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アイギスの歌姫2  作者: 星輪 慧


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4/5

奏の調べ

 ライブが始まって数十分、何やら裏方が騒がしかった。


「カナリア司令?いったい何が……」


「別に何でもないだろう。いいから葵はライブに集中するんだ。そろそろ番が来るぞ」


 カナリアがそういうと、雫の歌が終わり、葵の番が来ようとしていた。


「はぁあ、何度やっても緊張する……」


 葵はアイドルになってから幾度もライブをしてきたがそれでも人前に立って歌うということは、そう簡単には慣れないものだった。


 ステージの上に立ち、観客席を見渡す。照明は一切ないのにも関わらず、ステージと同じくらいかと思うほど、ペンライトの光は多かった。それも、赤色のだ。


「よぉし、歌うぞ!!」


 葵は覚悟を決めて、マイクを構えた。



 ウイング本部。ヴァンダルの動きを察知した情報部は対策を講じるべく、会議を行っていた。


「……とまあ、こんな感じだ」


 エレナは手元の資料と読み上げ切ると、そう言ってコーヒーに手を付けた。


「しかし皆さんはライブに行かれているのでは……?このままではデータ回収どころか、襲撃を退けることすらできませんよ」


 ラボの長、八舞はそう言った。すると、八舞のその言葉を待っていたと言わんばかりにエレナは笑った。


「確かに三人はライブに行っているから戦えない。もちろん今回のライブだけは中止にさせられない。だけどウイングにはもう一人いるじゃないか」


「まさか……また戦わせるつもりですか?」


 八舞は察しが付く。ウイングにはアイギスを纏える人間が四人いる。葵、雫、カナリア、そして……奏だ。


「私は反対です。前に神崎さんも言っていましたが、彼女はまだ高校生相当の年齢にすら達していないんです。戦わせるわけには──」


「だとしても…だ」


 エレナは八舞に割って入るように話し始めた。


「もちろん私としても葵や司令たち含め未成年者に戦わせたいなんて思ってはいない。だが奏が出なかったとして、我々だけで対処できるものか?否、敵は聖遺物の兵器転用技術の一端を成功させている。アイギスという完成された聖遺物でないと相手にもならん」


 バエル奪還作戦で使用された未知の砲台。あの程度の規模の駐屯地で配備されていたのだから、ヴァンダルがどこまで兵器の開発を進めているのかは分からないのが現状だ。


「言われてみれば……ですがエレナさんのその話だと、今この場を凌いだとして今後も活動は厳しくなるのでは?」


 八舞が心配しているのは今だけじゃなく、先のこともだった。


「あぁ、だから我々は最善の手を考えた。だがそれもこれも今の状況を打破しなければ話にもならん。まずは現状は奏が解決する……それでいいか?」


 そこでついにずっと黙っていたその少女は言葉を発した。


「分かりました。葵さんたちのため。私は戦います!」


 奏はそういうと、すぐさま支度をするのだった。



 あたりを見渡すと、大量の兵隊たちが銃を構えて立ちはだかる。奏は今、ヴァンダルの部隊に一人立ち向かっていた。


「えぇ~っと、エレナさんに言われたとおりに……」


 奏は出発前にエレナに言われたことを思い出す。何を話せばいいか、どのように話せばいいか。


「破壊者たちよ!貴様らの行為はウイングを……アイギスを敵に回すことになるぞ!その覚悟がないのであれば素直にここから離れたまえッ」


(決まったっ!!)


 奏は内心すごく喜んでいた。柄にもなく荒い語気で話していたからか、少し言い回しを間違えてはいたが、ヴァンダルには十分に効力を有していた。


 兵士がひそひそと話をする。彼らは葛藤していたのだ。


「……相手がアイギスって」「敵に回したらただじゃすまねぇって」「今のうちに逃げるべきだ」


 やがて兵士たちの士気はどんどんと下がっていた。あと一押しあれば彼らはすぐにでも撤退するだろう。


「貴様らそれでも男かッ!!」


 兵士たちをかき分け、一人の男が飛び出してきた。奏は一目見ただけでわかった。目の前の男はただものではないと。


「我が組織には既存のアイギスをも上回る兵器が存在するのだ、それにここで引いては我らが破壊者の名が廃るだろうッ」


 その男の言葉に再び兵士たちの士気は向上した。状況から察するに部隊のリーダー、あるいは組織の中でも重役だろう。


「なっ……ど、どうして下がらないんですかっ!それにアイギスを上回るって……」


「我が科学力は既に先史時代まで迫っているという意味だ。だがそんなことはどうでもいい、貴様のような取るに足らぬ子供など銃器で十分よッ!!」


 男はそう言うと、腕を振り下ろした。それが合図だったのか兵士たちは一斉に銃を構える。


「退いてはくれなそうだね……」


「撃てェッ!!」


「私に力を!ガープッ!!」


 カナデの叫びに呼応し、白銀の光がその場を包んだ。煌びやかな衣装が奏を包み込む。放たれた銃弾は白銀に包まれると、たちまちその勢いを失い、その場で静止した。


「うろたえるなッ!打ち続けろォォォッ!!」


 目の前の超常的な現象を前に兵士たちは怯むことなく打ち続けた。狂気ともとれる程の銃弾の嵐はやがて、奏を守っていた白銀すらも打ち破ろうとしていた。


「ぐっ……このままじゃ」


 奏は考えた。目の前にいるのは大勢の敵、だが殺すことは許されない。相手は何処まで行っても人間で、どこの国籍かもわからないのをそう易々と殺してはいけないと、エレナが言っていたからだ。


「まどろっこしいです!殺さない程度に痛めつけます!!」


 普段の奏ではありえない行動。しかしそうさせるだけの理由はそこにあった。


「葵さんならそうするはず……葵さんならっ!!」


 一気に飛び出すと、背中から光の翼のようなものをはやした。


「まだ私は未熟で不完全な、見せかけのウイング……それでも、そんな私でも誰かのために戦えるんです!」


 戦い方は極めてシンプルなフィジカルのごり押しのように見えた。だが不思議と粗削りな剣術のはずなのに切った人間の数よりも多くの人間が倒れていた。


「こ、これが八舞さんのいっていたガープの……」


 奏の持つアイギスであるガープ。その能力は精神攻撃だった。序列33位なのにもかかわらず八舞から一目置かれていたそれは、アロケルの眼の能力のようなシンプルさとは異なる、異質な能力を持っていた。


「私自身の感情に合わせて変化する能力……」


 それは使用者である奏の感情によって相手への影響が大きく変化する、実質的に対策が不可能な能力だった。時に、人の愛憎を掻き立て、時には相手の意識さえ奪ってしまうほど強力な力。到底扱いきることのできない代物だった。


「ば、化け物めッ」


 敗れ倒れたもの、恐怖で逃げ帰ったもの、仲間との同士討ちで倒れたもの……、もはや戦場に残されたのはリーダーらしきその男だけだった。


「まだだ…まだ終わってねぇぞ!!ヴァンダルは……こんなところで倒れやしないッ」


 去ろうとする奏にその男は手を伸ばす。精神汚染が進行したのか男はふらふらと歩き、今にも倒れそうな姿勢で、それでも歩き続ける。


「貴方のその執念。嫌いじゃないですよ」


 そういうと奏はその場を足早に去る。……残された男は結果的に力なく倒れるのだった。

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