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【感謝330,000pv突破】【完結】回復魔法が貴重な世界でなんとか頑張ります  作者: 水縒あわし
北方編

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48話


長い旅路の末、ユート率いる調査隊はついに北方中央都市フリューゲルの巨大な城門の前に立っていた。

白い石で築かれた城壁は高く、厳しい北方の気候に耐えてきた歴史を感じさせる。


門をくぐると、アルテナやロンドベルとは明らかに違う、独特の空気が一行を迎えた。石造りの建物が密集し、道行く人々は厚手の毛皮や外套を身にまとっている。そして何より、街を行き交う人々の半数近くが、獣の耳や尻尾を持つ『獣人』であることに、ユートは驚きを隠せなかった。狼のような鋭い耳とふさふさの尻尾を持つ者、猫のようにしなやかな動きをする者、熊のように屈強な体躯で荷物を運ぶ者……。彼らは特に人間を気にする様子もなく、ごく自然に街に溶け込んでいる。

(これが、北方の都市……獣人がこんなに多いなんて……)

ユートは、目の端で彼らの姿を追いつつ、まずは目的地の商業組合へと向かった。


組合の建物は、街の中心部にあり、石造りの重厚な構えだった。ユートはメンバーに指示を出し、馬車を組合近くの広場に停めた。セーラ、レナータ、ミア、エルザには馬車に残り、三つ子には周囲の警護を命じる。ユートは、カイン、バルカス、ドラン、エマを伴い、組合の建物へと足を踏み入れた。


組合の内部は、意外にも活気に満ちていた。受付や他の従業員たちは、都市部から来たユートたち(特にその服装や装備)を珍しげに、そして好意的に迎えてくれた。

「まあ、アルテナのハーネット商会の方々ですか! ようこそフリューゲルへ!」

受付の女性は笑顔で対応してくれた。ユートは、仕入れのために来た商隊であること、そして組合長への挨拶を希望することを伝えた。


しかし、組合長室へ通されると、空気は一変した。フリューゲルの商業組合長、グスタフと名乗った初老の男性は、鋭い目でユートたちを値踏みし、明らかに警戒の色を示していた。どうやら、組合の上層部は、外部の有力商会の進出を快く思っていないらしい。


「……ハーネット商会が、わざわざこのフリューゲルまで何の用かね? 市場調査とでも言うつもりか?」

グスタフ組合長の声は低く、威圧的だ。


「いえ、組合長。今回は特定の品物の買い付けに参りました」

ユートは市場調査の件は伏せ、ダリウスから預かった目録(陽炎石、氷霧草、山鳴り石)を差し出した。


グスタフ組合長は目録にさっと目を通すと、ふんと鼻を鳴らした。

「ほう、『陽炎石』、『氷霧草』、『山鳴り石』か。確かに北方で採れる品で、特別希少というわけでもない。だが……」

彼は意地の悪い笑みを浮かべた。

「生憎だが、『山鳴り石』の主な採取場所は、ここのところ天候不順が続いていてな。今年の産出量は少なく、品薄だ。『氷霧草』も、取り扱いはあるが、本来はもっと北の地域が主流でね。わざわざこのフリューゲルで買うとなると、かなり高値になるぞ。そして『陽炎石』は……まあ、在庫はあるにはあるが、ごく少量だ。とても、あんたたちのような大商会が満足する量は用意できん」

彼は、わざとらしく肩をすくめた。

「というわけで、残念だが、どれも今は渡すのが難しい状況だ。代わりに、こちらの特産の毛皮や、良質な鉱石などではどうかな? 他の品を斡旋しようか?」

明らかに、協力する気はないようだ。


「……そうですか。情報ありがとうございます。ですが、我々が必要としているのは、あくまで目録の品ですので」

ユートはやんわりと組合長の提案を躱した。

「ちなみに、『静寂苔』という苔についてもお聞きしたいのですが……」

ユートが尋ねると、組合長は怪訝な顔をした。

「静寂苔? ああ、あの音を吸う苔か。そんなものは、この辺りの森に行けばいくらでもある。わざわざ組合で扱うような代物ではないな。どこぞの露店でも漁れば見つかるだろう」

どうやら、静寂苔の入手は難しくなさそうだ。


結局、組合長からの協力は得られず、彼の警戒心を覆すこともできないまま、ギクシャクとした雰囲気で面会は終わった。


「……やはり、簡単にはいきませんね」

組合の建物を出ながら、カインが溜息をついた。

「ええ。ですが、収穫もありました。『静寂苔』は簡単に見つかりそうですし、他の品物も、品薄や高値とはいえ、全く手に入らないわけではなさそうだ。時間をかければ……」

ユートが話していると、エマが追いついてきた。彼女は面会の間に、受付で宿の手配をしてくれていたようだ。

「ユート様、宿の手配ができました。組合推薦の、安全で清潔な宿だそうです。それと……少し受付の方とお話ししたのですが、この街に獣人の方が多い理由を伺えました」

「ほう、それは興味深いですね」ユートは促した。

「はい。なんでも、フリューゲルが位置するこの北方山岳地帯は、厳しい自然環境のため、古くから寒冷地や山岳地帯に適応した獣人の方々が多く暮らしているそうです。元々は、獣人の方々同士の交易の場として栄えていた場所に、後から人間が入植してきて、今のフリューゲルという都市ができたのだとか」

「なるほど……だから、人間と獣人の方々が、あれほど自然に共存しているんですね」

ユートは納得した。この街の成り立ちを知ることで、少しだけフリューゲルという都市への理解が深まった気がした。


一行は、エマが手配してくれた宿へと向かった。宿は、組合から少し歩いた場所にある、石造りのしっかりとした建物だった。中に入り、手続きをしようと受付に向かうと、ロビーのソファで談笑している見覚えのある二人組がいた。

「あらあら、これはこれは……」

明るい声に振り返ると、『陽だまり商会』のリーナとボルグだった。


「リーナさん! ボルグさん!」

ユートは驚きながらも、駆け寄った。

「まあ、ユートさん! こんなところでお会いするなんて!」リーナも嬉しそうに立ち上がった。

「アルテナには無事に着きましたか?」

「はい、おかげさまで。リーナさんたちも、アルテナへ?」

「ええ! ユートさんに教えていただいた通り、アルテナへ向かいましてね。本店でダリウス会長にもお目通りが叶い、シルヴァンの鉱山の件など、貴重な情報をいただけたことへのお礼を申し上げることができましたわ。本当に、あの時はありがとうございました!」

リーナは心からの感謝を伝えてくれた。どうやら、アルテナでの挨拶はうまくいったようだ。


ユートは、前回から増えたメンバー(カイン、ミア、エマ、エルザ、三つ子)をリーナたちに紹介した。リーナは持ち前の社交性で、すぐに新しいメンバーとも打ち解け、特にエマやミアとは女性同士で話が弾んでいるようだった。


「そうだわ、ユートさんたちも、今夜はここで夕食? よかったら、ご一緒しませんこと? 私たちも、フリューゲルに着いたばかりで、情報交換したいと思っていたところですの」

リーナの提案に、ユートたちも快く応じ、宿の食堂でテーブルを囲むことになった。


夕食を食べながら、お互いの近況やフリューゲルの情報などを交換する。

「それで、ユートさんたちは、フリューゲルには何を?」リーナが尋ねる。

ユートは、組合でのやり取りを話し、目録の品(陽炎石、氷霧草、山鳴り石)が軒並み品薄か高値で、入手が難航しそうだと打ち明けた。

「まあ、『氷霧草』もですか?」リーナは少し驚いた顔をした。「実は、私たちもアルテナで情報を集めるうちに、このフリューゲルで『氷霧草』が手に入るかもしれないと聞いて、それを目当てに来たんですのよ。でも、組合のあの態度じゃ、よそ者の私たちには、やはり難しいかもしれないわね……」

彼女は溜息をついた。


その時、リーナの目がキラリと光った。

「……そうだわ、ユートさん」彼女は身を乗り出してきた。「私たち、目的の品が一部同じようですね。それに、ハーネット商会さんほどの大きな組織でも、この街では苦労されているご様子……。もしよろしければ、今回の買い付け、協力しませんこと?」

陽だまり商会の方から、協力の提案があった。


「協力……ですか?」

ユートは少し驚いた。願ってもない提案だが、同時に疑問も浮かぶ。

「それはありがたいお話ですが……陽だまり商会さん側の利益は、どうなるのでしょう? 我々と協力することで、リーナさんたちにどんなメリットが?」

ユートは遠回しに、彼女の真意を聞いてみた。


「あらあら、そんな水臭いことをおっしゃいます?」リーナは悪戯っぽく微笑み、ユートの質問をするりとかわした。「困ったときはお互い様、でしょう? それに、ハーネット商会さんとご一緒できれば、私たちにとっても勉強になりますし、今後の繋がりもできるかもしれませんわ。ねえ、ボルグ?」

リーナに話を振られ、ボルグは無言で頷いた。

彼女の思惑は読めない。何か裏があるのかもしれない。しかし、良い提案であることには変わりない。

ここで協力を得られれば、任務達成の可能性は格段に上がるだろう。


ユートは少し考えた後、決断した。

「……分かりました、リーナさん。その提案、お受けします。こちらこそ、よろしくお願いします」

ユートは右手を差し出した。

「ふふ、話が早くて助かりますわ!」

リーナは満足そうに、その手をしっかりと握り返した。


「よし! それじゃあ、協力関係を結んだことを祝して、乾杯しましょう!」

リーナが明るく声を上げ、テーブルには再び活気が戻った。フリューゲルでの任務は、陽だまり商会という予想外の協力者を得て、新たな局面を迎えることになった。ユートは、この強かな女性商人と、これからどんな連携を見せるのか、期待と警戒を胸に、祝杯を挙げたのだった。


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