が良さそうだ。

「……雪菜もクレナも傷付けさせる訳にはいかないな」

 ヴェルに協力はするが、そのために皆を犠牲にする気はない。どんなモンスターが待っていようと叩き伏せてやる。

 二人のじゃれ合う姿を眺めながら、俺はいつしかガントレットを装着した手をぎゅっと握りしめる。

「トウヤ! 浸ってないで助けてよ!」

「お兄ちゃん、おっぱいなの!? おっぱいがいいの!?」

 そう言ってこちらを見つめる二人の姿は、確かに姉妹のようであった。

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