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【感謝330,000pv突破】【完結】回復魔法が貴重な世界でなんとか頑張ります  作者: 水縒あわし
北方編

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74話


特別調査部の執務室は、急な任務の振り分けでわずかにざわめいていた。


リリアはユートの言葉に安堵しつつも、皆が自分のために忙しく動き出したことに、やはり申し訳なさそうにしていた。


「リリアさん、準備はリナさんと一緒に進めておいてください。必要なものがあれば、セーラに声をかけてくださいね」

ユートはリリアに優しく声をかけ、続いてそれぞれの班に指示を出した。


リリア班のメンバーは、ポートベストル行きに向けて旅支度を開始した。

リリアは侍女のリナと共に、嬉しそうに今後のことを話し合っている。


「海ですよ、リリア様! 初めてですわ!」

リナは顔を輝かせた。


「ええ、本当に楽しみ! 父上は、南の方の海はとてもきらきらしているって仰っていたわ! 服は何にしましょう? ポートベストルには珍しいものがたくさんあるのかしら? あの…少しだけ、足だけでも水に浸かってみても良いですか?」

リリアは矢継ぎ早にリナに尋ね、目を輝かせた。


どうやら新しい旅に心躍らせているようだ。

彼女たちの会話を聞いていると、少し前までミストヴェイルでサキュバスと戦っていたことを忘れてしまいそうになる。旅の目的が明確で、それが観光のような性質を持っているのは、特別調査部としては初めてかもしれない。


荷物を整理していたセーラが、二人の様子にふわりと微笑んだ。

「リリア様、きっと素敵なものが見つかりますわよ。港街ですから、海の幸も豊富だと思います」


「まあ、海の幸! どんな味がするんでしょう?」

リリアの興味は尽きない。


ユートも、少し心が軽くなるのを感じていた。

常に危険と隣り合わせの任務だけでなく、こうして誰かの願いを叶えるための旅も悪くない。


片隅で荷物を確認していたユージーンが、リリアとリナの楽しげな会話、特に「海」という言葉にどうも落ち着かない様子だった。

北のフリューゲル出身の彼は、海を見たことがないのだ。


ユージーンは、すぐ隣で装備を手入れしていたバルカスにそっと声をかけた。

「バルカスさん…『海』、というのは、その…いったいどのような場所なのでしょうか?」


バルカスは顎を撫でながら、怪訝そうにユージーンを見た。

「海? 大陸の外に広がる、でっかい水たまり、みたいなもんだな。ひたすら水が広がってて、塩辛い。砂浜があって、魚がいる。見たことないのか?」


「は、はい…北には、そのような場所はありませんでしたので…で、でっかい水たまり…ですか」

ユージーンは想像もつかないらしく、ますます困惑した様子だった。


「ま、行けばわかる。とにかく、今回は大荷物もないし、南に向かう道は比較的整備されてるから、大した心配はいらないだろ」

バルカスは言って、装備の手入れに戻った。ユージーンはそれでも、「でっかい水たまり」という言葉を反芻し、首を傾げていた。

リリアたちの高揚感と、ユージーンの素朴な疑問が混ざり合い、リリア班の準備はどこか和やかな雰囲気で進んでいった。



一方、執務室の一画では、輸送班のメンバーがゴードン部長と向き合い、詳細な指示を受けていた。


「さて、輸送班は北東の街へ向かう」

ゴードン部長は腕組みをしながら言った。

「行き先はフルケット。古い歴史のある街だ。アルテナからは片道だいたい一週間を見込んでくれ」


「片道一週間、ですか」

カインは手元の地図と照らし合わせ、真剣な表情になった。


「ああ。で、運ぶ荷物は燃石炭だ。これはちょっと厄介でな、燃えやすくって取り扱いには注意が必要だ。積み下ろしは慎重にな」

ゴードン部長の言葉に、皆の顔に少し緊張が走る。

危険物輸送に近いものがあるのだ。


「道中の注意点だが、特に厄介なのは…『嘆きの湿原』だ」

ゴードン部長が地名を口にすると、その場の空気がさらに引き締まった。


「嘆きの湿原…噂は聞いたことがあります。毒を持つ魔物が多く出るという…」

カインは、すぐさま関連情報を脳内で検索したようだ。


「そうだ。あそこは特に湿地の魔物が多い。スワンプリザード、スワンプフロッグ、スワンプワーム…個々はたいしたことねえんだが、厄介なのは数だ。あっという間に取り囲まれちゃ、護衛の数をすり潰される可能性がある」

ゴードン部長は厳しい顔で続けた。

「毒もタチが悪い。即効性のあるものから、じわじわと体力を奪うものまで色々だ。だから、毒消し…アースドロップはこれでもかってくらい持ってけ。余分に頼んどいたから、輸送車の荷物の中にある」


ミアは小柄な体をさらに縮こませ、ビビリながら頷いた。エマは静かに頷き、必要書類を確認している。


護衛を担当するドランと、姉のエルザがいない三つ子は厳しい任務に、真剣な顔つきになった。

特に三つ子は、いつも姉の後ろに控えていることが多いが、今回は自分たちが中心となって護衛を務めねばならない。


リックが一度大きく息を吐き、気合を込めるように言った。

「りょ、了解っす! 俺達だけで行くのは初めてだけど、油断しません!」


ロイがリックの言葉に続き、「頑張るよ、毒に気をつる!」

レックスも、「……」と短く頷きながらも決意を示した。


「へへっ、いいねぇ! 俺もいるし、何とかなるって! ドラン様にお任せあれ!」

ドランは皆を和ませようと、少しお調子者ぶりを出してみせていた。


「班長はカインだ。隊全体の指揮、報告、金銭管理…お前に任せる。ミアは馬車の管理と力仕事、エマは連絡と事務それにカインの補佐だ…ドランと三つ子は護衛の要だ。それぞれの役割をしっかり頼むぞ」

ゴードン部長の言葉に、カインは改めて姿勢を正した。特別調査部に入ってまだ日が浅いが、早くもこのような重要な任務の責任者を任されることになった。


プレッシャーを感じつつも、その真面目な性格から来る責任感が彼の背筋を伸ばしていた。


「はい、承知いたしました。ゴードン部長、全力を尽くします」


輸送班の面々は、厳しい任務内容を噛み締めながら、迅速に準備を開始した。


その様子を見ていたユートは、やはり輸送班の護衛の数が手薄だと感じていた。


ドランと三つ子だけでは、嘆きの湿原のような場所を突破するのは心許ない。


ユートはゴードン部長に短く声をかけ、執務室を出た。向かう先は、商会敷地内の護衛部棟だ。護衛部幹部であるライオスに、輸送班への援軍を頼みに行く。


護衛部棟に入り、ライオスの執務室に声をかけた。

「ライオスさん、ユートです。少しよろしいですか?」


「おお、ユートか。入れ」

ライオスの声に促され、部屋に入る。


「お忙しいところ申し訳ありません。実は、急ぎの任務について、相談がありまして」

ユートは今回の特別調査部の分担と、輸送班の目的地、そして特に『嘆きの湿原』の危険性について説明した。

「…カイン、ミア、エマ、ドラン、三つ子という構成です。彼らの能力を疑うわけではありませんが、嘆きの湿原のような場所を抜けるとなると、現在の護衛人数ではかなり厳しいと考えまして」


ライオスは腕を組み、難しい顔でユートの話を聞いていた。彼自身も護衛部として、各地の危険な場所については熟知している。

「嘆きの湿原か…確かにあそこは厄介な場所だ。毒持ちの魔物が集団で襲ってくるのは、数の暴力ってやつだからな」


「はい。輸送する荷物も燃石炭と、扱いの難しいものです。そこで、護衛部から、数名ほど輸送班に増援として加わっていただくことはできませんでしょうか」

ユートは率直に願い出た。


ライオスは少し沈黙し、部下の配置状況を頭の中で巡らせているようだった。護衛部も常に手一杯に近い状態で動いている。

やがて、ライオスは深く頷いた。

「分かった。会長直属のお前の頼みというわけではないが、商会の利益に関わる重要な輸送任務だし、部下たちを無駄死にさせるわけにもいかない。こっちで動かせる人間を手配しよう」


「ありがとうございます、ライオスさん!」

ユートは頭を下げて礼を言った。


「三名ほど、経験のあるやつを出す。ただ、あまり無理はさせるなよ。輸送車の護衛ってのは、基本的には逃げるが勝ちだ。毒でやられたら後がねえ」

ライオスは念を押した。


「はい、承知いたしました。肝に銘じておきます」

ユートは安堵とともに感謝の気持ちで一杯だった。ライオスの言葉一つで、輸送班の生存率は格段に上がる。


護衛部棟を出たユートは、急いで執務室に戻った。輸送班のメンバーは、まだ準備の真っ最中だ。


「カイン!」

ユートが声をかけると、カインが振り向いた。


「ユート部長。何か?」


「護衛部のライオスさんに頼んで、輸送班の増援を出してもらえることになった。経験のある護衛が三名、合流する手配だ」

ユートの言葉に、カインをはじめとする輸送班メンバーの間に、わずかながら弛緩と安堵の空気が流れた。緊張していた三つ子や、ミアの表情が少し和らぐ。


「ありがとうございます、ユート部長! それは…本当に助かります!」

カインは増援に、心底ホッとした表情を見せた。


「気にするな。今回の任務は難易度が高い。十分な準備と、無理をしない判断が重要だ。行ってくる」

ユートはカインの肩をポンと叩き、リリア班の準備に戻った。


特別調査部は二手に分かれ、それぞれの旅路に向けて、最終的な準備に追われていた。

片や海辺の港街へ、もう片や危険な湿原を越えて古都へ。タイプの異なる二つの任務が、今まさに始まろうとしていた。


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