第94話 おとうさんといっしょ
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結局、荷物を整理し終えるまで三日掛かった。
出航してから四日、現在グラン・ノーチラス号は海獣類に襲われにくい海底すれすれの深度を維持しつつ大陸に沿って西に進んでいる。
このまま後一日進んだ後、そこから南に進路を取る予定だ。
これは島のギルマン達やネプトゥヌスの漁師達とも相談して決めた航路で、南下した先には大きめの無人島があるらしい。
内海の中央やや西寄りに位置するその島は、水や食料を補給できる島なのだが、それ以上に内海を航行する船にとって目印として重宝しているとか。
水の都はその島より更に西なので、俺達もまずはその島を目指していた。
という訳で、島までは魔法の練習や文献調査に当てる事にする。特に文献調査は落ち着いた時間にしかできない。
しかし、まずやるべきは毎朝の日課になりつつある、女神の夢で教えてもらった魔法の知識を書き留める事だ。
「お兄ちゃ~ん、朝から何してるの~?」
雪菜がじゃれついてきたが、これは忘れる前にやらないといけないので、そのままにしてペンを動かし続ける。
とはいうものの、彼女達が教えてくれる魔法は、全て今の教本などには残っていないものなのだ。こうしておかなければ後で練習する事もままならない。
「お兄ちゃん、これ……日本語?」
「あんまりおおっぴらにもできない魔法だからな」
春乃さんとの手紙のやり取りでも使っているが、日本語で書いているとこの世界の人間には読めないので、秘密の文書を作るのに結構便利だったりする。
そういえば昨日も春乃さんに手紙を送ったが、返信は無い。水の都にいるらしいが、返信できない、あるいは手紙を受け取れない状況にあるのだろう。
彼女達の事が心配だが、グラン・ノーチラス号のスピードは今ので限界ギリギリだ。
今はできる事をするしかない。心を落ち着けて、夢の中で習った事を書き記していく。
こうして見返してみると、ホントに要点「のみ」しか教えてくれていないな、女神達。教本で基礎を学んでなかったら、多分理解できなかったぞ。
というか自分で言うのもなんだけど、これ内容的には伝説級の魔導書だ。今は羊皮紙の束だが、いつか本にしたい。
そんな密かな願望を胸に抱きつつ、書き終えた羊皮紙のインクが乾いたのを確認してから魔法の本棚にしまう。
そのまま雪菜を背中にくっつけて玄関を出ると、既に朝食の準備は済んでいた。
ここでの食事は、庭の方に敷物を用意してピクニックのような感じにしている。
料理を載せるテーブルの高さはケトルト達にあわせており、皆敷物の上に思い思いに腰を下ろしてもらっている。
「今日も、美味しそう……」
パンの入ったバスケットから漂ってくる香ばしい匂いが鼻をくすぐり、雪菜が肩越しにそれを見詰めて目を輝かせている。
皆は俺の日課は知っているので、先に食べ始めていた。俺達も早く食べようと近付くと、ラクティとリウムちゃんが立ち上がり駆け寄ってくる。
そのまま左右から挟み込むように抱きついてくる二人。
向こうには手を伸ばして何か言いたげな顔のロニ。もしやと思って抱きついてきた二人を見てみると、口元がジャムでべったりで、それが俺の服にもついていた。
どうやら背中の雪菜を見て、いてもたってもいられなくなったようだ。
リウムちゃんは師匠のナーサさんのおかげか、その辺りはしっかりしている子のはずなのだが、それだけ雪菜が羨ましかったという事か。
まぁ、そこはそれだけ好かれているのだと前向きに受け取ろう。ラクティも同様だ。
無邪気な笑顔を見せる二人が可愛くてたまらないが、ここはちゃんと叱ってやらねばならないだろう。俺は二人を預かるパーティリーダー、二人の保護者なのだから。
俺は大きく深呼吸をして、二人の身体を押しのけ、努めて大きな声にならないようにしながら話し掛ける。
「二人とも、お行儀が悪いだろ」
二人はきょとんとした顔で呆気にとられていたが、やがて俺の服についたジャムに気付いたらしく、しゅんとした顔で俯いた。
そのまま視線の高さを合わせてじっと見つめていると、二人が小さく「ごめんなさい」と謝ってくる。
「これからはどうする?」
「お食事中には歩き回りません」
「汚れたら……拭く……」
「よし、いい子だ」
何が悪かったのか理解し、反省してくれたようだ。
にこにこ顔のロニからタオルを渡されたので二人の口元を拭ってやると、先程までとは打って変わって嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
うん、やっぱり二人は笑っている方がいい。
「トウヤさま、その服は洗っちゃいますから脱いでください」
「どの道着替えに戻るから、向こうに置いておくよ」
「あ、お洗濯なら私がっ!」
「私も、手伝う……」
「あら……それじゃ、朝ごはんが済んだら一緒にしましょうね」
率先して手伝うと言い出すラクティ。普段は家事をしないリウムちゃんもそれに続く。
その申し出を受けたロニは、嬉しそうに顔をほころばせていた。
いかんな、俺も見ていて頬がゆるむ。皆に気付かれない内に着替えに戻ろう。
という訳で着替えてきた俺は、空いていた場所に座った。右にクレナ、左にはルリトラが座っている。
雪菜はどうしたのかと見てみると、ラクティ達と一緒に座っている姿が見えた。皆とも仲良くやれているようで一安心だ。
妹達を見てにこにこしていると、隣のルリトラが声を掛けてくる。
「お見事でした」
「こういうのってルリトラ、年長者の役目じゃないか?」
「かも知れませんが、私では加減が分からないというか……」
「……ああ」
そういえばトラノオ族って、普段は腰布しか身に着けてなかったな、男女問わず。
食事の作法も全然違ったし、何をしたら行儀悪いのかもよく分からないのだろう。彼はパーティの父親ポジションではあるが、躾をするには向かないな。
「……あれ?」
ここで俺はある事に気付き、クレナの方を見る。
ほんのりピンクに色づく端麗な横顔。その白く透き通った可憐さに思わず見入ってしまいそうになるが、そうじゃない。
「クレナ……お前、ああいう作法に関しては結構言う方だったよな?」
「そ、そうだったかしら? まぁ、今回は先にトウヤが動いたし」
確かにそうなのだが、どうも様子がおかしい。
よく見ると、クレナの頬が先程よりも紅くなっている気がする。
「……さては、クレナもやった事あるな?」
彼女の肩がピクリと動いた。
そのままじっと見つめる俺、視線を逸らし続けるクレナ。
紅くなったほっぺをぷにぷにとつついてみる。
「……小さい頃に、お母様のドレスに、ね」
しばらくつついていると、クレナは諦めたのかため息をつきつつ認めた。やっぱりそうだったのか。
「さっきの二人を叱っているあなた……ちょっとお母様みたいだったわ」
微妙に反応に困る。ここで彼女の母親を褒めるような反応をすると、自画自賛しているみたいだし。
「あなた、きっといいお父さんになれるわよ」
「あ、ありがとう」
優しく微笑んでそう言うクレナに、俺はどぎまぎしながら答えた。そうストレートに言われるとなんだ、照れる。今度は俺が視線を逸らす番になってしまった。
視線を彷徨わせながら周りを見ると、ルリトラだけでなく皆が微笑ましそうにこちらを見ている。
そして何故か自慢気な雪菜。うん、雪菜が喜んでくれるならそれでいいや。
ここはパンを頬張って空気を変えようとすると、俺が手を伸ばすよりも先にクレナがパンを取り、ジャムを塗って手渡してくれた。
「食べないの?」
「……いただきます」
こういう時は本当に甲斐甲斐しいんだよな、クレナ。
でも、このまま黙って食べていると、なんだか負けたような気がする。
「クレナもきっと、いいお母さんになれると思うぞ」
という訳で、一言反撃してみた。
「あら、だったら私達、いい夫婦になれそうね」
しかし、いたずらっぽく微笑むクレナに、あっさり切り返されてしまった。
見てみると視線は合わせようとしないし、頬は紅潮している。にも拘らずあの言葉、これは開き直っているな。
ならばスキンシップである。こういう時の彼女には、それが一番効く。今この場でという訳にはいかないので、朝ごはんが終わってからだ。覚えていろよ、クレナ。
再度彼女を見てみると、耳まで真っ赤にしながらチラチラとこちらの様子を窺う可愛い姿があった。
そして朝食後、俺はクレナに膝枕をしてあげていた。
「疲れてるならそう言えよ」
「言わなくても察してくれるとこ、大好きよ♪」
要するに、彼女も荷物の整理で疲れていたのだ。
普段なら誰かに見られる状況でこんな事はしないのだが、今は言い訳できる理由があるので特別なのだろう。これぐらい言ってくれたらいつでもしてあげるのだが。
もしかしたら、あえてスキンシップで反撃されるようにしたのかも知れない。
だとするとまんまと乗せられたという事になるが、髪を撫でるとくすぐったそうに身をよじるとろけた姿を見ていると、ここまで心を許してくれている事が嬉しくて、悔しい気持ちは湧いてこない。
向こうではラクティとリウムちゃん、それに雪菜も加わって、ロニとクリッサに教わりながら手洗いの染み抜きにチャレンジしていた。
雪菜は、このパーティの女性陣の中では自分だけ家事が何もできない事に気付き、何やら危機感を抱いたらしい。
リウムちゃんだって、自分の作業後の片付けとかは自分でするからな。
何にせよ、雪菜が自分から彼女達の輪に入っていくのは大歓迎だ。
目的の島まであと数日掛かる。それまではゆっくり休養をとらせてもらう事にしよう。
俺は頑張る妹の姿を眺めながら、クレナの髪をいじり、のんびりした空気を楽しんだ。
なお、洗濯を終えた雪菜達が飛びついてきてのんびりどころではなくなるのは、もう少し後の話である。
今回は休息回でした。
島への到着は次回となります。




