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【感謝330,000pv突破】【完結】回復魔法が貴重な世界でなんとか頑張ります  作者: 水縒あわし
北方編

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68話

ユートは静かに目を開けた。見慣れない天井だ。ゆっくりと身体を起こす。柔らかい寝具の感触に、ここが洞窟ではないことを改めて認識した。


ベッドから上半身を起こすと、すぐ横の椅子に座り、静かに眠っているセーラの姿が目に入った。彼女は顔を伏せ、規則正しい寝息を立てている。


ユートはそのまま周囲を眺めた。清潔で簡素な部屋だ。ハーネット商会の支店の一室だろうか。自分がどうやってここに運ばれたのか、全く記憶になかった。最後に覚えているのは、洞窟の奥で、背後から何かに襲われたことだけだ。


そうしていると、セーラが微かに身じろぎ、ゆっくりと意識を取り戻した。そして、ユートが起き上がっていることに気がついた。


セーラの瞳が、ユートの瞳と合う。その瞬間、彼女の目から静かに涙が溢れ出した。セーラは何も言わず、ただユートに抱きついた。


「ユートさん…! ユートさん…!」


彼女の小さな肩が震え、嗚咽が漏れる。やがて、堰を切ったように声を上げて泣き始めた。


状況が全く分からないユートだったが、セーラの震えと涙が、彼女がどれほど心配し、安堵しているかを物語っていた。

ユートは優しくセーラの背中をさすりながら、彼女が落ち着くのを待った。


セーラの泣き声に気がついたのだろう。部屋の扉が勢いよく開き、バルカス、エルザ、ドラン、レナータ、ミア、ユージーン、そしてナギレンツから合流したエマ、カイン、三つ子たちが、一斉に部屋に飛び込んできた。


彼らはユートの無事な姿を見て、皆、安堵した表情を浮かべた。

「ユート部長!」

「よかった…!」

「無事だったんですね!」


皆が口々にユートの無事を喜んだ。


ユートは、背後からサキュバスに襲われたところまでしか覚えていないことを伝え、何があったのか説明を求めた。


皆は顔を見合わせ、口ごもった。誰から話すべきか、迷っているようだった。


バルカスが皆に一度退出を促した。

「皆、ユート部長も疲れているだろう。それに、少し込み入った話もある。悪いが、一度席を外してくれないか」


皆はバルカスの言葉に従い、部屋を出て行った。部屋に残されたのは、ユートとセーラの二人だけになった。


セーラは涙を拭い、ユートから少し離れて座り直した。そして、震える声で、何があったのかを話し始めた。


「あの…ユートさんが、洞窟の奥で、サキュバスに魅了されてしまって…」


セーラは、ユートが魅了された状態だったこと、仕方なく行方不明者だけを回収しユートを置いていったこと、カインが魅了を解く方法を見つけたこと、そして、その方法が…


セーラは言葉を選びながら、カインが発見した「魅了を解く唯一の方法」について説明した。そして、自分が…


「…私が、行きました」


セーラはユートの目を真っ直ぐに見つめ、続けた。

「ユートさんが、魅了されたままでは危ない。それに、カインさんが言っていた方法でしか、助けられないって…」


セーラは再び涙をこぼし始めた。

「あの時…ユートさんに、助けてもらったから…ゴブリンに襲われた時も、ボルガナで、私が怖くて動けなくなった時も…いつも、ユートさんが私を助けてくれたから…だから、今度は、私がユートさんを助ける番だって…そう思ったんです」


セーラは嗚咽を漏らしながら、ユートの手を握った。

「無事、助けられて…本当に、良かった…」


ユートは、セーラの話を聞きながら、自分が魅了された状態で何をしてしまったのかを理解した。

そして、セーラが、自分を助けるために、どれほどの覚悟をしてくれたのかを。


「セーラ…ごめん…俺が…」


ユートは謝罪の言葉を口にした。そして、セーラの顔や腕、首元を注意深く見た。よく見ると、セーラの首元や腕に、強く握りしめられたような、痛々しい痣がいくつか見えた。


ユートの胸に、絶望が広がった。自分が、理性を失った獣のように、セーラを傷つけてしまった。


「セーラ…怪我は…? どこか、痛いところは…?」


ユートは震える声で尋ねた。


セーラは、ユートの顔に手を伸ばし、優しく頬を撫でた。

「大丈夫です、ユートさん。少し、痛いところはありますけど…でも、もう大丈夫です」


セーラは、ユートの瞳をじっと見つめ、微笑んだ。その微笑みは、涙で濡れていたが、とても強かった。


「ユートさん…お願いがあります」


「なんだ?」


「あの時のことは…上書きしてほしいんです。優しい、いつものユートさんで…私を、抱きしめてくれた時の、優しいユートさんで…そうしてくれれば、私は大丈夫ですから」


セーラの言葉に、ユートの目から涙が溢れ出した。彼女の強さ、優しさ、そして自分への深い愛情に、ユートは胸を締め付けられた。自分がどれほど愚かで、彼女にどれほどの負担をかけてしまったのか。


ユートはセーラを抱きしめた。今度は、優しく、大切に。セーラの小さな体が、ユートの腕の中で震えている。


「セーラ…ありがとう…本当に…ありがとう…」


ユートはセーラの肩に顔を埋め、静かに泣いた。セーラの強さに、改めて惹きつけられると同時に、彼女を守りたいという思いが、これまで以上に強くなった。


しばらくして、ユートは顔を上げ、涙を拭いた。セーラも涙を拭き、少し照れたようにユートを見つめた。


ユートは、少しでもセーラの気持ちを和らげようと、冗談交じりに尋ねた。

「…なあ、セーラ。今、襲ってもいいか?」


セーラは一瞬きょとんとした顔をしたが、ユートの顔に浮かんだいたずらっぽい笑みを見て、その意図を理解した。彼女もまた、いたずらっぽく微笑んだ。


「…ダメです。皆がいますから。それに…二人きりの時に、してください」


セーラの言葉に、ユートは胸が熱くなった。

彼女は、あの壮絶な経験を乗り越え、こうして自分を受け入れてくれている。


「わかった。二人きりの時に……ね?」


ユートはセーラの手を握り、立ち上がった。


「それに、ユートさんが眠っている間に、進展もありましたよ」


セーラが笑顔で言った。


ユートはセーラと共に、部屋の扉を開けて外に出た。

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