67話後編
松明の灯りが、湿った洞窟の壁をぼんやりと照らす。バルカス、エルザ、レナータ、セーラの四人は、微かな物音に耳を澄ませながら、慎重に洞窟の奥へと進んだ。
空気は冷たく、張り詰めた緊張感が漂っている。
しばらく進んだところで、先頭を歩いていたバルカスがぴたりと立ち止まり、後ろに続く三人に手で制止の合図を送った。
その先には、最初に入った時には無かった、煌々とした明かりが灯っていた。慎重に覗き込むと、魔法で抉られたような壁と、その奥に揺らめく炎が見える。ユートが魅了された状態で、無意識に魔法を使ったのだろうか。
バルカスはセーラに最後の確認をした。セーラは小さく頷き、覚悟を決めた表情を見せた。バルカスはゆっくりと、ユートの前に姿を現した。
洞窟の奥、魔法の炎に照らされた空間に、ユートは立っていた。両手には微かな魔力が集まり、ボンヤリと中空を見つめている。その瞳には焦点がなく、まるで別人のようだった。
バルカスが完全に姿を見せても、ユートは反応しない。ただ、虚ろな目で一点を見つめているだけだ。ひとまず、攻撃してくる様子はないことに安堵し、バルカスは後ろに控えていたエルザ、レナータ、セーラを呼んだ。
ユートの状態を見たセーラは、小さく息を呑んだ。
彼の顔は青白く、目は虚ろ。普段の優しく頼りになるユートとは、全く違う姿だった。
(ユートさん…)
セーラの胸に、強い思いが込み上げてきた。魅了されたユートさんを助けられるのは、自分しかいない。他の誰かでは駄目だ。カインさんが言っていた方法で、自分がユートさんを助けるんだ。
ユートさんに、助けてもらった。
あの時、ゴブリンから…ボルガナでも、トラウマから…いつも、ユートさんが私を助けてくれた。
今度は、私がユートさんを助ける番だ。この恩を、ここで返すんだ
セーラは、迷いを振り払い、ゆっくりとユートに近づいていった。一歩、また一歩。ユートの虚ろな瞳が、わずかにセーラの方を向いた。
バルカス、エルザ、レナータは身構えた。もしユートが攻撃の素振りを見せたら、すぐにセーラを庇って引き返す。それが、彼らの中で確認された絶対のルールだった。
しかし、ユートは攻撃してこなかった。
ただ、セーラを見つめているだけだ。セーラはユートの目の前まで来ると、迷いなく、静かにユートに抱きついた。
ユートの体が、セーラを抱きしめるように動いた。それを確認したバルカス、エルザ、レナータは、静かにその場を離れていった。エルザとレナータは洞窟の奥で待機し、バルカスは入り口へ向かった。
洞窟の奥、魔法の炎が揺れる空間に、ユートとセーラだけが残された。
魅了されたユートは、もはや理性を持たない獣だった。セーラを抱きしめる腕は力強く、その動きは荒々しい。以前、セーラを抱いた時の、優しく、愛おしむようなユートの面影は、そこには微塵もなかった。
セーラは、その全てを献身的に受け止めた。
痛みも、恐怖も、全てを飲み込み、ただユートの意識が戻ることを願った。
ユートの荒々しい動きに身を任せながら、セーラは心の中で何度もユートの名前を呼んだ。
(ユートさん…ユートさん…戻ってきて…私のユートさん…)
獣のようなユートと、全てを受け止めるセーラ。
洞窟の奥で、二人の時間が流れていく。それは、愛の行為とは言えない、サキュバスの魅了を打ち破るための、切なく、そして痛みを伴う儀式のようだった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
数分だったのか、それとも数時間だったのか。セーラには全く分からなかった。ただ、ユートの荒々しい動きが止まり、その体が弛緩していくのを感じた。
ユートは静かに目を開けた。
最初に目に入ったのは、見知らぬ天井だった。
洞窟の岩肌ではない、木材で組まれた建物の天井だ。ぼんやりとした意識の中で、自分がどこにいるのか分からなかった。
体の横に、誰かがいる気配がした。ユートが微かに動くと、その誰かが慌てて立ち上がり、駆けていくのを感じた。
(誰だ…? ここは…?)
その人物の気配が遠ざかるのを感じながら、ユートの意識は再び遠のいていった。
献身的なセーラ上手く書けたか不安です




