58話
銀狼の皆と別れた後、広々とした草原に出たところで、ユートは隊列を止めた。
夜通し歩いたこともあり、皆の顔には疲れが見えていた。
「よし、ここで休憩を取ろう。少し長めに休むぞ」
ユートの指示に、皆、安堵の息をつき、思い思いの場所に腰を下ろしたり、馬の世話を始めたりした。
すると、ミュレインとユージーンが、少し緊張した面持ちでユートの側にやってきた。森を抜け、フリューゲルからもかなり離れたことで、彼らの気持ちにも少し余裕ができたのだろう。
以前よりも表情が明るく、特にミュレインの顔には安堵の色が浮かんでいる。
「ユート様……」
ミュレインが、深々と頭を下げた。
「本当に、なんとお礼を申し上げたらよいか……。あなたがいなければ、私とこの子は……」
彼女の目には涙が浮かんでいる。
「ユート殿……いや、ユート様」
隣のユージーンも、ぎこちないながらも、ユートの手を取り、力強く握りしめた。
「あんたには……いや、あなた様には、言葉もない。俺だけでなく、ミュレイン親子、3人の命を救っていただいた。このご恩は……!」
ユージーンは感極まったのか、言葉を詰まらせ、そして決意を固めたように言った。
「どうか、このユージーン・メニ・イェルフ、これから先、一生をかけて、あなた様にお仕えさせてはいただけないだろうか!」
彼は、その場に膝をつき、改めて深く頭を下げた。
「ええっ!?」
突然の申し出に、困惑するユート。
「ユージーンさん、頭を上げてください! そんな……」
「いえ、これは俺の偽らざる本心です。あなた様のような方に、この命、捧げたいのです!」
ユージーンの瞳は真剣そのものだった。
「……ありがとうございます、ユージーンさん。そのお気持ちは、とても嬉しいです。ですが……まだ、森を抜けただけです。アルテナに戻るまでは、何が起こるか分かりません。油断はできませんよ」
ユートは、苦笑いしながらも、ユージーンの申し出を一旦保留する形で、彼を立ち上がらせた。
交代で見張りと休憩をした一行は、改めてボルガナを目指して出発した。
行きとは違い、馬車は2台に増え、陽だまり商会のメンバーとユージーン親子が加わり、人数は増えた。積荷のことを考えると、皆の足取りは思いの外、軽いようだった。
道中は、フリューゲルへ向かう時のような緊迫感は薄れ、和やかな会話も増えた。
街道を進み、ボルガナまでの事を考え、その日は日が傾く前には野営の準備を始めた。
いつも通りローテーションで見張りを行う。
ユートは、夜警の合間に、インベントリにこっそりしまっておいた陽炎石を取り出し、その不思議な輝きと魔力を改めて確認していた。(早くエレナに見せたいな……)
幸い、フリューゲルからの追っ手が現れることも、魔物に襲われることもなく、穏やかな夜を過ごした。
そんな道中を過ごし、数日後、一行は懐かしいボルガナの街へと無事にたどり着いたのだった。
街に入るとまず、一行はボルガナ支店の恰幅の良い中年の支店長の元へあいさつに向かった。
「おお、ユート隊長! よくぞ戻られた!」
支店長は、久しぶりの再会を喜び、無事に戻ったことを何よりだと笑顔で迎えてくれた。
「して、北での成果はどうだったかな? いや……」
彼はユートたちの顔を見て、にやりと笑った。
「聞くまでもないか。その顔を見ればわかるからな」
どうやら、ユートたちの達成感に満ちた表情から、任務が成功したことを察してくれたらしい。
「はい、おかげさまで上々でした」ユートも笑顔で伝え、支店長室を出た。
手配してもらった前回と同じ宿に向かい、荷物を解くと、その夜は皆で夕食を食べながら、これからの旅程について話した。
「さて、私たち陽だまり商会は、ロンドベルまではご一緒させてもらうわ。あそこからなら、別の街へのルートもあるしね」リーナが言った。
「分かりました。では、明日1日はここで物資の補充と馬車や整備に充て、明後日の朝に出発しましょう」ユートが提案し、全員が頷いた。
翌日、ユートは町の鍛冶屋へ行き、ユージーン用の臨時の装備を整えた。
「剣はあまり使い慣れていないんだが、槍なら多少の心得がある」というユージーンの言葉を受け、手頃な鋼の槍を選んだ。
防具は、彼の俊敏な動きを阻害しないよう、革製の軽鎧を選んだ。これで、彼も最低限の戦力として計算できるだろう。
他の皆も、それぞれの仕事(ミアは馬車の整備、エマとセーラは物資の買い出し、護衛部は武具の手入れ、カインは記録の整理など)をこなし、出発に備えた。
翌日、ボルガナの町を出発し、ロンドベルへの道を進む。
ロンドベルの街までは、時折セーラが物音に少し怯えた様子を見せることもあったが、ユートやエマがそばに付き添い、何事もなく穏やかに進んでいった。
ロンドベルの街が近づくと、リーナがユートに声をかけた。
「ユートさん、私たち陽だまり商会は、ここまでよ。おかげさまで、陽炎石も手に入ったし、予想以上の儲けになりそうだわ。フフ、ハーネット商会さんには、大きな借りができたかしら?」
彼女は笑いながら、調査隊の皆一人一人に挨拶をし、ボルグと共に別れていった。
またいつか、どこかで会うこともあるだろう。
ロンドベルの街でも、一行はまずバーナード支店長に挨拶をした。彼も、ユートたちの無事の帰還と、任務の成功を喜び、労ってくれた。
挨拶を終えて商館の中を歩いていると、前方からハンスが、見覚えのある護衛部の新人たちを連れて歩いてくるのに出くわした。
「おお、ユート隊長! 戻ったと聞き待っていました!」ハンスが駆け寄ってくる。
「ハンスさん、新人君たちも元気そうで何よりです」
「はい。ボルガナでの隊長の指導と、バーナード支店長のご配慮のおかげで、彼らの処分は本当に軽いもので済みました。今では皆、見違えるように訓練に励んでおりますよ」
ハンスが伝えると、新人たちもユートに向かって深々と頭を下げ、
「あの節は、本当に申し訳ありませんでした!」「これからは、必ずお役に立てるよう精進します!」
と力強く言った。彼らの目には、以前の怯えはなく、反省と決意の色が浮かんでいた。
ユートはハンスを労い、新人達に「期待しているぞ」と励ましの言葉を送り、彼らと別れて宿に戻った。
翌朝、ロンドベルの街を出発した調査隊は、いよいよ最後の目的地、アルテナの街を目指す。
長かった旅も、もうすぐ終わりを迎えようとしていた。




