66話
ミストヴェイルに到着したユートたちは、早速手分けして街での情報収集を開始した。
ユートはセーラと共に、主に宿屋や酒場、商店などを回った。バルカスとミアは街道沿いや街の外れ、レナータとユージーンは商業組合や冒険者組合を中心に聞き込みを行った。
彼らは街の人々に話を聞いて回った。
失踪事件について尋ねると、多くの人が不安げな表情を見せ、噂話を語ってくれた。
「ああ、最近、妙な話が多くてね。旅の商人が、泊まった宿から朝になったらいなくなってたとか…」
「うちの旦那の知り合いも、夜勤明けに家に帰る途中、ぷっつり姿を消したって聞きましたよ」
「衛兵隊も調べてるみたいだけど、全然分かんないらしいね。まるで神隠しだ」
集まってくる情報は、デッタ支店長から聞いた話と一致していた。
やはり、いなくなったのは男性ばかり。年齢は幅広く、若い者から年配まで、さらには年端もいかない子供まで含まれているという証言もあった。
失踪する時間帯は、ほとんどが夜間。そして、襲われたような物音や争った痕跡は一切なく、文字通り「こつ然と消える」のだという。女性が同行していたパーティーでも、夜間の見張り役だった男性だけが、他の者が眠っている間にいなくなっていたという話もあった。
数日間の聞き込みを終え、ユートたちは支店の会議室に集まり、それぞれの情報を持ち寄った。
「やはり、いなくなったのは男性ばかりで間違いなさそうです」
バルカスが報告する。
「年齢層も幅広い。特定の職業や身分に偏りもないようです」
ミアが付け加える。
「商業組合や冒険者組合でも、同様の報告が多数上がっていました。特に、夜間に一人で行動していた者が狙われている傾向があるようです」
レナータが淡々と述べる。
ユートは皆の報告を聞きながら、情報を整理していく。
『失踪者:男性のみ』
『年齢:幅広い(子供~50代)』
『時間帯:夜間が多い』
『状況:痕跡なし、音なし』
『場所:宿、街道、仕事帰りなど』
「…男性ばかり、夜間、痕跡なし」
ユートが呟いた。これは、普通の魔物や山賊の仕業とは考えにくい。何か、特殊な能力を持つ存在が関わっている可能性が高い。
皆が難しい顔で沈黙する中、ユージーンが控えめに口を開いた。
「あの…可能性の話として、聞いていただけますか?」
ユートがユージーンを見る。
「なんだ、ユージーン。何か心当たりがあるのか?」
「はい。皆さんの話を聞いていて、もし、もしこれが魔物の仕業だとするなら…サキュバスの可能性があるかもしれません」
「サキュバス?」
ユートを含む何人かが聞き返した。サキュバスという名前は聞いたことがあるが、詳しい生態は知らない。
ユージーンは少し緊張した面持ちで説明を始めた。
「サキュバスは、主に男性を狙う魔物です。強力な魅了の魔法を使い、対象を誘い出し、魂や生命力を奪うと言われています。いなくなるのが夜間であること、そして男性だけが狙われるという点に合致します」
「魅了の魔法…」
ユートは納得しかけた。魅了されれば、抵抗することなく、音もなく連れ去られることもあり得る。
「サキュバスの魅了は非常に強力ですが、戦闘力自体はそれほど高くありません。正面からの物理的な戦闘には弱いです。以前、一度だけ遭遇したことがありまして…その時は、偶然ですが、俺を含めて数人の獣人がいたため、魅了される前に連携して倒すことができました」
ユージーンは顔の傷跡に触れながら続けた。
「もちろん、これはあくまで可能性の一つです。ですが、これほど痕跡がなく、男性だけが消えるとなると、サキュバスのような精神干渉系の能力を持つ魔物か、あるいはそれに類する存在の仕業ではないかと…」
ユートはユージーンの説明に感心した。獣人であり経験もあるユージーンは、ユートたちにはない知識を持っている。
フリューゲルでの陽炎石の件でもそうだったが、彼の知識と経験は非常に貴重だ。
「なるほど…サキュバスか。ユージーン、貴重な情報をありがとう。その可能性は十分に考えられる」
ユートはデッタ支店長に、これまでの聞き込みで得た情報と、ユージーンが提示したサキュバスの可能性について報告した。デッタ支店長は、ユージーンの推測を聞いて渋い顔をした。
「サキュバス…確かに、噂では聞きますが、まさかこの街に…」
彼は不安そうに唸った。
「衛兵隊は何か掴んでいるんでしょうか?」
ユートが尋ねる。
「衛兵隊も捜査はしているようですが、手掛かりがないと…ただ、最近は夜間の巡回を強化しているようです」
ユートは決断した。衛兵隊と連携を取る必要がある。
支店を出て街を歩いていると、巡回中の衛兵隊とすれ違った。ユートは衛兵の一人に声をかけた。
「すみません、衛兵さん。失踪事件の件で、衛兵長にお話ししたいことがあるのですが、詰所まで案内していただけますか?」
衛兵は怪訝な顔をしたが、ユートの身なりや落ち着いた態度を見て、案内を承諾してくれた。
ユートとセーラ、バルカス、レナータ、ミア、ユージーンは衛兵に連れられて衛兵隊の詰所へ向かった。
詰所は街の中心部にあり、多くの衛兵が行き交っていた。案内された部屋で待っていると、やがて一人の厳つい顔立ちの男性が入ってきた。衛兵長のようだ。
「私が衛兵長だ。失踪事件の件で話があるそうだが、貴方方は?」
ユートは名乗った。
「ハーネット商会特別調査部のユートと申します。こちらは私の部下たちです。ネトルシップ商会のロベルト重役の捜索で、アルテナから派遣されてきました」
衛兵長はユートたちを改めて見直した。ハーネット商会という名を聞いて、少し態度を改めたようだ。
「ハーネット商会…なるほど。それで、何か掴んだのか?」
ユートはこれまでの聞き込みで得た情報、特に男性ばかりが消えていること、夜間であること、痕跡がないこと、そしてユージーンが提示したサキュバスの可能性について、包み隠さず話した。
衛兵長はユートの話を真剣な表情で聞いていた。そして、ユートが話し終えると、深く頷いた。
「…やはり、貴方方も同じ結論に至ったか」
「と言いますと?」
「我々衛兵隊も、当初は山賊か魔物の仕業と考えて捜査していた。だが、あまりにも痕跡がなさすぎる。そして、消えるのが男性ばかりという異常な状況から、我々もサキュバスの可能性に目星をつけていたところだ」
衛兵長は溜息をついた。
「だが、サキュバスは姿を隠すのが得意で、捕獲が難しい。それに、魅了の魔法を使われると、衛兵でも手が出せなくなる可能性がある。街の人間には不安を与えないよう、サキュバスの名前は伏せて捜査を進めているが、正直、手詰まり感が否めない」
衛兵長はユートをじっと見つめた。
「貴方方は、自力でここまで辿り着き、我々と同じ可能性に気づいた。腕も立つと見受けられる。もしよろしければ、我々衛兵隊と協力して捜査を進めていただけないだろうか? 街の安全のため、そして…ネトルシップ商会の重役殿を見つけるためにも」
ユートは即座に答えた。
「もちろんです。ロベルト重役の捜索が我々の第一の任務ですが、この街で起きている連続失踪事件も看過できません。衛兵隊の皆様と協力させていただければ、これほど心強いことはありません」
「感謝する。私は衛兵長のガルシアだ。よろしく頼む、ユート殿」
ガルシア衛兵長はユートに手を差し出した。ユートもその手を取り、固く握手した。
ガルシア衛兵長は、衛兵隊がこれまでに掴んだ情報を共有してくれた。失踪現場の地図、目撃情報の詳細、不審人物に関する噂など、衛兵隊ならではの網羅的な情報だった。ユートたちは、自分たちが集めた情報と照らし合わせながら、さらに詳しい状況を把握していった。
話し合いが一段落した頃、詰所の入り口が騒がしくなった。
「衛兵長! 旅の者ですが、ユート部長に会いたいと…」
衛兵の声に、ユートは顔を上げた。見慣れた顔ぶれが、詰所の入り口に立っていた。エルザ、リック、ロイ、レックス、エマ、カインだ。彼らは、少し疲れた様子で、しかし無事にミストヴェイルに到着したことを示していた。
「エルザ! 皆!」
ユートは思わず声を上げた。
「ユート部長! 無事、合流できました!」
エルザが安堵した表情で答える。
ガルシア衛兵長が尋ねる。
「彼らも君の部下なのかね…?」
「はい、私の部下たちです。ナギレンツで情報収集をしていました」
エルザたちが詰所の中に入ってきた。彼らは馬に相乗りして来たようだった。
「ナギレンツでの情報収集はどうだった?」
ユートが尋ねる。
エルザが報告する。
「ロベルト重役に関する決定的な情報は得られませんでした。ですが、やはりナギレンツでも、最近男性の旅人が不審な形で姿を消すという噂は耳にしました。ミストヴェイルほど頻繁ではないようですが…」
カインが補足する。
「商業組合や宿屋の帳簿なども調べましたが、不審な点は見つかりませんでした。ただ、街全体に漠然とした不安感が漂っているのは感じました」
ユートは頷いた。やはり、この事件はミストヴェイルだけでなく、周辺地域にも影響を及ぼしているのかもしれない。
「皆、ご苦労だった。ちょうど衛兵長と協力して捜査を進めることになったところだ。君たちも、これからミストヴェイルでの情報収集に加わってくれ」
「はい!」
ナギレンツ組も加わり、特別調査部のメンバー全員がミストヴェイルに集結した。
ガルシア衛兵長との連携も始まり、捜査は新たな段階に入った。
サキュバスって出していいんですかね?




